Salon de Jewelry Star誕生秘話 その3

1996年10月24日

私が10歳ぐらいからは働き出したわけだが、働いていたからといって寂しい思いをしたことはない。 20年以上も昔のことなのであまり覚えていないのだが、それは母が好きな仕事をしていて、いつも生き生きとしていたからだと思う。
母はお料理も好きで 'かこちゃんのおかあさん'と一緒に、'のぼくんママ'の家に中華料理を習いにいっていて、おいしい料理をいつも作ってくれた。
洋裁も好きで私と妹はよくおそろいや色違いの洋服を作ってもらっていた。 刺繍にいたっては習いたいという人がいるほどである。
私は大人になれば自動的に料理がうまくなり、洋裁も刺繍も出来るようになると大きな勘違いをしていたが、それもこれも母が楽しそうにやっていたからだろう。 もちろん今でも新しいdisplayを考えたり、DMの文章を考えたり、指輪のデザインを考えたり、何だかんだと楽しそうである。
にしても、もし母がいつも疲れていたり、文句を言っていたり、 機嫌が悪かったりしたら仕事を続けるのを反対していたかもしれない。
「DINKS」という言葉が流行ったが、私はよく友達に "結婚しても働きたいけど、経済的に苦しくて、 つまんない仕事だけどやらなきゃいけないって言うのはいやなのよね。 好きな仕事ならどんなに大変でもいいけど・・・"と言っていたものだ。
生き生きと楽しそうな母を見ていると私も頑張ろうと思う。
そう、やっぱり子供は親の後ろ姿を見て、成長していくのです。

教訓3:子供に生き生きとした姿を見せよ。子は親の姿を見て育つ。

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