カルメン 酒井はな(25日)/本島美和(27日)
ドン・ホセ 山本隆之(25日)/貝川鐵夫(27日)
エスカミーリオ マイレン・トレウバエフ
ミカエラ 真忠久美子(25日)/西山裕子(27日)
スニーガ 市川透
フラスキータ 西川貴子(25日)/遠藤睦子(27日)
メルセデス 厚木三杏(25日)/寺島ひろみ(27日)
パスティア ゲンナーディ・イリイン 他
エスカミーリオのマイレン・トレウバエフは、とにかく地味。踊りはキレキレだったよ。豪奢な衣裳は重いだろうに、華麗にスパスパ飛んでいたよ。ンが、グラナダ一の闘牛士なンでしょう?
彼の登場に人々は熱狂するンでしょう? それにしては、あまりにも華がなさ過ぎ。あと背丈も。ついでに言えば、田舎の床屋に貼ってあるヘアモデルみたいな髪型も勘弁してくれ。闘牛場へ向かうための身支度シーンなど、美しい見せ場(とは言え、何かの映画にも似たようなシーンがあったが)もあるのに、あれでは台無し。いないのか?
他に相応しいダンサーはいないのか?
2幕の白眉は、カルメンが去った後のホセのソロ。山本隆之がとにかく素晴らしかった!
歓喜、絶望、後悔、覚悟といった様々な感情表現が驚くほど的確。全体に漂う寂寥感も胸に迫る。いや、お見逸れしました。
貝川鐵夫は時々素に戻るような。「これから回ります」とか、「これから飛びます」とか、言っちゃうんだ、顔が。
忘れちゃいけない、エスカミーリオの身支度から続くカフェのシーン。無音の中で闘牛士の姿を真似る男たちと、軽やかな音楽をバックに街の噂話に興じる男女。ちなみに、この曲はオペラの1幕に出てくる子供たちの合唱だが、今回はダンサー自身によるスキャット(?)で対応。
う〜む、狙いはわかるが、イマイチ効果なかったような。カルメン、ホセ、エスカミーリオの三角関係を揶揄する後半はともかく、前半はダンサーに無理がある。吉本泰久を中心に男性5人で闘牛士の真似をするのだが、吉本が小柄なため、どうしても子供が真似ているように見えてしまうのだ。生と死がせめぎあう闘牛場。その張り詰めた空間を再現した状況で、それはキツい。やはりここは、長身で男前のダンサーにご登場願いたいものである。あるいは、「昔はいい男だったのよね〜」というおやぢにやらせるとか(それこそ、イルギス・ガリムーリンあたり、どうよ?)。それぐらいのひねりはあった方が面白いと思うぞ。
しっかし、カルメンの造型は如何なものか? 幻想シーンでの弱さの露呈(「私だって、こんな生き方いいと思っているわけじゃないのよ」みたいな)や、殺される直前に見せる過去への郷愁(ホセが差し出した薔薇の花に、一瞬、心が揺れる)なんて、笑止千万。
原作のカルメンはジプシーとしての掟に生きる女。オペラのカルメンは移り気なただの頭の悪い女。さらに、バレエ(ローラン・プティ)にもスペイン舞踊(アントニオ・ガデス)にも映画(ジャン=リュック・ゴダール)にもカルメンは存在する。だから、人それぞれにカルメン像があるのはわかる。わかるが、カルメンは「自由に生まれ、自由に死ぬわ!」と、胸を張るジプシー女なのだ。壮絶な美貌を持ち、残酷なまでに強靭。だからこそ、あの物語にも説得力が出るンじゃないのか?
結局、作り手が自分のわかりやすい世界観でしか物語を語れなかった、ってことなンでしょう。奔放に振る舞っていても、心は純。男たちに傷つけられ、運命に弄ばれ、ようやく真実の男に出会ったのに、どうしても彼の愛を信じることができず、最後は愛する男の刃に倒れる……。そうですか、そういうのが「普遍的な人間のドラマ」なんですか。
だいたいさぁ、どうして宝塚の作・演出家に台本を頼むよ? 女が男を演じるファンタジーの世界に生きる方ですよ。そこからして間違っていないか?
ったく、よーわからん。
確かに、新制作で気合いの入った舞台を見せてもらったとは思う。ダンサーも健闘していた。ただ、振付・演出的には「どこかで観た」感が強く、装置や照明もシンプルでありきたり。正直、舞台芸術としては凡庸な印象。あ、でも、衣裳はよかった。主に演劇の分野で活躍している前田文子を起用したのは正解。
今回、一番興味深かったのは音楽。「ミュージカル・ナンバーはオペラと順番の異なるものに」なっていて、おまけに、「ビゼーの他の作品をいくつか」使っているにもかかわらず、聴こえてくるのは、まぎれもなく『カルメン』の世界なのだ。明瞭なメロディ・ラインと色彩的効果に富んだ異国情緒。通俗的ではあるが、そこがまた、世界中に愛される所以なのだろう。