■2005年7月17日(日) 東京文化会館
英国ロイヤル・バレエ団『マノン』
[振付]ケネス・マクミラン [音楽]ジュール・マスネ
[編曲]レイトン・ルーカス、ヒルダ・ゴーント [装置・衣裳]ニコラス・ジョージアディス
[指揮]グラハム・ボンド [演奏]東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
ファム・ファタルとは、「恋心を感じた男を破滅させるために、運命が送りとどけてきたかのような魅力をもつ女」であり、恋愛が人生最大の関心事である“おフランス”の専売特許と言っても過言ではない。それが、イギリス人振付家の手にかかると、一体、どうなるのだろうか???
ちなみに、本公演が私にとっての初ロイヤルでございます。ジョナサン・コープのデ・グリュー狙いだったのに、「持病の内蔵疾患が悪化」で降板(泣)。代役は元ロイヤルで現在フリーのロバート・テューズリー。
【第1幕 パリ近郊の宿屋の中庭〜デ・グリューの下宿】

マノン     タマラ・ロホ
デ・グリュー  ロバート・テューズリー
レスコー    ホセ・マルティン
ムッシューG.M. ウィリアム・タケット
レスコーの愛人 マーラ・ガレアッツィ
乞食のかしら  ジャコモ・チリアーチ      他

舞台中央に座る全身黒ずくめの男。マノンの兄、レスコー。じっと客席を睥睨している。悲劇を予感させる不吉な幕開け。巧い。
そこは宿屋の中庭。女優や紳士、パリの商売女たちが入り乱れ、喧噪に満ちている。愛人と熱い抱擁を交わすレスコー。神学生のデ・グリューや富豪のムッシューG.M.の姿も見える。やがて、馬車が着き、マノンと老紳士が中庭に降り立つ。

マノンのタマラ・ロホ、小柄でややぽっちゃりした可憐な容姿とは裏腹に、ファム・ファタルのしたたかさが明らかに内在している。両親の命令で修道院に入らなければならない不幸を甘受している風を装いながら、巧みにデ・グリューを誘う。妖艶な手の動きと視線の使い方が秀逸。
デ・グリューのロバート・テューズリーは名家の出に相応しい品格や将来性を感じさせ、ファム・ファタルの毒牙にかかる男の資格は充分。女にまったく縁がなかった臆病で内気な性格が出ると、もっといいかも。この役は、ガラで踊られる《寝室のパ・ド・ドゥ》や《沼地のパ・ド・ドゥ》の印象が強く、とにかくサポートが難しいと思っていたが、どうしてなかなかソロも難しそう。ま、テューズリーは軽くクリアしておりましたが。

レスコーのホセ・マルティンは、乱暴なごろつきというよりも、女好きの陽気な兄ちゃんって感じ。原作におけるレスコーは本当に兄かどうかは怪しかったりするわけだし、そういう微妙な陰影があってもよかったような。踊りは、ダイナミックでキレがあってなかなかの迫力。
乞食のかしらのジャコモ・チリアーチ、弾けっぷりがメチャメチャ可愛い。

デ・グリューの下宿。マノンとの愛の巣。おままごとのような暮らし。愛の歓喜を《寝室のパ・ド・ドゥ》で描き、デ・グリューが出掛けた後のレスコーとG.M.の登場&プレゼント攻勢、続くマノンを交えた3人の踊りで、豊かさや快楽を愛するマノンの性質を描く。
お金さえあれば、その出所は気にしない女。それがマノン。自分の欲望に対してあまりにも素直。その瞬間その瞬間で自分にとって必要な男を選び取り、寝ることさえ躊躇わない。もちろん、他の男と寝たからと言って、デ・グリューへの愛が薄れたわけではなく、そうした行為とはまったく関係ないところで彼への愛は成立している。
いやいやいやいや、ロホのマノンは非常にマノンらしいマノンだわ〜。

【第2幕 高級娼家でのパーティー〜デ・グリューの下宿】

マノン     タマラ・ロホ
デ・グリュー  ロバート・テューズリー
レスコー    ホセ・マルティン
ムッシューG.M. ウィリアム・タケット
レスコーの愛人 マーラ・ガレアッツィ
マダム     ジェネシア・ロサート      他

高級娼家のパーティーには、理性と欲望が交錯する、退廃的で爛熟した18世紀フランスの雰囲気が欲しいなぁ……って、書いている自分もよくわかっていないンだが(笑)、なんつーか、単なるドンチャン騒ぎになっていないか?
マノンと客たちの踊りは、アクロバティックで扇情的で得も言われぬ美しさがあり、ロホが時々すんごい無表情になるのも、妙に妖しげだったり。客の中にデ・グリューを見つけても、動揺なんてまったくしないのもいい(悪いと思っていないンだから、動揺するわけがない)。
しっかし、大勢のダンサーがひしめき合って、しかも、その全員が小芝居するから、舞台の上がうるさくて堪らない。と思っていたら、マノンとデ・グリュー以外のダンサーが、一斉にストップモーション。よくわかってるじゃん。>マクミラン

お金さえあればデ・グリューに忠実でいられるマノンは、彼の切々とした懇願に対し、カードの勝負でG.M.の金を巻き上げるよう唆す。ンが、イカサマは見破られ、その場を逃げ出すふたり。

再びデ・グリューの下宿。お互いの愛を確かめ合うマノンとデ・グリューだったが、G.M.から貰ったブレスレットをめぐって諍いとなる。この時のロホの表情がすんごい。「あなたのことは愛しているけど、贅沢を犠牲にするのは絶対イヤ!」という心の叫びが聞こえてきそうだ。
原作のデ・グリューはそうした彼女の性質を理解しているが、バレエのデ・グリューはまったくわかっていない。そのあたりが甘いンだな。わかっていて、なお、離れられない。だからこそ、男はより深く懊悩するわけで。

警官を引き連れて下宿に乗り込んでくるG.M.。マノンは売春のかどで逮捕され、レスコーは射殺される。銃で撃たれて血が吹き出したのにはビックリ。
ムッシューG.M.のウィリアム・タケットは金満家のエロおやぢというだけでなく、虚仮にされて黙っちゃいない権力者の一面もしっかり出ている。

【第3幕 港〜看守の部屋〜沼地】

マノン     タマラ・ロホ
デ・グリュー  ロバート・テューズリー
看守      ギャリー・エイヴィス      他

売春婦としてアメリカへ追放されるマノン。そこで待っていたのは、流刑地の看守。マノンを捕えて甘い言葉を囁くが、彼女が靡かないとなると、一転、暴力に訴える。
看守のギャリー・エイヴィスが、病的なサディストというか、sexと暴力が同義語になっているような醜悪な男を好演。

看守を殺してしまったデ・グリューは、マノンと共にルイジアナの沼地へ逃げ込む。豊かさも快楽もすべて失い、マノンに残されたものは、デ・グリューの愛だけ。薄らいでいく意識の中を、走馬灯のように蘇る華やかかりし日々。激しく、痙攣的な、パ・ド・ドゥ。そして、愛する男の腕の中で息絶えるマノン。残されたデ・グリューの悲痛な叫びで幕となる。

う〜む、1、2幕に比べて、3幕のロホはイマイチかも。ぽっちゃりした顔がマイナスに働いているような。あと、ボロボロの状態なのにタイツだけ白いのも、痛々しさが半減。素足である必要もないと思うが、真っ白なタイツもどうかと思うぞ。

テューズリーからは、マノンの死を前にしたデ・グリューの切迫感がひしひしと伝わってきて、最後の叫びもすんごい感動的だったが、ワタクシ的には、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『情婦マノン』を思い浮かべたりして、あの壮絶なラスト(マノンの死体を逆さ吊りにして背負っていく)と比べたら、やはりイギリス人の作るものは甘いよな、などと思ってしまうのであった。