つう 中島綾子
陽輔 舩原孝路
ケンエモン 菊地研 (牧阿佐美バレエ団)
陽輔の姉 樹美 野上貴美子
侵入者 ユミ 木谷由美
レイ 矢沼礼子
マサ 安藤雅孝
ケンエモンの母 ヤエ 栗原弥生
風達 周東早苗、櫻井マリ、武政裕美、宮本亜美、竹内麻優子
情婦 ユキ 北川由紀
ハル 若林はるみ
偽りの患者 黒瀬まり子、栗山幸子、板橋久美
景色達 近藤可奈、久保田澄佳、高瀬美季、横川裕子、清水洋子 他
2幕は『白鳥の湖』の世界観で幕を開ける。
金持ちのぼんぼん・ケンエモンとその母親・ヤエをジークフリード王子と王妃に模して、舞踏会のパロディ。そこへ乱入してくるのが、3人組のユミ、レイ、マサ。彼らが連れて来たつうに一目惚れしたケンエモンは、彼女に猛然とアタック。それを見た3人組は、ある計画を立てる……。
ケンエモンの菊地研、登場シーンでいきなり高い回転(トゥール・ザン・レール?)を見せて、客席を沸かせる。頼もしい。時々、ジャンプの着地が流れたり、サポートが不安定だったりしたが、シャープでキレのある爽快な踊りがたっぷり観られたので、ワタクシ的には満足満足。
衣裳はレース模様の黒いシャツに黒いパンツ。跳び上がる拍子にシャツが捲れて見え隠れする腹筋がセクシー(笑)。何かまた大人っぽくなった?
衣裳に合わせて左耳には黒いピアス。シルバーのイヤーカフもしていたかも。クラシックじゃないから、そういうお洒落もOKね。途中で白衣を羽織るシーンもあって、それがまたよく似合っていたわ〜。
音楽がまんまチャイコフスキーだったので、ジークフリード王子を踊る菊地を、一瞬、夢想する(ダメですか、来年?>牧バレヱの芸術監督)。
景色達の可愛らしい雰囲気が妙にツボ。皆さん小柄で、テクニック的にも安定していて、和む和む。
ヤエの栗原弥生が凄みのある母親を好演。
ABC・FACTORYとは、「A(art)全ての芸術、B(ballet)バレエ、C(collaborate)共同して創りあげる、F(factory)工房という思いを込め」た命名で、「バレエを表現の基盤としながら、その枠に囚われることなく、いろいろな分野の方々と舞台芸術の可能性を探って作品を創作」しているそうな。
その志はわかるが、果たして、結果がついてきているかというと、ちょっと微妙。
原作の『夕鶴』は、愛情とお金、つまり、精神と物質との間で葛藤する人間の姿がテーマになっている。与ひょうは惣どと運ずの甘言に乗って、つうに機を織ることを強要する。自然経済に生きていた与ひょうが貨幣経済に目覚め、その結果、彼はつうを失う(「覗いてはいけない」という約束を破ったこともあるが)。しかも、木下順二は、自然経済と貨幣経済の対立を、言語の対立に置き換えているのだ。貨幣経済に生きる惣どと運ずの言葉をつうは理解できないし、同じく、ある瞬間から与ひょうの言葉も理解できなくなる。そうした原作の構造を、台本・演出・振付の安藤雅孝がどこまで理解していたのかは疑問が残る。
また、2幕は畳み掛けるような展開で、一見、面白そうなのだが、よく考えてみると曖昧な部分が多い。
例えば、つうが機を織る理由。1幕で機を織る理由もよくわからないが、2幕で彼女が機を織るのは、「陽輔の脚を治すため」となっている。ンが、彼女は医者が偽物(ケンエモンが扮している)だと気づいているのだから、いくら布を売って金を積んでも脚が治らないことはわかっている。しかも、機織りを強要するのは姉の樹美やケンエモンたちであって、陽輔ではない。それなら、何故、彼女は機を織るのか?
例えば、つうに一目惚れしたケンエモンの目的は、結局、どこにあったのか?
彼女を手に入れたかったのか? それとも、ただ単に金儲けがしたかっただけなのか?
さらに言えば、幕開けで舩原が観客に向かって「劇場へようこそ!」と語りかけることで芝居が始まるが、そのメタ・シアター的仕掛けは、一体、どこへ行ったのか?
あと、出演者の名前を捩っただけの役名も如何なものか? キャラクターを形作るものなんだから、本来ならもっと考慮するぞ。
……とか何とか言いながら、菊地研が素敵だったので、すべてよし(笑)。最終日のカーテンコールなんて、ハジけまくりだったンだから〜。勢いよく駆け込んで、まずは開脚ジャンプ!
その後も跳んで回って、ひとりでブラボーもらっておりました。
あ、そうそう、全体的に衣裳はよかったかな。