■2004年7月12日(月) 歌舞伎座
七月大歌舞伎 昼の部
長年、歌舞伎座の七月興行を受け持っていた猿之助が病気療養のため休演、代わって、玉三郎が澤瀉屋一門を率いることに。それが何と、十九年ぶりに『桜姫東文章』を上演するってンだから、これはもう行かねばなるまいっ! 澤瀉屋の面々に若干の不安を抱きつつ、今月も歌舞伎座の三階席に座る(今回は無事に最前列が取れたので、先月のような悲劇は免れたわ)。
【修善寺物語】

面作師夜叉王        中村歌六
夜叉王姉娘 桂       市川笑三郎
同  妹娘 楓       市川春猿
修善寺の僧         市川寿猿
楓婿 春彦         市川猿弥
源左金吾頼家        市川門之助     他

明治四十四年、明治座で初演された岡本綺堂による新歌舞伎。二代将軍源頼家の暗殺事件を背景に、芸術至上主義を貫く孤高の面作師夜叉王、気位の高い姉娘の桂、権力争いの果てに暗殺される若き将軍、それぞれの生き様を描いている。修善寺にある頼家の面をヒントに創作されたそうな。

修善寺に住む面作師の夜叉王には、ふたりの娘、気位の高い姉の桂と、夜叉王の弟子・春彦に嫁いだ妹の楓がいる。桂はその気位の高さから父や義弟を侮り、家の中は諍いが絶えない。そんなある晩、夜叉王に自分の面を作るよう命じていた頼家が、半年経っても面ができないことに業を煮やし、催促にやって来る。自分が納得できない面は渡せないという夜叉王に、頼家が斬りかかる。桂がそれを押しとどめ、出来合いの面を差し出すが……。

あいたたたた。夜叉王の歌六、芸術家の非情さが、これっぽっちも浮き彫りになってこないじゃん。壮絶な話だと思うのよ。徹底して芸術至上主義を貫く夜叉王。目の前で自分の娘が死のうとしているのに、自分の打った面が頼家の運命を予言していたと歓喜し、さらに、瀕死の桂に向かって「娘、顔を見せい」と叫び、断末魔の面を写しとろうと筆を走らせる。
それなのに、肝心の場面で笑いが起こってどうするよ?
う〜む、澤瀉屋一門、大丈夫なのか?
関係ないけど、みんな澤瀉屋だから、大向こうは名前でかけるのね(「笑三郎!」「春猿!」のように)。初めて知ったわ。

【桜姫東文章 −上の巻−】

相承院の稚児 白菊丸/桜姫 坂東玉三郎
清玄阿闍梨/釣鐘権助    市川段治郎
入間悪太郎         市川右近
奴 軍助          市川猿弥
口上役           市川寿猿
局 長浦          市川笑三郎
吉田松若          市川笑也
粟津七郎          市川門之助
役僧 残月         中村歌六      他

文化十四年、江戸河原崎座で初演された鶴屋南北の傑作歌舞伎。昭和四十二年、郡司正勝が補綴・演出、国立劇場で上演した舞台が評判を呼び、現在の定本になっているそうな。今回は郡司版をふまえて、奈河彰輔が補綴・演出。昼夜に分けての通し上演で、昼の部は、桜姫の前世・白菊丸と清玄が心中を図る発端《江の島稚児ケ淵》から、桜姫と清玄が零落してさまよい歩く《三囲》まで。
『桜姫東文章』と言えば、玉三郎出世作のひとつ。しかも、白菊丸と桜姫を演じるのは十九年ぶり。まさにファン待望の上演なのである。ちなみに、私も観るのは初めて。

まずは発端。長谷寺の所化・清玄は相承院の稚児・白菊丸と深い仲になり、心中を決意する。ところが、白菊丸が海中に身を投じると、清玄は急に気後れし、結局、ひとり生き残ってしまう。
白菊丸の玉三郎、その真っ直ぐな視線で若さや一途さを出していたが、さすがに、こういう役は難しいね。なんつーか、身体の輪郭が滲むのよ、若者特有の固さが感じられないのよ。
清玄の段治郎、たぶん初見。今回の大抜擢にどこまで応えられるか? とりあえず、この場面は玉三郎の貫禄勝ち。あ、でも、死に損ないの情けな男には、これぐらいがちょうどいいのか?

それから十七年後の《新清水》。
長谷寺の高僧となった清玄のもとを、吉田家の息女・桜姫が訪れ、一家が没落したうえ、生まれながらに左手が開かない身を厭い、出家を願い出る。そこで、清玄が十念を授けると、桜姫の左手が開き、中から香箱の蓋が転がり落ちる。これを見た清玄は、桜姫が白菊丸の生まれ変わりと悟る。
《桜谷草庵》は、ある意味、今日一番の見せ場っすね(笑)。
かつて自分を犯した男、しかも、子まで生した相手、釣鐘権助と再会した桜姫は、欲望の赴くまま、権助にその身を任せてしまう。
桜姫の玉三郎、出家の志固い貞淑な姫かと思いきや、自分を犯した見ず知らずの男を忘れられず、男の腕の刺青と同じ刺青を自分の腕にも彫り、そのうえ、その男の胤を身籠り、子まで産み落としていた……という複雑なキャラクターを、天性の美貌と濃厚な色気でたっぷりと魅せる。
清玄と権助の二役は段治郎。何とか抜擢に応えようと奮闘していたが、清玄には高僧としての貫禄や死に損ないの屈折が足りないし、権助には迸るような色気が足りない。あれでは姫を骨抜きにできません。あ、でも、長身なので玉三郎とのバランスはよかったわ。
ところで、着物を脱がし脱がされ……の濡れ場は、演ってる方は結構たいへんそうね。最後の決めポーズなんて、えらい無理な体勢のような。
長浦の笑三郎(年増向きなのか?)と残月の歌六、共に好演。
悪太郎の右近、桜姫の許婚にしては老け過ぎ。それ以前に、何言っているか全然わからない(幸四郎かと思ったよ)。

続く《稲瀬川》から《三囲》。
共にさらし者となった清玄に、この身を救って欲しいと頼む桜姫。白菊丸に対する贖罪の気持ちが、やがて桜姫への執着に変わっていく清玄。春雨降る三囲の土手で、ひょんなことから桜姫の赤子を拾った清玄と古蓑に身を包んだ桜姫は、互いの存在に気がつかぬまま、その場をすれ違っていく。
哀れな男なのだ、清玄は。最初は白菊丸に対する罪の意識から桜姫を救おうとしていたのに、いつしか本心から桜姫を愛するようになり、やがて、その愛情が異様な執着へと変貌していく。しかし、子供を抱くことでしか愛する女との絆を確認できない。
段治郎の清玄、心壊れた男の孤独や悲哀が感じられない。でも、一生懸命に役を勤めている姿勢は好感持てるので、暖かい目で見守っていこうと思う(甘いかしらん?)。

【三社祭】

悪玉            市川右近
善玉            市川猿弥

天保三年、江戸中村座初演。浅草の三社祭に出る山車人形が踊り出すという趣向の清元舞踊。
う〜む、全然面白くない。ふたりの息も合っていないし、軽妙さも躍動感もありゃしない。舞踊って、つくづく難しいと思う今日この頃。

■2004年7月12日(月) 歌舞伎座
七月大歌舞伎 夜の部
【桜姫東文章 −下の巻−】

風鈴お姫 実は 桜姫    坂東玉三郎
清玄/権助/稲野谷半平衛  市川段治郎
入間悪太郎         市川右近
奴 軍助          市川猿弥
葛飾のお十         市川春猿
判人勘六          市川寿猿
長浦            市川笑三郎
吉田松若          市川笑也
有明仙太郎 実は 粟津七郎 市川門之助
残月            中村歌六      他

昼の部の三幕目までに続き、夜の部は四幕目から大詰まで。
まずは、昼の部最後の《三囲》とつながるように今回新たに作られた《三囲土手》の“だんまり”から《岩淵庵室》。
桜姫の赤子を抱えた清玄は、かつての弟子・残月と元吉田家の局・長浦が暮らす庵室に身を寄せるが、清玄が金を隠していると誤解したふたりに惨殺されてしまう。その死体を埋めるために権助が呼び出されたところへ、女衒に連れられ桜姫が現れ……。
青蜥蜴の毒、顔の痣、墓掘り、生き返った死体に怨霊など、南北らしい怪奇趣味が満載。零落した桜姫が昔の姿に戻るあたりの鮮やかさも楽しい。
二役の段治郎、権助はまずまずという感じだが、清玄は相変わらず弱い。死してなお怨霊になって姫につきまとうほどの執着が感じられない。
ちなみに、桜姫との揉み合いの途中から清玄は吹き替え。出刃が喉に刺さり息絶える場面とか、死骸が起き上がって人魂が燃える場面とか、全部、功一が演じている。段治郎より男前なので、すぐわかる(笑)。
幕切れ、清玄と同じような痣ができた権助の顔を見て、桜姫が浮かべる表情──運命を受け入れる覚悟とも、ある種の開き直りとも取れる──がいい。

今回復活した《山の宿》では、大家に納まった権助のあくどさを見せ、《権助住居》では、“風鈴お姫”と呼ばれる安女郎になった桜姫の、お姫言葉と女郎言葉が混在する多面性を見せる。
この玉三郎が絶品! 姫と女郎の切り替えの鮮やかさは言うに及ばず、清玄の幽霊(功一の吹き替え)への悪態から、権助が父と弟の敵と知り、不憫と思いながらも我が子を殺し、権助を手にかけ仇を討つまでを、実に陰影深く演じてみせる。
ひとつ気になったのは、権助が自分の犯した悪事をツルツルと語るところ。桜姫が吉田家の姫だと知っている筈なのに、あそこまで事細かに話すのは、いくら酔っているにしても不自然。

大詰は《浅草雷門》。
吉田家の重宝・都鳥の一巻も戻り、父や弟の仇も果たし、お家は再興、めでたしめでたし。
「なんじゃ、そりゃー! ありえねー!!」な話だが、そんな荒唐無稽な芝居に説得力を与えられるか否かは、桜姫を演じる役者にかかっている。聖と俗が、あっけらかんとひとりの女に同居する面白さ。現代にこそ相応しい作品ではないか。
今回は玉三郎の体力面を考慮して、昼夜分けての通し上演にしたそうだが、ぜひ、近いうちに再演して欲しいものである。もちろん、相手役は仁左衛門で(すまん。>段治郎)。

義経千本桜 川連法眼館】市川右近宙乗り狐六方相勤め申し候

佐藤四郎兵衛忠信      市川右近
静御前           市川笑也
亀井六郎          市川猿也
源義経           市川門之助
佐藤忠信 実は 源九郎狐  市川右近      他

通称《四の切》。『義経千本桜』の四段目の切に当たることから、そう呼ばれている。
源義経の家来で静御前を守護してきた佐藤忠信が実は狐の化身だったことが明かされる場面で、肉親との縁に恵まれない義経と、親思いの狐の間に芽生える絆を、宙乗りなどのケレンを用いて描く澤瀉屋型。師匠の猿之助に代わって、右近が演じる。

何か怒ってる? 忠信の右近、メチャメチャ感じ悪い。子狐にしても、親への思慕がまったく伝わってこないし。
最後は宙乗りで客席を沸せていたけど、とりあえず、もうちょっと痩せた方がいいンじゃない? ワイヤー切れそうよ。
静御前の笑也もどうかと思うぞ。一体、義経のこと、どう思ってるのさ?