住民基本台帳ネットワーク差し止め等請求事件」

第二回口頭弁論 意見陳述

2003年5月30日 福岡地方裁判所302号法廷


私に……私の子どもたちに番号をつけないで

倉光道子(主婦)

 私は、1950年2月に生まれ25歳で結婚し二人の子供に恵まれ、幸せな生活を築いて参りました。どこにでもいる平凡な主婦です。住基ネット差し止め訴訟の原告になるまでは、裁判というものは自分と何も関係ないものだと思い、想像だにしたことがありませんでした。
 このような私が、強大な政府を相手に裁判を起こそうと考えるにいたった理由を述べたいと思います。

 私は、生まれた時に両親から期待と愛情をこめて「道子」という名をつけてもらい、以来53年間生きてまいりました。この「道子」という名は私のこれまでの人生とともにありました。私の人生と人格とが、この「道子」という名前にはきざま


れていると思っております。
 あなたは何者かと問われたら、もちろん「倉光道子です」と答えます。このように氏名とは、私が私であることを示す唯一のものであったと思うのです。しかし、2002年8月5日をもって、この私の名前は、少なくとも行政においては、何の意味もなさなくなりました。かわって、行政機関が私の知らないところで一方的につけた無機質な血の通わない11桁の番号にとってかえられました。そこには私の人生も、人格も感じることはできません。単なるモノに落としめられた気持ちになるのは私だけではないはずです。私は、何よりもこれが許せないのです。

 「牛は10桁、人は11桁」と住基コードについていわれています。自嘲を込めていわれておりますが、私はそら恐ろしくなるのです。いったい何のために政府は、牛に10桁の番号をつけたのでしょうか? 狂牛病を押さえ込むために、どの親から生まれ、いつ、どれほどの、どのような飼料を食べ、どの牧場で育ち、どのように処理され、どのような流通経路を経て、消費されたのか。すべての牛の生まれてから消費されるまでの過程を、国が掌握し完全に管理することが目指されています。コンピュータで情報を処理しやすくするために10桁の番号をつけたのでしょう。それでは私たち国民一人一人に11桁の番号をつけたのはなぜなのでしょうか? 目的は同じだとしか思えません。
 本年8月25日には、ICチップ付き住基カードが発行されます。このカードには、自治体の条例によって多くの機能を付けることが可能とされています。健康保険証、図書カード、商店街のポイントカード、交通機関のカード、公共施設の利用カードなど。確かに便利になる側面はあります。けれども逆から考えると、国や行政諸機関は、IC付き住基カードに付与された機能にともなう私たちの個人情報を、秘密に簡単に瞬時に手に入れることが可能となります。健康状態、病歴、思想傾向、いつ・どの店で・どのような商品をどれくらい購入したのか? いつどこからどこまで何を使って移動したのか? など、本当にたくさんの個人情報を集中して管理することができるのではないでしょうか。すでに地方自治体の持っている私たちの様々な個人情報は、住基ネットによって国や行政諸機関が掌握し管理することが可能となっています。どのような両親から生まれ、どこの学校へ通い成績はどうであったか、資格は何をもっているのか、職業は何か、収入など。11桁の住基コードを利用することによってあらゆることが集められていくのではないでしょうか。そしてこの集められた個人情報は、誰が利用するのでしょうか? 本人の私には知ることさえもできません。私のことなのに。
 防衛庁が全国の自治体に住基台帳から18歳の人のリスト・情報を抽出させ提出させていたことが発覚しました。なかには健康状態や戸籍まで提出させていたとこ


ろもあると聞きます。このようなことを数十年にわたって、全組織をあげて行っていたのです。この防衛庁も住基ネットを利用することは可能とされています。ゾッとするのは私だけなのでしょうか? 私の息子のところには、18歳のときに自衛隊から防衛大学受験の案内に人がやってきました。今考えると本当に腹がたちます。

 国民に番号をつけることで思いおこすことは、ナチスによるユダヤ人などの大量虐殺です。日本人の私にはよくわかりません。ヒットラーがユダヤ人を絶滅すべきだと思ったのかもしれませんが、それだけでは数百万人もの人を殺すことは難しかったでしょう。どの人がユダヤ人で、どこに住んでいるのかを調べて割り出さねばなりません。昨年、ユダヤ人などの大量虐殺をナチスが効率的に行う為のシステムを世界有数のコンピュータメーカーであるIBMが、直接、または、ドイツの子会社を通じて提供していたことを暴いたレポートが出版されたそうです。
 また以前に、ユダヤ人を運ぶルートの計画表や時刻表のことを証言する人をテレビで見たことがあります。きちんとしたシステムにのせて、列車は正しく運行されていたそうです。そういう優秀な人々の手による効率的な大量虐殺が遂行されました。強者が弱者におのを振りかざすとき、正常なことを述べる人々は抹殺されていきます。自分の命や家族の命を人質に強者に従わざるを得なくなります。過去の歴史をふりかえっても、世界を見渡しても、そのような状態にある国はたくさんあるそうです。今の日本は大丈夫なのでしょうか? すべての国民に11桁の番号を付けられた今、自由に発言のできなかった60年前の日本と同じ社会に戻らないと誰が保障できるのでしょうか。60年前より日本人が進歩したとはとても思えません。国民に番号をつけるような政府が成り立っているのですから。

 ひとりの母親として未来の子供たちに「その時大人は何をしてたの」と尋ねられたくないのです。
 今年生まれる子供たち、10年たてば10歳、20年たてば20歳です。
 今、まったく権利を述べることができない子供達、しかし責任だけはもたされます。自分自身で考え責任を持ち、自由に発言して、平和で公平な社会を目指すことができる未来へと一歩でも進めてあげることが私たちの義務だと思います。

 私に番号を付けないでください。私の子供たちに番号をつけないで下さい。今日生まれてくる子供達に番号をつけないで下さい。一人の母親として、切なる願いです。十分な審理をお願いいたします。


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