住民基本台帳ネットワーク差し止め等請求事件」

第一回口頭弁論 意見陳述

2003年3月14日 福岡地方裁判所301号法廷

   訴えにあたって

品野 実(毎日新聞終身名誉職員)


 1921(大正10)年福岡で生を享けた私が、国などを相手どり、住民基本台帳ネットワークの稼働差し止めを求める訴訟を、この福岡地方裁判所に提起するに至った心境を、戦争体験とジャーナリストの立場から述べさせて頂きます。
 政府・総務省による一方的な「改正住民基本台帳法」ネットワークで、主権者である全国民に承諾もなく、異なった11桁の番号を振り当て一元管理すること自体が国民主権を冒すものであります。
 また、旧憲法下の内務省を思わせるような総務省の強権によって自治体を締めつけ住民に総背番号制を強いるもので、現政権の有事立法への執着などと考え合わせると戦前の治安維持法への道すら危惧せざるを得ません。軍国主義と戦場を体験したジャーナリストとして、訴訟に加わらずにはおれませんでした。


 かつて私が臨時招集を受け、従軍させられました時、人間として初めて番号をつけられた「認識票」を渡され、戦死者の身元を知る術に使われることを知りました。
 政府・総務省が、一方的に全国民に番号を振り当てる事態に直面した私は、この過去の暗い体験を思い起こさずにはおれませんでした。以下、私の苦い思いを申し上げ、全国民を番号で管理する社会の危険性を訴えたいと思います。
 私は、1942(昭和17)年、太平洋戦争に入った翌年4月25日、青紙と呼ばれた3ヶ月間の教育招集を受け、福岡113連隊大隊砲小隊に入隊しました。徴兵検査では第二乙種の痩せっぽちで、戦時でなければ現役兵役は免れるのですが、国家総動員法(1938年4月1日公布)の時代です。その年の1月、東条英機陸軍大臣が「戦陣訓」を示達、捕虜となるより自ら死を選ぶことを正当化する狂気の社会になっていた頃です。3ヶ月経って、幹部候補生志願の意志を聞かれましたが、私は拒絶、除隊しました。
 入隊前から話があった毎日新聞の八幡通信部員として仮採用されました。毎日のように、市役所から発表される戦死者の家庭を訪問し、軍隊から伝えられた戦死の模様や人柄などを聞き、顔写真を貰って翌日の紙面用に本社送りするのが仕事です。一日に10人、20人を超える暗い日が続きましたが、死を美化することは避けました。
 西部本社経済部勤務の、雇員身分で正式入社となったばかりの1944(昭和19)年7月25日、今度は赤紙の臨時召集令状を受け取りました。教育招集を受けた113連隊に入り、門司港から輸送船で、米潜水艦の襲撃を受けながらシンガポールに上陸、マライ半島から捕虜の虐待死などで有名になった泰緬鉄道などを北上、ビルマ(ミャンマ)北方から中国雲南省にまで深く入りました。
 重慶を拠点に抗日戦争を続ける蒋介石を助けるため米英から送られる軍需物資ルートを遮断するという無謀な断作戦のために戦っていた竜部隊増援の補充隊でしたが、最先端で対峙していた拉孟守備隊は既に全滅していたのです。逃避行の中で、榴弾砲の至近弾を受け野戦病院に収容されたり、盲貫創を抱えマラリアにかかりながら敗走を続けました。敗戦を知ったのも米軍機が落としてくれたビラです。両陛下の写真入りで、終戦の詔勅が載せてありました。
 復員は米軍払い下げのリバティ型輸送船でした。復員列車からみた広島の原爆跡には絶句しました。
 日本に帰って最初に知った新しい憲法は本当に感動でした。前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」そして第9条で「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「陸海空軍


その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」まさに人類普遍の英知の結実と思えました。毎日新聞に復帰した私は社員に登用され東京社会部に留学させられました。極東国際軍事(東京)裁判を傍聴して歴史の轉換を見聞し、警視庁を回り始め帝銀事件にぶつかりました。青酸死の苦しみで水道を求め重なり合って死んでいる姿を勝手口から覗き見、翌日の朝刊で世間を震撼させました。その調査の流れで731部隊の存在が浮かび上がり、私は元中佐の身辺洗いに潜行しました。731部隊の細菌戦人体実験の最高責任者・石井四郎元中将はアメリカが免責、庇護し、細菌兵器をアメリカ新戦略に取り込んでいったこと、天皇の戦争責任やアメリカの原爆投下が東京裁判から外されたことが、朝鮮戦争、自衛隊の肥大、アメリカ介入のベトナム戦争などにからんで大きな問題を残したと思えます。
 その後の私の記者活動の中で体験した菅生駐在所爆破事件(1952年6月2日)が、共産党員の犯行にみせかけた警備警察のフレーム・アップであったことが裁判で暴露された時には、破壊活動防止法成立、公安調査庁発足の後でした。二年後の1954年、朝鮮戦争以来の警察予備隊が自衛隊となり、ついに世紀末には元号法制化、侵略の象徴であった日の丸、君が代の「国旗・国歌法に関する法律」(1999年8月13日)での強制と、旧体制への回帰が進みます。
 そして今日では、住民基本台帳ネットワークを施行する総務省を管轄する同じ政府は、有事立法の成立を期しており、同時に国会でも、衆議院憲法調査会が二年半にわたる論議をまとめた中間報告書を昨年(2002年)11月1日に発表しました。その中で、石破茂委員(自民)は「国民の権利・義務/国防の義務、徴兵制」の項で「自らの国家を守ることが奴隷的苦役であるような国は国家に値しない。徴兵制は憲法違反ではない」との意見を表明しています。石破委員は、「住民基本台帳ネットワーク」の欠陥を象徴するような防衛庁の情報公開請求者リスト事件などで更迭された久保元長官の後継に任命されイージス艦のインド洋派遣を決めた内閣の防衛庁長官であること、その任命権者である同じ政府に、国民を看視するネットワークを許してはいけない。
 以上述べたことは、国家権力が人間を番号で管理する社会を暗示しているのではないでしょうか。
 ソクラテスを例に引き「悪法も法なり」といいますが、ソクラテスは悪法に従わなかったために被告人となり毒杯を仰いだのであって、戦中、戦後、多くの冤罪を晴らした正木ひろし弁護士は「日本人の良心」の中で「法律に従うことのみを知って、改めることを知らなければ、人類は永久に革命を経験しないだろう」と言っています。20世紀の過ちを繰り返さないために深い審理をお願いします。


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