*モーリス・センダックって?*
センダックについて
*センダックのおいたちなど.
モーリス・センダックは、1928年6月10日、父フィリップと母サラの第3子としてニューヨークのブルックリンで生まれた。父は、ポーランドのユダヤ人のミュテットル(共同体)で生まれ育つが、ある少女を追いかけて17歳の時に両親の猛反対を押し切ってアメリカに渡る。ところが、すでに少女は結婚しており、フィリップはその後、ユダヤ人の経営するブラウス工場で働いていたサラと知り合い、結婚する。そしてモーリスは、広い世界とかけ離れたブルックリンのユダヤ人のコミュニティーの中で、アウトサイダーとして育つのである。
実際に彼のユダヤ人としての体験は、彼の作品の中に様々な形で映し出しているように思われる。第2次世界大戦中のユダヤ人虐殺や、それによってもたらされた家族の悲劇が、思春期の彼に大きな影響を与えた事は、言うまでもないだろう。第2次世界大戦勃発時、モーリスは13歳、奇しくもユダヤ教の成人式に当たる。
モーリスが生まれた翌年にウォール街で株が大暴落し、大不況が起きる。父が友人と経営していた会社は倒産して、センダックの家族は貧困のときを過ごす。こうした逆境において、モーリスは独自の力で道を切り開いて行った。高等学校時代から抜群の画才で頭角を表し、卒業後、マンハッタンで飾り付け職人の仕事につく。その後、からくり人形を考案して雇われたオモチャ店の人の紹介で、ハーパーランド・ブラザーズの名編集者アーシュラ・ノードストロムと知合う事になる。
1951年、マルセル・エーメの童話「おにごっこ物語」に挿絵を描き、1956年に、初めての自作の絵本「ケニーのまど」を出版する。1964年、代表作「かいじゅうたちのいるところ」でコルデコット賞受賞し、一躍有名になる。以後の彼のプロのイラストレーターとしての活躍、そして絵本作家としての軌跡は、世界中の多くの人の知る所である。
センダックの代表作
*センダックの代表作としては、
彼が自ら「3部作」と名づける
次の作品が上げられる.
かいじゅうたちのいるところ
モーリス・センダック/神宮輝夫(訳)
富山房 1975年
まよなかのだいどころ
モーリス・センダック/神宮輝夫(訳)
富山房 1982年
まどのそとのそのまたむこう
モーリス・センダック/脇 明子(訳)
福音館書店 1983年
(現在絶版)
注:この画像は出版社の許可を得て、掲載したものです。
センダックのテーマ
*センダックの作品の中にある、
2つのテーマ
■アウトサイダーとしての子ども (〜空想と現実〜)
センダックのアウトサイダーとしての視点は、彼の作品の特徴として生き生きと表現されている。彼の描く子どもは、独特の思想や行動の持ち主であるが、その反面子どもの日常にありがちな出来事を、とても見事に表現している。つまり、子どもはどこかにアウトサイダー的な面を持っているのである。自由なる子どもは枠組みにはめられることに抵抗し、その日常は猥雑である。
センダックは、子どもの現実にしっかりと向き合い、それを忠実に表現しようと努めた。
センダックの絵本の中には、悪戯を好み、小生意気な自己主張を持った子どもが、たくさん登場してくる。たとえば『かいじゅうたちのいるところ』のマックス少年は、母親に叱られて反抗し、かいじゅうのいる島に空想の旅をする。この旅は、マックスにとって心の問題に取り組むための船出とも言える。このように、センダックの作品は、母親ないし家から離れて「イニシエーション」をくぐり、帰る、という成長のパターンを描いたものが多い。
センダックによれば、「子どもは空想と現実とが柔軟に交じり合った世界を信じていて2つの領域の間をぴょんと渡ったり、戻ったりするのだという。そして、「人生を偽りなく反映する事、--空想の人生においても、現実の人生においても-- は、あらゆる芸術の基礎」(モーリス・センダック著『センダックの絵本論』より)とする。センダックはその作品の中で、子どもの現実を捉え、その怒り、とまどい、恐れ、挫折感、憎悪、愛情に正面きって取り組み、それを乗り越え解決していく子どもの姿を模索し続けたのである。
■リグレッションへの想い (〜母体回帰〜)
もうひとつ、センダックの絵本における重要なテーマとして、センダックが自ら「リグレッション」と名づける母胎回帰がある。たとえば、母親に反抗して空想の島に旅したマックス少年が、最後に母親の元に戻ってくるように、センダックは、人生においては不安な時もあるが、不安の連続ではない事を主張する。子どもは、自己の問題に対処するために、冒険の旅に出るが、帰るべき港が、暖かい母親の愛情があって初めてその冒険は、可能になるのである。マックスが長い旅路の末、家に戻ってくると、ほかほかと暖かい夕食が置かれている。このことは、この絵本と出会う子ども達をどれほど勇気付け、安心させる事だろう。
センダックの絵本における成長のパターンは、この母胎回帰を繰り返すという、要素を持って展開する。『まどのそとのそのまたむこう』のアイダは、妹が生まれた事に嫉妬し、生まれてこなければ良かったのに、と考える。しかし、この妹がゴブリンに誘拐されてしまい、妹を救うために胎内を暗示する不思議な洞窟に入っていく。弟や妹の誕生に際して子どもが抱くこのような感情は、ごく自然のものである。幼い子に対する嫉妬とそして愛情を、センダックはこの絵本の中で、見事に描いている。アイダは、自分自身の問題に立ち向かうために、母親の体内に帰っていくのである。この洞窟は、まさしく、ユングのいうところの「新生の場所」であるといえるだろう。母胎回帰は、子どもが成長するために必要な、完全な安全を求める帰巣願望なのである。
センダック語録
*センダックの言葉の中で、
印象に残ったもの
■かいじゅうたちのいるところ (コールデコット賞受賞挨拶)
私が言いたいのは、子ども達がごく幼いうちからすでに自分を引き裂く感情とはお馴染みであるということ、恐怖と不安は彼等の日常生活の本質的な一部であるということ、彼らは常に全力を尽くして欲求不満と戦っているのだという事です。そして、子どもたちが開放されるのは空想によってなのです。それは「かいじゅう」たちを飼いならすために彼らが持ってる最上の手段です。
■オンリーコネクトV (イーコブ他 岩波書店 1980年 )
私が嫌いなのは、つかみどころのない、ふわふわした空想です。
空想は、現実に10フィートも根をおろしてこそ、はじめて意味を持つのです。
■センダックの絵本論 (モーリス・センダック 脇明子訳 岩波書店1990年)
子どもがどんな現実の中で生きているかを考えると、ある種の子どもの本の、真実の半分しかみようとしない姿勢は、全く恥ずべき物であると言わざるを得ません。そうした本は、争いや苦痛の影など微塵もない金ぴかの世界を広げて見ますが、そうした世界をでっち上げるのは、自分自身の子どもの真実を思い出すことのできない、あるいは思い出そうとしない人達です。そんな人達の、削除項目だらけの人生観は、本物の子ども達の人生とは、何の関係も有りません。
センダックの作品に逢える場所
*センダックの絵本や原画が置いて
ある場所です。
機会があったら、是非行ってみてく
ださい。
■ローゼンバック美術館(フィラデルフィア)
Rosenbach Museum & Library
■ユダヤ博物館(NY)
Jewish Museum
■イルフ童画館(長野県岡谷市)
http://www.ilf.jp/
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