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聖母被昇天

 

  
海に浮かぶ118の小さな島からなる水の都・ヴェネツィア。今も少しづつ海に沈んでいる町です。でもこの町の人は言
います。「生活に合わせて町を変える必要はない」「人間の方が町に合わせるべきなのだ」と。そんなヴェネツィアの人
たちが「宝」と呼ぶ、一枚の絵があります。この教会の中です。
13世紀に建てられた簡素な外観。しかし、一歩中に足を踏み入れると、荘厳なゴシックの美に満ちた空間が広がりま
す。その絵は、中央祭壇の奧。礼拝に訪れた人々が見上げる位置にあります。今日の一枚。ティツィアーノ・ヴェチェ
リオ聖母被昇天縦6メートル90センチ、横3メートル60センチのこの巨大な祭壇画は、大きく3つの世界か
ら構成されています。
   
中央には大勢の天使たちによって、天国に召される聖母マリアの姿。上にはそれを迎え入れる父なる神。そして下に
は、この奇跡を目撃するキリストに選ばれた12人の弟子たちの姿。感動に打ち震えながら、まさにマリアが神に迎えら
れる瞬間を目に焼き付けようとする様が描かれています。
絵の物語は、キリスト教芸術の普遍的なテーマです。聖母マリアの死から3日後、魂がその体に立ち戻り、栄光に
満ちて墓から出て、天国へと向かう姿。マリアが自力ではなく、天使たちに支えられて昇天していくことから、「被
昇天」と呼ばれているのです。
 
描いたのはこの男。当時「画家たちの王」とまで呼ばれていたティツィアーノ・ヴェチェリオ。彼は16世紀イタリアにお
いて、最も人気の高かった画家でした。誰もが競うように、肖像画を画家に注文したのです。
時のローマ皇帝カール5世。権力を欲しいままにしたこの君主さえ、ティツィアーノの機嫌をとったと言われます
ヴァチカンの教皇パウルス3世は、一族の肖像画をティツィアーノの手に委ねました。絶大な信用を、画家は得ていた
のです。祈りの絵のはずです。ヴェネツィアの宝と呼ばれる祭壇画。生々しいマリア。一体どういうことなのでしょうか?

 「幻想の迷宮」・・・。ヴェネツィアは昔から特別な町でした。百を越える運河が町全体
を包み込み、ゴンドラが時の迷宮を案内します。たゆたう人生のように、ゴンドラが今日も水面で揺れています。ティツィ
アーノはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロと同時代、ルネサンスの画家です。
 ティツィアーノ円熟期の一枚。「ウルビーノのヴィーナス」。
これは裸体画の革命とまで呼ばれた絵です。画家は、その作品の力で同時代の誰よりも、後世の絵画に強い影響
力を残したと言われます。見る者を挑発するような、生々しいヴィーナス・・・。その姿は、16世紀ヴェネツィアで描かれた
ある絵がもとになっています。

 ジョルジョ・ダ・カステルフランコ。ヴェネツィアの先輩画家です。
彼が描いた「眠れるヴィーナス」。近代絵画の横たわる裸婦画の歴史はこの一枚から始まりました。絵が醸し出してい
るのは、見られていることをまるで意識しない無垢の美です。
この絵を参考に、ティツィアーノは「ウルビーノのヴィーナス」を描き上げます。
ある評論家は2枚の絵を比較してこう言いました。「ヨーロッパの裸体画の歴史において、ひとたび男性の視線を意
識した裸のヴィーナスたちは、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」の純粋無垢な処女性をついに回復すること
はなかった」 
ティツィアーノはこう呼ばれています。絵画にエロチシズムを持ち込んだ男。画家の描いたヴィーナス。それはリンゴを
かじった後のヴィーナスの姿。

さて、[聖母被昇天]の、このマリア様。この絵は、ティツィアーノが、画家としてまだ駆け出しの頃に描いたもの。
そしてこの中にこそ、官能の画家ティツィアーノの原点がある、というのです・・・。

ティツィアーノはヴェネツィアからおよそ100キロ離れた、イタリア・アルプスの小さな村に生まれました。彼がヴェネツィア
に出てきたのは、20歳の頃。画家としての成功を夢見て、工房のひとつに弟子入りしたのです。若いティツィアーノと深
い繋がりのある絵が、この教会に残っています。
彼が弟子入りした、ジョヴァンニ・ベッリーの作品です。当時の絵の主流は、厳粛で荘厳な宗教画でした。こんな絵
を手伝いながら、ティツィアーノは腕を磨いていったのです。
  
そして彼は間もなく、師匠と競作するまでに成長します。全体の雰囲気や色彩は師匠ベッリーニのもの。しかしティツィ
アーノの描いたといわれる部分は、すぐに分かります。例えば、股間に手を入れる男。例えば、女性のころもをめくろう
とする男。 ティツィアーノは一体、何を考えていたのでしょうか?彼が描きたかったもの、それはアルプスの村から
出てきて、ヴェネツィアで目にした驚きと神秘、そのものでした。当時のヴェネツィアは、「熟して腐った果実」と
呼ばれ、一万人といわれる娼婦が溢れる享楽の町だったのです。

彼がエロチックな絵を描くようになったのは、ヴェネツィアが快楽を中心に出来上がったことと無縁ではありません。画
家としての出発の時期に、彼の豊かな感性がエロチックな文化に触れたことは幸運でした。エロスを優先して描くこと
で、宗教や哲学といったカセを取り払い、人間の本質に鋭く迫ることが出来たからです。 
  
ティツィアーノが「聖母被昇天」を描く寸前の作品です。聖なる愛、俗なる愛
二人並んだ女性はとても似ていて、同じ人物の違う側面を現していると考えられています。そして俗愛として描かれたこ
のヴィーナス。モデルは、娼婦だと言われています。無垢の神々の姿ではなく、艶めかしく身をよじる娼婦。
それは伝統的なマリア像への挑戦でした。実はティツィアーノ、お気に入りの娼婦をアトリエに呼び、ポーズを取らせ
たのです。彼女と戯れながら・・・。描きたかったのは、まさにヴェネツィアのマリアでした。エロチックなまでに生き生きと
躍動するマリア。全てのものを包み込み、生み出す女性の力強さ。これがティツィアーノのマリアだったのです。このマ
リアの顔・・・。そう、俗愛のヴィーナスとよく似ています。
貞淑な女性の横で、身をよじるヴィーナス。そのモデルと同じ娼婦を、ティツィアーノは祭壇画の中央に描いたのです。
それはいわば、リンゴを食べた後のヴィーナスでありマリアでした。
人々が祈りを捧げ、仰ぎ見る祭壇画。そこに何故ティツィアーノは、こんなマリアを描いたのでしょうか?それは
画家としての成功を賭けた、いちかばちかの大勝負だったのです。

ヴェネツィアの画家は、当時独特の技法を用いていました。今では当たり前になった方法ですが、海に囲まれ、湿気の
多いヴェネツィアならではの技術です。当時はフレスコ画という技法が主流でした。漆喰を塗り、生乾きの壁に顔
料を水に説いて描き、乾燥と同時に色を定着させる方法です。
  しかしこのやり方は、ヴェネツィアには不向きでし
た。そこで油絵が取り入れられたのです。「聖母被昇天」のマリアを模写してもらいましょう。ヴェネツィア在住の画
家、グエリーノ・ロヴァートさん。ティツィアーノがいち早く油絵を始めたことと、このマリアの誕生は無縁ではありません。
絵の具を油で伸ばし、パレットで混ぜていきます。それをたっぷり筆に取って、カンバスに描いていく。まるでさざなみの
ようなタッチで絵筆を動かします。細部や輪郭がくっきりと描き込まれていきます。今では当たり前のこのやり方が、
フレスコ画全盛期の頃、人々を驚嘆させました。何より絵があでやかで、人物そのものも肉感的に見えたから
です。あのようなマリアは、油絵という技術なくしては考えられない作品だったのです。

ティツィアーノは、けして黒は使いませんでした。鮮やかな色こそ、薄暗い教会で映えることを彼は知っていたのです。
赤い衣のひだがエロチックにうねっています。ヴェネツィアの人々を驚嘆させた絵。その現場に向かいましょう。
 ティツィアーノの師匠・ベッリーニの描いた「聖母被昇天」。天に向かって立ち上がった
マリア。その姿はどこまでも清楚です。そして奇跡を見守るキリストの弟子たち。同じ「聖母被昇天」でもティツィアーノの
物とは全く違います。

 
理解できないのも無理はありません。鮮やかな油絵で描かれた上に、構図も斬新でした。手前に大きく描かれた人物。
足から手に繋がるその先に、マリアは一回り小さく描かれました。視線を上へ上へ引き上げ、絵の中の奇跡へと見る
者を引き込むドラマチックな効果。完成まで2年の歳月がかかったこの絵を、教会は受け取るべきか悩みました。この
絵は神への冒涜ではないのか!悩まし過ぎるマリア様。

ある日この絵を見た神聖ローマ帝国の使者は、教会が買わないのなら、すぐにでも自分たちが買い上げたいと
言い出しました。この絵に魅了されたのです。それ以降、教会は、このマリアについて一言も文句を言わなくな
ったのです。ティツィアーノの勝利でした。若い画家は革命的な絵を認められたことで、神聖ローマ帝国のお抱え画
家にまで一気に出世したのですから。

 今もヴェネツィアに残るティツィアーノの邸宅。ここで彼は、60年以上にわたって名声
を欲しいままにしました。こんな話が残っています。ローマ皇帝カール5世の肖像画を描いているときでした。ティツィア
ーノは筆を落としてしまったのです。するとその筆を、皇帝みずから跪いて拾い上げ、画家に手渡したのです
「画家たちの王」・・・皇帝がティツィアーノに付けた呼び名でした。
ティツィアーノは、100歳を過ぎたとも言われる天寿をまっとうしたのち(実際は90歳位)、あの絵と同じ教会に葬られま
した。つまり、ここを訪れ、聖母マリアを称えることは、ティツィアーノを称えることと同じなのです。500年の昔、突如登場
した革命的マリアの姿。
ルネサンスがヴェネツィアに生んだ奇跡「聖母被昇天」・・・ティツィアーノ、官能の一枚。

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