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「たいへんだあー」伸さんが飛び込んで来た。私の事務所は駅前にあるせいか、ちょっとした事でも、大仰にふるまって
知り合いが入って来る。
「どうしたのさ」伸さんは、流れ板さん、ならぬ、流れま、さんだ。なにびとか知らない?一つところにいつかぬ板前さんを
束ねている組合がある、日本そば職人あり、和食職人あり、なんでもござれだが、朝6時頃にでも組合に行くと、その日
必要な職人の求人が、組合に来ていて、たとえば、銀座の蕎麦屋さんだの、浅草の料理屋だので人手が足りない時、
出っ張って行く職人さんだ。
腕が良くて包丁一本で、日本国中を流れて行く職人のようにプロではない。あんなにかっこ良かったらいいのだが、、。
確か組合にはその日の給金の10%納める、と聞いている。
3ケ月単位が平均で、店側が気に入って、もう一期、もう一期、と伸びることもある代わりに、気にいらなければ、今日
明日にも首になるかも知れない。まあ、今流行りの派遣って奴だ。
「今、新橋のそばやに行ってるんですがね。オーナーと馬が合うのか、もう三回更新してもらいましたよ」「そりゃあ、伸
さん、良かったじゃないか。ところで、、」
「そうなんですよー。ちょっとこれ、見ておくんなさいよ」
腕を持ち上げる。腕の裏側に当たるところに、包丁傷の跡がある。数本見えた。
「へえっ、伸さんでも、弘法も筆の誤りをやるんだ、、」
「ちっ、違いますよ。包丁が勝手に飛んで来ただけなんで、、」
「はあっー?」
「そっ、そうなんですよ。実はね、、」
威勢の良い板前職人の伸さんも、ばかにおどおどしている。怖ろしそうに首をちぢめながら、口もとを近づける。
「新入りの流れまが入って来たんで、、」
「ふんふん、、」
「そいつが、妙に暗い、というか影のある奴で。自分の包丁を持って来て、でーん、とまな板の上に置いたんですがね。ど
うしたわけか、それが跳ねて、まな板におったっちまいやがった、、」
「ふーん、器用だねえ。マジック並みじゃないか、、」
「笑い事じゃないんで。それで、その新入りが抜こうとしたら、弾みで、飛んですべって、今度は俺の腕にぶつかった」
「また、間が悪い、、」
「でしょう?」
「それでその傷が、しょうがないなあ、事故なんだから、、」
「ところが、その後、その新入り、妙な事をいいやがった」
「なんだ、謝ってくれたんじゃなかったの?」僕は聞いた。
「そいつ、妙に、深刻ぶった調子で、『やっぱり、この包丁は使っちゃまずいのかなあ、、。なにしろ。人間の血を吸っている
からなあ、、』その後、ギロリ、と俺を見て、包丁をしまいやがったんですよ」
「なんだ、なんだ。そいつは、、」
「それでね、今日は店が休みなんで、そいつも競艇に出かけて行ったんで、実は彼の包丁を持って来てみたんですよ」
「ええっ、ぶっそうだなあ、、」
「神島さんはなんでしょう?除霊、浄霊師、とかなんでしょう?
キツネ憑きを治したりするんでしょう?だったら、包丁なんて、わけないやね。これが人の血を吸っているかどうか知らないが、
その、じょっ、じょっれい、とかをやってくださいよ」
包丁の除霊、浄霊ねえ。私は土の中に埋めて、葬式のまねごとをした。もちろん、新聞紙に包んでだが、霊能者ならいきさつを
知っているだろうが、悪いことに、その時、霊能者は旅に出ていた。思うに、二枚目だというその男は、女に包丁ででも、
傷つれられたか、女を傷つけたのではないか、と思った。
物につく因縁というのがあるそうだから、因縁がたっぷりー、ついていることだろう、、。その後、彼にたっぷり、除霊、浄霊の儀式
をしてやった。彼の周囲にバリアーを張り、彼に悪霊が憑かないようにする儀式、もっと大変だった。
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