守谷八景(その2)
 

前回は下の守谷八景のうち④、⑤を回りました。今回は一気にほかのすべてを回ろうと思います。回る順序はこの通りではなく、①については別のシリーズ(「常総散策」)に掲載しましたのでこちらをご覧ください

① 長龍寺の晩鐘(本町地内)
② 守谷城城山台(しろやまだい)回顧(本町地内)
③ 守谷城大手門二本松(本町地内)
④ 守谷沼の朝霞(あさがすみ)(本町地内)
⑤ 河獺(かわうそ)弁天の夕照(本町地内)
⑥ 西林寺一茶の遺跡(本町地内)
⑦ 八坂神社の蝉時雨(本町地内)
⑧ 石神の松翠色(まつみどりいろ)(本町地内)

さて、最初はこれも何度も訪れています、「③ 守谷城大手門二本松(本町地内)」です。

守谷城大手門二本松

写真1 守谷城大手門二本松

写真1は、右手が守谷小学校と、「平将門城址」の碑、左手に「茨城百景」の碑と並んで「守谷八景」の碑があります。

1978年当時の碑と松ここには今では松の木がありませんが、左の写真(1978年当時。撮影は筆者)には、立派な松がありました。もっともこれが「守谷城大手門二本松」そのものであるかどうかはわかりません。
しかし「守谷町町村制施行100周年記念誌 守谷わがふるさと 写真でつづる一世紀」(平成2年)の32ページには、大正中期で、まだ守谷小学校が移転される前(現在地移転は昭和4年)のこのあたりの写真が掲載されていて、その説明に「松は昭和五十五年(1980)ごろ枯死し」とありますから、左の写真の松は、最晩年の様子かもしれません。とすれば、この写真の松こそ守谷八景の松そのものです。
守谷八景が選定されたのが1955年ごろだそうですし、先の本の写真の枝ぶりもなんとなく似ています。

もう一枚、筆者がいつも参照している「将門傳説」(梶原正昭 矢代和夫 新読書社 1975年)の22ページから引用します。下の写真です。いつごろかはわかりませんが、この本は新版で、その前は1966年ごろです。さらに守谷小学校が鉄筋校舎になったのは1975年です。
というわけで、この本のために撮影したとすると1960年代半ばかと考えられます。
                                「将門傳説」より同位置の図

上の写真2枚は番外編でした。
なお、写真1の左手には、守谷城の土塁が現存しています。

さて、ここで、位置関係を頭に入れるために、「守谷町史」(昭和60年)167ページから、「守谷城平面図」を引用しておきます。こちら。(もっと詳しく正確な平面図は、平成8年守谷町教育委員会発行の「守谷城址」にあります。守谷城址全般の発掘報告書ですが、これについてはまた改めてご紹介する機会もあろうかと思いますので、ここでは省略します)

このあたり一帯はこのように旧守谷城の敷地内で、先に訪問した守谷城址公園の入口に、「② 守谷城城山台(しろやまだい)回顧(本町地内)」の碑があります。先の訪問時には、気がつきませんでしたので八景碑のみ掲載します。城址公園についてはこちら

守谷八景守谷城城山台(しろやまだい)回顧碑(いちばん右の白い柱)

写真2 守谷八景守谷城城山台(しろやまだい)回顧碑(いちばん右の白い柱)

せっかくの守谷城址ですから、もう一枚。

守谷城址遠望

写真3 守谷城址遠望

写真3は小貝排水路方から遠望した守谷城址の大地です。一番手前が「妙見郭(みょうけんくるわ)と呼ばれていた所で、妙見八幡宮が祭られていたと、守谷市教育委員会案内板にあります。妙見菩薩は、我らが平将門を思わせます。

守谷小学校から町並みに出ると、守谷総鎮守「八坂神社」があります。「⑦ 八坂神社の蝉時雨(本町地内)」です。

八坂神社 1983年ごろの八坂神社

写真4 八坂神社

写真5 1983年ごろの八坂神社

写真4は、現在の八坂神社です。ここでも昔の写真と比べてみました。写真5は筆者が撮影した1983年のものです。

守谷八景八坂神社の蝉時雨碑 1983年ごろの碑と道路元票

写真6 守谷八景八坂神社の蝉時雨碑

写真7 1983年ごろの碑と道路元票

なぜここでも古い写真を掲載したかといいますと、写真6でお分かりのように碑は現在でもあるのですが、神社境内の周りの石柵にまぎれて非常に分かりにくくなっているため、昔の写真7を掲載したかったからです。写真5や写真4では切れてしまっていますが、正面左の脇に、写真7のような道路元標がありそのちょうど上に当たるところに、碑があります。

旧市街地(県道守谷流山線)を東へ歩くと、左へ入る幾筋かの道がありますが、守谷薬局を過ぎたところを左に折れます。

石神神社と稲荷神社 石神神社と稲荷神社鳥居

写真8 石神神社と稲荷神社

写真9 石神神社と稲荷神社鳥居

突き当たったところに、写真8のような階段があり、鳥居があります。面白いことに、この鳥居には額に二つの神社名が書かれていて左側が「稲荷神社」(赤い字で書かれています)、右側が「石神神社」となっています。写真9でよく見ると、祠も同じような大きさ形のものが二つ並んでおり、稲荷神社の方は赤く塗られています。お稲荷さんですから当然ですか。

守谷八景石神の松翠色(まつみどりいろ)碑 石神神社と稲荷神社東側階段
写真10 守谷八景石神の松翠色(まつみどりいろ)碑 写真11 石神神社と稲荷神社東側階段

さてここが「⑧ 石神の松翠色(まつみどりいろ)(本町地内)」です。写真10が境内に草で埋もれている碑です。東側には写真11のような、少し長い階段があります。

こちらの地図によれば、ほぼ中央に「稲荷神社」とあって「石神神社」とはありませんが、守谷市の資料「守谷八景めぐり」(平成19年2月12日)には「樹齢四、五百年ともいわれる大老松一本がそびえたっていた。町指定文化財であったが、松くい虫のため枯れて伐採された。このあたりが旗本久世斧三郎広徳の知行所であった頃(明和6年、1769年の頃)、ここに陣屋が置かれていた。」とあります。
この資料は守谷市中央図書館3階で閲覧できます。

県道守谷流山線に戻り、また東へ歩きます。
緩やかな坂を下り守谷郵便局を過ぎてまた緩やかに上りますが、その途中を左に入ると西林寺です。ここに「⑥ 西林寺一茶の遺跡(本町地内)」があります。
ここも以前訪問していますので、そちらでご紹介します。入口の右側に写真12守谷八景西林寺一茶の遺跡碑があります。

守谷八景西林寺一茶の遺跡碑

写真12 守谷八景西林寺一茶の遺跡碑


というわけで、守谷八景は全部回り終えたようです。

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