最新情報ヘッドライン Vol.45

訴訟ラッシュ 社員発明の「正当な値段」
〜青色LED訴訟地裁編〜
(週刊ダイヤモンド 2002.11.2)




「発明は誰のものか」〜特許訴訟〜

「発明は会社のものか、社員のものか」その答えを求める特許訴訟

が相次いでいる。青色発光ダイオ−ド(LED)の開発者として世

界的に知られる中村修二・カリフォルニア大学サンタバ−バラ校教

授(48歳)の訴えに東京地裁の中間判決が出た直後、今度は味の

素の元社員が人工甘味料の製造特許に関する訴訟を同地裁に起こし

た。社員の発明に対する「正当な対価」とは何かをめぐる争いは、

ますます過熱しそうな雲行きである。

 中村教授がかつて勤務していた日亜化学工業(徳島県阿南市)を

相手取り、特許権の帰属確認などを求めた訴訟の判決が9月19日

東京地裁であった。三村量一裁判長は「日亜に特許の権利を譲渡す

る暗黙の合意があった」と述べ、特許権は会社側に帰属するとの中

間判決を言い渡した。

 中村教授側の敗訴となった判決だが、いわゆる「中間判決」と名

づけられるように、特許権の帰属先をめぐる争点だけを判断したも

のだ。教授は訴えのなかで、仮に特許権が会社にあるとされた場合

譲渡した対価の一部請求として20億円を支払うよう求めている。

今後は会社が発明者に支払うべき「相当な対価」の額に絞って審理

が進められ、来春にも最終判決が示される見通しである。

 日本を飛び出し、アメリカへ頭脳流出した「ノ−ベル賞に最も近

い男」といわれる世界的研究者が、古巣の企業を訴えたことで話題

を呼んだ、特許訴訟の内容についてあらためて説明しておこう。


 中村教授は日亜に勤務中の1990年、信号機や大型スクリ−ン

などに利用される高輝度青色LEDの開発に成功、その中核技術は

「404特許」として登録された。日亜はこの発明もあって年間売

上高を約200億円から800億円台に伸ばしたが、中村教授が得

たのは2万円の褒賞金だけだった。

 そこで、中村教授側は、@会社は青色LEDの開発を中止させ、

別の研究を命じていたので、特許法35条に規定する職務発明では

なく自由発明に当たる、A90年当時、特許を会社に譲渡する契約

はなく、発明者に特許権があることすら知らなかった。仮に職務発

明だとしても、会社は相当の対価の一部として20億円を支払うべ

きである−と強く主張した。

 これに対して中間判決は、「勤務中に会社の設備を使い、同僚の

手助けを受けている以上、職務発明に該当する。会社が開発を中止

させるような事情があったにせよ、それは対価の額の算定の際に考

慮されるべき事情にすぎない」と判断し、自由発明であるとする教

授側の訴えを退けた。

 そこで教授が404特許を日亜に譲渡したかどうかが焦点となり

中間判決はまず「日亜の昭和60年改正社規第17号が特許法35

条にいう「勤務規則その他の定」に該当するものとして存在した」

と認定した。そのうえで、「遅くともこの発明がされる前までに中

村教授と日亜との間で、職務発明については会社が特許を受ける権

利を承継する旨の黙示の合意が成立していたと認められる」と判断

した。

 また、日亜の譲渡証書に鉛筆で書かれた「中村修二」という直筆

サインについても、中村教授が会社名義で出願、登録されたことを

認識していながら訴訟を起こすまで10年以上のあいだ異議を述べ

ていない、社規に従って2万円の褒賞金を受け取っている−などを

理由に、譲渡契約が成立しているとして日亜側に軍配を上げた。平

たくいえば、「特許は会社のもの」という明確な判断を示したわけ

だ。

 中間判決を受けて、中村教授は「意外な判決」とひと言述べた後

その内容に強い不満を口にした。

「法律を無視して産業界が困らない判決を出したのは明らかで、こ

れでは日本は法治国家とはいえませんよ。日本の研究者や技術者は

ものすごく不遇だし、相変わらず奴隷の状態にあるから、それを改

善するためにこの裁判をやったのに、日本はまったく変わっていま

せん。私は特許権を譲渡するとかひと言も言っていないのに、判決

は「暗黙の合意があった」と判断して会社に帰属すると認めたり、

法理論が完全に無視されています。今回は404特許の相当な対価

として20億円の支払いを要求していますが、仮に満額認められて

も、特許権の本人帰属を求めて東京地裁に控訴する考えに変わりは

ありません。「相当な対価」も最低100億円以上は取らないと意

味がないと思っています」


高額報酬で成果に報いる大企業の制度整備が始まった

 社員が自らの発明についての権利を求める訴訟は、味の素以外の

企業にも波及し始めている。終身雇用、年功序列を軸にした日本の

雇用慣行では「発明は会社のもの」という意識が一般的であった。

だが、本来特許法は「産業上利用することができる発明をした者は

特許を受けることができる」(29条)と社員の保護を前提にし、

「社員が特許権を会社に譲渡した場合、相当の対価の支払いを受け

る権利がある」(35条)と規定する。

 そうした趣旨が多くの企業関係者に知れ渡っただけでも゛中村効

果゛の意義は決して小さくない。今回の中間判決は特許権の帰属を

めぐる争いで企業側が勝訴したものの、「相当の対価」については

「発明した社員は社内の職務規程などに拘束されず対価を請求でき

訴訟になれば裁判所が決定する」と述べ、発明者の保護を強く打ち

出した。

 雇用の流動化が進み、優秀な研究者、技術者ほど海外に頭脳流出

する傾向が強まる現状で、産業界がこの中間判決にほっと胸を撫で

下ろしているだけでは何の解決にもつながらない。実際、企業のな

かには特許訴訟や優秀な研究者の流出を防ぐため、社員の発明に高

額の報酬で報いようとする動きも出ている。

 ホンダが最高50万円だった特許報奨制度の上限を撤廃して青天

井にしたり、三菱化学が収益への貢献度が高い特許を発明した社員

に最高2億5000万円の報奨金を支給する制度を設けたり、各社

とも受皿づくりに余念がない。

 中国をはじめとするアジア諸国が台頭するなか、日本が21世紀

も技術立国として生きていくには、優れた発明をした研究者、技術

者をいかに処遇するかがカギを握っている。

「特許は誰のものか」という問いに明確な規定やル−ルづくりを急

がない限り、訴訟が増えるばかりか、ますます優秀な人材の流出を

招き、日本の産業競争力のさらなる低下につながることは誰の目に

も明らかであろう。


参考リンク

 「青色LED判決」は場外大ファウル

 「発明対価」あいまい決着〜青色LED訴訟高裁編〜