最新情報ヘッドライン Vol.13

お笑いアメリカ裁判A
〜「マックを食べてブタになった」訴訟〜

(週刊現代 2003.3.1)




肥満裁判で弁護士が太る

 新聞の死亡欄をチェックする男。やがて、めぼしをつけた男は葬

儀場へ顔を出す。

「ご主人は実にいい方でした。許せない事故です」夫を亡くし放心

状態にある老婦人に男は名刺を手渡す。82年に公開された映画「

評決」でポ−ル・ニュ−マンが演じた主人公は弁護士だ。病気や事

故死を探しては、遺族に近づく彼のような弁護士を「救急車を追う

者」と呼ぶ。救急車の行く先には病気や事故が待っている。遺族を

たきつけて訴訟を起こし、飯のタネにしようという輩である。

 タバコ訴訟は90年代に乱堀された金脈だ。いま新たな金鉱とし

て弁護士たちが注目しているのはファ−スト・フ−ド業界である。

 02年7月、50年代からファ−スト・フ−ドを食べ続け、96

年と99年に2度の心臓発作を経験した50代の男性が、マクドナ

ルド、バ−ガ−キングら4社を訴えた。身長178p、体重123

sのこの男性は「心臓発作を起こしたのはファ−スト・フ−ドによ

って不健康な食生活を強いられたからだ。牛肉100%と聞いて体

にいいと思っていたのに」と主張した。

 男性の弁護士は「全米から同じ境遇にある人たちを集めて原告団

を結成し、集団訴訟に発展させるつもりである」と宣言している。

 02年11月、早速この弁護士は二の矢を放つ。ニュ−ヨ−ク州

に住む3人の子供たちの原告代理人としてマクドナルドに対し、集

団訴訟を起こしたのである。

「子供たちが太ったのはハンバ−ガ−のせいだ」荒唐無稽と思える

訴えだが、この弁護士は「マクドナルド製品が肥満児童を全国的に

生み出す原因となっている。これは深刻な問題に対する深刻な訴訟

だ」と悪びれない。


誰が「食べろ」と強制したのか

 肥満はアメリカ社会の大きな問題となっている。体重を身長の2

乗で割った値を「体格指数」という。この値が20以上25未満で

あれば正常だ。いまや全米の成人の60%がオ−バ−ウエイトであ

り、うち5900万人が肥満であるという。

原告の子供3人の体格指数も56,36,45と紛れもなく危険水

域に侵入している。

「店内のポスタ−やパンフレットに適切な栄養表示があれば、食べ

るのを控えたはず。カロリ−や脂肪分を明示しないのは消費者を欺

く行為である」と主張する原告側の弁護士に対し、マクドナルドは

こう反論した。

「ハンバ−ガ−が高カロリ−で脂肪分に富むことは一般的に知られ

ている事実である。あえて店内に表示する必要があるとは考えてい

ない。全米の家庭には90万種類のメニュ−があるという。その一

つに過ぎないマクドナルドがなぜ個人の食生活の全責任を負わなけ

ればならないのか。まったく理解できない」

 地元メディアが行った世論調査でも「マックに責任はない」との

意見がおよそ90%を占めたという。

 1月22日、連邦地裁は原告側の訴えを退けた。マクドナルド製

品が高カロリ−、高脂肪分であることは広く知られた事実であり、

自らの暴飲暴食による肥満を法廷で救済してもらおうと考えるのは

間違いだという理由からである。

「誰もマクドナルドで食べることを強制されてはいない」裁判官は

こう述べたという。

「人は一夜にして肥満になるのではない。マクドナルドに責任はな

い」と勝利宣言をした。

 だが、「肥満裁判で弁護士が太り始めた」と揶揄されるこの裁判

は、完全に終息したわけではない。訴えを退けた裁判官は、こう付

け加えているのである。

「訴えの根拠となる合理的な情報を示せば、受理は可能になる」


カネで転ぶ有名鑑定人たち

 いまや巨額賠償金が当たり前となったタバコ訴訟も、訴えが認め

られるまでは幾度も退けられたという。

 タバコ訴訟では、全50州の各州政府が医療費が高騰した理由と

して喫煙による健康被害を挙げ、タバコ各社に損害賠償請求訴訟を

起こした。98年に大手4社が総額2060億ドル(約26兆円)

の支払を約束することで和解した経緯があるのだ。

現在、全米で肥満対策に要する医療費は年間1170億ドル(約1

4兆円)にも及ぶという。マクドナルド訴訟も医療費問題から切り

崩しを受ける可能性がある。

 弁護士には、勝算がある。頼りになるのは、陪審員制度を知り尽

くした法廷戦術だ。法廷に持ち込めばいかようにも勝負できるとい

う算段がある。

一般市民から選ばれる陪審員が、原告・被告双方の弁護士の主張を

聞いて、より心を動かされた側に有利な判断をしてしまう可能性は

前回指摘したとおりだ。弁護士は心理戦術を学び、ときには演技さ

えしてみせる。

 事故をめぐる案件では、陪審員の情に訴えるのに鑑定人が一役買

うこともあるという。鑑定人が事故原因の科学的な解説を詳述した

ところで、素人である陪審員が十分理解できるとは限らない。陪審

員受けする説明上手な鑑定人を出すことが法廷戦術上有利となるの

だ。


「いくらの正義にしますか」

 陪審員の心理を揺さぶる一方、弁護士は被告企業がいかに儲かっ

ているかを強調することも忘れない。

「それだけ利益があるならカネを出させるべきだ」という方向に陪

審員を誘導するためである。

巨額損害賠償訴訟を専門にする弁護士たちが情報交換するウェブサ

イトもあるという。

 賠償訴訟を仕掛ける原告側の弁護士は、成功報酬契約を結んでい

る。裁判で勝ち取った金額の3分の1から40%程度を手にすると

言われる。報酬を得るだけなら、弁護士は必ずしも裁判に勝つ必要

はない。和解に持ち込んで和解金から報酬を得る手もあるのだ。

 被告側の弁護士は通常タイムチャ−ジ契約を結んでいる。時間い

くらで報酬を受け取るシステムだ。相場は1時間当たり100〜5

00ドルだが、「髭を剃っている間も訴訟のことを考えていたから

報酬を寄こせ」というジョ−クがあるほどだ。裁判が長引けば長引

くほど弁護士費用がかさんでくる。被告側は予想される賠償額と弁

護士費用を秤にかけ、損得を見極めたうえで和解に応じることがあ

る。

 マクドナルドも過去に和解した経験がある。94年、マクドナル

ドで買ったコ−ヒ−をこぼして火傷を負った女性が「店の配慮が欠

けており、コ−ヒ−が熱すぎたことが原因」として訴えた裁判だ。

64万ドル(約6400万円)の賠償金支払を命じられたマクドナ

ルドはいったん控訴することを表明したが、その後突然和解した。

マクドナルドは和解金額を公表していない。

 いま日本は、陪審制度導入の検討をはじめ、アメリカの司法制度

を取り入れていく方向にある。弁護士の鈴木仁志氏が指摘する。

「弁護士がメニュ−を示し、「おいくらの正義がよろしいですか」

と訊ねる風刺画があります。報酬額によって主張の内容まで変える

という意味です。アメリカでは、大御所の弁護士が「裁判の内容的

な真実性を問わない」とハッキリ口にします。アメリカの制度を無

批判に取り入れてしまったら真実の発見という司法の最も大切なも

のを失うことになりかねない。日本がアメリカと同じような状況に

陥ってしまうことも考えられます」