最新情報ヘッドライン Vol.16

お笑いアメリカ裁判D
ペニス1本4億8000万円なり

(週刊現代 2003.3.22)




「弁護士=ウソつき」

 「私にお任せください。泣き寝入りする必要はありません。本来

あなたが受け取るべきお金を私が責任をもって確保いたします。お

問い合わせはフリ−ダイヤル」

 全米で100万人を越え、最もありふれた職業となった弁護士は

同業者との激しい競争に晒されている。生き残るには得意分野を前

面に打ち出し、テレビや新聞、雑誌などに広告を打って自らをアピ

−ルすることが必要不可欠だ。

 「弁護士がウソをついているのはどんなとき?」「口を動かして

いるとき」など、「弁護士=ウソつき」をネタにしたジョ−クは数

限りない。

 95年、勃起不全(ED)に悩む40代の男性がある泌尿器科医

を訪れた。医者はEDの治療として手術を勧め、男性と手術の同意

書を交わす。だが、手術は失敗し、その影響で男性のペニスは感染

症に見舞われた。約5pの切断を余儀なくされたほか、排尿時には

カテ−テルが必要になった。

男性は医療過誤として医者を相手に訴えを起こす。原告側の弁護士

はこう主張した。

「原告男性は大変恐ろしい損傷を負ってしまった。彼はED手術の

標準治療を行うことには同意したが、失敗した手術はペニスの拡張

を目的としたものであり、EDの標準治療とは言えない。また、原

告は、この手術によって感染症のリスクがあることを警告されてい

なかった」


裁判ゲ−ムのカギは審判選び

 アメリカの医療には、個々の病気の治療法や薬について「このレ

ベルで行う」と定めた標準治療が存在する。医者に何の過失がない

場合でも「標準治療を行わなかった」ことを理由に訴えられるケ−

スは珍しくなく、アメリカで医療訴訟が頻発する原因の一つになっ

ている。

 被告側はこう主張要した。

「行った手術はすでに確立されたものであり標準治療の範囲内だ。

手術内容に関しても事前に話し合いを行っている。感染症が起こっ

たのは不運であり、事前に警告することはできなかった」

 インフォ−ムド・コンセントという言葉がある。治療法や薬につ

いて、医者が患者に十分に説明し、患者の同意を得たうえで実行す

るというものだ。この概念は、日本では患者が自身に行われる治療

を十分に理解、医者と満足なコミュニケ−ションをとることができ

るようにするための権利と捉えられている。しかし、インフォ−ム

ド・コンセントは、医療訴訟が乱発すれるアメリカで医者の自衛策

として生まれたものだ。

 訴訟に備え、医者が自分の身を守るためにする医療をディフェン

シブ・メディスンと呼ぶ。事前に患者に治療内容を伝え、了解を取

りつけるインフォ−ムド・コンセントは、まさに医者が自身の身を

守るためのディフェンシブ・メディスンのひとつなのである。

 裁判の展開を決める一つのカギとなったのはジュリ−・セレクシ

ン(陪審員の選択)である。

 陪審員は、裁判ゲ−ムにおける審判である。本来は公平な立場か

ら証拠の検証を行うべきだが、一般市民から選ばれる陪審員は司法

の素人であり、原告・被告双方の弁護士の主張を聞いて心を動かさ

れた方に有利な判定を下す傾向にある。どんな人間が陪審員を務め

るかは裁判の重要な要素となるのだ。

「ジュリ−・セレクションで勝負は決まる」巨額賠償訴訟を手がけ

る弁護士たちは口癖のようにこう語るという。

 通常6〜12人程度が務める陪審員は、まずその3倍ほどの人数

が裁判所に呼び出される。ジュリ−・セレクションは、これら予備

陪審員を3分の1に絞り込み作業だ。

原告・被告双方の弁護士は「この人は外してほしい」と避けたい人

物を指名する形で選択は進められる。関係者や知り合いなど利害が

絡む人物が入り込むのを防ぐため、「この人がいい」と残したい人

を指名することはできない。


医者は謝ってはいけない

 男性のシンボルをめぐる裁判だけに、原告側の弁護士にすれば陪

審員にできるだけ男性を残したい。他方、被告側がジュリ−・セレ

クションで男性を優先して落としてくるのは法廷戦略上明らかだ。

結果は男性6人、女性2人。原告側にとって願ってもない構成とな

った。

 原告側の弁護士は「男性が被った被害は深刻な障害であり、彼は

自殺を考えるほどに追いつめられた」と、ペニスに損傷を負った男

性の悲哀を訴え、陪審団にアピ−ルした。

 アメリカの医者は、どんなミスを犯した場合でも「患者や家族に

対して謝ってはいけない」と教育されるという。

ただでさえ乱発される医療訴訟のリスクを背負っているだけに自ら

非を認めるなど、ありえない選択肢なのだ。

 ことに被告の医者には絶対に引き下がれない理由があった。アメ

リカの医者なら加入するのが当然の医療過誤保険に入っていなかっ

たのである。敗訴してしまったら、科される賠償金を自前で用意し

なければならない。

 行われた手術は標準治療か否か、最後まで原告・被告双方の主張

は平行線をたどった。

 バ−ジニア州連邦裁判所の陪審団は99年6月、被告の医者に対

し賠償金397万ドル(約4億7640万円)の支払を命じる評決

を下す。ただし、バ−ジニア州は医療過誤訴訟における賠償金に上

限を設けている。裁判官は評決後、限度額である100万ドル(約

1億2000万円)まで減額する判決を下した。

 被告の医者の行動は素早かった。評決直後に自己破産申請を行っ

たのだ。年収8万8000ドル(約1056万円)の自分にはこの

賠償金は払えないと訴えて、破産宣告を受けたのである。彼には、

評価額310万ドル(約3億7200万円)と言われるプ−ルつき

の自宅があったが、裁判中に名義を妻に変更し、差押えを逃れてい

る。ちなみに、自宅の購入時に銀行に提出した書類には「年収55

万ドル(約6600万円)」と書かれていたという。


真実でなくてもいい

 今回のゲ−ムは規定時間内では原告が勝利したが、延長戦で被告

が引き分けに持ち込んだと見ることができるだろう。

 弁護士の鈴木仁志氏はこう話す。

「日本人の感覚からすれば評決や判決の内容が正しいかどうかが重

要です。しかし、アメリカの裁判の考え方は違います。裁判の内容

的な真実性は問わない、と言われるように手続として裁判が行われ

陪審員や裁判官が判断を下した、という事実を重視するのです。さ

すがに真実でなくてもいい、と正面切っては言いませんが、法廷で

手続を踏んで出された結論こそが、正義が実践された結果なのだ、

とアメリカ人は捉えています。裁判とは紛争終結のプロセスである

と明言するほどなのです」

 アメリカ裁判は、気まぐれな審判である陪審員を味方につけた者

が勝利するゲ−ムなのだ。