7月29日(土)ティチーノ地方への移動・ローヌ氷河
ドライブ(グリンデルワルト〜ローヌ氷河)
グリンデルワルト最後の朝、天気予報とはうってかわってどんよりと曇った空だった。ベルナーオーバーランドの山々もその殆どが頂を雲に隠している。最後の日に雄大な景色を眺められないのは残念だが、見えれば去りがたくもなるだろう。山ほどの荷物を小さな車につっこみ、グリンデルワルトを後にする。

インターラーケンまで下りてきてから東側に折れる。高速道路はウンターバッハまで。その先は一般道路になる。マイリンゲンの先で道路は11号線と6号線に分かれるが南へ向かう6号線に車を進める。ここから先は谷間を通る一本道である。道幅が広く、観光バスも通っているが、上り坂では観光バスを先頭に大名行列になることがしばしばだった。道路の両側には山々が連なっているが、その角度が急なため至る所に滝を見ることが出来る。小さな沢も流れ落ちてきていて山を深くえぐり取っており、その流れ落ちた先には大小の岩が重なり落ちている。春先の雪解けの頃には水量も増え、山頂の岩を削り落とすこともあるのだろう。岩が道路側にまでせまっているのをみると少し怖くなる。

つづら折り、トンネルを繰り返しながら、車はどんどん登っていく。遙か上の方に見える道路に、しばらく経つと自分たちがいるのだからスイス人の根性には感心してしまう。それ以上に感心するのは、この道を自転車で登っている人達がいることだ。下手したらひっくり返りそうな勾配を登っていっている。

グリムゼル峠に差し掛かったあたりで霧につつまれ始めた。いや、もう雲の中なのだろう。ある標高まで達すると数メートル先しか見えない状態になった。右の谷側も晴れていればよい眺めなのだろうが何一つ見えない。と、標識から道路のすぐ脇に人工湖があるらしいことが分かった。その水面さえ見えない。少々緊張しながら峠を越し、しばらく下ると、ある標高から一気に雲を抜けた。見えるのは果てしなく下りていくつづら折りの道だ。ここで少し道幅が狭くなったが一気に山を降りた。

ここでT字路。19号線に突き当たる。東側のアンデルマット方向、西側のシオン方向に分かれるのである。東側に曲がると、ところどころが工事中だった。冬に道路が傷むせいなのか、道幅を広げるためなのかよく分からない。急激な坂をどんどん登ったところにベルベデーレの駐車場はあった。

ローヌ氷河
駐車場は一般車両の他にもキャンピングカーやら観光バスでごったがえしていた。ここからはローヌ氷河を間近に見られる他、中に入ることも出来るのだ。早速娘に分厚いコートを着せてギフトショップに入る。この店の奥がローヌ氷河へ抜けることが出来るようになっており、入場料を払って通してもらうことになる。ペンギンのぬいぐるみに夢中になっている娘を説得して店の奥側へ出る。目の前に氷河が横たわっており、その上を歩いている人までいる。どう考えても危険だと思うのだが。

 
氷河の入り口               氷河の中は青色の世界

氷河の入り口まではがたついた木の階段や吊り橋を渡っていった。恐がりの娘はかなりびくついている。氷河の中に入ると、一面青の世界だった。ひんやりとした空気とで幻想的な感じがする。通路を奥まで行くと突き当たりに部屋が掘られており、二匹の白熊がいた。もちろん人間が着た着ぐるみ。記念写真を撮ることが出来るのだ。娘はすっかり怖がっていたがせっかくなので撮ってもらうことにする。主人はピッケルを、私と娘は白熊のぬいぐるみを持ってパチリ。送付先を聞かれて「オランダ」と答えると「それはいい」とカメラマンのおじさんが喜んでいた。送料を負担するならオランダと日本とでは大違いに違いない。

ドライブ(ローヌ氷河〜ルガノ)
そろそろ昼時なので食事にしようかと思ったが、駐車場向いのレストランは団体客で混んでいる様子だったのでもう少し東側で食事にした。ホテルと書いてあるが、建物はかなり傷んでいる。冬の寒さが厳しいのだろう。こじんまりしたレストランに親子と思しき女性が二人、カウンターの向こうに立っていた。ドイツ語のメニューしかないので若い方のウエイトレスに聞くとメニューを写した写真を持ってきてくれた。きちんとした食事はあまりないらしく、乾燥肉やチーズなどの保存食品ばかりだ。盛り合わせなどを頼む。かなりしょっぱい上にくせがあるので娘はほとんど手をつけない。ただ肉もチーズも独特のうま味がある。乾燥肉も想像していたほどには堅くない。サラミタイプのものは特においしいと思って食べた。

娘には持ってきてあったチーズ味のパイスティックを食べさせながら出発する。ベルベデーレを過ぎると道幅は一気に狭くなり、対向車とすれ違うのも苦労する場面が出てきた。下手をすると対向車がポストバスだったりして厄介だ。それにしてもこんなところまでポストバスのルートが網羅しているのだから恐れ入ってしまう。時によると、バスの後ろに郵便物を入れている箱を牽引していたりするのだ。ポストバスが単に観光用などではなく、生活に密着したものであることを実感する。

フルカ峠から先はずっと下り坂。道幅が広くなり、小さな街なども通り越すと、南下する2号線へ折れた。この道はよく整備されていて道幅も広い。交通量もかなりある。トラックなどがいることを見ると、産業用としても使っているのだろう。また上り坂を登っていく。森林限界を超えたところで不思議な風景に出会った。起伏のあまりない大地に飛び石のように岩が少しだけ顔を出しており、表面がなめらかに削られているのである。春先にこれらが川底になって削られるのか、遙か昔氷河に覆われて削られたのか。時折、この異様な風景をカメラに収めている人を見かけた。

急激な坂道を下りていくと高速のマークが見えてきた。アイロロ。ここで高速に合流するのだ。高速に入ると、出入り口などの表示が全てイタリア語になっているのに気付く。見かける町にもう木造のシャレーはない。石造りの建物が並んでいる様は、スイスというイメージからは遠い。ここからは長い長い下り坂だ。下りる毎に日差しが強くなり、空には雲が消え、深い青色に変わっていく。ティチーノは、アルプス北側とは別天地、南国だった。

ティチーノに入ってさらに高速をミラノに向かって南下する。南向きに走っていると日差しが直接当たり、エアコンのない車内はどんどん気温があがってシャツを脱いでTシャツになってもまだまだ暑い。後部座席で寝息をたてていた娘も、あまりの暑さに目を覚ました。それでも、オランダの水色の空を見慣れた目にティチーノの青空はまぶしいがうれしい。しばらくの南下後、目的地のルガノに辿り着いた。

ルガノのホテル

市街地図を持たずに市街地に入った私達は思いっきり迷ってしまった。後になれば南出口で高速を出ればよかったと分かるのだが、北出口で出てしまったためだ。坂の街は回り込む道ばかりのため方向を失いやすく、一方通行が多いのには閉口した。それでもなんとか湖畔沿いの道に出ると、リゾート地らしくホテルの名を示した表示板がきちんと出ている。ただ、私達の宿泊予定のホテルはその表示が分かりづらく、またもや迷ってうろうろしてしまった。結局思ったより遅く、到着は3時半頃だった。

そのホテルはピンクの外観が可愛らしいリゾートホテルだった。駐車場にもソテツがあって南国情緒満点だ。少々分かりづらい裏口の階段を登るとプールもある。娘のためにプールのあるホテルを選んだのだが、年輩の人達がプールサイドで日光浴をしており、子供がばしゃばしゃと遊ぶという感じではない。もっともルガノ全体がそうだとも言える。おしゃれをして歩いている人が多く、山から下りてきた私達はなんだか気恥ずかしい。

ホテルの内装もなかなかおしゃれだった。ワードローブを入れる所は引き戸になっているが戸全体が鏡になっているし、テレビ台も黒い木製の家具にしか見えないのに開けると冷蔵庫である。いかにもイタリアンという感じだ。それなのにテレビのチャンネルを回すとJSTV(日本語国際放送)まで入っている。

主人に娘をプールに連れていってもらい、私は洗濯に勤しむ。バスルームが洗濯物でいっぱいになった頃、主人が娘を連れて戻ってきた。日差しが強いとはいっても湿度が低いため、夕方になってプールサイドが日陰に入ると寒いのだという。確かに冷暖房完備のこのホテルも冷え性の私にはエアコンを切って窓を開けた方が丁度いい程である。

着替えるとホテルのダイニングに向かった。といってもメインダイニングは敷居が高くて入れそうにないので、オープンテラスになった店の方へ行く。やはりここに来たならパスタが食べたい。前菜の他、ペスカトーレを頼む。出てきて一口・・・「!!!」こ、こんなおいしいスパゲティは! 日本から直接来たならここまで感動しないのかもしれない。が、オランダに来てからというものフォークを回すとぶつぶつ切れるようなスパゲティにしか出会ってこなかった私達には絶品である。「スパゲティってこんなにおいしかっただろうか?」という感じである。娘にもスパゲティをお願いしたが「子供向け」ということで、ハーブの入らないシンプルなトマトスパゲティを特別に作ってくれた。この旅行が始まって娘は何度スパゲティを食べたのか数え切れないくらいだが、私は「いい? おいしいスパゲティっていうのは、こういうのを言うんだよ」と教え込んでしまうのだった。主人はとことん濃いエスプレッソにも満足した様子。三人とも苦しいほどにはち切れたお腹をさすりつつ部屋に戻った。

一つだけ、ハプニングがあった。化粧ポーチに入れていた化粧品の蓋が外れて中身がこぼれていたのだ。それだけ気圧の変化を体験したということだろう。とにかくその景色の移り変わりは劇的だった。車に乗りっぱなしだったせいで、写真をあまりとらないでしまったのが悔やまれる。



                        

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