



2003年02月24日開設
オンラインで一番くわしい?
南洋一郎先生 略歴&著作リスト
Some Links on
@3大オンライン書店
Yoichiro MINAMI
(1893-1980)
One of Japanese most popular authors esp. juveniles.
Born as Yoshimasa IKEDA. He has also other
pennames: Nobumasa IKEDA and Nobumasa OGIE.
His works has great many fans including Yukio MISHIMA.
His adapted translations of M. Leblanc's Arsene Lupin has
been well-received for nearly half a century
in not only Japan but also China and Korea.
志水 一夫 編
Edited by Kadzuwo J. SHIMIDZU
(Kazuo SHIMIZU)
○南 洋一郎
(ミナミ・ヨウイチロウ。1893-1980)
NHKドラマの 「おしん」 の主人公は明治34年(1901)生まれという設定だそうですので、先生の方が少しお兄さんだということになりますが、ほぼ同時代を生きてきたと言っても良いでしょう。
師範学校制度は教員の不足を補うために設立されたものですが、学費不要で在学中の衣食住が保障されるため、優秀でも家が貧しい人々に対する救済手段にもなっていました。
戦後の韓国近代化の父となった朴正煕大統領も、貧しい家に生まれながら師範学校制度に助けられた方です。
しかし戦後は、恩義を感じて国の方針に忠実だった師範学校出身の教員を戦犯扱いするような風潮が生まれたりして、欠点ばかりがあげつらわれ、制度自体も廃止に追い込まれてしまいました。
逆境の中にあっても常に希望と努力を忘れずに歩んでこられた先生の生涯は、そのまま作品の中に生かされています。
先生の略歴をまとめるに当たり、各著作の著者紹介の他、『朝日人物事典』 および 『日本現代文学大事典』、そして少年小説大系の当該巻の二上洋一氏による解説や年譜と日本児童文学大系の当該巻の尾崎秀樹氏による解説を参照させていただきました m(_ _)m。
とりわけ尾崎氏の解説は、「一人二役の思い出」 など、先生自身による回顧譚が多く引用されていて感動的です。同書は公立図書館の多くが所蔵していますので、機会がありましたら、ぜひお読みいただければと思います。
※南先生の新ターザン物語 『バルーバの冒険』 全6巻の復刊リクエスト受付中です (^^)/。
○光文社痛快文庫版 「南洋一郎選集」 全十巻 1.『怪奇冒險 魔境の大怪龍』 1949.11。
画:梁川剛一
2.『怪奇冒險 シバの魔神像』 1949.11。
(『日東の冒險王』 の補筆改題)
3.『緑の無人島』 1949.12。
4.『猛獣征服 吼える密林』 1950。
5.『怪奇冒險 魔海の秘宝』 1950.2。
6.『大鬼賊』 1950。
7.『魔海の黄金塔』 1950。
8.『決死の猛獣狩り』 1950。
9.『怪奇冒險 魔海の王者』 1950。
10.『怪奇冒險 密林の大怪船』 1950.12。
○ポプラ社版 「南洋一郎全集」 全十二巻? 『食人島の恐怖』 1951。
絵:有安隆 他
『緑の金字塔 (前)』 1952.09。
『緑の金字塔 (後)』 1952.10。
『獅子王の宝劔』 1953。
『幽霊塔』 1953.09。
(黒岩涙香の同名作品の再翻案!)
『大沙漠の怪塔』 1954.01。
『怪人鉄塔』 1954.07。
(押川春浪原作!)
『吼える密林』 1955。
『謎の空中戦艦』 1955。
『決死の猛獣狩』 1955。
『魔海の宝』 1955。
全集形式はここで終了し、以後は通常の単行本として続巻。
(主に 「日本児童文学大系」 掲載の年譜より)
1.『緑の無人島』 1955。
3.『吼える密林』 1955。
7.『決死の猛獣狩』 1955。
13.『魔海の秘宝』 1956。
(国会図書館データベースより)
先生の著作目録には、少年小説大系の当該巻に収録されている二上洋一先生によるほぼ完璧な著作年表がありますが、たまたまそこにも漏れている作品をオンライン上などでいくつか見つけましたので、後学のためにリストにしておきます m(_ _)m。○大正14年(1925) (池田宜政) 「欧洲各國ニ於ケル少國民ノ訓練」 東京市牛込区青年団。(ボーイスカウト世界大会参加後、東京府の命で欧州各国の教育状況の視察を行なった報告書だと思われる。作家デビュー作の 「懐かしき丁抹の少年」 に先行するもの)
○昭和14年(1939) (池田宣政) 「婦人従軍歌」 『(『講談倶楽部』 新年号付録) 愛國・武勇・探偵・怪奇 實話傑作集』 (同年に映画化もされた数少ない大人向け作品)
○昭和22年(1947) (池田宣政) 『孤児の父 ペスタロッチ』 世界社。(講談社昭和16年刊 『ペスタロッチ』 の再刊か)
○昭和24年(1949) (南洋一郎) 「(題名不詳)」 『少年日本』 (『冒険少年』 改題) 10〜12月号。
○昭和24年(1949) (南洋一郎) 「次代を担う少年達へ」 (詩) 『少年日本』 12月号 (最終号)。
○昭和33年(1958)3月 (南洋一郎) (フランシス・クレイン (Frances [Kirkwood] Crane 1896-1981) 原著) 『ライラック・タイムの死』 Death in Lilac Time, 1955. 早川書房。(数少ない大人向け翻訳の一つ)
○昭和34年(1959)5月 (南洋一郎) (ジョージ・O・スミス George O[liver] Smith (1911-1981) 原著) 『宇宙病地帯』 Highways in Hidind, 1955. 早川書房。(数少ない大人向け翻訳の一つ。しかもSF!)
早川書房からの大人向け翻訳がこの2冊だけで終わってしまったのは、あるいは 「南洋一郎」 という名前に編訳のイメージが強くてハイカラ好みの読者に敬遠されてしまったといった側面があったのかも知れません。現在は南名義で創元推理文庫に入っている 『リュパンの冒険』 が、同社版リュパン全集では池田名義だったのは、その辺が考慮されてのことだったのではないかと思われます。
一部のデータベースにある 『幻影球場』 という作品は、他の方の作品だそうです (^^;)。
先生には他にもいくつか翻案作品がありますが、それらについては少年小説大系の当該巻に収録されている二上洋一氏による年譜類をご参照ください m(_ _)m。
オマケの言葉
編訳追放運動については、このページとこのページが参考になるかと思います (この大学教授氏の希望は現実のものとなり、巷には教授の言われる “編訳者よりマシなこと” を営む若い女性があふれかえるに至ったわけですが (/_;)。
ところで、このページを作るために検索していたら、こんな文章を見つけました。
この筆者は、戦前はもちろん戦後も進駐軍時代には検閲があったことも、終戦前にはホロコーストの実態がほとんど知られていなかった*ことも、当時はユダヤ人の世界征服の計画書だとされる偽書 『ユダヤ議定書』 が本物だと思われていた**ことも、そして南先生がお若い頃からのクリスチャンであったこともご存じないようです (「愛」 という言葉を戦前から多用されているところで気づきそうなものですが)。
それに少年誌自体も、比較的後発の 『少年キング』 創刊号 (1963) の表紙が零戦と戦艦大和であったように、1968年の 「あかつき戦闘隊事件」 以前は戦後も戦争ものであふれていたこともお忘れらしい。
嗚呼、昭和も遠くなりにけり!
* 南先生も昭和16年(1941)に池田名義で伝記 『ヒットラー』 (偕成社) を出されていますし、先日見つけた戦時中の旧制高校の資料では、亡き恩師を回顧して 「ヒトラーのような慈愛に満ちた」 方だと述べられてさえいました! (@o@;)
** 大正12年(1923)には、翻訳パンフレットが 「全国中学校校長協会」 から配布されているほどです。
恐縮ですが、このページを参照・引用された場合は、最低限URL (http://homepage3.nifty.com/kadzuwo/biblio/minami.htm) を明記していただけますよう、お願い申し上げます m(_ _)m。