「かがやきDiscovery」の本質といえるかもしれない1頁です。

「郷愁/杖立温泉」をご覧になって、なんとなく流れる平和なひとときを感じとってくだされば幸いです。

皆さんにとってそんなひとときを感じられる場所ってあるのでしょうか。

HOME風景/中央東線風景/横須賀線・総武線風景/京成電鉄それもまた人生・・・風景/その他の路線旅行記郷愁/杖立温泉風景/4070Mガラクタ倉庫かがやき@駅名クイズコレクション掲示板新HP


 第2の故郷

杖立(つえたて)温泉はその名のとおり、温泉につかった旅人が帰りは杖を立てたまま帰ったことに由来する。
この温泉地をどう表現しようか。いや、表現のしようがない。
なぜか私はここに来てしまう。そして温泉につかり、ただボーっとして時が流れゆくのを楽しみ、帰路につく。いわば「自由人」の世界であろうか。

初めて訪れたのはまだ中学卒業時の1992年4月である。
話がそれるが、修学旅行で山梨県南部町に行って、「旅」というものがしたい。
そう思うようになった。
そして、家族旅行で訪れたこの地が私を大きく変える。

何なんだろう。何かに引きつけられてやってきてしまう。
その後、98年、2001年、そして2003年3月・5月・8月。いずれも1人旅だ。
そして9月には両親を連れて訪れた。

もう私にとって、杖立温泉は「故郷」といっていいかもしれない。
でも、それは「ひととき」であり、日田駅から列車に乗るとすぐ「現実」に引き戻される。

その「ひととき」を過ごすために、また私は「故郷」へ行くのだろう。
なんとなく流れる平和なひとときを。

撮影日:2005年6月4日(土)、10:30頃
温泉街を流れる筑後川でボーっと過ごすひとときを撮ってみました。


 

<杖立温泉について>
由来は冒頭に述べたとおりです。
杖立温泉は熊本の北部・小国町にあります。とはいっても、大分県との県境がすぐそこにあり、一歩行くと大分県の天瀬町(2005年3月22日〜日田市)です。
ところで、バスに乗っていると、「津江」という標識をよく見かけます。もうおわかりでしょうか。
ワールドカップで有名になった「中津江村」も西隣にあるんですね。ただ、2005年3月22日で下に書いたとおり日田市に合併となりました。

温泉街の真ん中に杖立川が流れ、その両脇に旅館が建っています。
規模の大きい「ひぜんや」、「大自然」から川沿いに建つ「くきた」・「くきた別館」、ちょっと奥まったところにある「ふくみ山荘」、温泉街からちょっと南側にある「米屋別荘」など、近代的な旅館から由緒ある旅館まで多種多様です。

有名なのは、毎年4月15日から5月15日まで(2006年は4月1日〜5月7日です)の1ヶ月間、両岸にわたって、たくさんの「鯉のぼり」が温泉街を賑わせる光景です。
私はその時期に行ったことはないのですが、普段静かな温泉街が賑わいを見せます。

そして、個人的にはなんといっても防災無線から温泉街に流れわたる音楽が郷愁を誘います。
音楽については現地でのお楽しみで、時刻だけ掲載します。なお、全て違う音楽で2006年3月現在です。
*18:00から約1分間
*21:00から約30〜40秒
*6:00から約30〜40秒
*9:00から約15分間(2005年3月訪問時〜2006年6月訪問時は10:00からでした)

<交通>
杖立温泉は、JR博多駅や福岡空港からも直通バスが出ています。
ただ、JRでいえば、最寄り駅は久大本線の日田駅と豊肥本線の阿蘇駅になるでしょう。

阿蘇駅からは、内牧温泉を通り、その後大観峰を超えます。ここは対岸から阿蘇山を眺める形になり、絶景です。
大観峰を超えると一気に下り、雰囲気もガラリと変わります。小国の町を過ぎて、しばらく北上すると1時間ちょっとで到着です。

日田駅、こちらのほうがメインです。国道212号線を下り、大山町役場を抜けます。上鎌手・中鎌手・下鎌手など、上中下の停留所や、竹の首・汗入場(あせいりば)といった名前の停留所が印象的です。松原ダムまで来るとあと5キロ。
杖立川沿いに進むと大きい建物「ひぜんや」が見えて50分かからないくらいで到着します。

道中、集落あり山ありと何気ない田舎景色が路線バスのいいところです。

<市町村合併について>
杖立温泉へ行くときに必ず通る大山・天瀬の町を含め、前津江、中津江、上津江の各村が2005年3月22日、日田市に編入合併しました。風景にも変化があり、今までの市町村の境にあった標識自体は残っているものの、「町」だけ上からシールで貼られて見えない状態になっていました。


杖立温泉の定番の風景として2枚の写真を掲載します。

<写真上>
撮影日:2004年6月6日(日)10:00頃、温泉街中心部の杖立橋から
杖立温泉の風景として必ず撮影するポイントです。そして、川の流れを聴きながら「またやってきたなぁ」と実感する場所でもあります。
初夏の緑深くなる季節の1枚です。

<写真下>
撮影日:2004年3月22日(月)10:50頃、温泉街南部から
こちらも杖立温泉の全景写真です。
雨上がりの霧もまた温泉場の情緒あふれる風景として、1枚ですがこちらに残したいと思いました。


 

【杖立温泉/訪問日記】
ここでは、新しく今まで訪れたときの様子を日記風にして書いてみようと思います。思わず本音も・・・ということで。すべて宿泊していますので、1泊2日もしくは2泊3日といったところです。
企画は思いつきなので、詳しいことは2004年3月分以降しか書けません(苦笑)

第1回:1992年4月2日・3日
中学卒業祝い?で家族で九州旅行、その最終日に泊まったのがこの温泉地でした。3日の朝の抜けるような青空が今でも鮮明に記憶に残っています。このときから杖立温泉が好きになった。

第2回:1998年3月16日・17日
某大きな旅館に1人で泊まった。夜の1人広間食事はあまりにも場違いで、私もまだ青かった。

第3回:2001年3月16日・17日・18日
就職前のこだわり1人旅として初の2泊。最初は1泊の予定だったが、急遽2泊決行。

第4回:2003年3月16日・17日・18日
予定変更の2泊。最初の旅館の経営者の対応があまりにもひどく、いてもたってもという気持ちで行ったのがくきた別館です。

第5回:2003年5月25日・26日
くきた別館2泊目。

第6回:2003年8月4日・5日・6日
5日くきた別館3泊目。さすがに覚えられたようで、予約の際声でわかってくれた。

第7回:2003年9月29日・30日
くきた別館4泊目。そして両親を連れていった。両親にとっては11年半ぶりの場所。なぜか親が行くとよく晴れる。

第8回:2004年3月21日・22日・23日
くきた別館5泊目。ついに声&顔パスになった。精算のときまでいっさい、自分から名乗ることなしだった。
1番北のもみじ橋が工事で渡れなく、どうやら屋根がつくそうだ。
23日午前中、川のほとりで音楽を聴きながらボーっとしていると、若い女性6人が写真の撮り合い。思わずその様子をシャッター切りたくなった。その後、今度は若い男女が石投げを始めた。「こんなところまで来てなんて人たちだ」と思い、立ち上がると、そこにはさっきまで写真の撮り合いをしていたグループも・・・。一気に興ざめした。

第9回:2004年6月5日・6日
久しぶりに朝6時のチャイムを聞いた。鳴っていたんだ・・・と納得する自分。その後7時半には「小国町が放送されます」という内容だけで防災無線が流れる。これもまた一興。

第10回:2004年8月21日・22日・23日
夕方6時の音楽のあとに、こんな放送が流れた。
「遊んでいる子供を見かけたら家に帰るよう声をかけましょう」
どうやら夏休みということで流れているらしかったが、どこか懐かしいような、しかし、知らない大人についていくなという時代にあって、手放しにはそう思えない現実を感じた。

第11回:2004年12月24日・25日
路線バス野瀬部地区復活?と思いきや、なんと落石があったようでひびきの郷へ行く道が通行止めになっていた。道々の風景が少し変わった。
またしてもブラウン管の前に夢中になる宿での夜だった。

第12回:2005年3月12日・13日・14日
バ・バスがない!?
16:30にあったはずのバス便が3月1日ダイヤ改正でなくなり、仕方なくタクシーで揺られて5360円。思ったより安くて助かった。慣れはある意味恐いものだとつくづく実感した。
それにしても、この時期の雪(積もることはなかったが)にはビックリ。本当に冷えていた。

第13回:2005年6月3日・4日
この回数にして初めて南側の入口へ行った。前回帰るときに工事をやっていて通った場所で気になっていたので、夜明駅の訪問よりも優先した。途中かなり臭い場所もあった(苦笑)。

第14回:2005年8月24日・25日・26日
もう1つの旅館からもどうやら覚えられたようだ(苦笑)。前回(今年3月)と同じ部屋だった。
関東は台風の最中、2泊目はくきた別館で星空観賞。今回はくきた別館でも珍ハプニングがあった。女将さんのお心遣いが・・以下内容は自粛です(^^;

第15回:2005年11月25日・26日
朝の露天風呂にて、”旬な話題”で熊本にお住まいの方と盛り上がった。また、旅館のことも良心的と褒めていて、そういう客と出会った自分も嬉しくなった。

第16回:2006年3月18日・19日・20日
川の畔で佇んでいると、若い男5人衆が流れをバックに写真をと。はしゃいでいる様子を見て、こういうのも「ひととき」としてまんざらではないかなぁ・・・と感じた。デジカメは個人的に苦手で、撮影後お互いに苦笑いしたのだった。
今年は鯉のぼり祭りが普段より早まり、4月1日〜5月7日というところに目が行った。

この場所での訪問日記の更新もこれが最後でしょう。次回の訪問日記はどうなることか自分にもまだわかりません(^^;

第17回:2006年6月2日・3日
今回更新できるとは思いませんでした(^^;
総じて九州へ行ってきたという感じがしない。
今回は原点に戻るということで、1992年とは正反対に博多駅から杖立行きのバスに乗り込んだ。福岡空港まで45分、長い。その後日田駅まで1時間15分、普段乗車する場所に定刻に着いた。高速ぶりを確認して本当に感心である。
もう1つ、今回は夜のそぞろ歩きが目的で行った。そしてそれに合わせるがごとく宿泊日の午後から見事に晴れた。星空鑑賞に流れる川のひととき、全てがごく自然に流れていった。

第18回:2006年9月28日・29日・30日
今回はいろいろとあり過ぎて何を書くか決めかねている。
ただ、一言でいうなら「変化」だ。コンビニで長話のおばちゃんに始まり、挨拶で気づかされることもあった。これは書こうとすると長くなるのでやめる。
そして、自分のHPをもっと見てもらえるよう少し工夫をしてみようかな?と感じた。
今回の帰郷が「旅」というものを、自分を見つめ直す分岐点になるのかもしれない。そう思いつつ帰路についた。

第19回:2007年3月17日・18日
「何もしないをしに行く」。そう思っていた。いつものように旅館でゆったり、川の畔でボーっと過ごす。しかし、それだけではということで、上述にあることを実行してみた。帰り際、とある喫茶に入った。上述の時にブログで知って。残念ながら店長さんは不在とのことで言付けだけ残して帰路についたが、それでも1つ「発見」があったからよしとしよう。三十路初の日記でした。

第20回:2007年6月9日・10日
バス停に微妙な変化。特にこの3ヶ月足らずで、杖立停留所の屋内リニューアルに少し驚いた。
翌日は天候にも恵まれ、生きていることの幸せを噛み締めつつゆっくり歩いた。そしていつもの場所で。風を感じて。

第21回:2007年9月2日・3日・4日
な・ない。国道212号沿い「水辺の郷おおやま」のすぐ先にある道路標識が。第2の帰郷を感じる標識だったので少しばかり動揺した。
ついに絵馬に手をつけた。300円を箱に入れて自分の願いをわずか2文字にこめた。次に訪問するとき、この日のように晴れ晴れした境遇でいられることを願って。


※2008年3月3日(月)以降、このページを更新できなくなるため、訪問日記はブログへ書くこととなりそうです。九州へ行けば必ずと言っていいほど、杖立温泉には足を運びました。
しかしながら、足を運ばなかったこともあります。そこで、杖立温泉へ行かなかった九州訪問を簡単に紹介します。

(1)1997年4月
JR発足10周年記念謝恩フリーきっぷを利用して、博多南駅を走破。
(2)2001年7月
100系ひかりのグリーン個室に博多→東京まで乗車。
(3)2008年2月
500系のぞみ乗車。のぞみ501号普通車指定席に新大阪→博多、のぞみ34号グリーン車に博多→東京乗車。

自分にとって、500系・のぞみ34号は杖立訪問の帰りの定番でした。300km/hで堂々と走る姿を最後に1度ということで乗車しました。
2008年2月現在、杖立訪問しなかった九州上陸は、以上3回のみなんです。

これからも九州へ行く時は杖立温泉へ足を運びたいと思っています。私にとって、杖立温泉は「第2の故郷」なのです。


<写真上>
撮影日:2003年8月5日(火)、9:30頃
温泉街バス通りの風景です。シャッターを切ったらこんな写真になりました。偶然の1コマとはいえ、旅の朝を感じてくだされば幸いです。
左手に入ると「白水荘」があり、その先の「もみじ橋」を渡ると対岸の旅館街に出ます。

<写真下>
撮影日:2007年6月10日(日)、9:57頃
上のコンビニの写真左手から階段を下ってすぐ、この場所に至ります。こういった路地裏にも趣を感じてしまいます。


 

〜くきた別館711号室の風景〜

いつもお世話になっている旅館「くきた別館」からの承諾をいただき、部屋及びそこからの風景を紹介できることとなりました。

女将さんに「是非」と言われたときは嬉しかったのは言うまでもありません。この場を借りて心から感謝申し上げます。

私が、くきた別館客室から撮影した写真を公開していき、時折写真を更新していく予定です。


いい機会ですので、1人旅の旅館探しの経験を少しばかり書きたいと思います。

まず、「所詮1人旅は・・・」や周囲の旅館のことをバカにする宿が実際にありました。そういう旅館はこちらからおさらばするくらいの強気はあってもいいかと思います。

しかし大切なのは、謙虚な姿勢と熱意を見せることであることをつくづく感じます。客ではありますが、旅館側の気持ちになってみることです。それを受け入れてくれ、真剣に対応してくれるところはいい旅館だといえます。

「くきた別館」には、前日うちのめされた私が救いを求めて宿泊予約も兼ねて当日訪ねていきました。普通ではこんなことは考えられないですね。2003年3月17日のことです。予定の到着時間に遅れそうになったとき、携帯電話に電話をくれたのが今でも印象に残っています。「心配かけてしまい申し訳ない」気持ちになりました。でも、同時に嬉しかったです。

こんな私を受け入れてくれ、今では顔&声パスになりました。
「帰省」の場所ができたのが何よりも嬉しいことです。

ここで皆様がどんなことを感じるかはもちろん自由ですが、あくまで私が撮影したものであることだけは頭に入れておいてください。

それではじっくりとお楽しみください。

<写真上>
撮影日:2006年3月19日(日)、15:30頃
部屋に着いて、一息ついて眺める風景です。温泉に入る前のひととき、お茶でも飲みながらゆっくり過ごすのも一興です。

<写真下>
撮影日:2005年8月26日(金)、9:00頃
部屋から目の前を流れる杖立川(筑後川)の様子を中心にして撮ってみました。2005夏の九州1週間の旅の最後は気持ちいい夏晴れとなりました。


 

【トイレは聖所】

温泉街の南側にいつも足を運ぶ公衆のトイレがあります。そこには、
「トイレは聖所」
と記してある文章が張られております。

トイレは一見、汚い・臭いといった悪い印象しかないが、そこにも神が宿るというのです。

すなわち、人々は毎日「用を足す」という自然の行為によって生かされているということなのです。
大自然の恵みに・・・。

だから、利用するときはきれいに、使用前よりもきれいにを心がけたいですね。

上に記したことが書かれています。これを読んだときは驚きとともにこれぞ発見・Discoveryだと私は思いました。


そして、「私にとっての杖立温泉の旅館」との出会いがありました。2003年3月17日に。
それから、5月・8月と1人旅の定宿になりました。

「発見」できたことにより、大げさかもしれないですが、いわば「帰省する」という気持ちが生まれたのです。

2003年8月の訪問の目的は、「旅」というものを超越する「帰省」でした。
その気持ちがある限り、杖立温泉の特集は続きます。

<写真上>
撮影日:2007年9月4日(火)、10:25頃
デジカメで撮った広角の1枚を追加です。

<写真下>
撮影日:2003年8月6日(水)、9:30頃
「洗身の館」そのものです。


2006年3月21日追記
今では完全にもう1つの「帰郷」というものになっていると感じます。
「旅」または「旅行」というものではなく、「日常生活の一部」として。

ゆっくり流れるひとときをボーっと過ごし、いつも見る風景で季節を感じながら、ちょっとした変化を楽しみつつ、あれから3年経ったんだなぁ・・・としみじみ思ったのでした。

そして今では杖立温泉へ足を運んでくださる方が増えてくれればという想いです。
実際、今回は普段よりも多いように見えました。

もし、なんらかの機会でこのページをご覧になり、
「杖立温泉へ行ってみたい」

実際に足を運んでみて、
「杖立は良かった」
「くきた別館は良かった」

という方が1人でも増えてくれれば私も心から嬉しいです。掲示板等にご報告があれば、喜んで回答させていただきたく存じます。

そういえば、昨日のこの時刻は流れる川の畔でのんびり佇んでいたなぁ・・・と(^^;


 自分がお世話になった施設の紹介です

 杖立温泉旅館組合
観光協会と旅館組合が運営しているので、総合的に情報を得るならまずはここです。
 杖立温泉・ポータルサイト
観光協会が2007年5月に新設したサイトです。温泉街の楽しみ方やイベント等の旬な情報がメインに紹介されています。
 杖立温泉  くきた別館
2003年3月、5月、8月、2004年3月、6月、8月、12月、2005年3月、6月、8月、11月、2006年3月、6月、9月、2007年3月、6月、9月と17泊を1人旅でお世話になり、個人的に行きつけの宿です。2003年9月、家族旅行でもお世話になりました。
 旅館白水荘
2001年3月、2003年8月、2004年3月、8月、2005年3月、8月、2006年3月、9月に1人旅でお世話になりました。
 米屋別荘
2001年3月、2007年9月に1人旅でお世話になりました。


HOME風景/中央東線風景/横須賀線・総武線風景/京成電鉄それもまた人生・・・風景/その他の路線旅行記郷愁/杖立温泉風景/4070Mガラクタ倉庫かがやき@駅名クイズコレクション掲示板新HP