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古林海月のできるまで
おいたち
 1969年1月17日、鹿児島市生まれ。
 実家は専業農家で、肉牛とみかんの木に囲まれて育つ。
 親の言うことをきかないと「あんたは赤ん坊のとき桜島から拾って来たんだから桜島に帰らせるよ」とか「牛に食わせるよ」とおどされ、真に受けていた。
 牛は多い時期で十数頭いたが、海月の学費を捻出するためにすべて売られて行った。今でも牛には頭があがらない。

学生時代
 小1の写生大会で、飼育舎のにわとりとその場にいないひよこを描き物議をかもしたらしい。空想と現実の区別がつかない子どもだった。
 大学では日本民俗学を専攻。学部では葬墓制、修士課程では仮面を研究テーマに選ぶ。村のお年寄りを突然訪問して聞き取り調査を行う民俗調査の手法が、後に生活保護のCW(ケースワーカー)となった時、役に立ったかどうかは定かでない。
 漫画同好会に在籍中、民俗ねたの超稚拙な漫画を会誌に載せていただいた。漫同の行事には割とまじめに参加していたが、主にまかない部門担当だった。
 学芸員や物書きといった職種に憧れていたものの、成り行きで1993年から地方公務員に。

公務員時代
 就職したばかりの頃、電話の取り次ぎで、所属幹部を「さん」付けで呼んでしまい、その場の空気を凍り付かせた。
 知事のあいさつ文作成や大学事務、庶務経理、生活保護のCWなどを通算9年間経験。CW時代は辛い目に遭うたびに福祉事務所のトイレに隠れ頭を抱えて泣いていた。心配してくれた同僚の皆さんには足を向けて寝られない。

震災
 1995年1月17日、神戸市須磨区の賃貸文化住宅で阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)に遭う。
 住宅は全壊、倒れた本棚が枕元を直撃したものの奇跡的に無傷で脱出。避難所になっていた近所の小学校で眠れない一夜を過ごす。
 地元のケーキ屋さんが寄贈したショートケーキが配られ、忘れられない誕生日となった。

デビューのきっかけ
 同じ課に配属された同期のTさんは採用試験トップ合格者だった。友達は一人もいそうにない、いい性格の持ち主だったが、意外にも海月が漫画家になるよう応援してくれて、作品が描けたら見せる約束をした。しかし、仕事が忙しいことを口実にして漫画は一枚も描かなかった。
 数年後Tさんがすい臓がんで亡くなったことを知り、心を入れ替えて再び漫画を描き始める。民俗ねたのファンタジーをシリーズで描き友人知人にコピーを送り批評をあおいだ。今思うとひどいものだったが、皆さんあきれずに叱咤激励してくれた。
 1999年末、生まれて初めて漫画を出版社(女性誌)に投稿。何の賞にもひっかからず。同僚CWのすすめで青年誌に転向。
 2002年退職し、漫画の投稿に専念する。
 2003年、通算13回目の投稿作『夏に降る雪』で第3回イブニング新人賞大賞と第2回小林まこと大賞を受賞。

ペンネーム
 海月(かいげつ)はくらげのこと。
 原子力発電所の取水孔にくらげが吸い込まれて運転を止めたというニュースを知り、強くなくても他者に影響を与えることができると感銘を受けた。
 原発を止めたかったわけではない。

『夏に降る雪』
 福祉事務所で生活保護のCWをしている塚屋。
 彼が担当する被保護者(ケース)のフジオには放浪癖がある。
 フジオの息子は父親と関わることを拒否し、病に倒れた父親の遺骨も受け取ろうとはしない。父子のこじれた関係を塚屋はどうするか。フジオが探し続けていた物とは何だったのか。
 イブニング2003.10/14(No.15号)掲載。

『米吐き娘』
 体内で精米を作りざらざらと吐いてしまう女の子、みのり。その特殊な能力のため貧乏で苦労がたえないが、米に対する異常なまでの愛情とパワーで明るく立ち向かっていく。
 イブニング2003.11/11(No.17号)初掲載。


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