●1952年10月19日 10時〜12時頃 東京都世田谷区に生まれる。
生後3ヶ月で中央区月島に転居。8才で府中に転居するまでの8年間(星座年齢「月」=天秤座)朝から晩まで外で遊ぶ生活。
父は警視庁勤務の警察官。厳しく育てられた。
●大学の滑り止めで受けた国家公務員試験に合格。大学進学を断念し高校卒業後大蔵省(現財務省)に勤務(1971年4月)
●「人の心を知りたい」 夜間大学(法政)で心理学を学ぶ。
「学んでわかることは「人の心はわからない」ということ」という教授の言葉に妙に納得。
昼、勤めながら夜は大学通い。
ロジャースのカウンセリング理論を原文で読むゼミ・ちんぷんかんぷん。
卒論は「人格の成熟について」
●大学卒業後、大蔵省で一番キツイといわれる部署・国会担当に人事異動。
2〜3人分働いていたような気がする。
●結婚してからは共働き。
●子供を2人さずかっても子供たちを保育園に預けて仕事。
疲れ果てた日々の後、専業主婦にあこがれて大蔵省を退職(1987年7月)
●退職したその直後、夫のお金の問題で離婚。
6歳と4歳の娘を抱えて職探し。
●働きながら社会保険労務士を目指して試験勉強。
5年かかってやっとの思いで合格(1993年)
●社会保険労務士試験に合格したものの、当面の生活のために近所の工務店で事務の仕事。
ああ、疲れた。私は何をしていたんだろう。
「頑張ればなんとかなる」 ただ頑張っていた。
そして・・・・目の前の現実と向き合うことを無意識に避けていたのかもしれない。
●2001年、大蔵省時代、一緒に仕事をした人と再婚(相手は初婚)
夫婦として切磋琢磨=意見交換?の日々。
再婚して10年、やっと安らぎのある生活。

振り返ればいつも同時に2つか3つのことをしていた。
・いつも疲れていた。
・いつも頑張っていた。
・自分には何かが足りない、「足りない、足りない」となにかを求めていた。
・自分以外の何者か(理想の自画像?)になろう と ひたすら頑張っていた。
でもなにか変????
そんな時 星平会海占いスクールに出会い(2007年)運命学・四柱推命を学ぶ。
パッカーンと自分の上にふさがっていたフタがとれた感じ。
私は私のままでいい。いいところも悪いところもすべてひっくるめて「私」。
「今のこの私でいい」と自分自身をようやく認めることができた瞬間だった。
「許す、許す、許す、こんなにダメな私を許す!!」と口走ったら、他の人のことも認めることができるようになって・・な〜んだか楽になってきて・・・・
一人でも多くの人に少しでも早く、
この「パッカーン」を体験してもらいたいと願っている!
今 占いカウンセラーとして、星平会海・統合運命学チーフトレーナーとして、多くの人が自己責任で生きる自由を存分に味わい、楽しく豊かに生きるお手伝いをしています。
2012年2月8日(更新)
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