| 埼玉医科大学事件関係 |
埼玉医科大学総合医療センター医療事故調査委員会報告書
平成12年12月11日
埼玉医科大学総合医療センター医療事故調査委員会
目 次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
第一章 死亡事故発生の原因
1.担当医師団の基本的医学知識の欠如・・・・・・・・・・・・・ 2
2.当該診療科の責任体制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
3.医師とコ・メディカルとの協力体制・・・・・・・・・・・・・ 6
4.薬剤部における処方薬チェック体制・・・・・・・・・・・・・ 6
5.医療センターにおける事故防止対策・・・・・・・・・・・・・ 7
第二章 ご家族への不適切な対応
1.インフォームド・コンセントの欠如とご家族の意向無視・・・・ 8
2.治療後の経過に関する不適切な説明・・・・・・・‥・・・・・ 9
3・病死扱いとした死亡診断書・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
4.霊安室における医療ミスに関する曖昧な説明・・・・・・・・・ 10
5.医療ミスを告知するまでの遅れと告知時の不適切な発言・・・・ 12
第三章 社会的・道義的問題発生の原因
1.担当医師団の医療におけるモラルの欠如・・・・・・・・・・・ 13
2.医療事故発生後の対応の遅れ・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
3.医療ミス公表の遅れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
4.大学としての公式見解の遅れ・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
第四章 医療事故防止対策と今後への提言
1.医療センター内における医療事故防止対策・・・・・・・・・・ 21
2.埼玉医科大学附属病院「診療基本マニュアル」・・・・・・・・ 23
3.本医療事故からの教訓・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27
「埼玉医科大学総合医療センター医療事故調査委員会」委員名簿・・・ 28
(参考資料1)
医療事故の経緯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29
(参考資料2)
埼玉医科大学総合医療センター医療事故調査委員会の経緯・・・ 42
はじめに
平成12年10月7日に埼玉医科大学総合医療センター(以下、「医療センター」という)に入院中の古館友理様が逝去された。死因はオンコビンの過剰投与による事故死である。平成12年10月14日に、その医療事故調査のために「埼玉医科大学総合医療センター医療事故調査委員会」(以下、「医療事故調査委員会」という)が設置された。本報告書は、この調査結果を取りまとめたものである。
本委員会は、医療事故調査に際して、関係者からの聴取による調査、診療録等の関係書類の点検作業を行い、さらに医療センターから提出された「患者様(ID3647674)医療事故の診療経過および事故への対応:関係者聞き取りによる内部調査報告書」(以下、「内部調査報告書」という)も参考にして、患者様の死亡に至るまでとその後の事実経過をまとめた。これを評価するに当たっては、事故の原因究明と今後の防止対策、さらに、事故発生後のご遺族ならびに社会に対する医療センターの対応を何よりも重要な課題ととらえ、これらの視点から検証を行った。
上記の「内部調査報告書」は、平成12年10月10日に医療センターの臨時運営委員会によって設置された臨時事故対策室が、その機能の一つとして、事故内部調査とその結果に基づいた医療センター内各種システムの見直しのために、10月14日から2日間にわたって関係者からの聞き取りを行い、その後の一部訂正加筆も加えて、10月25日に作成したものである。その関係者からの聞き取り調査は、医療センター院長と安全対策委員会委員長の立合いの下に行われ、複数の関係者の同意が得られた内容のみを記録したとされる。
本報告書では、検証結果について、死亡事故発生の原因を第一章、ご家族への不適切な対応を第二章、社会的・道義的問題発生の原因を第三章、医療事故防止対策と今後への提言を第四章としてとりまとめた。なお、「内部調査報告書」に記された内容については、本委員会における関係者本人の発言内容と診療録等の関係書類の点検作業で確認された事項のみを検証結果として採用した。これらの作業から事実関係を確定できなかった部分については、‘ーーという’‘ーーらしい,との表現を用いた。時間的な経緯は可能なかぎり正確を期したが、5分以内は切り捨てている。各項目の<検証結果要約>は、<評価>に必要な事故の経緯の抜粋と関連する事実経過の要約である。また、各項目の<検証結果要約>には、<評価>の理由をできるだけ理解しやすくするため、項目によっては一部に重なった内容を繰り返して記載した。
第一章 死亡事故発生の原因
1.担当医師団の基本的医学知識の欠如
<検証結果要約>@
・ 9月6日、病理学的検査の結果滑膜肉腫と診断された。
・ 9月8日、墨医師は、滑膜肉腫につき他の医局員の誰も経験がないと知り、文献検索を行った結果、抗癌薬療法で治療することとした。抗癌薬療法につき相談を受けた椿医師は、滑膜肉腫とは組織学的には異なるものの、横紋筋肉腫にはVAC療法がある、これについて調べてはどうか、と話した。
・ 墨医師は外来でご両親に対して病名を告知し、他部位からの転移の可能性、抗癌薬による治療の必要性を説明し、外来カルテにVAC療法を予定と記載した。
・ 9月18日、墨医師は、入院指示書に9月25日入院と記載した。その後、墨医師は滑膜肉腫に対する抗癌薬療法につき文献検索を行ったとされている。しかし、診療録に貼付してあるVAC療法のプロトコールは、引用された整形外科教科書の横紋筋肉腫の項(骨・軟部腫瘍および類似疾患第13巻、Medical View社1995年,273‐277頁)に治療法として掲載されているものの写しであり、ここにはオンコビンは週1回投与と英語で記載されている。またコスメゲン、エンドキサンの投与計画も週単位で記載されている。なお、当該教科書の別の章(283‐285頁)には滑膜肉腫の治療について詳細に記載されているが、VAC療法には全く触れられていない。
・ 9月21日、墨医師は、教授(科長)回診で教授から問題症例についての報告を求められ、本患者にはVAC療法を行う予定と返答し、科長はこれを了承したが、投薬内容の確認を行っていない。回診後に了承した本間医師も、教科書からコピーした当該プロトコールを示されたが、一見したのみである。
―中略―
・ 10月1日、墨医師は診療録に‘免疫療法は禁とする’と記載している。その理由は記載されていない。
―中略―
<評価>@
・ 悪性腫瘍に対する抗癌薬療法の治療効果は、腫瘍によって全く異なる。滑膜肉腫に対して横紋筋肉腫の抗癌薬療法を用いたことは不可解である。また、墨医師は滑膜肉腫を対象として文献検索をしたかは疑問である。
・ オンコビンは、週1回の投与が原則であり、12日間連日投与は治療ではありえない。これは治療学の常識である。初めての経験であっても、抗癌薬の過剰投与が致死的になることから、慎重に投与量を検討することは医療の基本である。
・ 悪性腫瘍に対する免疫療法の治療成績は必ずしも明らかではないが、一般に当該治療が禁忌とされる腫瘍はない。
<評価>A
・ オンコビンが6回目投与された10月2日には、既に抗癌薬治療による副作用としては、一般的には認められないほどの強い全身倦怠感があった。それにも拘らず、その翌日には7回目が投与され、同日、点状出血と高度の血小板減少が認められている。この異常な程急速に重篤となっていく病態の原因について全く考察をしていない。
−中略―
2.当該診療科の責任体制
―中略―
<評価>
・ 科長と本間医師は墨医師から述べられたVAC療法の治療内容を確認せず、または、充分に確認せずに了承している。指導者としての責任感に欠けている。
・ 診療録は患者の容態、治療や検査上の問題点、患者やその家族との意志疎通等を把握するための最も重要な公的記録である。これが不備であるばかりでなく、点滴注射の実施者の名前を変えて記載する等は、医療行為として許されない。
・ 当該診療科では、大学病院では外来と病棟の責任者となる外来医長と病棟医長が実質的に存在しない。入院患者の担当医も3人体制をとってはいるが、それを決める規則もない。また、指導医は担当医であるとの自覚がない。科長も手術患者以外には余り関心がないようであり、科長に次ぐ責任者も入院患者に関心がない。診療面の責任体制を欠いている。
・ 診療における研修医の負担が大きく、診療の実際を未だ知らない1年目の研修医すら日常診療のかなりの部分を担っている。無責任な診療形態である。
3.医師とコ・メディカルとの協力体制
<検証結果要約>
・ 9月27日朝、小児科に勤務経験のある主任看護婦は、ビンクリスチンの投与方法に疑いを抱き、使用説明書で確かめようとした。その時、墨医師が現れたので、これを墨医師に手渡した。しかし、墨医師は、これを無視した。
―中略―
<評価>
・ 医療においては、現場で最も頻繁に患者と接触している看護婦からの意見は貴重である。これを無視しては現代医療は成り立たない。墨医師が、看護婦からの疑問に答えるため使用書を読んでいれば、その日がオンコビン投与1日目であっただけに、死亡事故にまで至らなかった可能性は高い。
4.薬剤部における処方薬チェック体制
<検証結果要約>
・ 医療センター薬剤部からは、全16病棟のうち9病棟に薬剤師が派遣され、薬剤管理指導業務を行っている。そこでは、注射薬処方箋が発行され、薬剤師が処方内容をチェックしながら、患者別の注射セットが病棟へ配られている。これら薬剤師の病棟への配置は使用薬剤数で決められるので、当該病棟へ薬剤師は配置されていなかった。
・ 薬剤室から病棟への薬剤は全患者のものが一括して配送されるので、劇薬といえども使用される患者毎の使用量のチェックはできていない。
・ 当該診療科の病棟も原則として混合べットであり、内科の患者が入院していることもある。ビンクリスチンがこの病棟に今までにない量が配送されたことにつき、特別に疑問を抱かなかったという。
<評価>
・ 患者診療においては、あらゆるミスが起こりうる。この点、全方位的な予防体制が整っている必要がある。特に、薬剤の誤った投与が致命的になる場合があることから、薬剤部も患者個人毎に投与される薬剤量をチェックする必要がある。このチェック機能が医療センター全体においてシステムとして稼働しておれば、今回の死亡事故は予防できた可能性もある。
―中略―
第二章 ご家族への不適切な対応
1.インフォームド・コンセントの欠如とご家族の意向無視
<検証結果要約>
・ 10月1日、オンコビン2 r 投与5回目。墨医師はご両親とご本人に対して、治療内容を説明した際に、ご両親は免疫療法の併用を希望されたが、断った。同日の診療録には‘免疫療法は禁とする’と記載されている。
<評価>
―中略―
・ オンコビン投与5日日に、ご家族からの希望であった免疫療法の併用を断っているが、その併用が不可能であるなら理由を説明すべきであり、‘免疫療法は禁とする,としているのは、医学的な誤りであるばかりでなく、ご家族の意向を一方的に無視したものともとれる。
2.治療後の経過に関する不適切な説明
<検証結果要約>
・ 10月3日、オンコビン 2 r 投与7回目。オンコビンの副作用が高度のためオンコビン投与を7回で打ち切った。墨医師はその理由をご家族には‘もう充分量投与したから’と説明した。
・ 10月6日 8:00〜9:20頃、墨医師は意識障害等で重篤となっている患者様の状態についてご両親から質問された際に、‘睡眠薬を飲ませているから眠っている,‘元に戻すだけだ’等の説明をしたとされる。
・ 10月7日 1:00、墨医師は、父上様に対して、病態は多臓器不全で、抗癌剤の副作用との戦い、との説明をしたとされる。
<評価>
・ 12回連日投与を予定したオンコビンを7回投与で中止した理由が‘充分量投与したから’ではご家族が納得するはずがない。前日から急速に悪化している意識障害も睡眠薬投与のためでは説明にならない。‘元に戻すだけだ’とは暴言であり、墨医師に対する信頼感を損なう結果となっている。
・ 医療ミスが9時間前に判明していながら、病状悪化に対して父上様が抗癌薬の副作用との戦いですねと言ったのに、墨医師が同意したのは不誠実であり、医のモラルに反することである。
3.病死扱いとした死亡診断書
<検証結果要約>
・ 10月7日 15:30頃、墨医師は死亡診断書を作成し、それを本間医師 に見せた。その後、医局でコピーをとる際に、科長にもそれを見せ、了解を得た。15:30〜16:00の間に死亡診断書は看護婦からご遺族に手渡された。
―中略―
<評価>
・ 医療ミスがあったことを認識していながら、死亡診断書における死因を病死と記載することの重大性を墨医師、本間医師、科長、所長が認識していなかったことは、医療に関する基本知識の信じ難い欠如である。一般社会でも常識となっている事項だけに、このことが、組織的隠蔽工作があったのではないかという疑いを招く最大の原因となったと考えられる。
4.重安室における医療ミスに関する曖昧な説明
<検証結果要約>
・ 10月7日 17:30、耳鼻咽喉科全医局員が霊安室に行き、墨医師から、経過報告と死因が多臓器不全であること、その原因は抗癌薬の副作用による免疫低下が考えられる、と説明した。抗癌薬投与関係の説明は、担当医師ではないが科長に急遽指名された田部医師が行った。この説明に際し て、田部医師は‘びびっていた’と科長は述べている。ご家族からは、今回の入院経過を文書で渡すよう、依頼された。科長は剖検には触れていない。
・ 10月7日 18:00頃、科長は所長室へ来て、霊安室での経過報告をした。所長からの、抗癌薬についての説明内容を問われ、科長は‘流れに沿ってうまく話した。ご遺族には理解していただき、お帰りいただいた。墨医師が何十時間も頑張ったことを感謝しておられた。経過についての書類が欲しいそうです’と話した。
<評価>
・ 科長の所長への報告内容の真意は極めて不可解である。
5.医療ミスを告知するまでの遅れと告知時の不適切な発言
<評価>
・ ご遺族宅への所長、院長、科長の到着は、霊安室での曖昧な説明の2時間後、死亡の6時間後、医療ミス発見からは27時間半後である。隠蔽の意図を疑われたのも当然である。
・ 事実を説明されたご遺族の驚愕とその後厳しい非難が医師に対して浴びせられたことからは、告知はこの時が初めてであったと考えられる。実際、担当医師団等による事実説明はその翌日に実行されている。
・ 告知とお詫びが必要な場で、剖検の依頼をするのも不適切で、霊安室で行うべきであった。
第三章 社会的・道義的問題発生の原因
1.担当医師団の医療におけるモラルの欠如
<検証結果要約>
―中略―
・ 10月6日 21:00、墨医師以外の全医局員と第二内科森医師が耳鼻咽喉科医局に集まった。科長から‘少し投与量が多かったということで、家族に納得してもらえないか’‘治したかったために、薬を多く入れた’等の発言があった。これに対して、森医師は‘それは絶対にしてはいけない。話すタイミングが大事で、早く事情を説明したほうがよい’‘それでは確信犯になる。化学療法の専門家としては、オンコビンは限界でも3日間連続だろう,と答えた。直ちに話すべきか否かにつき、田部医師、本間医師は科長と相談した。田部医師は直ちに告知することを主張したが、方針は決定されなかった。
・ 10月7日 8:30頃、所長は、患者様の入院病棟を訪れた後に、科長を所長室に呼び、患者様の容態を尋ね、投薬ミスをご家族に告げるよう指示したと述べているが、科長は、万一の場合には医療事故、過剰投与の事実を認めること、と指示されたと述べている。この話し合いは両人だけで行われている。
・ 10月7日 21:10、所長からの指示はなかったが、事務長は独自の判断で警察に電話で通報した。その際、30分前にご遺族から既に殺人の疑いとして訴えがあり、警察は強制捜査の準備中であったことを係官から知らされた。
<評価>
・ 墨医師が未成年者である患者様ご本人に病名を告知し、抗癌薬療法について説明したのは、医療のモラルに反している。親権者にしなければならない。
・ 10月6日夜の医局集会における会話内容からは、科長はミスをご家族へあからさまに話さないで済む説明の仕方を模索した可能性が高い。モラルの欠如である。
・ 科長は、医療ミス発見を知ってから事務長への報告を決意するまで4時間を要している。また、田部医師の再三にわたる進言があったが、死亡4時間後に霊安室を訪れた際にも明確な医療ミスの説明をご遺族に行っていない。説明の経緯からはご遺族に不自然な印象を与えたと思われる。
・ 10月7日朝の所長から科長に指示したとされる内容に関して両人の供述に食い違いがあるが、真相は不明である。
・ 霊安室でのご遺族への説明の後に科長から所長へ報告された内容は医療のモラルからは理解できない。事務長に催促されなければご遺族に正確に告知しなかった可能性すら憶測される。実際、ご遺族は後にご遺族宅で告知されたことにより怒りから厳しい非難をし、警察へ告発もしている。
・ 10月8日に担当医師団等は事実説明のためにご遺族宅を訪れている。これが、前日の所長からの指示であったとすれば、所長には前日ご遺族宅で説明するまでは積極的な告知の意志はなかったとも理解される。また、担当医師団等もそれまでに告知していなかったことは明らかである。これらの経緯からは、ご遺族が組織的隠蔽工作を疑っても不思議はない。
―以下略―