登山道は苔の生えたガレ石の道
”白旗山”
赤松円心の山城の跡
トイレ広場からは渓流に沿った小径だが、その先は白旗山への北斜面で、左右の杉林
に囲まれた谷筋の道へと変わる。 ガレ石の道で、苔が付着した歩き難い道である。
渓流はこの石の下で伏流になっているのではないかと思われる。 おそらく、降雨後は
左右の斜面から流れてくる水で表流となり、沢歩きになるのではないか。
櫛橋丸


平成18年(2006)6/20, 兵庫県上郡町の 白旗山(440m)へ行く。
ガレ石の道は、杉林の薄暗い中、
尾根を目指して続いている。
やがてガレ石から自然な山道に
変わった頃、尾根筋に出る。
ここは、北斜面を登って来た細野
口(赤松)コースと、南斜面を登
って来る野桑(鞍居)コースとの合
流点になっている。

堀切
二の丸
本丸
歴史に心惹かれる山へ


尾根筋から上一帯は白旗城の城郭跡
「白旗城趾登り口沿いの谷川を渡った林の中に、地元では建武3年の白旗城合戦に倒れ
た人々の供養塔と伝えられている18基程の五輪塔が散在していましたが、平成7年秋に
地元有志の手によって、白旗八幡神社跡地に移転され、祀られています」 との事である。
登山道を離れて、道標に従って五輪塔群へ足を伸ばしてみた。 樹林に囲まれて薄暗い
中で、五輪塔は寂しげである。

一等三角点
本丸跡の丸太ベンチで少し休憩の後、1時20分から元の道を下山し、 2時10分に
駐車スペースへ帰着。
白旗山頂上広場
合流点にある道標に従い左折して山頂に向かう。 尾根筋から上の一帯は既に白旗城
の一部で、堀切、櫛橋丸跡、の標柱がある。 山頂への道から西へ分岐して小高い坂
を登り、12時半に大小の岩塊が重なる櫛橋丸跡に着く。 細野口から見た白旗山の中
で一番目立っていたピークで、ここからは赤松側の集落が眼下に見下ろせる。
苔が付着したガレ石の道
左右の杉林に囲まれた谷筋の道
合流点(左は細野口、右は野桑)、向こうは山頂


駐車スペースから林道へ
トイレと案内板のある広場
五輪塔群
元の駐車スペースへ戻り、早めの弁当を済ませ、11時半から歩き始める。 植林帯の
林道を行くと5分位で、トイレと白旗城趾の案内板が立つ林道の終点に着く。 広場の
様な所で、白旗合戦の戦場だったと想像される。
五輪塔群への道標


標柱の前を通り ”しらはたかわ”を渡ると、金網のフェンスがある。 「扉を開閉できる方
は自由にお入り下さい」と書かれているので、これを開けて入ると、車一台分の狭い道幅
ながら、少し行くと何とか駐車出来るスペースが有った。
山麓には白旗合戦の戦没者の五輪塔群
現在残る城郭の一部は、後の戦国時代に築かれたものと思われ、全長550mに及ぶ
尾根上を中心に本丸、二の丸、三の丸、櫛橋丸、馬場丸、侍屋敷と伝えられる曲輪跡
や土塁、堀切、石積、などの防御施設が残っています。 白旗城趾には近畿自然歩道
を利用して、赤松側と野桑側から登ることが出来ます」 とある。
ここからは、白旗山の山容が良く見える。 また、白旗城趾説明板には 「赤松側から
見た白旗城趾」が掲載されていて、現在の山容と見比べることが出来る。
白旗城趾への標柱と城趾の説明板
駐車スペース
目の前に ”白旗城趾山麓五輪塔群”の説明板がある。
金網のフェンス
「標高440mしかない白旗山は、高さよりもその歴史に心惹かれる山である」 との書き
出しで、ガイドブック「ふるさと兵庫50山」は白旗山を紹介している。 梅雨の晴れ間
を見計らって、歴史を偲ばせる山城への道を登ってみた。


櫛橋丸跡から見下ろす赤松側の集落
櫛橋丸跡を下り、元の山頂への道に戻り、登り返すと 二の丸跡に出る。そのまま進むと
最後の一登りで、1時頃に白旗山頂上の本丸跡に到着。頂上広場はかなりの広さが有り
山頂標柱、一等三角点、丸太ベンチ、白旗城趾案内板、祠などが有る。
樹林に囲まれて展望はあまり良くない。 南側に宝台山(379m)、清水山(315m)
六道山(354m)と思われる中国地方の山々が霞んで見える。
櫛橋丸跡
朝8時過ぎに神戸をマイカーで出発。 国道2号線の赤穂市有年原交差点から373号線
を北上。30分位で細野口に達する。右手山麓に”白旗城趾”と書かれた看板が目に付く。




白旗山の山容
赤松側から見た白旗城趾
田圃の間を入ると、白旗城趾への標柱と
城趾説明板がある。 説明によれば...
「白旗城趾は、南北朝時代の武将 赤松
円心が建武3年(1336)に築城し、新田
義貞率いる六万の軍勢による50余日の
城攻めに耐えた堅固な山城です。
赤松円心はこれによって足利尊氏の室町
幕府樹立に大きな功績をたてました。以後
嘉吉の乱(1441)により赤松氏が滅びる
まで白旗城は、播磨、備前、美作、3ヶ国
の守護大名赤松氏の本城でした。