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多摩編
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第08回
第09回
第10回
第11回
第12回
第1回 「黒船が来た」
元治元年(1864) 4月29日 京

■夜、飯屋に集まる新選組(先発隊=土方/島田/武田ら、後発=近藤/沖田/源さんら)
■料亭やなぎの前で張る監察方の山崎と浅野
■羽織、装備一式を配る河合/ 道を1本間違え遅参の山南/永倉/原田/藤堂
■戦略を提案する山南、それを聞き指示を出す土方/ いつのまにかいる斎藤
■やなぎに入る桂小五郎、山崎の知らせで新選組出動(山南、武田、河合は居残り)
■やなぎで京の町に火をつけることを画策する長州藩士、止める桂
■やなぎに討ち入る新選組、幾松の先導で抜け道から逃れる桂、それを追う近藤
■逃げる長州藩士を河原で待ち伏せする新選組別働隊(永倉、原田、藤堂、斎藤ら)
■(討ち取り3名/捕縛5名/逃亡1名)武田に戦後処理を指示する山南
■近藤無事の知らせを聞き、安心する深雪太夫
■広沢から事件の報を聞き、感心する松平容保
■寺田屋で新選組や近藤の噂を話すお登勢、おりょう、龍馬
■隊旗を掲げ引き上げる新選組

嘉永7年(1854) 1月24日 江戸 [10年前]

■近藤、土方の元カノ?に手切れ話をし、代わりにぴっぱたかれる
■別の女にちょっかいを出しつつ待つ土方
■蕎麦屋で偶然桂に会うふたり
■土方、桂に江戸の蕎麦にケチをつけられて激怒、さらに蕎麦をおごられて激怒(3杯=48文)
■金のことで揉めているところで龍馬に遭遇、龍馬にまかせてさっさと立ち去る桂
■龍馬、いっしょに黒船を見に行こうとふたりを誘う
■近藤、試衛館に帰り、周助に多摩の出稽古を代わってくれるよう頼む
■周助、沖田惣次郎(子役・13歳)に出稽古を頼む
■なにかと文句をつけるふで
■翌日、佐久間象山について黒船を見に行く近藤と土方、桂、龍馬
■象山、近藤に「鬼瓦」、土方に「木綿豆腐」とあだ名をつけ、教えをたれる
■浦賀沖の黒船を見る5人、漂着したゴミの中からコルクを拾う近藤と土方
■世界に漕ぎ出したいと言う龍馬、日本の将来を憂う桂
■アメリカ国旗を奪おうと小船で漕ぎ出す近藤と土方
■桂に開国を説く象山
■水漏れで沈みかける近藤たちの小船、黒船の祝砲にたまげるふたり

【 今回のツボ!? 】
もともと佐藤浩市さん目当てに見ようと思っていた私ですが、最初のシーンでいきなり山南さんに転びました(笑) 「壬生義士伝」で堺・沖田を見ていたこともあり、チェックしまくり。あのシーンのおかげ、というか「戸板3枚」で全話録画を決意したと言っても過言ではない…?

他の隊士も、いきなりキャラ立ちまくりで。前半は何度も何度も見返して、擦り切れかけている…「壬生義士伝」にはまっていた私としては、斎藤が左利きじゃなかったのが少し残念だったけど、でもこれは実際どちらだったかよくわかっていないらしいので?(どちらにしても刀を右に差すということはない)

桂の逃げ足、イヤミキャラもこのころから全開、今から思うと後の京都での4人の立場が暗示されていてすごく面白い…
蕎麦の金で揉めているときに、龍馬が「自分がその金で蕎麦を食べることで丸く収まるなら何杯でも喰う」と言うあたりは、後日の「薩長同盟」締結のノリに近いものがあって笑えるし
黒船を目撃した時の4人の態度の違いも、キャラ分けが際立っていた…

※ちなみに「壬生〜」は、佐藤浩市さん目的で公開初日、舞台挨拶を見に行きました…(笑)

新選組を行く≫ 浦賀とペリー来航 [横須賀など]
[ 史料/通説 ]
■文政12年(1829) 井上源三郎 誕生/ 多摩郡日野宿
■天保4年(1833) 山南敬助 誕生/ 奥州仙台
■天保5年(1834) 10月9日 宮川勝五郎(近藤勇) 誕生/ 多摩郡上石原村
■天保6年(1835) 5月5日? 土方歳三 誕生/ 多摩郡石田村
■天保6年(1835) 11月15日 坂本龍馬 誕生/ 土佐高知
■天保10年(1839) 4月11日? 永倉(長倉)新八 誕生/ 江戸下谷三味線堀 松前藩江戸屋敷
■天保11年(1840) 原田左之助 誕生/ 伊予松山
■天保13年(1842) 沖田総司 誕生/ 江戸麻布 白河藩下屋敷
■弘化元年(1844) 1月2日 山口(斎藤)一 誕生/ 江戸神田小川町?
■弘化元年(1844) 藤堂平助 誕生/ 江戸駒込?

■弘化2年(1845) 土方歳三、上野松坂屋へ丁稚奉公するも逃亡、実家へ
■嘉永元年(1848) 11月11日 宮川勝五郎、天然理心流入門
■嘉永2年(1849) 10月19日 勝五郎、近藤周助養子に
■嘉永4年(1851) 土方、日本橋大伝馬町へ奉公/ 女性問題でクビ
■嘉永5年(1852) 土方、天然理心流仮?入門
■嘉永5年(1852) 3月18-20日 近藤勇(島崎勝太)、小野路村へ初出稽古
■嘉永5年(1852) 10月27日 近藤勇(島崎勝太)、小野路村へ二度目の出稽古
■嘉永6年(1853) 4月15日 山南敬助(小野派一刀流)、中山幾之進と対戦
■嘉永6年(1853) 6月3日 ペリー浦賀沖に来航
■嘉永7年(1854) 1月16日 ペリー浦賀小柴沖に再来
■嘉永7年(1854) 3月3日 日米和親条約締結
■嘉永7年(1854) 3月28日 吉田松陰、密航失敗
■嘉永7年(1854) 4月 吉田松陰密航がらみで佐久間象山逮捕
■安政3年(1856) 7月3日 ハリス/ヒュースケン来日
■安政4年(1857) 5月5-8日 近藤、日野宿へ出稽古
■安政4年(1857) 8月14-17日 近藤、日野宿/柴崎村などへ出稽古
■安政4年(1857) 9月21-23日 近藤、日野宿へ その後神奈川へ

第2回 「多摩の誇りとは」
安政4年(1857) 10月13日 多摩

■日野へ出稽古にやって来たついでに実家に寄る近藤とみつ
■近藤の実兄・宮川音五郎、甥の勇五郎登場/ 音五郎、近藤に小遣いを渡す
■近藤と音五郎、拳固くわえ競争
■近藤、佐藤彦五郎とのぶ(土方の実姉)夫婦宅の道場へ/ 行商中の土方と再会(石田散薬1袋=100文)
■日野宿の農夫たちに稽古をつける近藤/ 遠くからそれを見る土方
■混ぜてもらえば、と言うのぶに「薬屋に剣術は必要ない」とフテる土方
■近藤、小島鹿之助に沢田村の滝本家を狙う盗賊からの蔵の中身移動の警護を頼まれる
■土方、ひも爺と川崎に行商に向かう…はずが近藤とみつに付き合って滝本家に
■途中、土方の実家に寄り、実兄の為次郎に黒砂糖を届ける
■滝本家で「いけすかない」長男・捨助と再会
■捨助が助っ人に雇った永倉(神道無念流免許皆伝)と初対面
■近藤、永倉に人を斬ったことがないこと、今回も斬る気はないことを告白(永倉は経験有)
■永倉が19歳(天保10年生まれ)だったことが発覚/ 敬語を使っていた土方、吹く
■盗賊登場、斬られそうになった土方をかばって初めて人を斬る近藤
■母屋で飯を食っていたもうひとりのやとわれ盗賊(原田)と対決未遂
■原田のタイプは「小柄でおちゃめ」
■翌日夜、再び土方の実家、近藤と土方の未来を予言する為次郎
■翌日?川崎から江戸へ向かうハリスの行列を目撃する近藤と土方
■江戸への帰り道、分かれ道で浦賀で拾ったコルクを取り出す近藤と土方
■別れ際、近藤、道場へ来るよう土方を誘う

【 今回のツボ!? 】
近藤や土方のルーツ、多摩の人々の心意気が垣間見えて、画的には地味ながら、今思うとかなりキーポイントの回? 土方が武士になりたがっている気持ちもいじらしいくらい見えて来るし

このあたりはまだロケが多くて、古い農家の佇まいなど、見ていて楽しかった…

為次郎役の栗塚旭さんは、ある世代には「土方」といえばこの人!というくらい有名な方のようなのだけど、私はそのあたり全然知らなかったので、いきなりのピンポイント大時代劇?に目を丸くしていましたが(笑)

そして最後のあたり、どうもいろいろ前後関係がごちゃごちゃしているような気が…なぜ多摩の山奥にいた近藤と土方が、いきなり町中でハリスの行列を見ているのか??? それにこれだと最低3日間のお話になってしまうし…まだ撮影開始間も無くて、台本も整理できていなかったのだろうか

新選組を行く≫ 近藤勇の故郷・調布市 [生家跡など]
[ 史料/通説 ]
■安政4年(1857) 10月21日 ハリス、江戸城登城
■安政4年(1857) 12月7-11日 近藤、日野宿へ その後八王子へ
■安政5年(1858) 1月10-12日 近藤、日野宿へ その後一ノ宮村へ
■安政5年(1858) 3月22-24日 近藤、日野宿へ
■安政5年(1858) 4月7-9日 近藤、日野宿へ
■安政5年(1858) 6月19日 日米修好通商条約締結
■安政5-6年(1858-9) 安政の大獄
■安政5年(1858) 7月6日 13代将軍家定死去
■安政5年(1858) 8月8日 水戸藩に幕政改革の勅諚降下(戊午の密勅)

第3回 「母は家出する」
安政5年(1858) 8月14日 江戸

■近藤、龍馬と再会 藩から呼び戻されて土佐へ帰る、という龍馬
■通りかかった橋本左内から水戸に勅命が下ったこと、象山が捕まったことを聞くふたり
■橋本を追っていた役人たちを避けてふたりを試衛館に招く近藤
■土方の大道芸? さくらの女と組んで石田散薬を売りまくる
■ふでにお茶っ葉のありかを教えてもらえず、ふたりに白湯を出す近藤
■龍馬と橋本の話がわからない近藤
■藤原・沖田登場/ 3人を尻目に道場ではしゃぎまくる沖田(と源さん)
■ひょっこりやってきた土方から石田散薬をわけてもらう龍馬と橋本
■周助が勝手に決めた近藤の縁談話にヘソを曲げ、家を出て行くふで
■近藤、龍馬と試合、ほぼ相打ちながら近藤勝ち、龍馬を見送りに行く約束
■土方、道場破りをし全員を倒す そこへ石田散薬を売りに来るひも爺
■ひも爺と合流した土方、道場の面子に袋叩きに/ 百姓に生まれた悔しさを噛み締める
■ふでの古い友人・なつの家にふでを迎えに行く近藤父子
■近藤の出自を言いつらい、身の程を知れ、と言うふで
■龍馬を見送りに行き損ねる近藤
■実は下総の百姓の出身だったふで、説得されて戻ることに
■実は効かない石田散薬?
■試衛館入門を申し出るよれよれの土方
■「日本一武士の心を持った百姓になってやる」と誓う近藤

【 今回のツボ!? 】
実は道場破りを常習にしていたくらい強かった土方…前回はいまいち弱々しかったけど…?
それにしてもひも爺の女話は生ナマしくて味がありすぎて、大河でこんなんやっていいのか?と思った…(笑)

何かしたい、と思いつつ世の中の難しい話はわからない上、百姓の出自をあれこれ言われて、近藤も土方もボロボロの回。ここらあたりでは、もっとなりふりかまわず「成り上がって行く」お話になるのかな、と思っていたけど、その後あまり近藤にその方向のエネルギーを感じない…どちらかというとただ純粋に「国のため」に励みたい、というカンジだし。土方は近藤を成り上がらせることに専心しているようだけど(※この件、第10回に続く)

新選組を行く≫ 土方歳三の故郷・日野市 [資料館など]
[ 史料/通説 ]
■安政5年(1858) 9月7-10日 近藤、日野宿へ その後八王子へ
■安政5年(1858) 9月21-22日 近藤、日野宿へ その後立川へ
■安政5年(1858) 10月25日 徳川家茂、14代将軍に
■安政6年(1859) 3月9日 土方、天然理心流正式?入門
■安政6年(1859) 4月12日 沖田、小野路村・小島家へ初出稽古
■安政6年(1859) 4月13日 近藤、小野路村・小島家へ出稽古
■安政6年(1859) 6月9-10日 近藤周助/沖田、日野宿へ出稽古 その後八王子へ
■安政6年(1859) 9月26日 近藤/他1名、日野宿へ出稽古
■安政6年(1859) 10月7日 橋本左内 斬首
■安政6年(1859) 10月7日 親子喧嘩の末、近藤周助、家財道具一切を持って別居
■安政6年(1859) 10月27日 吉田松陰 斬首
■安政6年(1859) 11月7-9日 近藤、小野路村・小島家泊
■安政7年(1860) 1月13日 勝海舟、咸臨丸でアメリカへ

第4回 「天地ひっくり返る」
安政7年(1860) 3月2日 江戸

■食客が増えたおかげで朝食のメザシを2匹に減らされる周助と近藤
■実は周助の9番目の妻だったふで
■立会いで土方をやっつける沖田、フテる土方
■「人はギリギリのところで負けた時に何かを学ぶ」と強すぎる沖田を心配する周助
■近藤と土方に弟子を増やす方法を相談する周助
■金を持っている町人を集めるべきだという土方、キャッチフレーズは「貴殿も侍になれる!」
■縁談の相手、松井つね親子試衛館に来る/ 逃げる近藤
■近藤、稽古代を滞納している広岡子之次郎の家に取り立てに行き、山口一と出会う
■龍馬の紹介で試衛館を訪ねた山南、道場破りに間違えられる
■表舞台が苦手な土方?
■土方、道場の宣伝のため、帰りかけた山南(北辰一刀流免許皆伝)を挑発
■芹沢の店「瓢箪」に近藤と山口を案内する広岡
■沖田を倒す山南、深く落ち込む沖田
■広岡を逃がし、ふたりに鯉の洗いをふるまう芹沢
■山口が取り立てにきた広岡の借金の一部をなぜか立て替えるハメになった近藤
■「明日、天地がひっくり返る」と予言する芹沢
■近藤、試衛館に戻り、山南と立ち会い勝利/ 山南がわざと負けたのではと疑う
■山南:「負けてみないと強さはわからない」
■いちいち山南が気に入らない土方
■近藤、芹沢の予言を山南に語る/ 井伊大老が狙われていることを言い当てる山南

安政7年(1860) 3月3日 江戸

■桜田門外の変起こる
■近藤、現場で山南と再会/ 「名もなき侍」が歴史を動かした事実を目の当たりに
■近藤、自害して果てた実行犯のひとり広岡の亡骸の前で芹沢と再会

【 今回のツボ!? 】
いよいよ山南さん、斎藤(山口)再登場、そして芹沢鴨初登場。
鴨さん、さすがの貫禄。たしかこのころは「鯉ヘルペス」騒動の真っ只中では…「もっと噛め」「飲み込め」に何の意味が…(笑)
斎藤も鴨にはまったく歯がたたず。でもこのころはまだ16歳くらいのはずだししょうがないか?(笑)

聞いてはいけないことをずけずけ聞く沖田の性格はこのころからすでに発動
そしてまだかなりイヤミキャラな山南さん…笑顔もかなり見下し気味で。いま見返すと、山南さんもこのころからかなり成長があったのだな…でも近藤にとってはいままで自分の圏外で飛び去って行っていた時代の流れを、ようやく身内の立場から解説してもらえる相手ができたのかも

前回登場の橋本左内は、この話の冒頭の解説で、すでに死罪に…早い(涙)

新選組を行く≫ 桜田門と江戸城

第5回 「婚礼の日に」

■夜、ケガを負い役人に追われる山口

安政7年(1860) 3月29日 江戸

■試衛館にて婚礼の準備、やってくる彦五郎、のぶ、鹿之助、音五郎
■近藤、音五郎から実家に代々伝わる赤フンを贈られる
■とどこおりなく三々九度/ 覗き見する土方
■受付をする山南/ 招待した道場主たちはことごとく欠席
■北辰一刀流伊東道場の藤堂、伊東の代理で祝儀を持参
■さっそく祝儀を覗こうとする土方をたしなめる山南
■このままの人生でいいのか疑問の近藤
■みつの夫・沖田林太郎、酒を持参/ 大酒樽を運ばされている土方と山南
■近藤に家庭の良さを説く源さん
■土方と山南にお茶を運ぶ源さん、裏庭から現れた山口を素手で捕らえる
■山南、源さんが使用人ではなかったことを知り恐縮
■近藤、新妻・つねに「一介の道場主で終わるつもりはない」と宣言
■前日人を斬り、近藤にかくまってくれと頼む山口、だが婚礼の最中と知り「おめでとうございます」
■逃亡のための金(5両)を差し出すつね
■鯛を持って現れる捨助/ 酒を持参の桂(山南と顔見知り)、宴で独演会
■近藤、音五郎と饅頭食い対決/ あきれる松井家
■再び追われて戻ってくる山口、祝言の席に踏み込む役人たち
■庭に落ちた血を怪しむ役人、みつが捨助にエルボーをくらわし、鼻血を装う
■桂の一喝で役人たち引き上げる
■近藤、芹沢に山口逃亡を手助けしてもらうことを思いつく
■芹沢、5両で上方への逃亡の方法を教える/ 店の隅で酒を飲む新見/ 夜中、船で逃れる山口

【 今回のツボ!? 】
ひとつの閉ざされた空間でのドタバタ、という、三谷さんお得意のパターン? 鼻血や山口(斎藤)の5両、桂と捨助のニアミスなど、後々への伏線ばりばり、の回でありました

このとき山南さんが「(試衛館の)押しかけ門人のつもり」と言いつつ「千葉道場の山南」と自己紹介していたのに違和感があったのだけど、34話の藤堂の話によると、結局この翌日に千葉道場を去ったのですな(涙)

新選組を行く≫ 近藤勇の故郷・調布市 [龍源寺(勇の墓)など]
[ 史料/通説 ]
■安政7年(1860) 5月 井上源三郎、天然理心流免許取得
■安政7年(1860) 5月4日 近藤、日野宿へ/ 9-14日近藤/土方、八王子/五日市へ
■安政7年(1860) 6月26日 近藤周助/勇、奉納額の件で日野宿へ
■万延元年(1860) 清河八郎ら「虎尾の会」結成
■万延元年(1860) 8月18日 和宮降嫁の勅許
■万延元年(1860) 8月 「武術英名録」刊行/土方の名掲載

第6回 「ヒュースケン逃げろ」

■新婚であつあつの近藤とつね、待たされていらつく土方

万延元年(1860) 9月30日 多摩

■府中の六所明神で型試合を行なう近藤、土方、周助/ 見物する彦五郎、のぶ、鹿之助ら
■佐藤家、集まったご祝儀を数える一同、55両の利益?
■和宮降嫁や攘夷について鹿之助から話を聞く一同
■試衛館、仕事の遅いつねにイヤミを言うふで/ 洗濯物の干し方をつねから教わるみつ
■留守番の沖田に尊王攘夷を説く山南、聞いちゃいない沖田/ 実際には異人を未見?の山南
■蕎麦屋でメリケン人ヒュースケンと妾(お富)の話を聞きつける近藤と土方
■ヒュースケンの女を抱きたい、とお富の家の前で張る土方にあきれる近藤
■やはりお富の家を伺う男たちに捕まるふたり、一味の永倉と再会
■一味は薩摩藩士2人と、永倉と同じ松前脱藩の市川宇八郎(一味の頭は清河八郎)
■外人ひとり斬るごとに10両もらえる、と永倉
■近藤、金のための卑怯な人斬りは良くない、と永倉を説得
■永倉に失望する近藤、永倉に人を斬らせないためヒュースケンを待ち伏せ
■ヒュースケンに逃げるように説得する近藤、ヒュースケンは日本語ぺらぺらであった…
■日本を褒め称え、自信を持て、と言うヒュースケン
■西洋と日本の女の違いにこだわる土方
■刀で向かってくる相手に銃は撃てない、と弾を込めていないヒュースケン
■闇討ちは良くない、とふたたび永倉たちを説得する近藤
■寝返ることにした永倉、近藤に「あなたはあまりに幼い」
■永倉と土方に追い払われる薩摩藩士2人、近藤に負け、逃げる市川宇八郎
■パンケーキを焼くお富/ ヒュースケンのマントをかぶってお富に抱きつく土方
■日本で斬られてこの国の土になれるなら後悔はしない、とヒュースケン
■試衛館に永倉を誘う近藤/ 永倉が年下(22歳)なのにこだわる土方

【 今回のツボ!? 】
けっこういいお話だったような気がするのだけど、ヒュースケンが川平慈英!というあたりですでにギャグ…になってしまったような(笑)。土方の「お前日本人だろう」というセリフにも内心「半分そうだよ?(たぶん…)」と返してしまった…土方の「おねがいしまーす」もこの大河屈指の名セリフでは…(笑)

この回があったからこそ、30話で永倉が芹沢や報奨金の分配の件で激怒するわけで…でもあまりにも間があきすぎている…(笑)

「井の中の蛙大海を知らず」は知ってたけど「されど空の高さを知る」は知りまへんでした…でも高さを知っても、結局蛙には届かないのが悲しい…
土方がヒュースケンのマントに興味を持つあたり、後の洋装の伏線なのかと思ってちょっと楽しかった

(ちなみに蕎麦屋の女将は、第1回の橋の上で土方から小石をぶつけられていたのと同じ人でありました)

新選組を行く≫ 試衛館と天然理心流
[ 史料/通説 ]
■万延元年(1860) 9月30日 近藤周助/勇、府中六所宮に天然理心流大扁額奉納 [第6回]
■万延元年(1860) 10月15日 近藤、日野宿へ/ 23日 近藤/土方為次郎、日野宿へ
■万延元年(1860/1) 12月5日 ヒュースケン暗殺
■万延2年(1861) 1月14-17日 近藤/沖田/山南/他1名、日野宿出稽古/ その後八王子へ
■万延2年(1861) 1月29日 試衛館にて寄合稽古
■文久元年(1861) 2月24日 水戸玉造組・下村継次(芹沢鴨)、捕縛
■文久元年(1861) 4月12日 沖田/土方、小野路村出稽古/ 橋本家泊
■文久元年(1861) 5月28日 英国公使館(東禅寺)に水戸藩士乱入(第1次東禅寺事件)

第7回 「祝四代目襲名」

■武市半平太らの「土佐勤王党」会合に参加している龍馬

文久元年(1861) 8月27日 多摩

■四代目襲名試合会場・府中六所明神に見学に来る藤堂、ついでに参加させられる
■紅組に参加している試衛館の面々、土方、山南、永倉
■守りを固めてくれ、という土方に責めるほうが上策、と返す山南
■すいかにつられていつの間にか参加している原田
■また呼ばれもしないのにやって来る捨助
■太鼓係の沖田(総司と改名)、行司役の近藤、つきそいの源さん
■あっという間に優勢になる紅組
■近藤、沖田に白組の加勢をするよう頼む
■原田、永倉、藤堂、山南の順に倒して行く沖田、ついに紅組の大将も倒す
■夜、宴会に呼ばれず先に帰される沖田と藤堂、ふてる沖田
■宴会で芸者相手に唄を歌う永倉、和宮降嫁を語る山南、どくろの絵を描く近藤
■ひとりしらふでいる土方
■試衛館でひとり刺繍をするつね
■周助、近藤が桂の推薦で講武所の教授方見習になる話があることを披露
■原田を怪しむ一座、盗賊騒ぎを思い出す永倉、試衛館に居つくことを勝手に決める原田
■剣は沖田、知恵は山南がいる、と近藤のそばにいる意義を見失い落ち込む土方
■周助「山南の知恵は書物から学んだ知恵、お前のは生きた知恵」と土方を慰める
■血判状を土佐に届ける途中、同じ旅籠に寄った龍馬と望月亀弥太、近藤に祝いを言う
■「土佐勤王党」の目的を聞き、龍馬に脱退を勧める近藤
■龍馬を「勢いに乗せられてるだけ」とクサす土方、へこむ龍馬
■「土佐勤王党」加盟者の血判状を盗み亀に追われる捨助
■ふたたび龍馬と対戦するハメになった近藤、途中であほらしくなって血判状を破く龍馬
■翌朝試衛館に戻った近藤にどくろの刺繍の稽古着を渡すつね

【 今回のツボ!? 】
試合のシーンは後の新選組メンバーがほぼ出揃って、それぞれの戦い方も見えてすごく楽しかったし爽快だった…今見返すと涙が…
(でも紅軍大将の萩原さんの方へ走り始めた沖田を追おうとした土方に、彦五郎さんが抱きついて阻止したとき、土方が彦五郎さんのかわらけを割ってしまえば勝負ついたんじゃないか、この試合…???)

このころはまだ日本のために何をどうしていいのか全然わかっていない龍馬や近藤…見ているこちらもわけがわからなかったけど(笑) 近藤は結局京都に来た後も、この調子で迷いっぱなしな気が…
そして龍馬が来ているのに山南さんと会わないのは不自然な…やっぱりこのころはまだ山南→龍馬のラインは予定になかった?
それに周助に「山南の知恵は書物から学んだ知恵」と言われてしまって悲しい…このへん確かに山南さん浮きまくりだし

「多摩勤王党」では1時間くらい笑いが止まらなかった…悔しい(笑)

新選組を行く≫ 勇の稽古着・小島資料館
◆文久元年(1861) 8月27日 四代目披露野試合
東之方 赤之大将=御嶽堂糺/ 旗本衛士=土方歳三 他/ 後陣玄武戦士=山南敬助 他
西之方 白之大将=佐藤彦五郎
本陣 総大将=近藤勇/ 軍奉行=沖田林太郎/ 太鼓=沖田総司/ 鉦役=井上源三郎
[ 史料/通説 ]
■文久元年(1861) 11月6日 「土方大病」の知らせが小島家へ
■文久2年(1862) 1月15日 坂下門外の変
■文久2年(1862) 1月19日 近藤/山南/沖田、小野路村出稽古/ 橋本家泊
■文久2年(1862) 2月11日 和宮降嫁
■文久2年(1862) 3月 坂本龍馬、土佐脱藩
■文久2年(1862) 4月23日 寺田屋騒動

第8回 「どうなる日本」
文久2年(1862) 5月29日 江戸

■試衛館で納豆談義、納豆は食えない原田、実家では砂糖掛けの山南、きな粉掛けの近藤
■京帰りの?山南から寺田屋での薩摩藩内紛の話を聞く一同
■頼山陽の「日本外史」を近藤に進呈する山南
■山南、清河八郎の「虎尾の会」への参加を勧めるが乗り気でない近藤
■山南、近藤に「武士以上に武士らしい」と失言
■試衛館に鞍替えしたいという藤堂、師匠の伊東が名前を覚えてくれないことに不満
■掛け軸を売って講武所への挨拶金を作る周助
■お腹の大きいつね
■置きっ放しの石田散薬をもてあますふで
■伊東道場へ移籍を頼みに行く藤堂、沖田、永倉/ 認めない伊東大蔵(甲子太郎)
■試合で沖田が勝ったら藤堂を貰い受ける、という案を出す永倉
■近藤、講武所で松平主税助、佐々木只三郎と面会/ 講武所のダレた様子を見せる佐々木
■佐藤家で見合する土方、相手のお琴が好みでびっくり
■伊東道場の加納鷲雄に勝つ沖田、難癖をつけながら加納にたしなめられ藤堂を「貸し出す」伊東
■伊東、沖田の名前は一発で記憶(というか呼ぶ価値のあると思う名前しか口にしない)
■河原を歩く土方とお琴、「嫁をもらう気はない」と言いながら押し倒す土方
■イギリス公使館を護衛する松本藩士・伊藤軍兵衛、石田散薬を求めて試衛館を訪ねる
■近藤、源さん、原田、みつ高輪のイギリス公使館・東禅寺へ石田散薬を運ぶ
■4人、イギリス人と遭遇、いっしょに飲むことに
■浦賀で拾ったコルクが酒瓶の蓋だったことを知る近藤
■じつはノイローゼ気味だった伊藤軍兵衛、近藤らの目の前でイギリス人を殺害

【 今回のツボ!? 】
この話は山南さんがいろいろ近藤に働きかけたことや藤堂の一件以外、いまいち存在意義がわからない…(笑)夷人との接触ならヒュースケンで充分な気がするし…???

伊東は約束守らないし、セコさがにじみ出ていていいキャラだった…(笑)加納鷲雄も登場したけど、わりといい人ではないですか。沖田の名前はすぐ覚えてもらえるけど、藤堂は「お前」としか言われないというエピソードは後で鴨にも使われていたなぁ…(涙)

新選組を行く≫ 江戸の三大道場
[ 史料/通説 ]
■文久2年(1862) 5月29日 第2次東禅寺事件 [第8回]
■文久2年(1862) 7月12-14日 沖田、小野路村・橋本道場へ出稽古、麻疹にかかる
■文久2年(1862) 7月15日 沖田、布田宿へ馬で送られる
■文久2年(1862) 8月21日 生麦事件
■文久2年(1862) 閏8月1日 松平容保、京都守護職に
■文久2年(1862/3) 11月12日 清河八郎、「急務三策」を幕府に建白
■文久2年(1862/3) 12月8日 浪士募集決定
■文久2年(1862/3) 12月24日 松平容保、上洛
■文久2年(1862/3) 12月26日 下村継次(芹沢鴨)、赦免
■文久3年(1863) 1月2日 松平容保、孝明帝に拝謁
■文久3年(1863) 1月 土方、小島宛に浪士組についての不確定情報書簡

第9回 「すべてはこの手紙」
文久3年(1863) 1月17日 江戸

■娘のたまにほお擦りし、講武所へ初出勤する近藤とお付きの藤堂
■いまいち近藤の講武所勤めが気に入らない様子の山南
■お琴に会いに行っている土方
■講武所で門前払いをされる近藤と藤堂
■子供が苦手な山南、子供好きだが好かれない原田、なぜか子供に好かれる沖田
■沖田から稽古をつけてもらう沖田林太郎
■林太郎、永倉や山南にもそれぞれ違う流派を教えられて困惑
■龍馬と再会する近藤、土佐藩を脱藩し、勝海舟のもとにいるという龍馬
■お琴に結婚を迫られ、別れを告げる土方
■山南を訪ねて来る山岡鉄太郎(鉄舟)
■龍馬に連れられ勝を訪ねる近藤と藤堂、象山とも再会
■いつのまにかなつの家に移り住んでいる周助とふで、つねに大福を渡す周助
■山南、山岡から聞いた浪士組の話に興奮し、つねに近藤への手紙を託す
■勝に講武所での「門前払い」の理由を聞き、主税助のやり方に煮えくり返る近藤
■お琴の兄たちに袋叩きにあう土方
■近藤、講武所で主税助に訴えるが、佐々木に「おぬしは武士ではない」と言われる
■実は津の殿様のご落胤だった?藤堂
■ふたり、町中で大工仕事を手伝う永倉を目撃
■つねに山南の手紙を隠すことを勧めるみつ
■近藤、講武所の話が立ち消え「道場主で一生を終わりそうだ」とつねに話す
■手紙を大福といっしょに箪笥に隠すつね
■原田の食い意地のせいで手紙が近藤の手に/ 家を飛び出し走る近藤

【 今回のツボ!? 】
タイトルどうり、この手紙1通で近藤たちが京へ行き、そして山南さん本人も命を落とすことになってしまった…と考えるとものすごく見ていて悲しい…あんなに希望に満ちて、声も上ずって興奮してたのに。京へ来る動機を作った山南さん自身が、試衛館の面々の中で最初に抜けることになってしまったのが何とも皮肉…(涙) と言うか、このとき自分自身が近藤たちを京へ導くきっかけを作ったということが、切腹に到る動機のすべてのような。そう思ってみるとますます心が痛い?

近藤も土方も、「ここはダメ男の吹きだまりだな」というセリフどうり、本当にどん底のめぐり合わせで…こんなときに魅力的なお誘いが来たら、いやでもはりきっちゃうよな〜。ここら辺の流れはとっても説得力があって、いよいよ来たか、とこちらもわくわく。なんとか思いとどまらせたいつねの気持ちもすごくわかるし

しかし、(本放送当時は)さていよいよね、と期待に胸膨らませた…のに、実はまだまだ先は長いのでありました(笑)

新選組を行く≫ 象山の故郷 松代
[ 史料/通説 ]
■文久3年(1863) 1月15日 土方、小野路村・小島家にて刀借用
■文久3年(1863) 1月16日 近藤、小野路村・小島家へ上洛の挨拶/ 鎖帷子借用
■文久3年(1863) 1月17日 山南/沖田、小野路村へ上洛の挨拶/ 小島家泊
■文久3年(1863) 1月 土方、「豊玉発句集」まとめる

第10回 「いよいよ浪士組」

■試衛館で素振りをしながら最近の出来事を思い返す近藤
■山岡宅で清河から浪士組の構想を聞く近藤と山南
■「武士とは志だ、心で武士になる」と土方に話す近藤
■つねと周助に京に行くことを告げる近藤
■周助、源さんに今後は自分ではなく近藤の世話をと頼む
■試衛館にて京に行く人数を募る近藤、山南、土方(沖田、永倉、原田、藤堂は賛同)
■しり込みする門人多数(留守中も試衛館は存続することに)
■留守のことは任せると言い渡されショックな沖田
■飲み屋で清河ら浪士組上層部のことを話す試衛館の面々
■試衛館の面々、勢いで浪士取締・松平上総介(主税助)に会いに行く
■近藤ら、上総介に浪士組の詳細を問いただし、試衛館の優遇の約束を取り付ける

文久3年(1863) 2月4日 江戸

■集合場所の伝通院処静院大信寮に向かう一同
■伝通院、清河らの策で集まりすぎた浪士に動転、上総介仮病で倒れる
■予想外の状況でとまどう試衛館一同
■佑天仙之助、粕谷新五郎、芹沢鴨、殿内義雄らの姿も
■事態の説明を聞くがわけのわからない一同、いったん帰宅
■門の前で待つ、月代を剃った沖田
■京へ沖田も連れて行くよう近藤に勧める一同、決心する近藤

【 今回のツボ!? 】
みんなで空を見上げるラストはおいおい、と思いましたが(笑) それに門前での不自然な?立ち位置の移動はナニ?(笑)

第3回でちょっと疑問だった近藤の「武士になりたい」という「成り上がり願望」は、ここの「心で武士になる」という決意でいったん昇華されて現在に至るのですね…つまり「実」を選んだ、と。土方はあいかわらず「近藤さんを大名にする」とか言っているので「名」のほうを目指してるわけだけど?…でもさらっと流されてしまってこの時点ではそんなこと気がついていなかったし、もう忘れていた…(涙)
上総介と佐々木のコントのような仮病のやり取りも個人的にはツボでありました(笑)

このころはまだ全面的に山南さんのリードで…沖田を連れて行くよう勧めるあたりも泣けた…自分の死刑執行書にどんどんサインを重ねてるみたいで(…ていうかほとんど全員が、そうなんだけど(涙))

周助が「子は親に迷惑をかけるもんだ」「本当の親子になれたような気がする」と言う場面はOAでもそれなりに感動はしていたのだけど、まだこの時点では新選組話がホームドラマになるのに若干抵抗があって、心に素直に落ちてこなかった記憶が…

新選組を行く≫ 土方歳三の故郷 日野 [高幡不動尊/佐藤彦五郎旧宅など]

第11回 「母上行ってきます」
文久3年(1863) 2月5日 江戸

■上総介の後を鵜殿に頼む佐々木
■近藤、なつの家の周助とふでに挨拶に行く
■ふでにも「心だけは武士でありたい」と言う近藤
■多摩へ挨拶に行く途中小島鹿之助と行き会い、京行きを止められる近藤、土方、源さん
■沖田を止めるみつ、林太郎/ 月代をからかわれ憤慨の沖田
■試衛館で話し合うつね、みつ、鹿之助/ 近藤とふでが似たもの同士、というつね
■伊東道場に報告する藤堂と沖田/ 初めて名前を呼んでもらい、餞別までもらう藤堂
■餞別に5両包んで伊東に「半分でよかった」と言われる加納
■藤堂を京への足がかりに利用するつもりの伊東
■試衛館を訪ねる桂、実は近藤が大好き? 将来敵対することを予言
■実家を訪ね、音五郎から「虎徹?(=20両)」を贈られる近藤
■佐藤家を訪ねる近藤、土方、源さん/ 近藤に土方のことを頼むのぶ
■病床の市川宇八郎を訪ねる永倉、大坂にいる許婚・おそのへことづけを頼まれる
■佐藤家に土方を訪ねてくるお琴、また土方の代わりにひっぱたかれる近藤
■山南、山岡宅を訪ね、近藤に肩書きがないことを訴えるが清河に帰される
■山岡に自分の計画を打ち明ける清河
■為次郎を訪ねる近藤と土方
■飲み屋で騒いだ浪人を一発の早業で黙らせる粕谷、ほれる沖田
■なつの家、自分の出自を話し「あなたは私です」と近藤を送り出すふで

【 今回のツボ!? 】
これもいまいちわけがわからない回?(笑)みんながいろいろ江戸でのけじめをつける話ではあったわけですが。ふでの変心が唐突だったのがなんともびっくり
(なんとなく、ふでさんには最終回の近藤処刑まで意地を張っていてもらいたかったような)

しいて言えば伊東のセコさがツボ?

新選組を行く≫ 清河八郎と伝通院
[ 史料/通説 ]
■文久3年(1863) 2月6日 浪士組編成 三番新見組←井上/沖田林太郎
三番芹沢組←土方/山南/沖田/永倉/原田/藤堂/平間/平山/野口

第12回 「西へ!」
文久3年(1863) 2月8日 江戸

■伝通院、近藤が無役なことに不満な土方、こだわらない近藤
■試衛館一同は三番組に配属、源さんだけ七番組
■永倉、佑天仙之助を敵と狙う大村達尾の動きに不審
■組分け表に林太郎の名前があるのにびっくりの沖田
■近藤を役につけるよう山岡に掛け合う山南、清河にその気がないことを告げる山岡
■駆けつけたお琴から逃げる土方/ 捨助を騙して50両まきあげる
■佐々木、清河の案を廃し中山道を行くことを決定
■土方、清河を50両で買収、近藤を「先番宿割」に
■伝通院に押しかけ、いろいろ差し入れするみつ
■清河、佐々木たちへのあてつけで別行動を決意、なだめる山岡
■三番組小頭の芹沢、新見らと再会する近藤
■同じく「先番宿割」の池田徳太郎に引き会わされる近藤
■小頭の顔合わせで芹沢が引き金となり大揉め、芹沢を黙らせる粕谷
■不純な動機の者が多い中、自分たちだけでも力を尽くそう、と山南、聞かない土方
■近藤、役付きになった理由を土方に詰問
■土方、浪士組に加わるつもりの捨助を峯打ち、置き去りに/ それを見ていたお琴と本堂で…
■つねから預かったお守りを近藤に渡し、沖田のことを頼むみつ
■土方のおかげで「先番宿割」からはずされ無役になった殿内
■1回見ただけの粕谷のワザを真似て粕谷と芹沢らのいざこざを止める沖田
■来たくないと言っていたつね、伝通院に駆けつけ近藤を見送る
■置き去りの捨助、復讐?を誓う

【 今回のツボ!? 】
いよいよ京へ、新キャラの相関関係も見えてきて、おもしろくなってまいりました?
近藤を役付きにするため、山南さんはまっとうに山岡に交渉、土方は策を練って後ろから手を回す、という対照的なやり方のふたり。このあたりから策士の本領を発揮してきた土方。周りの人々が年配だっただけに、試衛館の面々の、若いおろおろ感が出ていていい按配だったな(笑)

土方とお琴は…なにすんねん!(笑) そして土方の捨助への非道な行動が…歴史を動かす…のだろうか?

ラストでつねが近藤を見送るところは最終回の刑場シーンとリンク?
見送るつねさんの態度にも5年間の成長や覚悟が見られて涙…


新選組を行く≫ 隊士になりたかった男 松本捨助

参考図書: [ Books ]/[ 多摩編 ][ 鴨編 ][ 風雲編 ][ 落日編 ][ 総集編 ][ 続編 ]
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