NHK大河ドラマ 新選組! ファンサイト|「新選組!」のおと
風雲編
第26回
第27回
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第34回
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第36回
第37回
第26回 「局長近藤勇」
元治元年(1864) 5月21日 (江戸)

■江戸、近藤からの芹沢死後の近況の手紙を読むつね
■八木家から、新たに借り受けた向かいの前川邸に向かう局長近藤、総長山南、副長土方
■庶務方=山南、勘定方=河合、監察方=島田
■新選組を快く思わない大坂町奉行所与力・内山
■面接に来る武田観柳斉、山崎/ 面接官=山南、土方、源さん/ 谷三兄弟も入隊
■仲のいい沖田とひで、横恋慕の藤堂
■過激派の久坂を抑える長州藩邸留守居役の桂
■蝦夷行きをたくらむ龍馬に誘われる近藤、りょうと初対面するふたり
■(昨・文久3年)10月10日/ 近藤、容保から頼まれ日本の将来について各藩代表会議で発言
■春、会津本陣で象山と再会する近藤(ここから総髪)
■お多福で近藤に公武合体を唱える象山、まだ何をすべきか迷っている近藤
■もちを勝手に食ってまさにクビにされる捨助、それを従者として雇う象山
■山崎に探らせた内山の賄賂疑惑情報を近藤に告げる土方
■そのネタで内山を脅す土方、逆に小六からの情報で斎藤をしょっぴく内山
■その件で内山と話す近藤、百姓あがりと侮辱される
■めずらしく内山の時代錯誤に激怒する近藤、土方の内山襲撃計画にGOサイン
■内山を襲う土方、沖田、斎藤、島田、原田
■とどめをさそうとする沖田に銃口を向ける内山、それに一撃する斎藤
■深雪太夫の座敷で内山襲撃の夜を過ごす近藤、舞っている間に倒れる深雪太夫
■攘夷派のしわざに見せかけて内山を置き去りにする土方ら
■手紙の内山について書いた部分を破く近藤
■回復した深雪太夫に書き上げた手紙を託す近藤
■江戸、手紙の匂いをかぐつね

【 今回のツボ!? 】
この回からオープニングに歌詞が出るように/ 近藤も総髪に

近藤が人を斬って排除しようとするのはちょっと唐突だったのでびっくり。芹沢で勢いがついて、このまま一気に暗殺集団に移行??? と思ったけど、後を見るとそうでもなさそうだし…この回だけ妙に強引で浮いているような…さすがに実行犯には山南さんや永倉は含まれていなかったけど。実際に起こった事件だからこう説明するしかなかったのかも…でもかなり苦しい…近藤もさかんにいいわけしてるし
↑※最近では新選組と無関係との説有り

新選組を行く≫ 吉田松陰と長州、萩 [萩城跡/松下村塾/野山獄跡など]
[ 史料/通説 ]
■文久3年(1863) 9月20日付 近藤、多忙のため重病の周斎の見舞いに帰れずとの書簡
■文久3年(1863) 10月 龍馬、神戸海軍塾塾頭に
■文久3年(1863) 10月10日 近藤、祇園・一力での諸藩有志会合にて発言 [第26回]
■文久3年(1863) 10月15日 近藤、松平容保へ攘夷実行まで幕臣取立てを辞退、との建白書
■文久3年(1863) 10月15日 大村達尾、千住宿にて山本(祐天)千之助を討つ
■文久3年(1863) 11月1日 薩英講和
■文久3年(1863) 11月 土方、「報国の心をわするる婦人かな」の小島宛書簡
■文久3年(1863/4) 12月27日 野口健司、切腹
■文久4年(1864) 1月2-13日 新選組、上洛する将軍家茂警護のため大坂へ
■文久4年(1864) 1月10日付 土方、平忠右衛門宛に「誠」の旗図付き書簡
■文久4年(1864) 1月? 山南、大坂・岩木升屋にて浪士討ち取り、会津藩より報奨金8両拝領
■文久4年(1864) 1月27日付 山南より小野路村・小島家へ年賀状
■文久4年(1864) 2月2日 連光寺村名主・富澤忠右衛門(政恕)、屯所へ(山南、病で会えず)
■元治元年(1864) 2月 秋月悌次郎、罷免?、会津へ帰国 [第31回]
■元治元年(1864) 3月27日 天狗党筑波山挙兵
■元治元年(1864) 4月13日 土方、東帰する富澤に鉢鉄と日記を託す
■元治元年(1864) 4月26日 京都見廻組新設
■元治元年(1864) 5月3日 近藤、将軍が攘夷決行しないのなら新選組を解散させよ、との建白書
■元治元年(1864) 5月16日 新選組、東下(大坂出航)する将軍のため安治川河口警備
■元治元年(1864) 5月20日 内山彦次郎、大坂・天神橋にて殺害 [第26回]

第27回 「直前、池田屋事件」

■見廻組与頭勤方として再び上洛した佐々木と再会する近藤、土方、山南
■大坂、小常(おその)に市川宇八郎から託されたかんざしを渡す永倉

元治元年(1864) 6月5日 京

■内山や芹沢暗殺の疑いを近藤に問いただす永倉、否定する近藤
■軍議に集まる副長助勤以上の面々、欠席の斎藤と沖田
■沖田とひでの関係を心配する一同
■女は別れた後が面倒くさい?
■斎藤は目を開けて寝る?
■墨問屋・枡屋に潜伏する宮部鼎蔵の件を話し合う面々、枡屋を御用改めする武田ら
■隊士の稽古を見る近藤と山南、迷いを打ち明ける近藤、励ます山南
■ひでに医者に連れて行かれる沖田、中の悲鳴を聞いて逃げ出す
■弟昌武を近藤の養子に、と持ちかける谷三十郎、考える価値はあるという山南
■試衛館を沖田に、近藤家を昌武に、と発案する山南
■お多福に河合、松原、昌武、葛山を連れて行く近藤と源さん/ 久々の近藤拳固くわえ
■枡屋の主人を連行する武田
■枡屋に来る土方、山南、沖田(咳き込んでいる)大量の武器、火薬を見て驚く3人
■お多福で昌武と話し、養子にする決心をする近藤
■まさ、原田の恋文のことを近藤に相談、原田にあきらめるように忠告する近藤
■枡屋主人(古高)を尋問する山南、土方、黙秘の古高
■土蔵で責めることにする土方、沖田に近藤を呼びに行かせる山南
■お茶屋で沖田の名を騙る藤堂を諭す近藤
■屯所へ帰り、枡屋のてんまつを聞く近藤、京に放火する計画を疑う山南
■古高奪回を画策する過激派長州藩士や亀ら、枡屋の蔵から武器を奪還
■斎藤にいちばん痛い拷問の方法を聞く土方、コマを回せるようになる斎藤
■ロウソクと五寸釘を持って土蔵に入る土方
■一同の前で古高から聞き出した挙兵の計画を話す土方

【 今回のツボ!? 】
このあたりで強硬派の土方と穏健派の山南の方針がバッキリと。しかしやはり急場で功を奏すのは強引な方なのでありました…コマで遊びながら拷問の方法を教える斎藤の不気味さ炸裂…(笑)
何回も一線を越えている印象のある土方だけど、ここのハードルはなかなか高かったような…これで山南との対決?姿勢も決定的になったし(でも斎藤との絆はこれで深まった?)

永倉へのウソや、沖田の労該疑惑、原田の恋、昌武養子騒ぎ?など、後半へ響いてくるエピソードが満載で、今思うとかなりキーポイントな回。藤堂の沖田への嫉妬?やそれを諭す近藤も良かった…

新選組を行く≫ 京都 霊山歴史館

第28回 「そして池田屋へ」
元治元年(1864) 6月5日 京

■会津に援軍を求めるよう近藤に進言する山南、自分たちだけで処理したい土方
■古高奪還の可能性を示唆し、集まる可能性のある場所の捜索を進言する武田
■近藤、源之丞にどうするべきか意見を求める
■兵を出さない会津公用人・小森
■象山に会いに来る桂、長州に来て過激派の久坂らをいさめてくれと頼む
■山南に屯所留守居を頼む土方
■池田屋の桂に忘れ物を届けるよう捨助に命じる象山
■宵宵山の町を歩く土方と斎藤、葛山、イカを食う原田や永倉と遭遇
■池田屋で桂に雇ってくれと頼む捨助、桂の着物を汚して追い払われる
■いったん藩邸に戻る桂
■集合場所で武装して会津を待つ新選組、会津は来ないことを告げに来る広沢
■近藤、自分たちで行動することを決意
■仕事に不満の監察方・浅野、宮部を発見する島田、だが見失う
■捜索の方針を告げる土方、組分けをする近藤、店を1件1件当たって行く新選組
■長州藩邸を出ようとする桂につきまとう捨助
■池田屋へ御用改めに入る近藤隊(沖田、永倉、藤堂ら)、2階で過激派を発見する近藤
■昌武を土方のもとへ走らせる/ 斬りあい開始
■知らせを聞き斎藤の先導で池田屋へ向かう土方隊
■斬られる隊士を見て腰が抜ける浅野、騒動を見て逃げる桂
■油断から顔面を切りつけられる藤堂、亀に斬りつけながら血を吐く沖田
■到着する土方隊(原田、斎藤、源さんら)
■2階で倒れている沖田を発見する原田、永倉/ 松原隊(河合ら)到着
■長州藩邸に助けを求めに来た亀を追い返すよう命ずる桂
■2階で宮部にとどめを刺す近藤
■遅れてやって来る会津藩士ら、凱旋する新選組、それを見るおりょう
■おりょうから亀自害の知らせを聞き嘆く龍馬
■容保に報告する近藤と土方

【 今回のツボ!? 】
NHKの総力を挙げた?舞台セットとカメラアングルで。各キャラの戦い方の個性があんな暗い画面の中でもきちんと描かれていたのがアニメ的というか、現代的というか

特に沖田の戦い方。何話か前の芹沢鴨殺害の時に刀を上段に振りかぶって鴨居に引っ掛けた教訓を、ちゃんと実戦に生かしてアンダーハンド(というのか?)で戦っているあたり。「八木家の鴨居の傷(実際には誰の刀傷だかわかっていない)」→「沖田のしくじり」→「池田屋での沖田の活躍(その間の成長)」と、史実をふくらませて活かしているのがさすが、という感じ。それに「近藤と沖田が2階」「永倉と藤堂が1階」で戦ったという通説?を無理なく再現した戦闘の流れもすごかったな、と

土方が山南さんを留守番役にしたのは、もうこの時点で追い落としを狙っていたのか、それとも単に最近の言動から実戦には向かないと判断したのか…(もともと土方は山南さんに守りを頼む傾向はあったけど)でもこの話上では屯所に古高を取り戻しに来る可能性はかなり高かったわけだけから、それなりに重要な役回りだったのか…?(それにしては手薄な気が…)

桂の冷徹な政治家ぶりもなかなか。いろいろ近藤と因縁のあった亀がここであんな死に方をするのも泣けた…(そういえば亀の名前がメンバーのリストにあるのを聞いてもあまり動じていなかったな、近藤)

最近はなんといっても「新選組!」なわけですが(笑)。なんだか大河でこういう毎週の新鮮なワクワク感というのは、「獅子の時代」(前半)以来な気が…(何年前だよ!) ちなみにその前にはまっていたのは「元禄太平記」(笑)

「獅子の〜」がなぜ前半だけかというと、前半は会津戦争など歴史的にも派手で、なんといっても必死で戦うサムライたちの装束がカッコよかったのに対して、後半は関わってくる事件も「秩父事件」など、かなり政治的でビジュアル的にも地味になったために(まあ私もかなり若かったので)理解しにくかったし、ちょっと退屈したのかもしれない…今見たら全然ちがうだろうけど

新選組を行く≫ 京都 池田屋へ [八坂神社/四条大橋/三条大橋など]
[ 史料/通説 ]
■元治元年(1864) 6月7日 会津藩より池田屋事件の報奨金500両
■元治元年(1864) 6月8日付 幕府より幕臣(与力上席)に取り上げ打診、近藤、江戸/多摩へ相談
■元治元年(1864) 6月10日 明保野亭事件
■元治元年(1864) 6月13日 土方/井上/武田/浅野/河合、柴司の葬儀に参列

第29回 「長州を討て」

■天王山に陣を構える長州
■容保と長州について話す象山、近藤ら/ 身辺に気をつけるよう象山を心配する秋月
■信じる道を行くよう近藤に言い、去る象山
■河上彦斎に斬りつけられる象山、相手の名前を質す/ 逃げる従者の捨助

元治元年(1864) 7月18日 (京)

■天王山で久坂を説得する桂/ 真木和泉に乗せられている藩士たち
■八木家で藤堂の指南のもと訓練する隊士たち、それを見る山南(また留守番)とひで
■銭取橋に布陣する新選組/ 近藤家の養子になっている周平(昌武)
■医者の孝庵に労該と宣告される沖田
■銭取橋に合流し、心配する永倉や原田をごまかす沖田/ 沖田の様子を疑う土方
■出陣する新選組、だがすでに長州は敗走中
■沖田の様子を話す土方と山崎
■長州寄りの伏見寺田屋を御用改めする新選組/ おかみのお登勢にみつの姿を見る一同
■血のついた布をとがめられ、使用人の佐吉をひっぱたき鼻血を偽装するお登勢
■長州びいきの鷹司邸に入る久坂ら
■御所に向かう新選組、だが隊を離れまさを助けにお多福へ走る原田
■焼け出されたおまさを抱きとめる原田
■久坂ら、鷹司卿に見捨てられ、髷を切り取り、居合わせた捨助に桂へ渡すよう頼む
■わけのわからない帝
■佐々木に大島(西郷)吉之助に指示をもらうよう言われる近藤、天王山攻め担当を申し出る
■久坂、寺島の髷を届けに来た捨助を内偵者として雇う桂
■自決している長州藩士で埋め尽くされた天王山、新選組の目前で自決する真木
■これからは俺たちの時代、と土方

【 今回のツボ!? 】
池田屋のようなインドア?はいいとしても、こういうアウトドア?の戦いはやはりセットだとしょぼくて苦しい…鳥羽伏見や甲州が今から心配だ〜(笑)。池内博之は熱演だったと思うけど…でもあの演技と演出では普通の「大河」と変わりはなかったし…また説教臭さが戻ったし

象山先生の最期の「さんずいの『河』」は、らしくて大ウケしたけど…いや笑うシーンじゃないはず?

「日本のためを思ってきたのに、いつ食い違ってしまったのか」「俺たちが生まれてきた意味があったのか」という久坂の無念はたぶんこれから死んでいく登場人物のほぼ全員の思いなのだろうけど…この時点ではたった4年後に全部がひっくり返るとは誰も思っていなかっただろうな…つくづく魅力的ですごい時代

新選組を行く≫ 久坂玄瑞と長州、萩 [久坂旧邸/松下村塾など]
[ 史料/通説 ]
■元治元年(1864) 7月11日 三条小橋にて佐久間象山暗殺 [第29回]
■元治元年(1864) 7月18日 禁門の変(蛤御門の変)/ どんどん焼け [第29回]
■元治元年(1864) 7月21日 新選組、天王山へ/ 真木和泉ら17人、自刃 [第29回]

第30回 「永倉新八、反乱」

■寺田屋におりょうを預けて神戸の勝のところへ出かける龍馬(蝦夷地行きは中止)
■会津藩から新選組へ公儀からの恩賞金(600両)を渡される
■勝の紹介で薩摩の大島(西郷)を訪ね、長州に手加減するよう話す龍馬(金平糖持参)
■屯所で恩賞金を前に集まって飲む近藤、土方、沖田、源さん
■やってきた山南、輪に入りづらい雰囲気
■山南の意見を無視して600両の使い道を決める土方

元治元年(1864) 8月20日 京

■池田屋騒動での働きによって褒美の額が違う隊士たち、納得いかない永倉
■ひでの誘いを断り医者に行く沖田、出口で老人(内偵の山崎)とすれちがう
■前回の勝手な離隊のせいで謹慎させられている原田に差し入れに来るおまさ
■三味線を弾く土方、沖田に新たな隊の編成表を見せようとして、別頁の俳句を読まれ焦る
■一番組長にする予定の沖田に、体を直せと言う土方
■労該だと打ち明ける沖田、近藤やひでには言わないでくれと頼む
■編成表を見て、近藤と土方に力が集中することに不満を唱える永倉
■山南にはこれまでどうり相談役になってもらう、と土方
■土方に一任すると言う山南、ただひとこと苦言を/ 土方の案を保留する近藤
■編成表を破き、「仲間ごっこ」はもうやめろ、と叫ぶ土方、芹沢暗殺の件も口を滑らす
■聞きとがめ、近藤を責める永倉と島田、軍議を去る
■ふたりを説得する山南、会津藩に建白書を提出することを提案、作成には葛山を紹介
■建白書に賛同する同士を募る永倉/ 斎藤によって土方、近藤らに筒抜け
■永倉、原田、島田、斎藤、尾関が同士として集まる(斎藤は内偵)
■大目に見ようと言う近藤、「俺は忘れねえ」と土方
■土蔵の拷問跡を見る土方、出口で山南とすれ違い
■建白書を書いた葛山も含めて6人で容保に訴える永倉たち、そこへ現れる近藤
■永倉らにわびる近藤、感動して謝罪を受け入れる永倉たち

【 今回のツボ!? 】
この回は永倉が主人公のようでいて、実は山南さんの切腹に至る伏線なわけで。でもこの1話だけ見たら、安直な解決だと拍子抜けするかも…あれじゃ土方も永倉も左之助も単純すぎてまるで子供だし…どうして子供どうしのケンカでいい大人が切腹するはめにならなきゃいかんのだ、という感じ。いまさらだけど、みんなを無理に「いいひと」にしてしまっているから単純な子供にしか見えないのかも…もう少し陰湿で自己中な権力争いになればかえって「大人」に見えるのかも知れないけど

それに斎藤もあれでは単なる土方の(近藤の、ではなく)「犬」だし…(こうすれば建白書に斎藤の名前があったことの説明になるから、その使い方はうまいな、とは思ったけど)。ファンとしては「犬」になる動機の描写がもっとほしかった…

しかしこの「建白書メンバー」6人のうち、切腹させられた葛山以外、1人を除いて新選組崩壊後まで生き残るんだな〜確率的にすごい。死んだはずの左之助も生存説あるし… やっぱ「流れに呑まれて死なねぇぞ」っていう意志の強い人々だったんだろうか???

新選組を行く≫ 京都 霊山墓地
[ 史料/通説 ]
■元治元年(1864) 7月22日 池田屋事件で重傷の安藤早太郎/新田革左衛門、死亡
■元治元年(1864) 7月23日 第1次長州征伐勅許
■元治元年(1864) 8月4日 幕府より池田屋事件の報奨金600両 [第30回]
■元治元年(1864) 8月5日 英仏米オランダ艦隊、下関総攻撃
■元治元年(1864) 8月15日 禁門の変での働きに対し、老中より将軍の名で感状
■元治元年(1864) 8月18日付 秋月悌次郎、許可無く上洛、再び帰国させられる
■元治元年(1864) 8月 龍馬、勝の使者として西郷訪問 [第30回]

第31回 「江戸へ帰る」

■江戸へ行き、将軍上洛を訴えてくれと容保に頼まれる近藤、国許へ帰るという秋月
■江戸へ永倉も連れて行くことにする近藤/ 土方と永倉を離すのは良い判断、と山南

元治元年(1864) 9月9日 (京/江戸)

■薩摩藩邸に大島(西郷)を訪ねる龍馬、新しい日本の構想をぶつ龍馬
■寺田屋に御用改めに来る土方と沖田、逃げる長州残党、捨助もその中に
■江戸、周助(昨年より病床)を訪ねる近藤、永倉、先に江戸に来ていた藤堂
■ふで、みつと話し、娘のたまと再会する近藤
■松前藩邸に老中格・松前伊豆守を尋ねる近藤、藤堂、武田、尾形
■金欠を理由に将軍の上洛を断られる近藤
■松平上総介と再会、以前と180度違う態度にあきれる一同
■壬生、建白書メンバーの処分を巡って言い争う土方と山南
■実質的な首謀者である山南を責める土方
■謹慎部屋でひしめき合う5人とひで、内通者がいる疑いを斎藤に話す葛山
■ひでが縫った暖簾を、自分が縫ったことにしておまさに渡すよう沖田に頼む原田
■お多福で土方のやり方に不満を漏らす山南、土方の弁護をする沖田
■持ち合わせのないおすずの汁粉代を立て替える山南(7杯=112文)
■今日から女郎屋「浮船」で働くというおすず立ち去る/ 何を話していたのか忘れる山南
■江戸、蘭学医・松本良順に沖田の労該のことを相談する近藤
■近藤に西洋の進んだ器具などを見せ、西洋の知識の重要性を説く松本
■壬生、山南の留守を確かめ、葛山を呼び出す土方/ 源さんに気持ちの端を打ち明ける
■本を買った帰り、町角で龍馬、おりょうと行き会う山南
■龍馬から日本を変える構想を聞き、自分たちとの違いを痛感する山南
■葛山に切腹を言い渡す土方、葛山の覚悟のなさに「生きるに値せん」
■行き場がなく「浮船」を訪ねる山南、おすずに頼まれ「明里」と名づける
■葛山の切腹を見守る土方、沖田、源さん、介錯する斎藤
■江戸、試衛館を訪ねる伊東、新選組への加盟を申し込む
■いままで京の様子を書き送ってきた藤堂を誉める伊東
■屯所へ帰り、葛山の遺骸を見る山南、「奴を殺したのは俺とお前だ」と土方
■江戸、やっと親子水入らず、つねに土産のかんざしを渡す近藤

【 今回のツボ!? 】
今回の後半は、斬り合いのない回としては今まででいちばん興奮したかもしれない…。まず坂本×山南の対話シーン。この取り合わせは予想外で、山南を追い込むにはものすごく効果的なシーンだったな、と。一方は自分の勘と体で動いていて実際に周囲に影響を拡げつつある「実践」の男、片やいつのまにか組織にはまりこんだ、書物を好み理想と頭脳で動こう…としつつ何もできていないと思っている「机上の理論」の男。コンプレックスを刺激するのにこんなにいい対比はないし。実際書物を買った帰りというシチュエーションもいい…

そして明里役の鈴木砂羽さんが、思いのほか良かった。前もってストーリーブックでセリフだけ読んだ時点では、自分の持っていた「明里」のイメージとかなり違うような気がしていたのだけど、あの「アキ竹城」を若くしたようなパワーには意表をつかれた…(笑)。あの部屋全体を覆っていた赤も効果的で

それに葛山切腹のシーン。源さんと沖田も顔をそろえて、芹沢を斬った時よりも数倍「ついに一線を越えてしまった」感じが伝わってきたような。今回こそは確信犯だし

ただ今回はせっかく江戸ののんびりした?状況も登場したのだし、普段の京都の町がどれほど殺伐としていたか、どれくらい新選組の所帯が大きくなっていたのか、という新選組を取り巻く危機感が対比でもっと描けていたら(セリフでの説明だけでなく)、土方の言う「新選組をまとめ上げる必要性」がよりはっきりしていたような気がするけど…と今日の番組後の「明保野亭事件」探訪を見ていて思った…
京都の町中の描写っていつも「お多福」とかでほのぼのしちゃってるからなぁ…

さて、いよいよこれから2回、TVを磨いて待とう(笑)

↑O.A.当時も思っていたのだけど、葛山の切腹処分を土方が最終的に決断したのは(当初は永倉や原田をかばうつもりだったのだろうけど)、これ以上「山南さんに頼まれて〜」と騒がれると他の隊士たちの手前山南に何らかの処分を下さなければならなくなるから、ある意味山南をかばうつもりで口を封じたというのが大きかったのだろうか…
結局そのまま最悪の方向に進んだわけだけど


【 ↓後日 】
今までは「山南」→「キャラが立つ前に自滅してしまったおじさん」というイメージしかなかったのに…(笑)? 今回は「土方との対立で居場所を失って、不満の末の離脱」という今までの単純なイメージに加えて、前回の坂本との会話などに垣間見える「自分の限界が見えてしまった悲しみ」?という新しい側面も挿入されて、深〜いキャラになっているのが嬉しい。脚本と、俳優さんと、演出のすばらしい融合を見せてもらえたと言うか

今回最初から通して見直したら、一人一人のキャラの期待、野望、つまづきなどが個別にしっかりと進行しているのが見えて。ちょっと前に「もっと陰湿で自己中な権力争いのほうが…」というようなことを書いたけど、それではこんな新しいタイプの山南さん像はありえなかったわけで。ちょっと反省…でもやっぱり実際には「いいヒト」進行ではムリがあるとは思うけど…(笑)

新選組を行く≫ 京都 明保野亭事件
[ 史料/通説 ]
■元治元年(1864) 9月5日 近藤ら、江戸へ [第31回]
■元治元年(1864) 9月6日 葛山武八郎、切腹 [第31回]
■元治元年(1864) 9月10日 近藤、長州征伐/将軍上洛要請の建白書 [第31回]
■元治元年(1864) 9月11日 西郷、勝海舟を訪ね、長州征伐の方針を変換
■元治元年(1864) 9月16日付 土方、勝海舟へ佐久間象山遺児・三浦敬之介預かりの挨拶状
■元治元年(1864) 10月11日 近藤、松本良順訪問 [第31回]
■元治元年(1864) 10月22日 勝海舟に東帰命令

第32回 「山南脱走」

■壬生、葛山の件で土方を殴る近藤、法度を破ったら沖田や近藤でも切腹させる、と土方
■新選組に加わる伊東道場の面々、「また俺の苦手な男」と山南の前であてつける?土方

元治2年(1865) 2月21日 京

■捨助にことづけ物を頼む幾松、金をせびり取る捨助
■「天狗になりやがって」とぶーたれる護衛の長州藩士たち
■新選組と斬りあいになり、逃げる「天狗」こと捨助
■長州寄りの西本願寺への引越しを話し合う面々(近藤は留守)
■反対する山南と永倉、うんちくで山南を言い負かす伊東、ちゃちゃを入れる沖田
■物乞い姿で隠れ住む桂に幾松からの届け物をする捨助、岩倉へハタキを渡すよう頼まれる
■伊東派と古参隊士たちとのいざこざを見ながら憂う山南と永倉
■土方に向かって原田や山南について分析する伊東、山南を悪く言われ反論する土方
■容保、とその弟・松平定敬の前で京都守護の方策を話し合う近藤、佐々木、西郷
■海軍操練所を幕府につぶされ、寺田屋で飲んだくれる龍馬を訪ねる山南
■今の時代には、思想より人と人のつながりが大事、龍馬のような人間こそ大切、と山南
■別の部屋で騒ぐ捨助、おりょうにモーション
■土方に暇を願い出るが聞き届けられない山南(実は山南を頼りにしている?土方)
■今の「攘夷」や幕府のやり方に疑問を感じる近藤の意見は危険だと言う佐々木
■「浮船」で明里に八つ当たりしてしまい、誤る山南
■何かしたいことは、と聞かれ、富士山が見たい、と明里
■医者へ行く沖田の跡をつけていたひで、それを知り怒る沖田
■先が短いから、やることはいっぱいある、これ以上関わらないでくれ、とひでに言う沖田
■離脱を決心する山南、近藤に「自分の信じる所に従って生きてくれ」と言い置く
■永倉と原田に脱走のことを打ち明け、協力を頼む山南
■大ゲンカを装う永倉と原田、その隙に自分の荷物を持ち出す山南
■それを見ている斎藤、だが「人のことには関心がない」と見逃す
■稽古中の沖田にいったん声をかけ立ち去る山南
■翌朝脱走に気付く近藤、土方ら、沖田を追手に送り出す
■明里と街道を行く山南

【 今回のツボ!? 】
ううう。びっくらこくくらい山南さんに時間がさかれてて、アップも多くて…正直、流れはちょっと自分の予想と違って、オンエア中はそんなに涙は出なかったのだけど、終わってしばらくしたらじんわりこみ上げてきて、まともに仕事にならなかった…(なんとか終わったけど) 次回予告なんてもう正視できない…来週終わったらしばらく喪に服すかも… なんでいきなり最後に「法度」擁護派になるんだ、局長〜。ニンニンしている場合じゃないぞ

予想と違ったというのは、今回は先週のように山南にガツンと決定打をかまして、さらに追いうちをかけるものがなかった、という所がちょっと肩透かしだったのかも…伊東に言い負けたのも、土方に「苦手なヤツ」とあてつけを言われたのも、先週見た自分の「限界」や「虚しさ」を上塗りするものでしかなくて。ひたすら自分の中で悩んで、やがて自己完結?して、仲間に別れを告げていく…という過程がちょっと冗長だったような。それぞれのシーンがかなり堺・山南さんのアップ・表情頼みだったような気がするし。それはそれでファンとしてはとっても嬉しいわけだけど…

たとえば土方との1対1のじっくりした会話がメインにあって、それが決定打になるような流れだったらもっと満足度は高かったかもしれない…。でもじっくりな会話は来週かな?
そしてあの土方の迷句?の出番はあるのか…??? ←出たら絶対泣く
実際今回いちばん泣けたのは、沖田とひでのシーンだったりしたし…美味しいとこ持って行かれた???

近藤との最後の会話からラストにかけてはたぶん泣き所なのだろうけど、これももっとあっさり出て行っても良かったような気が…いや、やっぱりファンとしてはロウソク吹き消しや、斎藤との会話や堤燈にペコリはとっても美味しいわけだけど… それに最後に沖田を振り返る山南さんの表情は…あの時、介錯に指名することを思いついたのだろうか

というわけで、感想もなんだかとりとめがない…すべては次週

新選組を行く≫ 浪士組外伝 [根岸友山/粕谷新五郎/池田徳太郎など]
[ 史料/通説 ]
■元治元年(1864) 10月27日 近藤/伊東甲子太郎ら、京へ到着 [第32回]
■元治元年(1864) 11月10日 勝海舟、御役御免、閉居
■元治元年(1864) 11月 第1次行軍録(山南/永倉、不在)
■元治元年(1864) 11月-12月27日 第1次長州征伐/ 長州3家老自刃
■元治元年(1864/5) 12月15日 高杉晋作、挙兵
■元治2年(1865) 1月 禁門の変での働きに対し、朝廷より感状
■元治2年(1865) 1月8日 谷三十郎/万太郎ら、大坂・石蔵屋襲撃
■元治2年(1865) 2月 投降し監禁されていた水戸天狗党・武田耕雲斎ら352人、敦賀にて斬首
■元治2年(1865) 2月9日付 土方、佐藤彦五郎へ「行軍録」に永倉不在の説明書簡

第33回 「友の死」

■水仙の花を菜の花と思い違いする明里、菜の花はまだ咲かない、と山南
■草津までは急ぎたい山南、だがなかなか進まない明里
■近藤に草津まで行って見つからなかったら戻れ、と言い含められ、山南を追う沖田
■茶屋で明里に団子の食べ方を教わる山南、追手の沖田に気付く
■一瞬逡巡した後、自分から沖田に声をかける山南
■夜、大津の宿、このまま江戸へ行くよう山南を説得するが断られる沖田
■明里とふたりになり、富士山へは行けなくなったため、丹波に戻るように言う山南

元治2年(1865) 2月23日 京

■前川邸、近藤と話す山南、無言で障子を開け放つ近藤
■それを閉じ、「試衛館の門を叩いたことは後悔していない」と山南
■処分を巡って紛糾、あくまで切腹を主張する土方、山南の覚悟を一同に話す近藤
■助命嘆願をする松原、河合、尾関
■山南に処分を告げる近藤、沖田に介錯を頼みたい、と山南
■山南を助けるよう土方に言う源之丞と雅、はねつける土方
■尾形に新選組の記録をつけるよう、河合に勘定は細かく記録するよう言い置く山南
■見張りの島田に土方が呼んでいるとウソをつき、山南を逃がそうとする永倉と原田
■永倉には近藤を見守ることを、原田には自前の明るさで隊を救うことを頼む山南
■やって来た島田に、酒といっしょに石田散薬を飲むよう勧める土方、釣られる武田
■土方を責めるひで、土方と山南の信頼関係を語る斎藤(岩木升屋のエピソード)
■自分の好きな人がみんな自分の刀で死ぬことになる運命を呪う沖田
■島田をだまし、山南へ食事を運ぶ源さん
■切腹の前だから目で楽しむ、と食べない山南、握り飯の包みだけを源さんに返す
■訪ねてきた明里に会う山南、部屋の外から見守る松原、永倉、原田
■いっしょに丹波に行こうと言う明里、丹波に迎えに行く約束をする山南
■断腸の思いで部屋を出る近藤、その姿を見つめる松原、永倉、原田
■夜、集まる幹部(近藤、土方、伊東、源さん、永倉、原田、斎藤、武田)
■浅葱の裃に着替えた山南、出窓を外から叩く音/ 障子を開けると去ったはずの明里
■まだ咲いているはずのなかった菜の花を、格子越しに手渡す明里
■付き添いの山崎に明里のことを頼む山南、閉じる障子
■実は切腹に気付いていた明里、涙をこらえて去る
■障子を開ける土方、無言/ 「悔やむことはない」と告げる山南、障子を閉じる土方
■山南の切腹を見守る一同、沖田の介錯
■縁に無言で座る近藤と土方に向かって、山南を偲んだ一首を詠む伊東
■怒鳴る近藤、去る伊東、泣き崩れる土方と近藤

◆[ 平成16年度文化庁芸術祭参加-特別編集版 ] 11/14/2004 BS-hi

「特別編集」とは言っても「次回予告」が抜けただけで、本編に変化は無し。その分の時間を使って冒頭に、ナレーションを交えながら今までのダイジェスト(山南さんメイン)が入りました。使われたシーンは池田屋(近藤/土方など)/ 山南さんが始めて試衛館を訪ねたところ/ 沖田との試合/ 桜田門外/ 伝通院/ 上洛シーン/ 壬生浪士組の看板掲示/ 「浮船」での明里との会話/ 葛山の遺体を見るところ/ 脱走前の近藤との会話後カットなど。あとサービスカットとして?第16回の「山南走り」(後ろにドタバタ土方)も…(笑)

まさか山南さんメインのダイジェストが見られるとは思わなかったので、幸せにうちふるえてしまい…(笑) ハイビジョンで、さすがに着物の質感まで感じられるようだったけど、普通黒く潰れるところまでくっきり見えるものだから、まるでずっと昼間のようだった…出窓のシーンも夕方のようで…(いや実際「七ツどき」というのは夕方4時ころだったらしいけど?) でも逆光でよくわからなかった山南さんの表情が、鮮明に見られて、また新たな感慨が…。あ、ここで目線がこちらへ行っていたのか、とかここで目を伏せていたのか、とか。(でもやっぱり闇はちゃんと黒く見えたほうが好みかな)

※12/30/2004 「あなたのアンコール2004」再放送もこのバージョン(放送前に堺氏コメント付き)
【 今回のツボ!? 】
今回は本当に、最初から最後まで隙無く、全てに泣けた…。「悲しい」を通り越して、体中が痛かった。あんなに前から覚悟していて、雑誌読みまくってネタばれもしてるのに、こんなに泣くとはよもや思わなかったし。(泣くのをこらえようとしたら涙が気管に入り、咳き込んで家族全員に振り向かれ、涙をたらしているのがバレた…不覚) いい歳してこんなにドラマにはまり込んでいていいのか…どっぷり引きずってしまって、おまけに予想どうり仕事の締め切りが重なり、ここ2、3日はグダグダでありました…

山南さんは本当に「疲れて」いたんだろうなぁ…
龍馬と話したりしてなんとなく新選組の限界は見えただろうし、新選組を「内部から変える」ことも阻止されて、かといって新選組を飛び出して国のために何かをするには龍馬のようなオリジナリティやバイタリティも足りないことはわかっている、それにそれをするには新選組に深入りしすぎているし、新選組への愛情や総長としてのプライドもある…新選組がこのままの方向で進むなら、確かに規律は必要かもしれないけど、自分はそれに精神的についていけない…人を斬るにも向かない…

どん詰まりでふっと隊を離れてみて、でも沖田の姿を見て、やはり男として自分が立ち上げた新選組へのけじめをつけようと思ったのだろうか…
土方と踏み込んだ「修羅」には、生きてはこれ以上いっしょに突き進めないけど、自分が死ぬことでその「修羅」に付き合ってやろうとしたのか…自分が腹を切った以上、土方たちはこれ以降もっと鬼になって行かざるをえないし…

それにしても今回は障子1枚が隔てる生と死がつらかった…特に出窓のシーンで障子が閉じる瞬間は何度見ても滂沱の涙。
それに最後に会いに来たのが土方でよかった… あの時山南を見下ろす山本・土方の目が、ただ純粋に「悲しみ」だけだったのに泣けた

しかし最後の「グダ泣き」シーンではまた新たな問題が露呈しているというか… たぶん本物の武士なら、あそこで伊東に感情を爆発させてはいけないんじゃないだろうか…歌を返す、とかもっと建前で振舞わなきゃいけないのに、泣いてしまうあたりがやはり生まれつきの武士でないところ、というか。どんなに組織が大きくなっても新選組の中核はその武士でない「多摩の血」で占められていて、山南も結局そこには踏み込めなかったわけだし(でももちろん山南は泣いてくれることのほうが嬉しかったと思うけど)

たぶんこの時点では、主要メンバーの中で山南のような「武士としての正式な切腹の作法」を知っているのは伊東、藤堂、そして永倉(斎藤もたぶん)くらい? 結局山南が「結束をかためる」ために行なった武士としての正式な切腹が、個人的な感情を超えたどうしようもない隔絶や次のひび割れへの連鎖になっているのかな、と思った…

とかなんとか勝手な深刻な解釈は置いておいて?、山南さんの明里へのやさしさにはただただ涙、でありました。「私を困らせるな」の最後の声の震えとか、「まだいたのか」の響きとか、最後の「ああ」の力強さとか、全てが悲しかった
最後まで「明るいほう」で通した明里にも涙

でも今回唯一、「岩木升屋」の回想シーンは、昔のロボット物のようでちょっと安かったな(笑)…いや、見るには美味しかったけど

あと16回も山南さんのいない「新選組!」を見るのはつらいけど、他の隊士や龍馬が遺志を生かしてくれることを期待しつつ、合掌

新選組を行く≫ 総長 山南敬助と光縁寺
[ 史料/通説 ]
■元治2年(1865) 2月24日 山南葬儀/ 光縁寺へ埋葬

第34回 「寺田屋大騒動」

■壬生、位牌の前で千葉道場での山南のエピソードを語る藤堂
■山南の思い出を語り、深雪太夫に身請けの提案をする近藤
■寺田屋の龍馬に、山南の「託す」という手紙を届ける沖田、山南の言葉を思い出す龍馬

元治2年(1865) 3月5日 京

■今日の予定を読み上げる尾形、西本願寺へ引越しの打ち合わせに行く予定の土方と伊東
■寺田屋へお登勢の取調べに行く予定の近藤(実は身請けした深雪太夫を迎えに行く)
■お多福で近藤と深雪太夫(お幸)の噂をする永倉と原田、おまさ
■小常を京に呼び寄せることを打ち明ける永倉、あいかわらずおまさにふられる原田
■沖田をこっそり来ていたつねとみつに引き合わせる藤堂、驚愕の沖田
■寺田屋の近藤、源さん/ 別部屋の龍馬と捨助に知らせるお登勢
■捨助に桂への手紙を頼む龍馬、おりょうをくれ、と交換条件を出す捨助
■西本願寺へ挨拶に来ている土方と伊東に島田、坊さんの神経を逆なでする土方と島田
■見廻りから戻ってくる斎藤と周平、つねを見て急いで出て行く斎藤
■寺田屋の近藤に会いに行く言うみつとつね、駕籠代にかこつけて大反対する沖田
■折悪しく婚礼の日に借りた5両をつねに返す斎藤、その金で駕籠を呼ぶつね
■藤堂に知らされて飛んで帰ってくる土方、落ち込みまくる斎藤
■事情を知らないおりょうに案内される近藤、急に現れたつねとみつを見て驚愕
■別部屋で薩摩と手を結ぶよう桂に頼む龍馬、一蹴する桂
■廊下でみつに見つかる桂と捨助、近藤の妾のことをみつに告げ口する桂
■お幸を寺田屋に預けて帰ろうとする近藤、部屋に押しかけてくるみつとつね
■お幸を身請けしたのは近藤ではなく源さん、とほらを吹くお登勢
■へたな演技をする源さんと飛び込んできた土方、もうめちゃくちゃ
■つねとお幸だけ残るように言う近藤
■つねに言い訳する近藤、お幸とふたりで話したい、とつね
■お登勢にすすめられ風呂に入っている近藤、後から入ってくる龍馬
■京にいる間だけ、という条件でお幸を許すつね
■幕府を見限ったと言う龍馬、次に会うときは敵同士だ、と近藤に言い置く

【 今回のツボ!? 】
先週までがあまりにヘビーだったので、切り替えるためにはこういうドタバタで救われたかも…山南さんについても、もっとあっという間にやり過ごされてしまうかと思ったけど、ギャグ路線に転換しつつ、けっこう中盤まで盛り込まれていたし

「託す」の手紙が龍馬宛でよかった(実は深雪太夫の身請け関連のメモだったりしたらどうしようかと思った(笑))。沖田に届けさせたのは意外だったな…永倉あたりに頼んだのかと思っていたけど…

でも山南さんが自分の「思い」を託したのが新選組ではなく龍馬のほうだったというのが、近藤や土方にはかわいそうでもあり、正直、ざまを見れ、というのもあり…? (山南が死んだことを知っている龍馬からしたら、あそこで近藤の身請け話を聞いて、はらわた煮えくり返っただろう) でも山南さんは「友」としてはずっと新選組の傍で見守っているんだろうな…

斎藤が5両を返した時は、内心「利息はいくらつけたんだ斎藤〜!!」という声が頭の中で渦巻いていて、直後にああいう展開になるとは…爆笑でありました。
でも壬生でのみんなのオロオロはおかしかったけど、寺田屋でのドタバタは、実際は近藤が妾を4、5人も囲っていたことを考えると笑えなかった…まあこのお話の中では「有り」ということで…

【 ↓後日 】
前回が終わった直後はあれも「有り」かな〜と思っていたけど、日が経つにつれてどんどん怒りがこみ上げてくるのはなぜだろう…(笑)
そもそも男に都合のいい決着な上、ああやってのこのこ訪ねてくる妻の無神経さにも腹がたつ…(いや、実際はあんなことなかったわけだけど)

それにみんな山南と明里の間柄を、自分の女関係と混同するなーっ

「時代は目の前で動いているのに、お前らは何をやっているのか」

国の大事の前に女にうつつをぬかすような奴らは早く滅びてしまえ〜
…脱走して正解だったよ、山南さん…

昨日、ぴったんこカンカンで、三谷さんと局長が亀山本徳寺の元西本願寺屯所(移築)を訪ねていて、ロケ写真などがちらっと映っていたのだけど、ああここに山南さんはいないんだな、と思ったら涙がこみ上げてきた…もう末期だ私
次のオープニングで山南さんの名前がないのを見たらもっとダメージ大かも…

新選組を行く≫ 第二の屯所 西本願寺
[ 史料/通説 ]
■元治2年(1865) 3月? 原田/菅原長兵衛次女・まさ、結婚(翌年 長男・茂誕生)

第35回 「さらば壬生村」

■夜町角で桂を待つ捨助と護衛の千波、うどん屋に身をやつしている桂
■長州へ帰ると言う桂、お役御免の捨助、新婚の仙波に金を渡す桂
■そこへ駆けつける新選組、斬りあいに
■捨助を置き去りに逃げる桂、なんとか切り抜ける捨助、「できる…」と斎藤
■仙波にとどめをさす松原、死に際に女房に金を渡すよう頼みこときれる千波

元治2年(1865) 3月10日 京

■改装中の西本願寺屯所、挨拶する近藤、土方、伊東、うんちくを披露し気に入られる伊東
■近所への挨拶に配る手ぬぐいのことを近藤に相談する河合
■周平の部屋割りに不満を言う谷長兄
■千波の妻・お初を訪ねる松原、事情を知り追い返すお初
■ひでのことを土方に相談する雅と源之丞
■ひでに沖田にもう近づくなと言う土方
■醒ヶ井の休息所、お幸とくつろぐ近藤を訪ねる永倉と原田、小常(おその)を紹介する永倉
■影響され、またおまさにアタックし砕ける原田
■周平に腰を痛めたから代わりに見廻りに出てくれという源さん、実はウソ
■境内でひでに会う沖田、もう会わない、でも沖田がいた「証」がほしいと言うひで
■寺田屋でふて寝する捨助、桂から岩倉へのハタキを叩き折るお登勢
■大宰府、中岡慎太郎と薩長を結びつける方法を話しあう龍馬
■岩倉に新しいハタキを届ける捨助、そこにいる西郷
■ハタキに不審な岩倉、密書をハタキにして託した故事を話す西郷、まずいと去る捨助
■屯所で宴会中の一同、お幸を呼ぶよう進める武田、近藤が呼びに行くが断るお幸
■初対面のとき、お幸がなぜ京にいたのか聞く近藤、妹のお孝のことを話すお幸
■八木家に別れの挨拶をする一同、いつでも戻ってくるように言う源之丞
■見交わす沖田とひで
■ひとりで八木家を歩く近藤、自作の新選組の記録「おほえ」を見せる為三郎
■八木家での出来事の数々を思い返す近藤

【 今回のツボ!? 】
いろんな意味で激しく脱力の回でありました
オープニングで山南さんの名前がなかったのがやはり予想の10倍くらいのダメージ… 回想でちらっと出てきたけど…それで余計にダメージ
そしてみんなが「○番組長」とか名乗っていて、いよいよあの山南さん抜きの組織図が発動してるんだな〜とダメージ3乗゚°。(T∧T)゚°゜。。

それにもうこれ以上山南さんの死を女がらみで引きずるのはやめてほしい…前回だけで充分。…情けなくて見ていられない…何にもわかっとらんこいつら… お妾のほうも本妻を立てるなら「奥方様」とか呼ばれて喜ぶな〜 「相談に乗りますよ」とか…何様じゃ

そして今回いちばん楽しみにしていた沖田とひでのシーンもなんだかいまいち…32話のような泣けるものを期待していたのに…自分から「もうかまわないでください」とか言って泣かせたのは何だったのだ

龍馬のほうは中岡慎太郎が出てきて面白くなってきたけど
でも今回のツボは何といっても為三郎くんだったな(笑)

※本放送時は台風/地震/津浪警報/選挙?などが直撃し、L字枠画面、さらに土方のアップ上に日本地図が重なるなど、筋を追うどころではなかったヒサンな回
再放送を重ね撮りしてしまったけど、今になってみると記念にとっておけばよかった…?


新選組を行く≫ 南部藩脱藩 吉村貫一郎 [盛岡/岩手山/石割桜など]
[ 史料/通説 ]
■元治2年(1865) 3月10日? 土方、謝礼として八木家へ5両、前川家に10両包む
■元治2年(1865) 3月21日付 沖田、佐藤彦五郎へ山南死亡を知らせる書簡
■元治2年(1865) 3月 海軍操練所正式閉鎖

第36回 「対決見廻組!」

■逃げる捨助(天狗)を追い詰める沖田、先回りしている佐々木ら見廻組
■頬かむりを斬りおとす沖田、捨助の顔を見て驚愕

元治2年(1865) 3月26日 京

■近藤や土方、源さんに報告する沖田
■お茶くみを止められる源さん、しぶしぶ房吉に役割を譲る
■お多福で話す永倉と小常、いまいちはずまない会話/ 原田とおまさ、以前よりイイカンジ?
■屯所に尋ねてくる佐々木、見廻組と新選組の巡邏の持ち場を決める相談に
■隊士の数を400と見栄を張る土方(実際は130ほど)/ 伊東の追従に乗らない佐々木
■最近の新選組の変化を見ながら、立ち上げのころを懐かしむ源さんと沖田
■最近の待遇に不満な谷長兄/ 修行に励む周平
■新選組はほころびだらけ、と伊東
■お初のことを悩む松原、相談に乗る河合、深入りするなと忠告する斎藤
■にぎわう伊東の講義、閑古鳥の武田の兵学講義
■大石鍬次郎たちに集団いじめに合う周平、とがめる源さん/ 放っておけと言う近藤
■宝物の部屋に忍び込む沖田、原田、藤堂、貴重な?掛け軸を破いてしまう原田
■沖田に何かを相談しようとして躊躇する藤堂
■容保から長州藩の処遇を相談される近藤と伊東/ 最近の薩摩の真意を読む伊東
■容保に頼まれ、薩摩藩邸を訪ねた近藤と伊東の疑いを一笑にふす西郷
■寺田屋、薩長に手を組ませる方法をお登勢に相談する龍馬、ヒントをもらう
■祇園の「よろずや」でおりょうにふられて捨助大暴れ、はずみであたり一帯大火事に
■火事を見ながら薩摩藩邸で長州との「びじねす」について話す西郷と龍馬
■火元近くの弁天町に住むお初を助けに走る松原
■陣を張る新選組、勝手に事を処理しようとする遅参した見廻組・佐々木
■伊東に意見され思い直す佐々木、指令を出す近藤と土方/ 新選組出動
■山崎より鎮火の報告/ 近藤の采配を誉める佐々木

【 今回のツボ!? 】
なんだか龍馬のかっこよさが際立った回だった…いや、山南さんが「託した」だけに、ついひいき目にみてしまうわけですが

今回はいろいろ新たな始まりという雰囲気で、舞台も登場人物の立場もガラッと変わり、まるで違うドラマのようで、見ていて新鮮だった。特に源さんのとまどいが周りの変化を体現していて。
そんな中、始めのころから言うこともやることも全く変化のない沖田と原田(笑)…あの掛け軸は何の伏線なのか?

松原と河合の会話も、新選組の中で、普通の仲の良い青年どうしの会話が交わされているのがほほえましかった…これからのことを思うと悲しいけど

そして伊東のすごい存在感…たしかにこれではもう山南さんに居場所はなかったかもしれない…(涙)
でもその普通の人かげんと、いちいち動揺して悩んでしまうあたりが山南さんの魅力だったんだし…そしてみんなの気持ちをくみとって全員をまとめようとする力…それをする人がもう新選組にはいない…

沖田の「最初は13人でしたからね」っていう言葉になんだかジーンと来てしまった…

新選組を行く≫ 西郷隆盛と勝海舟 [上野/洗足公園など]
[ 史料/通説 ]
■元治2年(1865) 4月5日 土方/伊東/斎藤、江戸到着(5月10日帰京)/ 土方、許婚・お琴を訪ねる?
■元治2年(1865) 4月7日 佐藤彦五郎/井上松五郎ら、試衛館にて土方と面会/ 10日 一同、日野宿へ
■元治2年(1865) 4月17日 土方/佐藤彦五郎、北平・東照宮参拝/ 18日 土方、試衛館へ
■慶応元年(1865) 閏5月 龍馬、亀山社中設立

第37回 「薩長同盟締結!」

■慶応元年(1865)閏5月 松本良順、西本願寺屯所にて新選組隊士を診察
■松本、山崎に応急処置の手ほどき/ 近藤に長州攻めに加わらないよう進言
■下関にて桂と西郷会談失敗(直前に西郷が心変わりして京へ)/ 桂激怒
■お初の家の掃除を手伝う松原と河合/ お礼を言うお初
■前回破いた掛け軸の件で近藤に呼び出されている原田、沖田、藤堂
■弁済金として50両払うように言う寺侍・西村
■勘定方の河合に50両貸してくれるよう掛け合う原田、給金から前払いする河合
■お初の件で松原をからかう原田と永倉/ 法度にからめて松原をとがめる土方
■憤慨して腹を切ろうとする松原、土方を責める永倉

慶応元年(1865) 9月1日 京

■縁を歩く土方を避ける隊士たち/ 近藤の休息所で土方の孤立を心配する沖田
■お初に呼び出された松原を心配する河合と斎藤
■薩長の動きを懸念する広沢に、関係する龍馬たちを探り、捕らえるよう言われる近藤
■お初の家、料理を振舞われる松原、障子を閉じるお初/ もう会わないほうがいい、と松原
■寄り添いながら松原を刺すお初/ 声も上げない松原/ 入ってくる斎藤
■お初を斬ろうとする斎藤を止める松原/ 松原にとどめをさし、お初を切り捨てる斎藤
■自分にとがめられた末の心中と見せかけるよう、斎藤と島田に後処理を指示する土方
■近藤に報告する土方/ 斎藤の報告で真実を知っていた近藤、それぞれの気持ちをくみとる

慶応2年(1866) 1月21日 伏見

■龍馬滞在の報を聞き寺田屋に来た新選組、お登勢の顔をたて引き上げる近藤/ ひき続き見張る山崎
■折れようとしない桂のことを龍馬に愚痴る大久保一蔵(利通)、薩摩藩邸に出向くと言う龍馬
■捨助を囮にする大久保/ 新選組にぼこぼこにされ、怒りを龍馬に向ける捨助
■金平糖を食べながら、龍馬に薩摩への不満を言いつらう桂(=木戸貫治)/ なだめる龍馬
■別室の西郷に桂の言い分を伝える龍馬/ 薩摩が長州の味方をする大義名分について提案
■桂と西郷を握手させる龍馬、ついでに頬擦りも…(薩長同盟成立!)
■会津本陣、薩長会談の情報を容保に伝える近藤/ 戦を予感する容保

【 今回のツボ!? 】
今回もまたまた 「おまえらは何をやっているのか」 の回でありました…

一方では以後の日本を決定づけた?同盟のために奔走する龍馬たち、一方で隊士の粛清に追われる新選組…それぞれ1話ずつ費やしてもいいくらいの内容だったと思うけど、1回に収めたのは両者の対比としてはおもしろかったかも

でも「壬生心中」は、「金を届ける」→「火事で助けに走る」→「掃除」→「殺害」、とたった4場面で片付けられてしまって、さすがにちょっとあっさりすぎたな、という印象…お初の葛藤がもう少しあれば泣けたのかもしれないけど(そろそろ時間切れな匂いがちらほらと…)。そしてお初のことをあんなにしゃべりまくっていた松原が、刺されてから最期まで一言も発しなかったのは感動的だったけど、近藤が「気持ちを受けとめた」ことはセリフで説明しすぎでは…斎藤の姿を見るだけで、何も言わなくても近藤が真実を知っていることはわかるわけだし。そのほうが断然泣けたような…

薩長同盟のほうは、龍馬がもさもさと?ふたつの部屋を行ったり来たり、ああいう動線や見せ方はやはりTVドラマというよりは舞台的だと思うし、「竜馬がゆく」のようなドラマチックな展開ではなかったけど、あのふたりの「すりすり」のエグさでお釣りが来たかな(笑)

そして西村兼文さんも登場。今のところなかなか好意的ではないですか

新選組を行く≫ 薩摩藩邸跡と薩長同盟 [同志社大など]
[ 史料/通説 ]
■慶応元年(1865) 閏5月10日 幕府、京都警備担当地区を割り振り
■慶応元年(1865) 閏5月11日 武市半平太、切腹
■慶応元年(1865) 閏5月22日 第2次長州征伐のため将軍家茂、上洛/ 松本良順同行
■慶応元年(1865) 9月9日付 第2次行軍録
■慶応元年(1865) 9月21日 第2次長州征伐勅許
■慶応元年(1865) 9月 秋月、蝦夷へ左遷
■慶応元年(1865) 11月4日 近藤/伊東/武田/山崎/吉村貫一郎ら、永井に同行、広島へ(16日到着)
■慶応元年(1865/6) 12月22日 近藤ら、長州入りを果たせず帰京
■慶応2年(1866) 1月28日 近藤/伊東/尾形/篠原/(山崎/吉村)、再び広島へ(2月3日着) [第38回]
■慶応2年(1866) 2月5日付 龍馬、桂(木戸)作成の「薩長同盟」控えに確認の裏書

参考図書: [ Books ]/[ 多摩編 ][ 鴨編 ][ 風雲編 ][ 落日編 ][ 総集編 ][ 続編 ]
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