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今回は、秋深まる鎌倉を散策します。北鎌倉駅の目の前に広がる円覚寺を起点に、浄智寺、建長寺、寿福寺、浄妙寺の順に鎌倉五山のお寺を訪ねます。
出掛ける前に、まず鎌倉五山についてざっと説明させていただきます。仏教にもいろいろな宗派がありますが、鎌倉時代、中国から禅宗が伝わります。禅は、中国の北魏(386〜535)時代、インドの僧である菩提達磨(ぼだいだるま・サンスクリット名ボーディダルマ。所謂「だるまさん」)により伝えられ、後の南宋時代(1127〜1279)に大発展します。この時代の中国に日本から渡り、禅宗の一派である臨済宗の教えを持ち帰ったのが、栄西(「えいさい」又は「ようさい」)です。栄西は、二度にわたり入宋し、帰朝後、他宗からの非難・圧力を受けながらも、鎌倉幕府の庇護を得て、新しい教えである禅宗を次第に広めて行きます。
その後、禅宗は栄西の弟子(後に曹洞宗の開祖となる道元も弟子筋にあたる)や中国からの来朝僧により隆盛します。しかし、次第に禅宗寺院の勢力が強くなってくると、今度は幕府の脅威になってきます。そこで幕府が導入したのが、「五山の制」です。すなわち禅寺を格付けして、幕府が任命した住持を順次上位の寺に昇進させることにより、寺院を幕府の管理下に置くというものです。
五代執権北条時頼の頃、中国の五山の制に倣って導入したのが始まりのようですが、現在の五山(第一位建長寺から、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺の順)が決まったのは、至徳3(1386)年、室町幕府三代将軍足利義満の時だそうです。このとき京都五山(天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺)も決定され、更に京都・鎌倉両五山の上に五山之上(ござんのじょう・ござんしじょう)として南禅寺が置かれました。
1.鎌倉五山第二位円覚寺−紅葉の美しい古寺で座禅を組む−
秋の鎌倉五山巡りの最初のお寺は、鎌倉五山第二位円覚寺です。
円覚寺の境内では、一般参加可能な座禅会や説法会がいくつか行われているのですが、今回は、夏季5:30、冬季6:00から毎朝仏殿で行われている「暁天座禅会」に参加させて頂くため、夜明け間もない境内に向かいます。 |

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写真は、雨の日の早朝の円覚寺入口付近。入口の木はオレンジと黄色に染まっていました。
円覚寺のある北鎌倉一帯は、地名を「山ノ内」といい、まだまだのどかな雰囲気が残る。駅北側の山裾に円覚寺境内が広がる。 |
「暁天座禅会」は仏殿で行われます。この時間はまだ総門が閉ざされているので、総門右手の通用門から入り、仏殿脇で始まるのを待ちます。基本的な作法等は、初心者であると言えば周りにベテランの方がいるので教えていただけます。
いよいよ座禅開始。早朝の寒気の中、約一時間、石のように座ります。和尚さんが鐘を鳴らした後は、一切身動きしてはならず、肩の力を抜き、呼吸を整えることのみに専念します。音といえば、外の鳥のさえずりと、自分の呼吸、それにときどき聞こえる「ピシッ」という音だけです(和尚さんが前を通るとき、自分からお辞儀をして叩いてもらいます)。
座禅会は、無料で誰でも参加できますが、お寺は修行の場ですからいろいろ作法もありますし、真剣な気持ちで臨むことが大切です。また、最初は足を組む座禅のポーズ(結跏趺坐・けっかふざ)をつくることすら難しいですが、禅寺特有の凛とした空気を味わうことができます。
暁天座禅会
4月〜10月は毎朝5:30から、11月〜3月は6:00から仏殿で行われる。参加無料。
問い合わせ先:円覚寺宗務本所 0467-22-0478
また、円覚寺は紅葉の名所で、11月下旬になると境内は紅葉に彩られます。
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三門を入ってすぐ左手の選仏場は、座禅道場として元禄12(1699)年に建てられた建物。茅葺屋根に風情がある。堂内には、南北朝期の作といわれる薬師如来立像が安置されています。 |

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正続院の周囲を紅葉が見事に彩る。写真の階段を登ると、正面に国宝の舎利殿が見えます。 |
2.鎌倉五山第四位浄智寺―鎌倉の古寺の風情が残る境内―
円覚寺を後にして、鎌倉街道を左に進みます。すぐに右手に東慶寺の山門が見えます(東慶寺の紅葉も見事)。もう少し進むと前方に踏切が見えますが、踏切のちょっと手前、右手の道が鎌倉五山第四位浄智寺の入口になります。この辺りから浄智寺総門と境内へと続く鎌倉石の石段を見ることができますが、いかにも鎌倉の古寺という風情ある場所です。
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総門手前に池があり、その傍らに鎌倉十井のひとつ甘露の井があります。海辺につくられた都市鎌倉は水質が悪く、昔は質の良い湧水が大変貴重でした。 |
石段を登り、有名な中国風鐘楼門をくぐると、その先に曇華殿(どんげでん)とよばれる仏殿があり、木像三世仏坐像が安置されています。浄智寺は紅葉スポットではありませんが、いかにも鎌倉の古寺という風情があるお寺なので、是非立ち寄ってみてください。
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3.鎌倉五山第一位建長寺−鎌倉街道を散策し建長寺へ−
さて、鎌倉街道まで戻り、今度は右に進み、踏切を渡ります。この踏切を渡ってすぐ右側の路傍にうっかりすると見過ごしてしまいますが、陰陽道の祖、安部晴明の碑が立っています。
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なぜ、鎌倉に清明の碑があるのか不思議。
こことは別に、北鎌倉駅からやや大船方面にもどった八雲神社境内には「晴明石」と呼ばれる石がある。この石を「晴明石」と知って踏めば足が不自由になり、知らないで踏めば足が丈夫になるという言い伝えがあります。 |
さらに鎌倉街道を10分程行くと、左手に建長寺の外門が姿を見せます。駐車場を抜けると、別名「巨福門」とよばれる総門があり、額には建長寺の山号である「巨福山」の文字が書かれています。
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この文字は、第十世住職の一山一寧(いっさんいちねい)の筆といわれるが、筆勢により「巨」の文字に「、」が加えられている。「この一点によって全体が引き締まり百貫の値を添えた」ことから百貫点と言われる。 |
建長寺は、日本初の本格的な禅道場で開基は五代執権北条時頼です。既成の宗教勢力を牽制し、鎌倉幕府の体制を磐石なものとするうえで、宋から新しく伝来した禅宗寺院の建立は悲願だったのでしょう。
建長寺の紅葉も見事で、特に建長寺裏手の鎮守、半僧坊へ至る道沿いの紅葉は、見応え十分です。
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4.鎌倉五山第三位寿福寺―栄西の活動拠点―
寿福寺のある扇ヶ谷(おおぎがやつ)へは、亀ヶ谷坂(かめがやつさか)切通しを通って行きます。建長寺から鎌倉街道を北鎌倉方面にやや戻ると、長寿寺という門を閉ざしたお寺があるのですが、この脇の道が亀ヶ谷へ通じる道です。 |

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10月頃、道右手のシダが紅に染まり、左の緑とのコントラストが幻想的な雰囲気をつくり出します。
11月になると、黄色に色を変え、周囲の木も紅葉しはじめる。 |
| しばらく緩やかな登りが続いた後、大変急な下り坂に変わります。亀ヶ谷坂は余りに急なため、登ってきた亀が途中であきらめて帰ってしまうというので「亀返し坂」とも言われます。 |

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南の海以外、三方を山で囲まれた鎌倉には、外界との行き来のために人工的に山の尾根部分を掘り下げて通行可能にした7箇所の切通し(鎌倉七口)があり、亀ヶ谷坂もそのひとつ。坂上の路肩には休憩のためのベンチが用意してあります。 |
坂を下って少し行くと、右手に徳川家ゆかりの薬王寺が見え、その先のT字路の角には、頼朝の娘、大姫の悲話が残る岩船地蔵堂が建っています。 |

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頼朝の娘大姫(おおひめ)を供養する地蔵であると伝えられる。
大姫は、政略的な理由から幼くして木曽(源)義仲の長子である義高の婚約者にされるが、後、頼朝と義仲が敵対し、実質的な人質である義高は殺される。嘆き悲しむ大姫は以後病に犯され、わずか20歳で亡くなっている。 |
地蔵堂の角を右折すると海蔵寺方面、左折し、しばらく未舗装の道を線路に沿って歩き踏切を渡ると、英勝寺と寿福寺の間に出ます。
寿福寺は、鎌倉五山最古の寺で、開山は臨済宗の開祖栄西。栄西は二度目の入宋後、はじめ九州を中心に活動しますが、正治元(1199)年、幕府のお膝元での布教のため鎌倉入りします。ここ寿福寺が鎌倉での栄西の活動拠点となりました。寿福寺は、境内非公開。
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5.鎌倉五山第五位浄妙寺−しっとりとした美しい紅葉−
寿福寺門前の踏切を渡り、細い道をまっすぐ行くと鶴岡八幡宮脇に出ることができます。ここから横大路を進み金沢街道に入っても良いのですが、折角ですから八幡様の境内の流鏑馬(やぶさめ)道を横切らせてもらいましょう。 |

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鶴岡八幡宮では、毎年春(4月)・秋(9月)の祭りの際、流鏑馬が奉納され、ここを馬に乗った武者が駆け抜ける。
平成15年は本殿遷座祭のため、11月にも特別奉納されました。 |

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流鏑馬道は途中で、参道と交差するので、ここから舞殿と大銀杏、石段上の本宮屋根を見ることができます。
大銀杏が黄金色に染まると、もうすぐ年の瀬。 |
浄妙寺までは、金沢街道を約1キロ程歩きます。途中、鎌倉最古の寺杉本観音や、竹の寺報国寺の門前を通り、「浄明寺」バス停(お寺の名前と漢字が異なります)のところで左に入るとお寺の門が見えてきます。
境内に入ると色付いた木々を見ることができます。浄妙寺の紅葉は煌びやかなものではありませんが、しっとりとして美しいですね。また、本堂裏手には散策路があり、ここから紅葉の向こうに衣張山の姿を見ることができます。
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写真は浄妙寺の紅葉。
鎌倉は全般的に紅葉の時期が遅く、11月下旬以降が見頃。
浄妙寺周辺の紅葉の名所として、山一つ隔てて紅葉ヶ谷(もみじがやつ)の瑞泉寺、更にその奥の獅子舞の谷がある。 |
参考文献:
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