鎌倉紀行−鎌倉ハイキングと観光ガイド−


エッセイ鎌倉紀行 第8回 江ノ島探検!


今回は、鎌倉を離れて神秘と伝説に彩られた島、江ノ島(江の島)を探検します。江ノ島も鎌倉市でしょ?と思っている方も多いようですが、江ノ島は、鎌倉市のお隣の藤沢市に属します。


1.江ノ島へ


江ノ島の最寄駅は、江ノ電の「江ノ島」駅、小田急線の「片瀬江ノ島」駅、湘南モノレールの「湘南江の島」駅がありますが(それぞれの駅はちょっと離れています)、今回は江ノ電の「江ノ島」駅から出発することにします。
改札を出て左に進み、商店やマンションの立ち並ぶ細い道を10分程行きます。大きな通りにぶつかるので、地下トンネルをくぐり、通りの反対側に出ます。するともう目の前に大きく江ノ島が横たわっています。

江ノ島弁天橋

江ノ島へのプロムナードとなっている片瀬海岸と江ノ島を結ぶこの橋は、車道橋は「江ノ島大橋」、歩道橋は「江ノ島弁天橋」という別々の名前が付いている。
橋上から江ノ島を眺めると、右手の頂上付近に、2003年にリニューアルした新江の島展望台が、ソフトクリームのコーンを突き刺したような形で建っているのが見える。


2.辺津宮へ


左右の海の景色を楽しみながら江ノ島弁天橋を渡りきると、さざえのつぼ焼き、焼きはまぐりの香ばしい香りがただよってきます。
青銅の鳥居があり、ここから江島神社への参道が続いていて、両脇に土産物屋が軒を連ねています。江ノ島は昔ながらの観光地ですが、最近は本格的なスパリゾート施設「えのすぱ」なども出来て、ちょっと雰囲気がかわってきていますね。

青銅の鳥居から、参道の奥に進むと大きな瑞心門が建っています。

瑞心門

瑞心門は竜宮城をイメージして建てられた。古くから江ノ島には龍が住むとの伝説がある。
門内部には、左に緑、右に青の唐獅子が描かれており、外部から魔物が進入しないよう見張っているのだそうだ。

さて、瑞心門をくぐると目の前に弁天様と童子が彫られています。ここから階段を登るとすぐに辺津宮に到着。江島神社は、手前の辺津宮(へつのみや)、島の中程にある中津宮(なかつのみや)、島の西奥にある奥津宮(おくつのみや)の三社からなっており、それぞれ田寸津比売命(たきつひめのみこと)、市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)、多紀理比売命(たきりひめのみこと)という三姉妹の女神が祀られています。ですから三社を順序よく参ってあげましょう。

江島神社 辺津宮

江島神社は、欽明天皇13(552)年に勅命により、島の岩屋(洞窟)に宮を建てたのが始まりというから相当歴史が古い。
辺津宮の賽銭箱はちょっと変っていて、巾着袋の形をしています。

辺津宮の左隣の「奉安殿」には裸弁天として有名な妙音弁財天が祀られています。この八角のお堂は、奈良法隆寺の夢殿をモデルに建てられたそうです。


3.中津宮を参拝し江の島展望灯台へ

辺津宮の参拝を終えたら、社殿に向かって左に進み、突き当たりを右折します。ここは板張りの歩道と展望広場が整備されています。

展望広場

眼下に江ノ島ヨットハーバー、その向こうに相模湾の広がりをみることができる。周囲は、花なども植えられた美しい場所。猫が日向ぼっこをしている。それにしても江ノ島は不思議と猫が多い。

ここで道が分かれており、右手の階段を登ると中津宮の朱色の社殿が見えます。境内には江戸時代の人々が奉納した石灯籠が並び、当時の江ノ島詣での人気ぶりをうかがうことができます。

中津宮から更に階段を登ると「江の島サムエル・コッキング苑」に到着。苑内には、江ノ島のシンボル「江の島展望灯台」があります。

サムエル・コッキング苑入場料:一般200円/小学生100円
展望灯台昇塔料:一般300円/小学生150円

サムエル・コッキング苑

「サムエル・コッキング苑」は明治元年に英国の貿易商サムエル・コッキングが、世界の珍しい植物を集める庭園を開いたのがはじまり。長い間「江の島植物園」として親しまれてきたが、平成15年4月の展望灯台建替に併せて再整備された。様々な南洋植物や珍しい植物が目を楽しませてくれる。

温室遺構

コッキングは、巨費を投じて広さ660平米の巨大な温室も造営した。レンガ造りのこの温室は当時日本一の広さを誇ったといい、温室内は熱帯・亜熱帯の植物が生い茂り、南国のたたずまいを現出していたという。温室は、関東大震災などで荒廃し、長い間地中に埋もれていたが、今回の灯台立替工事に伴い掘り起こされ、温室遺構として公開された。

江の島展望灯台からの眺め

江の島展望灯台は、江ノ島電鉄開業100周年記念事業により、2003年に建て替えられた。高さ41メートルの展望フロアからは、湘南の海と西に富士山・丹沢連峰、南に大島・伊豆半島など360度の大パノラマを楽しむことができる。茅ヶ崎沖の海にひょっこり頭を出す烏帽子岩や、伊豆半島に沈む夕日が印象的。
展望フロアまでは、エレベーター又は螺旋階段で登ることが出来る。
写真は、展望フロアから見た夕日。

展望灯台の1階には、お土産品などを売る売店と郷土資料室があります。郷土資料室には、江ノ島に関わる貴重な資料が展示されています。特に明治時代の写真で、各時代ごとに同じ位置から江ノ島を撮った写真が展示されており、次第に橋の長さが長くなっていく様子などは非常に興味深いですね。

そのほか、「サムエル・コッキング苑」苑内には、藤沢市と姉妹関係にある5都市(中国・昆明市、韓国・保寧市、カナダ・ウィンザー市、米国・マイアミビーチ市、長野県・松本市)の名前を冠した広場が整備されています。


4.龍恋の鐘と奥津宮

さあ、いよいよ島の最深部に向かいます。「サムエル・コッキング苑」を出ると、目の前にガーデン・パーラーという軽食を取ることができるスペースがありますが(実はここからの海の景色もなかなか良いのです)、「サムエル・コッキング苑」とガーデン・パーラーの間の細い道が、奥津宮へと続いています。

少し行くと左手に江の島大師というお寺があり、ここから下りの階段になります。この階段を下りたところは「山ふたつ」と呼ばれる場所で、ちょうど江ノ島を辺津宮・中津宮・展望灯台などがある東側と奥津宮・岩屋のある西側に二分する境にあたります。

山ふたつ

ここに来ると江ノ島という島は、実は2つの島がくっついてできているのだということがわかる。

山ふたつの先で、上り階段を登るとすぐに奥津宮の境内ですが、先に左手の道に進み、「龍恋の鐘」を見に行きましょう。

龍恋の鐘

正面に大島を望むこの地は「恋人の丘」と名づけられ、江ノ島縁起の伝説「天女と五頭龍」にちなんで「龍恋の鐘」が設置されている。訪れたカップルが鳴らす鐘の音が大海原に響く。

ここで、「江ノ島縁起」に出てくる「天女と五頭龍」のお話を紹介しましょう。

●天女と五頭龍の物語
昔、鎌倉の深沢山中の底なし沼に五つの頭を持つ悪龍が住んでいて、山崩れや洪水を起こして村人を苦しめ、子供を生贄にとることからこの地を「子死越(こしごえ)」と呼んでいました。
あるとき、子死越前方の海上に何日にも渡って密雲が垂れ込め、天地が激しく揺れ動いた後、天女が現れ、雲が晴れると今まで何も無かった海上に、一つの島が出来ていました。これが江ノ島です。
天女の美しさに魅せられた龍は、結婚を申し込みますが、悪行が止むまではと断られました。以後、龍は悪行を止め、天女と結婚することができたということです。天女は江ノ島の弁財天、龍は腰越の龍口明神社として海を隔てて祀られています。

さて、今来た道を奥津宮まで戻ります。奥津宮の周囲は観光地江ノ島の中にあって、神聖な雰囲気の残るところです。入口の石鳥居は頼朝寄進のものと伝わっています。拝殿の天井に描かれた「八方睨みの亀」は江戸時代の絵師酒井抱一の筆によるもので、ギョロっとした目が印象的です。

そろそろお腹が空いてきました。ここらで腹ごしらえをすることにします。奥津宮付近には磯料理の店が何軒かありますが、今回は、雄大な海の景色を望むテラス席のある富士見亭に入ることにします。

江の島丼

同じ料理でも店によって値段が若干異なるので、何軒か見て回るのもよい。
「富士見亭」やそのちょっと上にある「魚見亭」では、江ノ島名物「しらす丼」やさざえを卵でとじた「江の島丼」を頬張りながら、雄大な海の景色を楽しむことができる。

写真は、「江の島丼」。


5.稚児ヶ淵

お腹も満たされたところで、次は、景勝稚児ヶ淵に向かいます。お店の前から石段を下りると断崖の下に岩畳が広がっているのが目に入ります。ここが「かながわの景勝50選」にも選ばれている稚児ヶ淵で、江ノ島の西の奥にあたります。


稚児ヶ淵

稚児ヶ淵から見る夕暮れ時の相模灘。冬は西に富士山がシルエットになって見える。


6.岩屋探検

では、先に進みましょう。稚児ヶ淵から岩屋(海蝕洞窟)の入口までは遊歩道になっています。右手の海を見下ろすと、岩畳が広がっています。海蝕台地といわれるこの地形は関東大震災の折、海に沈んでいた土地が隆起してできたものなのだそうです。途中「遊覧船乗り場へ」と書かれた看板が立っていますが、真っ直ぐ進みます。海岸線に沿って弧を描くように架けられた「岩屋橋」を渡ると岩屋の入口に到着です。

江ノ島の岩屋

江ノ島の岩屋は、波の浸食によってできた海蝕洞窟で、第一岩屋(約152メートル)と第二岩屋(約112メートル)からなる。長い間、落石の危険から閉鎖されていたが、落石防止の工事などを行い、平成5年から再度公開されるようになった。

入洞料は、大人500円、小・中学生200円。

江ノ島の岩屋

入口を入るといきなりギャラリーになっており、岩屋の生立ちや歴史がパネルで紹介されている。一般的な洞窟探検のイメージとは程遠い。
まずは、第一岩屋へ。奥に進むとやっと洞窟らしい雰囲気に。ロウソクを貸してもらい、低い天井に頭をぶつけないよう注意しながら進む。この洞窟は古くは、弘法大師をはじめ僧侶達の修行の場であった。

両脇に置かれた石像(文化財として大変貴重なものだそうです)をロウソクの灯で照らしながらかなり奥まで進むと柵があって行き止まりになっています。この洞窟には更に先があり、ずっと先で富士山の洞窟とつながっているという伝説があります。

第二岩屋へは、いったん洞窟の外に出て橋を渡って行きます。ここから足下の波間を見ると大きな海亀のようなものが見えます。

亀石

第一岩屋と第二岩屋を結ぶ橋の上から見える亀石。本当に沖の竜宮城に向かって泳いでいく亀に見える。自然の造形なのか人の手によるものなのか。

第二岩屋は第一岩屋よりずっと短く、すぐに奥にたどり着きます。奥には龍の模型が置いてあり、大音響とともにライトアップされた龍が訪れる人を出迎えます。このような趣向を凝らすより、自然の状態のままにしておいた方が良いとも思いますが、観光地だから仕方ないのですかね。


7.遊覧船弁天丸

洞窟を出て、先程「遊覧船乗り場へ」と書かれた看板が出ていた場所まで戻り、海蝕台地に降ります。

海蝕台地

子供たちが磯に棲む生き物を探して楽しんでいる。ちょっと大きな波が来るとザブーンと岩の間を通って波が押し寄せてくる。

岩畳の上を歩いてしばらく行くと、岩場に接岸した遊覧船が見えてきます。遊覧船といっても漁船を改造した小さな船です。岩屋前から江ノ島弁天橋(藤沢の片瀬海岸と江ノ島を結ぶ橋)の片瀬側のたもとの船着場迄、約7〜8分の旅。

ミニ遊覧船 弁天丸

漁船を改造したミニ遊覧船。地元の引退した漁師さんによる。土・日・祝日(夏休み期間は毎日)の波の穏やかな天候の良い日に運航。料金は、大人片道300円。不定期便で、人が集まったら出航。海上から見ると江ノ島の地形が一目で分かる。


8.龍口明神社へ

江ノ島探検最後は、江ノ島弁財天の夫にあたる五頭龍に会いに龍口明神社を訪れてみたいと思います。弁天様に一目惚れした五頭龍が、それまでの行いを改め、改心して弁天様と結婚するまでの話は、先ほど書きましたが、実はこのお話にはもう少し先があるのです。

●天女と五頭龍の物語 つづき
天女と結ばれてからの五頭龍は、生まれかわったように村人のために尽くしました。日照りの年には雨を降らせ、実りの秋には台風をはねかえし、津波が襲ったときには波にぶちあたって押し返しました。しかしその度に、五頭龍の体は衰えていったのです。
ある日のこと、五頭龍は、妻である天女にむかって「わたしの命もやがて終わるでしょう。これからは、山となっていつまでもこの地をお守りしたい。」と言い残すと、対岸に去って山になったということです。
これが、江ノ島の対岸にある現在の片瀬山(竜口山)で、山の中腹には龍の形をした岩があって、江ノ島の天女を慕うように見つめていたということです。

村人は、五頭龍を「龍口明神」として祀り、社を建てました。これが「龍口明神社」です。今でも江ノ島神社では、六十年に一回「巳年式年大祭(みどししきねんたいさい)」をおこない、この日には、龍口明神から五頭龍の彫り物のご神体を神輿で江ノ島へ運び、弁天様とお会いさせています。龍口明神社は、山となった五頭龍の口にあたる場所である龍口寺(江ノ電の江ノ島駅そば)の左隣に祀られていましたが、昭和53年に西鎌倉の現在地に遷座しました。

 

龍口明神社

旧龍口明神社(龍口寺隣)は、現在も鳥居や社殿の建物は残っているが、閉鎖され、神社としては機能していないようだ。現在の龍口明神社はだいぶ内陸部にある。湘南モノレール西鎌倉駅の改札を出て、新鎌倉山入口交差点から坂道を上り約10分程の小高い住宅地の中にある。写真は現在の社殿。

龍口明神社のある西鎌倉からは、広町の森を抜け、鎌倉山・七里ヶ浜方面に至る広町・竹ヶ谷城址ハイキングコースが伸びており、山上には、生贄として五頭龍が飲み込んだ津村の長者の16人の子供たちの塚になぞらえて、「稚児桜」と呼ばれる山桜の巨木があります。

参考文献:

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