上町囃子連サブイメージ
沿革活動報告阿伎留神社について伝統文化こども教室問い合わせTOPページ
< お知らせ > 2011.9.6

平成23年度例大祭の詳細はこちらから←

< お知らせ > 2011.5.24

先般開催された神社総代会において
平成23年度阿伎留神社例大祭は
特別な事情が発生しない限り
開催することを決定しました。



< お知らせ > 2010.10.28
平成22年度阿伎留神社例大祭の様子

御由緒  延喜式の神名帳に武蔵国多摩郡(現在の世田谷から西)八社の筆頭に記載されている古社です。
 平将門の乱を平定するため天慶三年勅命を受けた田原藤太は、平将門を征討することとなり、戦勝祈願にこの阿伎留神社を訪れており、この後も歴代の武将の崇敬も篤く、源頼朝・足利尊氏・北条氏康・徳川家康等の寄進状が残っているという由緒ある神社です。

延喜式とは、延喜五年・西暦905年藤原時平等が勅みことのりを受け編集された律令の施行細則

御祭神 (お祀りしてある神様の名前)
・大物主神(おおものぬしのかみ)
・建夷鳥神(たけひなとりかみ)
・味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)
・天児屋根命(あめのこやねのみこと)

例大祭 ・毎年9月28日 9月29日 9月30日
  
所在地 住所:あきる野市五日市1081
電話: 042-596-0560(宮司 阿留多伎)
交通:JR五日市線武蔵五日市駅より檜原方面へ徒歩13分

地図へ


■ 9月大祭について

 毎年9月28日〜29日の三日間にかけて行われます。
 桧原街道の両脇には露天が約150軒以上立ち並び(29日・30日のみ)、百貫(600キログラム)を超える珍しい「六角神輿」が先頭となり中神輿が続き、さらに各町内の神輿が街を練り歩きます。


※28日
 昼間神事を行い夕方、五日市入野の獅子迎えで始まり、宮出しが行われます。松原横町を通り、桧原街道を一往復したあと、御仮屋(おかりや・お祭りの最中のお神輿の仮の宿)に遷御(神様を他所に移すこと)されます。

※29日
 氏子廻りとして、桧原街道以外の小さな通りまで神輿が廻ります。その後、夜には桧原街道を2往復します。

※30日
 最終日の夜には、桧原街道を2往復した後、松原横町を通って神社に神様がお帰りになります。

★地域文化資産ポータルサイトより動画のリンク

「平成17年阿伎留神社例大祭」(ダイジェスト版 3分)
「平成17年阿伎留神社例大祭」(本編 30分)


★ShortMovie 「平成19年阿伎留神社例大祭」の動画←

29日
氏子廻り
出発の様子
29日
氏子廻り
出発前に獅子舞が奉納されます。
29日
氏子廻り
正・副取締を先頭に渡御します(桧原街道)
29日
氏子廻り
(冨田屋横町)
夜の渡御
御仮屋前に神輿担当人が集結します。
いよいよ出発

神輿担当人のテンションが一気にあがってきます。
いよいよ神輿を出します。

花棒争いが壮絶です
無事に御仮屋を出発しました。
30日
宮入れ
(モリタ薬局前)
30日宮入れ
松原横町へ

警察のサーチライトを浴び湯気が上がる神輿が映し出されました。

■ 新・旧神輿について

 まず旧神輿について。
本体の重さ430キロ、担ぎ棒が二本で100キロ、計530キロ
新神輿は、本体479キロ、担ぎ棒は二本で130キロ、計609キロということである。

 旧神輿については昔から150貫説と300貫説とあったが、150貫をキロに直すと、約560キロであるから、150貫説がほぼ正しかったことになる。よく千貫神輿なんていう話を聞くが、これなどは針小棒大もよいところと思える。もっとも材料が鉛とか、鉄でできていれば話は別である。

 新神輿作製時、旧神輿についても完全に分解して修理し、その費用は製作者が奉納された由、なお旧神輿は、神輿職人の作ではなく、宮大工か器用な建具職の手によるものではないか、ということであった。囲垣に付いている鳥居の部分でそのような解釈が出来るとのことであった。

 新神輿の作製については、当時旧神輿の修理説と、新調説があり、はじめ修理説に傾いていたが、結果的に新調に踏み切って本当によかったと思う。当時の神輿建造委員の皆様の慧眼には敬服の外はない。

 修理説の主張は、一世紀余の伝統ある神輿だから、大修理の上、そのまま担ぎ続けるべきだということであり、外に資金的にも無理ではないかとの心遣いがあった。

 新調説の主張は、歴史ある旧神輿は社宝として、さらに五日市の文化財として保存すべきであり、二基の大神輿が揃う豪華さ、さらに、修理と新調の場合の差額が600万円と大差なく、それでは新調すべきである。ただし、形はあくまで旧神輿を踏襲することということで新調に決定したようである。

 なお、新神輿は前述のように昭和56年9月10日に納入されている。心配された資金面であるが、五町内はじめ、幅広い他地区有志の御熱意により、分割納付を途中で打ち切るほどの凄い盛り上がりで、資金問題は全くの杞憂に過ぎなかった。然しながら、まことに残念なことは、終始先頭にたち、委員長を勤められた高岡倭夫さんが、新神輿の勇姿を見られることなく亡くなられ、祭り当日、奥さまが遺影を胸に、涙ながらに新神輿を見送っておられた姿は、まことに感動的であった。

九月十日の納入当日のこと、御霊入れ式が行われたが、旧神輿庫前から拝殿前まで、担いだが、皆、昔とった杵づか、何やあらんと取り組んだ人数は二十人程だったが、実に重かった、大変だった。皆の感想は一様に、「年はとりたくない」で一致した。

馬場 清氏 著書「阿伎留神社例大祭と神輿」より
「新神輿」
「旧神輿」

■ 神社中神輿について

 阿伎留神社例大祭に繰りだされる神輿は神社神輿1基と氏子五町内の子供神輿5基の計6基であったが、中学生にとって大人が担ぐ宮神輿は未成年は担ぐことができず、小学生が主体の子供神輿では物足りず、お祭りに力をもてあましていた。

 昭和61年に当時の五日市中学校PTAの役員が中心となり、将来阿伎留神社のお祭りを担う中学生に祭の楽しさを味わい、郷土愛を育むことを目的としてもっと神輿を担がせてあげたいと提案したことから町内会側も理解を示し、翌年の昭和62年の例大祭より中学生専用神輿が誕生することとなる。

 当初は上町、下町の旧子供神輿を交互に担いでいたが平成9年上町がその神輿を神社に奉納し神社中神輿が中学生専用神輿となった。

 しかし、その神輿も老朽化が進み危険を伴うようになったため五日市中学校区全域に寄付を募り、平成18年に立派な神社中神輿が新調された。
平成18年に新調された神社中神輿(中学生神輿)
▲ページTOP