タクの今までの成長過程を思い出して書き留めておきます。

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 妊娠・出産

特にコレと言った問題もなく、ごく普通に妊娠期間を過ごし、予定日前日に陣痛が自然に来て出産に至る。

出産は・・痛かった。時間もかかった。今、思い返せば、あんなに痛かったけど「微弱陣痛」。でも、ドクターに「自然分娩する」って言ってあったので、促進剤も投与されず、ずーーっとずーーっと頑張って、最後の最後にドクターが「吸引分娩の用意して・・」って看護婦さんに話してるのを耳にして、踏ん張りだした。すぐに泣いたし、異常なし。


 誕生から1歳

母乳オンリーで、スクスクと元気に育ち、ちゃんと
時期が来るか来ないかって頃に、首が据わって、
お座りして、ハイハイして、立って歩いて・・。
「いないいない、ばぁ」とか、「はぁい」って
手を挙げたりとかもやってた。

言葉もね、出てました。
8ヶ月の時に、赤ちゃんを見て、私が「Baby.」って言ったら、ホントに発音よく「Baby.」って言ったし、
部屋にくまのプーさんの飾りをぶら下げてたんですが、それを指さして「プー。」とか。
電気を付けたら「ついた。」とか、1歳前にはウンチをしたら「出た。」とか。
ホント、「天才じゃないか」と思った・・。まぁ、うちら夫婦から、そんな天才が生まれるわけないんですけどね・・。

10ヶ月ぐらいから、地域のコミュニティ・センターでやってた「親子教室」みたいなのにも通いだしてみた。特に気になるような行動もなかったように思う。

1歳のお誕生日1週間前に、突然タクに「断乳」されました。本当に突然。その前の夜までチュウチュウ飲んでたくせに、一夜明けたら「こんなもん、見たくもない!ぺっぺっぺ!」みたいな・・。かーなーりー
母ちゃんはショックでしたけど・・。



 1歳から3歳

1歳児検診では特に引っかかることもなく(言葉も結構喋ってたし)問題なし。

1歳3ヶ月の時に大阪に里帰り。結構愛想も振りまいてたように思う。
大阪にいる間に肺炎にかかってしまうけど、点滴と
投薬で3日ぐらいで治った。病後も、変わらず愛想を振りまいてた。

ずっとアメリカに戻ってからはあっちこっちの親子教室に通ってた。
けど、他のアメリカ人の子供達がみんなサークル・タイムに座って本を読むのを聞いたりしてるのに、座ってられずにパタパタ走り回ったりしてた。でも、同じクラスにいた他のアジア系の子供達がみんなそうだったので、これは「しつけの違い?」かと思って、そんなに気に止めなかった。

去年(1歳半)は海が大好きで、冷たい水でも気にせずにどんどん水の中に入って行ってたのに、この2歳半の夏は断固拒否。水に近づくと号泣。

公園に連れて行っても、あまり他の子や、お兄ちゃん達に興味を示さなくなって、1人でちょっと遊んで帰りたがる。公園でおやつを食べたら、次からは同じテーブルに座りたがる。

2歳ぐらいから、言葉の数が増えないし、今まで喋ってた言葉も出なくなる。

日本語と英語が混ざり合って、こんがらがってるのかと思ってた。
同じようにアメリカで子供を育ててる人に聞いてみたけど「うちも男の子で、3歳過ぎまで喋らなかった」とか言われて、それを気休めにしてた。


 3歳

3歳児検診に連れて行く。言葉が遅いのが気になって、おじいちゃんの小児科の先生にそう言ったら
「バイリンガルだから。それにこの子は甘やかし過ぎ。」とそれだけ。(今になって思えば腹立たしい)

でも、今までもずっと「お母ちゃんっ子」で来て、人見知りもしてたけど、それが一向に抜けることはなかった。

3歳3ヶ月、大阪に里帰り。実家の母親が言葉が遅いのを心配するので「心理・発達」のドクターに予約を取り、診て貰う。初診では「自閉傾向があるかも・・」って言われたけど、2回目の診察で、おもちゃをちゃんと使って遊んだとか、周囲に注意を払ってるとかで「この子は自閉症じゃないですね。もっと同じ年の子供達と接する機会を増やしてあげて。」と。
脳波の検査も受けたけど異常なし。(ただ、ここのドクターに「お母さんがバイリンガルにこだわりすぎなんと違う?」って言われて、かなりショックを受けた。今思えば、これまた腹立たしい。)

3歳5ヶ月になった9月、3,4,5歳児混合の、1クラス50人っていう大きなプリ・スクールにタクを通わせることにした。ここは親が順番にボランティアで手伝うしくみになってるので、私もタクを見る機会があるし、急がなくてもゆっくり親離れ・子離れしていけばいいと思ったし、年上の子供もいれば、タクにもいいお手本になるかと思って決めた学校だった。

結果はさんざんなものだった。

「子供が自分でしたいことを見つけて、それを伸ばして行きましょう」みたいな方針の学校だったので、時間割みたいな物もなく、放っておけばタクはずーーっとコンピューターをしてた。
外に連れて行けば、それなりに遊ぶけど、他の子供達が近づいてくればそこから離れ、先生に話しかけられれば目をそらし、耳をふさぎ・・。

親離れ・子離れどころか、私はずーーーっと毎日タクと一緒にいてた。あまりにも子供の数が多すぎて、先生にタクを任せるって言うことも出来ず、他のお母さんに任せることも出来ず、結局は自分の子は自分で守るみたいな心境だったように思う。

やはりそんなタクが先生の目にも止まり、学区の児童心理サイコロジストに連絡をするように勧められる。

そのサイコロジストがタクの学校での様子を観察に来てくれて、2時間後、私をベンチに座らせ
「彼は自閉症。このクラスにいるよりも特別クラスに行かせることを勧めるわ。」と。

頭のどこかに「もしかして・・」と思ってたけど、今まで認めたくなかった事。今まで、タクが何か違うのは、それが彼の個性なんだと思ってた。それを「自閉症」だとハッキリ告げられ、かなりのショック。
そのサイコロジストの話を聞きながらボロボロ泣いてた。


 3歳8ヶ月から7歳に至るまで

スクール・サイコロジストに特別クラスを勧められたが「そんな障害を持った子供だけのクラスに入れることが本当にいいのか」っていう迷いもあって、今まで通ってた大人数のプリ・スクールの先生に「気に入らなかったらここに戻って来るから」とお願いして、とりあえずは特別クラスに行かせることにした。

それまで、ずっと私も学校に残ってタクの様子を見てたけど、特別クラスに変わってからは、それも「しないように」とのお達し。それに、クラスのスケジュールもびっしり決まってて、今までのような自由な雰囲気はまるでナシ。
さすがに、最初の2〜3日は離れ際に泣いてたタク。でも、その後はちゃんと先生と手をつないで泣かずに教室に歩いて行くし、時々自分の心地いい居場所を教室内で見つけて、そこでじっとしてたりしたようだが、徐々にちゃんと順応していった。

この子には、そういう決まったスケジュールが必要だったんだと気づかされた。

*****

それから現在に至るまで、タクは特別クラスに通ってます。ずっと優しく、そして時に厳しい先生に恵まれ、学校生活を本当に楽しんでます。
特別クラスに変わってから、先生や他のクラスメートのお母さん達から色々教えて貰って、スピーチや作業療法のセラピーも学校とは別に始めました。

タクにとっても、この特別クラスに変わったことが好結果になったけど、私にとっても他のお母さん達と友達になれたし、タクのことを理解してくれる人、私に色々教えてくれるセラピストの人たちと出会える事につながったわけで、本当に良かったと思ってます。



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