神田の一本締め 神田の一本締めは3・3・3・1の調子で手を打ちますが、これは3+3+3で九→つまり苦、最後に一つ打つことで苦労や苦しみを打ち払うという、説があります。 ヨォ〜
関東の一本締め 「では、一本締めで今日の宴会を締めさせていただきます。   ヨォ〜 ポン」
威勢良く締める所を見ることがありますが、この締め方はある業界でつかわれ、通称「ポン締め」ともいわれているらしいです。・・・
ヨォ〜

神田伝統の
掛け声
昔は「ワッショイ、ワッショイ」でしたが、現在は昔の掛け声を聞くことがありません。様々な事情がありますが、一部では伝統の掛け声を復活させようと言う話もあります。

神輿の数 神田明神の氏子町会は100以上あります。神輿を所有しない町会もありますが、その数大小あわせて180基に近いといわれています。

日本三大祭 京都の祇園祭、大阪の天神祭、そして神田祭が日本の三大祭です。 江戸時代、神田祭は「天下祭」・「御用祭」などと呼ばれて親しまれていました。

下町ってどこ? 現在、住宅密集地あるいは商業密集地が、俗に下町と呼ばれていますが、この呼び方は、ダウンタウン的な発想で定義していると思われます。江戸時代の江戸の町の中での下町と呼ばれる地域に対してのものは、城下の町で、下町という事のようです。(地方の城下町に、城の堀にすぐ隣接している町を城下と住居表示がしてある所もある)
現在の東京の町の感覚で、つい前者の定義で考えてしましますが、歴史的な話の中では、下町とは城下、主に神田、日本橋をさしており、上野、浅草は門前町と考える説もあるようです。

京都が
標準語だった?
京都を「みやこ」といった時代には、京の言葉が標準語で、関東の言葉は「あずまえびすの言葉」といって下賎のものとして卑しんだらしい。たとえば「落ちる」→「落っこちる」、「折る」→「折っぴしょる」なんて威勢をつけて言ったが決して上品ではなかったようです。

大江戸八百八町 時代劇に出てくるイメージでは、火のみ櫓が建った瓦屋根の町並みを思い出しますが、これは江戸時代もかなり後の事のようです。将軍吉宗のもとで南町奉行大岡越前が町火消しの制度を定めた頃に、防火対策として土蔵造りや、瓦屋根にするようなお触れが出た後の町並みのようです。

鳳凰(ほうおう) 古来より鳳凰は龍と共に瑞祥として又、王権や優れた人物の象徴として中国、朝鮮、日本等、東アジアに広く流布して居りますが、神輿の屋根にある鳳凰は大別しますと江戸型と関西型とがあります。関西型は神輿本体に比べ、やや小さく翼と尾羽が上方に反返っているのが特徴で、東京ではあまり見る事はありません。ちなみに鳳は雄、凰は雌です。

擬宝珠(ぎぼし) 神輿の屋根の上には鳳(鳥の形をした飾り)が定番ですが、鳳に替えて丸く先がチョコンと尖った擬宝珠を使う事があります。これは多数の神輿を持つ神社の内で、一の宮が鳳、二・三の宮が擬宝珠と使い分けていることが多いようです。神社神輿が並んだ時に比べて見て下さい。

駒札(こまふだ) 鳳の足元正面に将棋の駒形をした札を駒札と云います。駒札には神輿を所有する町名・同好会・睦会などの名称が書かれています。また連合渡御での宮入を行う場合は宮入順の番号を書き入れます。この場合縁起をかついで4、9(死、苦)に絡む番号を欠番する事があります。

神輿設計図 神輿の各部名称、神輿の断面図、神輿の平面図


○○町会の○○です。本日アクセスしてくださった方のご多幸をお祈りし、一本締めさせていただきます。では、お手頭を拝借いたします。
           ヨォ〜

まだまだ情報を増やしていく予定です。
皆さんもご意見、情報など何でもお寄せください。宜しくお願いします。
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