ジャンの部屋
出会い
ジャンと出会ったのは2003/01/11、昼過ぎの事でした。

(当時、事務所として、妻の実家の離れを借りていた)昼食をとった後、庭で、ゴル(妻の実家の犬、当時生後2ヶ月半)の散歩をしていると、いつもは見かけない小さな陰が見えたので、行ってみると、そこにはものすごく痩せこけた猫がうずくまっていた。まるで、骨の標本を見ているかのようで、猫に似た動物としか思えなかった。

犬が近寄って吠えても、動く力も無く、ただジーッとしているだけ。もう何週間も食事にありつけて無いのであろう。

元来猫好きの私は、散歩を早々に引き上げ(ごめんゴル)、「そこに居てくれ。」と願いつつ、子犬用の粉ミルクをお湯で溶き、彼の所に持っていった。
彼は時間をかけながらも、ペロペロと舐め始め、「まだ、ミルクを飲む力が残っていたんだ。」と、ホッとしている間に、全部飲みきった。

「よし、次はご飯だ。」と思い、ドッグフードの試供品の中から、一番小粒な物を選んで持っていったが、匂いを嗅ぐが食べない。近くにあるコンビニでカルカンの柔らかいのを買ってくると、今度は、ゆっくりゆっくりと食べ始めた。

食べ終わると、今度は、私の後をずーーーっとついて来るが、触れると壊れてしまいそうで、なでる事もできなかった。大の猫好きの妻も外出中で、結局、何時間も彼の横に座っていることしかできなかった。

「元気になってね。ねこちゃん」そう願いつつその夜は、帰路についた。

名前の由来
翌朝、「あの子どうしたかな?。ちゃんと家にかえれたカナ?」などと考えながら、事務所に向かった。

到着し、車から降りると、庭の奥の方から、シッポをピンとたてた彼が、トコトコとやってきた。一夜にして、この回復力。驚いた。”生きよう”という彼の意思の強さ。気迫さえ感じた。
昨日、多めに購入しておいたご飯を、彼は、必死に食べた。
毎日、毎日、彼は必死に食べ続けた。

出勤した私めがけて走ってくるスピードも、トコトコからタッタッタに、そしてダダダダダダーに。

2週間もたった頃には、「ガリガリの猫によく似た動物」から、「細い猫」まで回復していた。

この日はじめて彼をだっこした。そのあまりにもの軽さに、涙が出そうになった。それと同時になかなかのハンサム君であった事にも気づいた。

ある日、妻(チエといいます)と、ゴル(妻の実家の犬)が遊んでいて、あまりにもやかましかったので、注意を促そうと思い、「ゴル」「チエ」と、叫んだ時。ん?ゴル、チエ?ゴルチエ?ジャンポール ゴルチエ。

そうだ。あの子にまだ名前をつけてない。ジャンポールにしよう。と、勝手に妻ともりあがり、彼の名前が『ジャン』に決定しました。

我が家の一員に
ジャンは、出会った頃、庭の片隅の、枯れ葉の吹きだまりを寝床にしていた。暖冬とはいえ、1月の事。2重の段ボールと、雨風よけのビニールシート、中に、ボロのセーターという、非常に簡素なハウスを私の事務所の玄関横に設置すると、すぐに、僕のおうち、と理解したようで、その後は、そこで寝起きしてた。

2月上旬のある日,何枚重ね着しても、この日は非常に寒かった。
私は決心して、その夜、ジャンを我が家に連れて帰った。この日からジャンは「我が家の一員」になりました。

家に入ったジャンは、多少とまどっていたが、1時間もすると、探検をはじめ、探検が終わると、私の膝の上にのって来て、ゴロゴロいいだした。可愛すぎ!

起きている時は、私の膝の上。しかし、寝る時は妻のベッド。何故?

仕事が忙しく、帰りが夜中の2時になろうが、3時になろうが、必ず、2階からトントントンという音とともに、出迎えてくれます。もうメロメロです。

変わったライフスタイル
その後、ジャンはすくすくと成長し、体も大きくなりました。
暇があれば、網戸越しに外をながめています。外が恋しいのかと思い、昼間は、実家の庭に連れて行く事にしました。

私と一緒に出勤して、ジャンは、庭のパトロール、トカゲ取り、バッタ取りと大忙しです。帰りは妻と一緒に帰って、私の帰宅を待っていてくれます。

テリトリーと、寝場所が別々の、ちょっと変わった生活がはじまりました。

そんな生活に慣れたジャンは、早く外に行きたいので、朝は、自分でケージの中に入って待っているし。帰りは、『ジャン』と、大声で呼べば、どこからともなく戻ってくる習慣がつきました。そして車が大好きな、ネコになりました。

ゴルとも仲良しで、よく並んで日向ボッコをしていました。

私事ですが
ジャンと出会う1年少し前、2002年の12月に、妻の母が他界しました。
最愛の人を失った妻、義父。そして、とても尊敬もしていたし、大好きだった私。
3人の心にぽっかりと開いてしまった大きすぎる穴。悲しみ、寂しさ。

二度と埋まる事のないその大きな穴を、少しずつ、少しずつ、小さくしていってくれたのが、ジャンの存在でした。

妻と2人でもジャンの話。3人そろってもジャンの話。気付いてみればジャンが私たちの暮らしの中心になっていました。

大人になったジャン
そのうち、朝夕の見回り。テリトリーの死守が、ジャンの最優先項目になりました。毎日のように、どこかで戦って帰ってきました。
この頃から、実家に泊まる頻度が増え、家へ連れて帰るのは週末くらい。

一度、偶然ジャンが戦っている所に遭遇しました。この頃ジャンは、細身ながらも5.5キロある程立派に成長していましたが、自分より、2まわりは大きい猫と戦っていました。ハラハラ、ドキドキ見守っていましたが、勝敗は、意外とあっけなくついて、この勝負でゲットしたのが、彼女のミケさんです。

別れ
2004年2月3日。急ぎの仕事で,午前2時過ぎまで事務所にいました。
(はなれは既に取り壊され、隣に建ったマンションの一室を事務所として借りていた)集中力がきれたので、今日はもうやめようと、事務所のドアを開けると、私が出てくるのを待っていたのか、ジャンがちょこんと座っていました。(何時から待っていたのだろうか?)

私の顔をみるなり、ニャーニャーニャーニャーと話しかけてきます。「そうか、そうか。お腹すいたね。ご飯食べようね」と、実家へまわり、勝手口から入り、大好物のシーバの缶詰をあげたが、いっこうに食べる気配もなく、ニャーニャーニャーニャーと何か訴えている様子。
「今日は疲れちゃったから、また明日ね。おやすみ、ジャン」これが、ジャンとの最後の会話でした。

3日の昼飯時。「あれ?ジャンは?」と妻に聞くと、「急いでお昼食べて、出て行っちゃった。でも、ニャーニャーニャーニャーと一生懸命話してたみたい」と妻。妻がジャンを見たのもこの時が最後。

私たちは思います。ジャンは、私たちに元気をくれにやって来たんだと。
ジャンのメッセージは「君たちはもう大丈夫!。僕、次の所にいかなきゃ。」

『ジャン。ありがとう。
 でもね、ここは、ジャンの家だから、いつでも帰ってきてね。』