ウランの部屋
出会いと名前
ウランとジャニは、ある日ミケさんが連れてきました。

全体としてはブチでキジ、白い顔で、耳が黒く、すぐに”鉄腕アトム”を連想しました。出会った頃の彼は、顔も小さく、首もすごく細かったので,勝手に女の子と決め込んで、アトムの妹の”ウラン”から名前をとりました。
ビクビクして、私達の方をチラッ、チラッと警戒しながら、恐る恐るカリカリを食べる姿が印象的でした。

1週間位は、ミケさんが一緒に連れてきましたが、寡黙のミケさんがニャーと、こちらを向いて鳴いた翌日からは、ウランとジャニの2匹で来るようになりました。
きっとミケさんは、「後は、頼んだわよ。」と、言っていたのでしょう。

この頃、近寄れる限界は、半径10メートル位でした。

パーソナルキャット
雨の日も風の日も、毎日一回、必ずやってきました。
時間をかけて、徐々に近寄れる限界が9メートル、8メートル、、、1メートルになるまで、数ヶ月を要しました。この頃から、朝、夕の毎日2回遊びに来るようになり,目つきもすごく穏やかになりました。

半年程経った頃でしょうか、ついにウランがスリスリしてきて、パタンと横になり、お腹を見せて、ゴロゴロいいだしました。やっと心を開いてくれました。

世の中には、パーソナルキャット(1人の人間だけに、なつく猫)と呼ばれる猫がいるそうで、ウランがまさにこのケースでした。

”ウランが私を選んでくれた”と思うと、嬉しさも、可愛さもひとしおです。

この頃から,朝,昼、晩と3食たべにくるようになり、雨の強い日は、温水器の上に泊まっていくようになりました。

ウラン父になる
2004年5月18日。家の裏のガラクタ置き場に、チビを連れたジャニが引っ越してきました。

後からやってきたウランは、チョロチョロと動き、じゃれついてくるチビ達に大変戸惑っていましたが、日が経つにつれ、状況が把握できたのか、父としての自覚がでてきたのか、徐々に面倒をみるようになりました。

ご近所の○山さんの奥様(ご夫婦そろっての猫好き。モモちゃんのお母さん)にも、「なんて律儀なお父さん!」と、お褒めの言葉をいただきました。

朝晩の、寝ずの見張りも立派にこなしていました。
昼寝は、ずいぶんしてましたが。。。

数ヶ月後の7月中旬、ある事がきっかけで、チビ達は完全室内飼いに、ウランとジャニは出入り自由の外猫になりました。

出入り自由のウランですが、やはり外の方が居心地が良い様で,たまに中に入って来ても、2.3分なでていると、満足して、出て行ってしまいます。
昔通り、ウランとは、外で,遊んでいる時間のほうがずっと長いです。

ウラン 家ネコになる
なわばり争いで、毎日のように傷のたえないウランでしたが、8月上旬のある日、左前足に怪我をして、引きずるようにやって来ました。外見ではちょっと深そうな傷に見えるだけでしたが、元気も無く、なによりも普段、大食漢のウランが、全くご飯に手を付けない。暫く様子を視ていましたが、やはりおかしい。

暴れるウランを、妻と2人で、なんとか猫袋に押し込み、病院に連れていきました。
結局、7日間の入院となりました。先生によると、内部がかなり化膿していて、もう少し遅かったら、切断しかなかった。ということでした。

得に猫の場合、食欲が健康のバロメーターだと、再確認しました。

ウランは、外の自由と、生きてゆく術を知っているので、妻と相談して、怪我が完治したら、ウランの好きにしてもらおう。抗生物質が、7日間分処方されていたため、あと7日だけ家の中で辛抱してもらう事に決めました。

案の定、ウランは閉じ込められたストレスからか、3日3晩鳴き通しでした。
しかし、4日目になると、昨日までとうってかわり、ケロッとして、スリスリして、ゴロゴロと喉を鳴らしています。あきらめがついたのか、順応したのかわかりませんが、全く外に出たがらくなりました。

以前、本か、ネットか、何かで読んだ、「ノラ猫も、3日で家に慣れる」という行は事実でした。

こうしてウランも家ネコの仲間入りをしました。

今日も、元気に子供達と走り回っていますヨ。