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しまだ大井川マラソン完走
しまだ大井川マラソン:平成23年





 勇太(後継者)が平成20年2月に開催された「JA青年の主張・静岡県大会」で、発表した原稿です。



  『心のキャッチボール』

                       JAハイナン青年部:戸塚 勇太

 平成7年、私が小学6年の夏、ここは御殿場市営グラウンド、静岡県スポーツ少年団・ソフトボール県大会決勝戦。
 私達のチームが3−2でリードして迎えた最終回裏、2アウト満塁、次のバッターを抑えれば私達の優勝、逆に一打出れば逆転サヨナラ負けの場面です。
 その時私は、ワクワクしながらピッチャープレートを踏みしめていました。


 あの頃の私は、ソフトボールが楽しくてたまりませんでした。いくら練習しても辛くて嫌になる事はなく、もっと強くなりたいと言う一心で練習に励み、練習のない日は、家の庭で父を相手に日が暮れるまでキャッチボールをしていたものです。



 私は現在24歳で、4年前に就農しました。
 我が家は自園自製でお茶を作っている、専業農家です。
 私が高校生の頃、父があまりにも楽しそうにお茶の話をするので、その頃から「お茶ってそんなに面白いのかな?」と思い始め、いつの間にか家を継ぐ決心をしていました。


 高校卒業後、私は「茶業研究所」で、研修生として2年間お茶の勉強をしました。
 その研修期間中、父に「資格を一つ取ったら1万円やる。」と言われ、毒物劇物取扱者・手揉み技術教師補など6つの資格を取りました。
 中でも「日本茶インストラクター」は6万円もする教材を親に買っては貰ったものの、今までに聞いたこともない専門用語がたくさん出て来るので、私はなかなか本気で勉強する気になれませんでした。
 そんな私を見ていた父は、突然「日本茶インストラクターだけは合格したら○○万円。」と言い出し、それに乗せられた私は猛勉強を始め、何とかその資格も取ることができました。


 また、研究所でのお茶の手揉みや機械揉み実習を通して、私はお茶を製造することの楽しさを覚えました。
 「お茶ってこんなに面白いのか。」と思う程で、あの頃の私はやる気に満ち溢れていました。



 それが就農すると、自分の考えていた仕事と、実際の現場での仕事とのギャップが大きく、何をして良いのか全く解らず、やり甲斐を見いだすことが出来ませんでした。
 畑仕事は、父に言われた事をやるだけ、私が楽しみにしていたお茶の製造でさえ、ただ父の言う通りにやらされるだけでした。


 そんな事から私のお茶に対する意欲は次第に低下して行き、「何で俺はこんな事しているんだろう?」と仕事が嫌になるまでに、そう長くはかかりませんでした。
 毎日ふてくされて仕事をしている私を父が見かねて、「おまえもう帰れ!!」と怒鳴られることもありました。

 次第に私は、自分の生きている意味さえ解らなくなり、現実から逃げるようにして、仕事が終われば、毎日遊びに行くようになっていました。
 そんなことをしているうちに、父から貰った○○万円など、すぐに無くなってしまいました。

 「ああ、俺ってダメだなあ」なんて思いながら毎日をなんとなく過ごしている中、転機は突然やって来たのです。



 我が家では生産したお茶の一部を直販しています。
 そこで、新しいお客さんを掴むため年数回、消費地で開催されるイベントへ出展するのですが、そこへ私が初めて両親に付いて行った時のことです。


 私が試飲のお茶を出して、接客していると、帰り際に「お兄ちゃん頑張ってね!」と声をかけてくれた1人のおばさんがいました。
 すると私は、嬉しくて自然と笑みがこぼれてしまいました。
 他にも「このお茶美味しいね」と声をかけてくれたり、質問をしてくれるお客さんがたくさんいました。
 その時私は、お客さんと触れ合う事の楽しさを実感し、お客さんの期待に応えたい、信頼された上で自分の作ったお茶を買って貰いたいと思う様になりました。
 そのためには自分自身が自覚を持たなければと強く感じ、その後は少しずつ農作業にも身が入るようになって行きました。

 また、もともとお茶の製造が好きな私は、経験を重ねる事でお茶の製造技術も向上し、今では父から茶工場を1人で任されるまでになりました。



 そして、お客さんと触れ合うことの楽しさを覚えた私は、もっと多くの方と話して、私達がどんな思いでお茶を作っているのか分かってもらいたいと思う様になりました。
 そこで、「日本茶インストラクター」の資格を生かし、イベント出展した時、お客さん数名ずつを相手に、「お茶の淹れ方教室」を開きました。
 すると、受講したお客さんが、お茶についての疑問を私に投げかけてくれるので、多くの会話を持つことができます。
 さらに、単なる販売の為のイベント出展では、お客さんに私達の考えをなかなか聞いてはもらえませんが、「お茶の淹れ方教室」だと、自分の考えを自然に伝えることができます。


 イベント以外でも、市役所や老人ホームの職員、青年部員、小学生を対象に、「お茶の淹れ方教室」の講師を務めさせてもらいました。
 私は、人前で話すのが得意ではありませんが、思い切ってやってみればとても良い経験となります。
 「日本茶インストラクター」の資格を取った二十歳の時の私は、この資格の持つ意味を全くわかっていませんでしたが、今になってようやく解る様になりました。

 また、私達家族は、イベント出展する度に、お客さんは何を生産者に期待しているのか、どうしたら私達の考えを伝えられるのかを考え、その準備をしてから出かけます。
 しかし、多くの方に伝えようと思っても、うまく伝えられないのが現実です。



 そこで、最近ではお客さんに農業について考えてもらうためのアンケートを実施しています。
 アンケートと言っても○×形式の簡単なものではなく、全て文章で記入してもらう、とても手間のかかるアンケートです。
 このアンケートは両親と私の3人で、何回も試行錯誤を重ね、やっとのおもいで作り上げたものです。
 回答者には「お茶のサンプル」をプレゼントするだけですが、中には30分位かけて、回答欄いっぱいに書いてくれる方など、真剣に回答してくれる方が本当にたくさんいて、そんなお客さんの姿を見ていると私達はとても感激します。
 昨年の秋には2回のイベントで、合計で219人の方が回答してくれました。そして、「我が家のお茶を購入してみたい方は住所を記入して下さい。」と言う設問に対して、住所を記入してくれた方が47人もいました。



 この様に、私達がお客さんに自分たちの気持ちを真剣に投げかければ、私達の作った農産物に興味を持ったお客さんはそれを受け止め、さらに投げ返してくれる事に私は気付きました。
 ただ物を売る、物を買うと言う、単なる「売り手」と「買い手」の関係ではなく、お客さんは生産者に様々な期待をし、生産者はお客さんの期待にできる限り答える。そこで芽生える信頼関係、それこそが農業をする上で今一番大切にするべき事だと私は思います。



 私がイベントで初めて「お茶の淹れ方教室」をやった時のお客さんからこんな年賀状をいただきました。
「いつもホッと温まるお便りをありがとうございます。勇太君も頑張っていますね。習ったことを思い出し、お茶を淹れています。」
 この方の様に、私は一人一人のお客さんとの心の繋がりを大切にしていきたいと思います。 



 そして、私が小学生の時に、日々の練習と、日が暮れるまでやった父とのキャッチボールで掴み取ったソフトボール県大会優勝という大きな喜びの様に、これからはお客さんとの心のキャッチボールを大切にして、大きな喜びを感じる事の出来る農業を実践するのが私の夢です。



皆さん、ありがとうございました。




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