ヒューズが中央へ戻った3日後。
目撃してしまったヒューズとロイのキスシーンと、 そして何よりも、ロイからのキスがハボックを悩ませ続けていた。

あれはロイとの初キスだった。

今日も東方司令部ではいつも通りの業務が滞りなく行われている。
途中サボったり、ホークアイに小言を受けながら、 ロイは、勤務を着実にこなし、部下達にてきぱきと命令を下していた。
全く日常の光景だ。 当然ハボックに対する態度も、いつもと変わらず、あれは全て夢だったんじゃないか、 とさえ思えてくる。

(こっちは少しの素振りにも気になってるっていうのに)

自分と話す所作や、書類を渡す動きを目で追う度に、肩透かしを食らった気分になる。
あれはロイの気まぐれだったのだろうか。
多分その線が濃厚なんだろう。だから、いつもと何も変わらないのだ。
だが、以前も今も一貫していて、何の変化もないロイとは対照的に、ハボックの中は今までとは全く異なる 気持ちになっていた。

いつかロイと深い付き合いになれたらいい。
嫉妬心と相手に焦がれる思いは人並み以上にあったが、現実的にロイと付き合うことを考えると、 淡い夢に浸るようなもので、到底叶わないことのようにハボックには思えたのだ。
上官と部下。男同士。難問を全て乗り越えたとしても、ヒューズというロイの心の奥深くに入り込んでいる 存在がいる。
今までの恋の中で一番の高望みで、特別に人目を引くような魅力がとてもあるとは 思わない自分にそんな幸運が巡ってくるなんて思えなかった。

あのキスは、ロイの気まぐれにせよ、抑制を解除した大きなきっかけだった。
あれっきりで終わらせたくない。
そう思う気持ちは膨張して留まることを知らない。 あの一瞬によって、淡い夢は叶うかもしれない希望へと変化し、 僅かな期待で胸を膨らませるようになった。
だからこそ、現状は生殺しで、あのキスは何だったのか、はっきりさせないことには どうしようもない状況に陥っていた。

視線でロイを追うのは、もう習慣になっていたが、 その視線に含まれる意味は、もうただの憧れや、届かない物に対する切望ではなく、困惑と期待だ。
自分に向けられる、ロイの一挙一動に必死に意味を見出そうとする。







「少尉、お前ロイのこと好きだろう?」

ロイに急な仕事が入り、ヒューズの相手ができない間の時間。
ハボックは廊下の片隅にある椅子に座り、煙草を吸って小休止していた。
小一時間前の出来事が脳裏から離れず、仕事に集中できない。朝も、ヒューズが来ることで やきもきしていて集中力散漫だった。午後は約1時間前の出来事で気が散って仕方が無い。 今日一日の自分の行動を振り返り、少しでも頭を冷やそうとしていたところだった。
ヒューズはハボックの姿を見ると、真っ直ぐ向って来て、ハボックの隣に腰を降ろした。 そして、そのような一言がハボックに向けられたのだ。

ハボックとしては複雑な心境だった。
当然、ロイのことは好きだ。 そして、先ほどの一連の行為からヒューズもロイもそれに気付いている。 それを今更、自分に確認してどうするというのだろうか。 それに、恋敵であるヒューズに何故敢えて宣言しなくてはいけないのか。
飄々としたヒューズの表情からは何も読み取ることができない。
この沈黙がヒューズの質問に肯定だと示していることくらい分かるが、ハボックは口を閉ざした ままだった。

「まあ照れんなって。見てれば分かるし。」

力加減をしているのだろうか。 軽くスキンシップというには、少し痛いくらいの力で、ハボックは背中を叩かれた。

「だって、お前、オレがこっちに来る度に苦虫潰したような顔してるだろ? 始めはそんなんじゃなかったのにな。」

つまり、言わなくても筒抜けだと言いたいらしい。
だったら敢えて聞くな、とハボックは心で毒づいた。

「横恋慕で悪かったですね」
「悪いと思ってないだろ、お前さん」
「あれはわざとやりましたね」
「ああ。」
「あれでオレが引くと思ったんすか?」
「さあな。引くヤツは引く。引かないヤツは引かないさ。」
「オレは引くつもりはないですから」

あれしきのことと評するには、多大なショックを受けたが、それでも引くつもりはない。 簡単に引くくらいだったら、性的にノーマルな自分が、始めから同性を好きになっていない。
それに――。
あのキスでもう引くに引けなくなってしまったのだ。

「お前さん、本気なのか?」
「そうじゃなかったら男なんか好きになりませんよ」

ヒューズは席を立ちあがり、ハボックを見下ろす形となった。 窓から差し込む夕陽が逆光となり、ヒューズの顔に影を差す。

「ロイが決めることだから、オレが口を挟むことじゃないさ。」
「中佐こそ、それ本気で言ってるんですか?」
「本気だとも」

どういうつもりなのか、さっぱり分からない。
ヒューズがあっさりロイから身を引いたわけでも、引くつもりでもなさそうだ。
それにしては、付き合っているなら、それなりに沸くであろう独占欲も感じ取れない。
今のヒューズの言葉の真意は何なのかハボックは全く掴めなかった。

「・・・どういうつもりなんすか」
「どういうつもりも何もないさ」

ヒューズの表情からも何を考えているのか全く読めない。
これはヒューズの余裕の表れなのだろうか。
ハボックは急に苛立たしくなった。
わざわざ自分にロイへの気持ちを確認してきて、このヒューズの態度は何だ。
ロイのことを愛しているなら、何でそんな言葉が出てくるのか。 本当にロイのことを愛しているのか。
考えなくても答えは分かっているが、苛立ち任せにヒューズにぶつけることにした。

「中佐は本当に大佐のことを・・・」
「少尉、その先は言わなくていいぞ。そんな質問は愚問だ。答える価値も無ければ、聞く価値もない」

最後まで言わせてもらえず、ハボックは口をつぐんだ。

「言わなきゃ分からないことじゃないだろう?」

その通りだ。 2人の結びつき、信頼関係は、言葉に表す必要などない。

(だったら、何でそんなこと言うんだよ)

ヒューズの考えていることは相変わらず分からないが、 自分から2人の絆の深さについて尋ねてしまったことに墓穴を掘った気がする。 ハボックは舌打ちしたい気分だった。

「お前のご主人様は手強いぞ」
「言われなくたって知ってますよ」
「いい心構えだ」

そろそろロイが戻ってくる頃だ、と言ってヒューズは去って行った。 ハボックはその背中が見えなくなるまで、追った。




あの時のヒューズとの会話を思い出す。

あの会話は自分の一方的宣戦布告であって、ヒューズはそれをただ確認しに来ただけだった。
触れた唇に指を軽く乗せてみる。
乾燥して、少しひび割れガサガサしたこの唇にロイの唇が重なった。 触れるだけの軽いキスで、味わうなんて程遠いモノだったが。
まさかこんな日が来るとは想像もしていなかった。
だが、自分とは対照的に此方がいくら熱の篭った視線を向けても、ロイは何の反応も示さない。

(それだったら、こっちから聞くまでだ)

ハボックは意思を固めると、ロイがさぼり出す時間を計算する。
さぼって昼寝をしている所を捕まえて、その時に聞こう。
机の上に重ねられる書類を処理しながら、その刻が来るのを待つこと1時間。

今は何よりも、ロイの気持ちが知りたかった。

(up.04.12.13)

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