(誰が誰のモノになる?)

ロイは動きを止め、ハボックの顔をまじまじと見つめる。
自分が?ハボックのモノに?
そんなことはありえない。
ハボックと自分。
男で年下。階級は自分より下。当然、給料だって自分より下。 顔立ちは悪くはないが自分の方がいい男だと思う。 男としての内面の魅力だって自分より優れているとは思えない。 ハボックが勝っているのは、認めるのは悔しいが体格と身長くらい。
一つ一つ挙げてみて、ロイは憤然として目を細めた。

(こいつは自分を何様だと思っているんだ!?)

ハボックは人として最低の行為を働いておきながら、挙句の果てに、「こうでもしないと自分のモノにならない」とも言った。
人をモノ扱い発言して、思い通りにならなかったら力ずくでどうにかしようなど、傲慢にもほどがある。
いくら必死で謝罪しても、全く説得力が感じられない。 考えれば考えるほど、ハボックの自分勝手な考えに怒りがどんどん増すだけで、 もうこれ以上ハボックの口から何も聞きたくなかった。
一旦は指を止めたが、今度こそ本気で燃やしてやろうと、ロイは目の前の獲物を睨みつけた。

「大佐・・・」

するとハボックはロイと同じ視線の高さに身を屈めた。
髪と同じ金色の眉が寄せられ、その下の青い目は悲しみの色を湛えていて、今にも泣き出しそうだった。

(だから、何故お前がそんな顔をしているんだ!!)

泣きたいのはこっちだというのに。
ロイが顔を強張らせていると、伸ばしていた手に重みがかかった。
ハボックは発火布をはめた手を両手で挟み、そのまま口元へと引き寄せた。
布越しに伝わる体温は昨夜の感じたモノと同じで振り払いかけたが、 壊れ物を扱うかのような仕草は昨夜とは全く違う人間のように感じる。
ロイはスローモーションを見るように己の指先の行く先を眺めた。

「好きです」

小さいがしっかりしたその呟きはハボックの唇に触れる布越しの指先を震わす。

「本当に好きなんです」

切実に愛を訴える姿は傲慢な男だと罵るのを躊躇わせた。

「・・・お前は好きだったら、強姦魔になるのか?」
「大佐だけです、こんなこと」
「私が相手だったら、相手の意志など関係ないのか?」
「こんなにまで、相手を手に入れたいと思ったのは初めてなんです」

思いを込めた青い目にじっと間近で見つめられていると、吸い込まれるような錯覚さえ覚えた。
誰かにこんな真剣な目で見られたのは久しぶりで、ロイは瞬きすら忘れた。 それとも気付かなかっただけで、ハボックはずっとこの眼差しで己を見つめていたのかもしれない。

「中佐からオレに乗り換えません?」
「何でお前なんかに・・・」
「オレだったら絶対浮気しません。ずっと傍にいますし、尽くし続けます。 自分で言うのもなんですが、結構お薦め物件だと思うんですけど」
「・・・その割には、女性によく振られているようだが」
「それは忘れてください。」

自分でも説得力に欠けると思ったのだろう、ハボックは力なく項垂れる。 そして、すぐに気を取り直して顔を勢いよく上げた。
先ほどの切実さだけをひたすら込めていた目と違って、今は決意に溢れている目だ。

「責任をとりますよ。」
「責任だと?」
「はい。オレ、大佐の初めてのオトコですごく嬉しいです」
「そういう意味の責任か。私は女性ではないから、そんな気遣いはいらん」
「オレが取りたいんです。でも、そうですね。大佐が女だったら、絶対子供孕ませてますよ。 そうしたら嫌でもオレのモノになってくれるじゃないっすか」

堂々と力強く爆弾発言をしたハボックから、ロイはギョッとして思いっきり身を引いた。

「孕ませる!?最低な男だ!!お前、いつもそんなこと考えてるのか!?」
「そんな引かないで下さいよー。いつもは考えてないっすけど、でもオレ大佐だったら、 全然困らないし。幸せにする自信ありますんで。あっ!言っておきますけど、 面倒なことは嫌いなんで今までの彼女とは全部避妊してましたよ。そんなへましませんよ」
「そこまで聞いてない・・・というか、お前・・・重い」
「重い?どういう意味っすか?」
「気持ちが重いというんだ。今時そんなもの流行らん。だからお前は女性にすぐ振られるんだ」
「こういうのって流行る流行らないの問題じゃないでしょーが。それに軽いより全然いいじゃないっすか。 真剣ってことなんですから」
「何事もほどほどが一番だ。」
「はー。何か冷めてますね。」
「それと、人をモノ扱いは止めろ。不愉快だ。」
「気を悪くさせてしまってすいません。でも、オレはこれまで付き合ってきた彼女には割りと淡白だったんですよ。 モノって言い方は確かに悪いですけど、好きな相手を独占したいって思うのは悪いことですか?」
「それは・・・」

思い当たる節があるのでロイは閉口してしまう。
昔、ヒューズに対して思ったこと。今はあきらめてしまった過去の思い。
ヒューズが結婚する前に、今のハボックのように素直に口に出していたら、自分達の関係はどう変わっただろうか。
生産性のない仮定など無意味だが、ハボックが間違えた手段を取ろうとも気持ちを真っ直ぐにぶつける姿は、 自分達にはなかったものだと思い至らせ、ロイはほろ苦さを感じた。

「自分でもこんなに独占欲が強いだなんて思ってませんでした。ホント、新たな一面の発見ってヤツですかね」

ハボックはえっへんと胸を張る仕草をした。
そこは威張るところではないと言ってやりたいが、明るく笑う姿にロイはすっかり毒気が抜かれ、喉の奥に引っ込めてしまった。

「もういい・・・」
「大佐に対して、それだけ愛があるんです。そういうことにしてくれません?」

あんな酷いことをしたのに、それなのにただ一途に愛を訴えてくるハボックが、ロイには羨ましくも妬ましくも思えた。
どんなに誰かを愛していても自分には到底真似できない。
ヒューズのことを愛しているが、ロイは素直に「愛している」と伝えたことはなかった。
ハボックは自分にできないことを目の前でやってのけた。 こうして言葉にすることが難しいことをロイは痛いほどよく知っていた。
だからといって、ハボックがした事を許したわけでもなく、またハボックを認めるのも悔しい。 ほだされないぞ、とロイは自分に言い聞かせた。

「・・・私はまだ許してないぞ」
「でも、大佐。オレまだ燃やされてないです。」
「は?」
「だから、嫌われてないって自惚れていいんですよね?」

ハボックは満面の笑みを浮かべた。 目尻に皺が寄り、垂れ目がさらに下がってみえる。 眼前で無邪気に笑っている姿に、ロイは自分一人がこんなに怒っているのが馬鹿らしく思えてきた。

「・・・よくないに決まってるだろ、馬鹿」
「だって、大佐もどこかでオレを受け入れてくれてるのかな〜って思ったんですけど」
「いい加減にしろ!!自惚れるなっ!!お前のまぬけな顔を見たら、その気が失せただけだ!!」

それでも掴まれた手を振り切れず、好きなように握らせたままなのは、否定できない事実で、 ハボックの言うことを肯定しているも同じだった。

「次は絶対に無理にはしませんから安心してください」
「はぁ?次?」
「ええ。だって、セックスはやっぱりお互いの気持ちがないと虚しくなるんで。」

照れながら言っていても可愛気があるどころか、この台詞はロイの一旦は失せた怒りを蘇らせた。

「そんなことを今更言うんだったら、初めからするな!!この馬鹿犬っ!!」

脛を蹴ろうと足を上げるが、腰が痛くて蹴りつけるまでに至らない。
思い通りにいかない身体がもどかしく、もうこれ以上怒る気が失せた。
ハボックの都合の良い解釈を聞いてると、どっと疲れが増した。
身体はだるいし、痛いし、加えて今のやり取りで精神的にも疲れたしの3拍子が揃って、さっさとゆっくり寝たい。

「あれ?どうしたんです?げっそりしてますけど」
「お前がそれを言うのか・・・」

ハボックは背中をわずかに丸め、ロイの顔を覗き込んで心配するが、どうにもロイの気持ちを分かってない。

「ハボック、疲れたから、もうお前はあっちに行け。」
「えーっ!?何寂しいことを言うんですか!こういう時こそ、オレの出番でしょ。 医務室に行きます?オレのせいで身体が辛いんだし、連れて行きますよ!!」
「うるさい!!お前がいるから、余計疲れるんだ!!」
「そんなこと言わないでくださいよー!とにかく辛いんでしょ?医務室で診てもらったら楽になるかもしれないですし」
「お前はどこまで無神経で馬鹿なんだ!何て言って診察してもらう!?痛むところなど診せられるわけないだろうが!!」
「あ、確かに・・・」
「本気で死ね!」

怒りで殴りたくても、動くと身体が辛いので止めるが我慢できないので、 ロイは罵詈雑言をこれでもかというくらいにハボックへと投げつける。
相当落ち込むことを言っているのに、ハボックはそれを全部大人しく受け止めて、ロイを抱きかかえてソファーへと移動する。

ハボックの昨晩の行為を許すつもりなどない。
でも、心を誤魔化すことを知らない素直さと不器用さは、自分にはないもので、 体当たりの好意をぶつけられるのは悪い気がしない。
ロイは内心の葛藤をハボックを罵ることで隠そうとした。

(up.06.9.26)

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