ロイ・マスタング大佐のサボり癖は東方司令部の周知の事実の内の1つだ。
今日もロイはいつものサボり癖を発揮し、厳しい副官の目を盗んでは、どこかで昼寝をするために
執務室を抜け出す。
それを探しに行くのは、専らハボックの役目で、考えられうる限りの昼寝場所を
しらみつぶしに回ることになる。
ハボックにとってこの役目は楽しみの内の一つで、本当に困っている時もあるが、ロイを見つける瞬間が好きなので、
いつも率先して自分から見つけに行く。
ロイの寝顔をこっそり見ることもできるし、寝起きの無防備な顔も見れる。
昼寝とはいえ、基地の中にいるわけだから、ロイも完全に油断しきっているわけではない。
ただ、ハボックが探しに来ることに慣れたロイは、割と無防備な顔を見せてくれているんじゃないか、
とハボックは密かに思っている。ただの希望的観測かもしれないが、それでもそう思うと、
幸せに浸れるのだからどうしようもない。
見知った気配がして、ロイはゆっくりと目を開けた。
どうせハボックだろうと思っているので、慌てて起きる事はしない。
ハボックは自分に甘ことをロイは分かっている。
だから、ホークアイに昼寝が見つかった時のように、取り繕う必要などない。
案の定、目を開けるとハボックが覗き込んでいて、その青い目と目が合った。
「大佐、ここにいたんですね。」
「・・・ちっ。見つかったか。」
ハボックは頭にリストしてある昼寝場所の内3箇所目を回ってロイを見つけた。
ロイは熟睡していたようで、まだ寝惚け顔でいる。
瞼が半分下がっていて、童顔がさらに幼く見えた。
これで自分よりも年上だというのだから、ハボックにはとても信じられない。
「あの・・・」
「ん?見逃してくれるのか?」
ロイが惚けて微笑んでみせると、途端ハボックは顔を赤くした。
ロイの笑顔に弱いハボックには、作り笑いといえども、甘えたようなロイの微笑はかなり胸に来るものがある。
いつもなら、それだけで胸をときめかせて、「仕方ないっすねー。少しだけですよ」と大目に見てしまうのだが、
今日はそうはいかない。
ロイに訊かなくてはいけないことがあるのだ。
いつものようにギリギリまでロイの昼寝を許して、さらに自分の聞きたいことまで訊いていたら、
あまりの遅さにホークアイが今度は探しに来るだろう。
別に何が何でも今日というわけではないが、それでもズルズル先延ばしになんて出来ない。
「大佐、今日は駄目ですよ。あのですね、今日は・・・」
「なんだ、お前、私のことが好きじゃないのか?」
「あ・・えっ・・!?」
台詞を中断させたロイの台詞は、流せるものではなく、ハボックを動揺させた。
ロイは落ちかけた瞼のままで、クスッと笑っている。
不意打ちに心臓が大きく鳴る。
(今、何て言ったんだこの人は!?)
ハボックは決心を固めて、胸にしまっていた気持ちを、ロイはあっさりと言ってのけた。
思いもがけぬ展開にハボックは次の台詞が出てこなかった。
「私のことが好きだったら、少しの昼寝くらい大目にみろ。」
再びかけられた言葉は、またハボックを混乱させる。
だがそうこうしている内に、気付いたらロイは横になり目を閉じて完全に寝る体勢に入っていた。
「ちょ、ちょっと!何また寝てるんすか!!」
「堪らなく眠いんだ。あと30分眠らせろ」
「オレが探してる間に、もう十分寝たでしょうが!起きて下さいよー!」
「うるさいぞお前。中尉に見つかるだろうが」
唇に触れる何かは記憶に新しいもので。
それが何かにすぐ気付くと、ハボッはただ硬直するばかりだった。
「これで少し大人しくしていろ、少尉」
艶然と微笑む大佐を間近に見て、顔が紅く染まっていくのが分かる。
黙ってコクコクと頷き、ロイの言う通り静かに寝ている隣で待機していたが、
それも束の間で、「待てよ」と自問する。
何が目的だったか。
そうだ、ロイに気持ちを聞きに来たんだ。
「ちょっと!!大佐!大佐!起きてくださいよー」
「うるさい。あれじゃ満足できんのか?」
「満足というか、幸せです。・・・って違います!!」
「違うのか?」
「いや、幸せなんですが・・・えーと、それは一先ず置いておいてですね・・・っと、
大佐はどういうつもりなんですか!?」
「どうって?」
「説明させないでくださいよ。」
「言わなきゃ分からんだろうが」
「だー!う〜・・・あのですねー、大佐はどういうつもりで今も・・・その・・・
この前もオレにキスをしたんですか・・・?」
こんなはずじゃなかったのに。
思い描いていたシナリオから、見事なまでに逸れた展開に、出直そうかと一瞬考えたが、
それでも、知りたくて恐る恐る伺ってみると、
「お前が嬉しがるだろうと思ってだ」
「・・・それだけですか?」
「ああ。それだけだ」
返ってきて答えに、ガクッと力なく項垂れた。
「もっとこう他にないんすか?胸にこみ上げる熱い何かとか」
「ナニ?」
「何で下ネタになるんすか!!『何か』です!!『何か』!!」
何ともいえない虚しい気持ちにハボックは襲われた。
何が悲しくて、こんな情緒の欠片もないような会話をしなくてはならないんだ。
どうとでもなれ、とやけっぱちにさえもなってくる。
そんな虚しさいっぱいのハボックを見るロイはどんどん眠気が後退したようで、
ハボックをおもしろそうに見ていた。
「ふーん。結構乙女なんだな、お前」
「乙女・・・っすか?」
「少尉は可愛いな」
「からかわないでくださいよ」
子供扱いする態度に悔しくなり、つい語気を強めてしまう。
「単純な感想だよ。褒めてるんだ。喜べ」
「オレから見たら、大佐の方が可愛いですよ。童顔ですしね」
からかわれた仕返しに、ハボックは本心であると共に、ロイの気にしていることで言い返す。
ハボックから見たら、惚れた欲目もあるだろうが、ロイは29歳男のくせに可愛い要素がふんだんに盛り込まれている。
この際だからと本人を目の前にして言えば、言われた当の本人はおもしろくなさそうにムッとした。
(だからそういうとこも可愛いのにな。)
これは心に閉まっておいた。
「童顔って言うな。男に可愛いなど言われても嬉しくないぞ」
「あんた、さっき自分で言ったことと矛盾してません?それに女性から言われるなら
いいんすか?」
「分かってないな、少尉。女性の「可愛い」は褒め言葉だ。
可愛いと言われない男は女性からしたら魅力がないぞ」
「はぁ」
「まだ分からないようだな。だからお前はモテないんだ」
「って、話がずれてますよ!!今はモテる、モテないなんて話じゃなくて、
オレは大佐が好きなんです」
「知ってる」
「だから、オレは大佐とのキスについてすごく気になってて・・・」
「だから、お前が喜ぶと思ってしたと言っている」
微妙に噛み合ってない気がする。
言葉の上ではかみ合っているのかもしれないが、意思の上で噛み合っていない。
どうしたら伝わるんだ、これは。
ハボックはもどかしい思いにかられ、頭を乱暴にかき混ぜた。
(こうなったら・・・)
抱きしめて、キスをしたい。
言葉で伝えることができないのだったら、行動で示そう。
真っ直ぐロイを見て活を入れると、半分身体を起こしたままの姿勢のロイを抱き締めた。
驚いたのか身じろぎをするものの逃げる素振りは見せない。
その様子にハボックは安心して、肩に寄せたロイの顔を少し身体から離し、間近でお互いに見詰め合う形となる。
「キスしていいですか?」
「駄目だ」
出来る限りの真剣味を乗せたハボックの問いかけに対するロイの返答は素っ気無かった。
ロイからキスしてくれたと思えば、話をはぐらかし、子ども扱いをされ、挙句の果てには此方からのキスを
あっさり却下する始末だ。
ロイは自分の気持ちを分かっていて弄んでいるのだろうか、とさえ思えてくる。
それでも、どうしてもそのまま去ることはできないので、気が挫けそうになるのをハボックはぐっとこらえた。
「う・・さっき大佐からしてくれたじゃないっすか」
「おあずけを覚えさせようと思ってな」
「いや・・・もう犬扱いはいいですって。今は止めましょうよ、それは」
こんな時も犬扱いされているのか。
もしかしたら今の行動も全部犬がご主人様と遊んでいる図だとロイは勝手に思っているのかもしれない。
ハボックは別に犬でも何でも構わないのだ。
自分はロイに忠誠を誓っているし、どこまでも付いて行く自信がある。いわば、ロイの犬だ。
だが、今は少しばかり人間に昇格したいと、ロイに犬扱いされて以降、初めて思った。
「楽しいじゃないか」
「大佐はね。オレはちっともおもしろくないっす」
「む。そうか?」
拗ねた様子を見せるハボックに、考えるような仕草を見せ、ロイはハボックに手を伸ばした。
「た、大佐?」
「キスをするんじゃなかったのか?」
ロイの両腕がハボックの首に回される。
またどういうつもりなのだろう。
ロイの思惑がよく分からないが、それでも折角のお許しを頂けたのだから、
これでしないのは後々後悔することになるのは間違いない。
本当に訊きたいロイの真意には、それこそ『おあずけ』を食らった気分だが、
ロイと堂々とキスができる今は、それに没頭したいと思う。
ハボックは、軽く目を閉じて、愛する人の唇に自分のを重ねた。
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