「本当、大佐って女性には優しいっすよね」
見回りの最中、ロイは道行く女性から声をかけられ、紳士に返事を返していくその姿は
噂に違わぬロイ・マスタングそのものだった。
そのロイの斜め後ろを付いて歩くハボックは男としての感嘆でもって、女性専用の笑顔を
振りまくロイを傍観していた。
自分には到底できない芸当だと思う。
「当たり前だ。野郎に優しくしてどうする」
「野郎・・・」
何故かふんぞり返っているロイにハボックは返す言葉が見つからない。
「部下にくらいは少し優しくしてもいいんじゃないんすか?」
「ん?優しくしてほしいのか?」
にやり。
ロイが笑っている。
これは何かを企んでいるときの笑い方であることをハボックは経験上知っていた。
特にここ最近は以前よりからかわれる頻度が増えてる気がする。
何を言われるのだろうか、ハボックは身構える。
「お前は女性の友人は多そうだな」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だよ、少尉」
つまり、ロイはハボックが男として見られていないと言いたいのだろう。
これは男として傷つく一言だ。
「言っときますけどねー大佐、オレだってそれなりにモテルんですよ」
「すぐ振られるけどな」
再びロイが笑う。
優しくない。全く優しくないぞ。
ハボックは少しむっとした。それもこれも一体誰のせいだというのか。
ロイに言い付けられた仕事で忙しく、残業続きでデートをドタキャンすることもしばしば。
デート中の呼び出しも度々あった。挙句の果てには、デート中に出くわしたロイに
デート相手が惚れる始末だ。ロイの部下になって以来、ロイが全く関係していない原因で別れたことなどない。
振られる度にロイを恨んだものだ。
今となっては懐かしい話だが。
「最近はどうなんだ?」
「ご無沙汰ですよ」
ロイへの恋心を自覚して以来、ハボックは彼女を作らなかった。
基本的に根が真面目な方なので、ロイに恋しながらもう一方で女性と付き合うという
真似ができなかった。
ロイが原因で別れた全てにおいて恨みこそすれ、それでもロイのことを嫌いになれなかったのは、
もうその頃からロイに惹かれていたのかもしれないと思ったりもしている。
ロイはそんなハボックの性格を知っている。
ハボックが自分に惚れて以来、恋人の一人も作らなかったことなどお見通しの上で
からかっているから性質が悪い。
「少尉も少し大人の付き合い方を覚えた方がいい。お前のことだ。いつも体当たりなんだろう?」
「・・・余計なお世話っすよ」
「ふん。だから女性にモテんのだ」
「さっきも言いましたが、オレは別にモテないわけじゃないんですよ。そりゃあ大佐には負けますけど」
「当たり前だ。お前ごときに私が負けると思うのか?」
「これって勝ち負けの問題なんですか?」
「人生は勝負の連続だ」
「そんなもっともらしく人生語らんでくださいよ」
「これでもお前よりは少し長く生きているんだぞ。お前よりは人生を語れるさ」
「そうっすよねー。大佐、こう見えても29歳ですもんねー」
「こう見えてもは余計だ。上官に対する態度がなってないぞ、少尉」
「それは失礼致しました、大佐殿」
「私から直々に女性との付き合い方を教えてやろうか」
「・・・別にいいっすよ」
何故好きな相手から、そんな話を聞かされなくてはいけないのだ。
面白くもなんともない。
眉を寄せて、ぶすっつらを浮かべると、クスクス声が聞こえる。
むくれたハボックの様子を見て楽しんでいるのだ。
ハボックは堪らなくむかむかしたものが込み上げてきた。
「遠慮するな、今後の参考になるぞ」
完全に遊ばれている。
自分がロイに惚れているのを重々承知しているのに、この態度は何だ。
(オレをからかってるんのかよ!?)
ロイに自分の気持ちを伝えたあの日。
あれ以降キスはするようになったものの、どうもロイの態度にハボックは
自分はからかわれているんじゃないか?と疑問に思うときがある。
その疑問は日を追うごとにむくむくと膨れ上がり、今ここで爆発しそうだった。
ヒューズとの関係と自分との関係。
それについても一切何も聞いていない。
ヒューズとの関係は以前目撃した通りで、きっと今頃も続いてるんだろう。
だが、今の自分との関係は何と形容していいんだろう。
ロイにとって自分の存在は何なのか。
過去の言動を辿ってみても、軽くあしらわれているように思えてならないのだ。
「オレ、そういうのじゃなくて」
「うん?」
ひょっとして今が言うべき時なんじゃないだろうか。
あやふやになってしまっているこの関係を、もっと具体的なものに象りたかった。
とにかく真剣に好きで、付き合いたいと思っていることをこの場で伝えたい。
ロイは曖昧で、どこまで自分の気持ちを汲んでいるのか分からない。
自分の恋心を知っていても、この通りどこか子供の恋心のように取られているようで、
真剣に受け止めてもらってないんじゃないか、と思う。
自分は遊びじゃないのだ。
「大人の付き合いっていうのじゃなくて、ちゃんとお互いに向き合った関係でありたいんです」
「?」
「分からないんですか?」
ロイは馬鹿にされたと思ったのか、少し怒ったような顔をした。
ロイとてハボックの己への気持ちに気付いているからには、今ハボックが何を言わんとしているのか察することくらいできる。
からかいすぎたか。
ロイは面倒なことになったと思い、胸内で舌打ちをした。
「つまり少尉は私と正式に付き合いたいということか?」
「はい」
「少尉」
一回咳払いをし一呼吸置いてから、ロイは改まってハボックに向く。
「君の気持ちは大変嬉しい。だが、はっきり言っておこう。あきらめろ」
切り替えしは早かった。
呆気にとられたものの、このまま、はいそうですか、とすぐには引き下がれない。
以前だったら、ここであきらめて、夜になったらブレダと飲みながら愚痴を聞いてもらっていた。
今回は相手が相手だけに愚痴をこぼせそうにないが・・・。
それに、まだあきらめられないのだ。
正直なところ、ロイの態度は酷いと思う。
自分がロイのことを好きなのを知っていて(ハボックはあれは確信犯だと見ている)キスはしてくるわ、
あえて問い質してみたら煙に巻かれるわで、こちらの純真な心を見事に掻き乱してくれた。
今度はこの答えだ。
もう少し何かあるだろう。
「だったら、ヒューズ中佐とは大人の付き合いってヤツなんですか?それとも真剣なお付き合いなんですか?」
「お前に答えねばならんのか?」
ロイは戸惑いの色を浮かべていた。
ヒューズとの関係に触れられたことは予想外だったのかもしれない。
大人しくしていた飼い犬に急に牙をむかれたように感じたのだろうか。
しかし、自分との関係を割り切れと至極あっさり言いのけたロイに、あきらめきれないハボックは
これで引き下がりはしなかった。
聞きたいことは聞きたい。
白黒はっきりつけたい性格ではないが、このままにはできなかった。
「No, Sir。答える必要はありませんが・・・。でも、オレは大佐のことが好きです。
ヒューズ中佐と大佐の関係と、オレと大佐の関係は意味が違いますよね?
オレとの関係が大人の関係なら、中佐との関係は何なんですか?
オレにはそれを聞く権利はないんですか?
オレが一方的に大佐のことを好きなだけだから・・・」
「アイツとも大人の関係だよ、ハボック少尉」
「不倫だからですか?」
急にロイの表情が強張った。
直接的な物言いにロイの顔が不愉快故に歪む。
「それは中佐に奥さんと子供がいる事実から言ってるんですか?
それとも、奥さんと子供関係なしに、気持ちの問題として言ってるんですか?」
「お前は私を糾弾したいのか?」
「No, Sir。大佐、オレはそこまで馬鹿じゃないんです。確かに、オレは大佐とキスできて
嬉しかったです。でも、大佐にとってのそのキスとオレにとってのキスの意味は全く違うことくらい
分かってますよ。」
気付かない振りをしていた。
考えると果てしなく落ち込みそうで、傷つきそうだったから。
「オレ、大佐のこと好きです。ヒューズ中佐みたいにはオレなれませんけど、
でもオレは大佐以外見るつもりないですし、大佐だけを大事にします。
だから、オレのことをしっかり見て欲しいんです」
これにはロイも閉口した。
さっきまで寄せられていた眉間も解放されて、今では呆気にとられたような表情をしている。
ここまではっきり言われると思っていなかったのだろう。
「恥ずかしい男だな・・・」
「どうです?オレのことをもう少しよく見てくれません?」
「お試し期間というヤツか?」
「うーん。違いますけど・・・でもそれでオレのことよく見てくれるんだったら、
それでもいいです」
「・・・物好きなヤツ」
「じゃあ、早速今からってことで」
「わっ、馬鹿者!お前は公衆の面前で何をするつもりだ」
「何って、キスを」
「この駄犬!こんな人目のつく場所で如何わしいことをするな!!」
「今なら誰もいませんって」
「それに、まだ私は返事をしてないぞ!!」
「キスしてくれたってことは、オレのことそこまで嫌じゃないってことでしょ?
だったら、いいじゃないですか!!」
「いきなりポジティブになるな、馬鹿者!!」
近付いてくる顔を渾身の力で押し返す軍大佐と、それを上回る力で押す金髪青年将校の力比べは、
結局後者の勝利に終わった。
勢いに負けたかもしれない。
ロイは飼い犬を少し甘く見ていたことに、今更ながら気付いた。
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