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いけないモノを見てしまった。
ハボックは背中に冷や汗が流れるのを感じ、その場で硬直した。
直属の上司であるロイ・マスタング大佐と、直属ではないが階級において上司にあたる
マース・ヒューズ中佐の密会シーンに遭遇してしまったためだ。
まさかいつものように書類にサインをもらおうとしてドアを開けたら、2人がキスして抱き合っている場面に
遭遇するだなんて誰も思いもしないだろう。
当然、ハボックもその内の一人だった。
(ああ、やっぱり。)
頭のどこかで怪しいと疑っていた二人が、やはりそういう関係だったのを知って納得はしている。
納得はしているのだ。ただそれだけだった。
気持ちがついていかないのだ。目の前で行われていた事が現実に起こったことのように思えない。
こういう時になって、ロイに惚れていることを嫌というほどハボックは自覚する。
いつもの何気ない仕草に目を奪われたり、交わす会話の一言に一喜一憂する時の比較にならない。
これはまぎれもない嫉妬だ。
ハボックが入ってきたことに気付くとロイは慌ててヒューズを押しのける。
ヒューズは押しのけられているにも関わらず、涼しい顔でまだロイを抱きしめていた。
ハボックは呆然と立ち尽くしたまま、その光景から目を逸らすことができなかった。
「ヒューズ・・・」
怒り心頭なのか、ロイは眉を寄せてヒューズを睨み付ける。
わざとなのだ。
「まあ、そういうことだから」
ヒューズは軽く手を上げて、「さあ、あっちに行った」というジェスチャーをする。
それがまたハボックの神経を刺激した。
最初は偶然出くわしたと思っていたが、
ハボックに見られることを全て計算しての行為だと、ヒューズの態度から薄々感じ取れた。
おそらくハボックへの牽制なのだろう。
ハボックはそう察すると、尚更頭に血が上り、対抗心が煽られた。
だが、ここで楯突くわけにもいかない。
この場所は大佐であるロイの執務室なのだ。
自分を抑えるために、知らず握っていた右拳に力を入れる。
左手には書類が握られていたが、おそらくこの分では、多少なりの握り締めた皺が出来ているだろう。
「分かりました・・・」
なんとか言葉を吐き出すと、ハボックは踵を返して元来た道を帰ろうとした。
「待て」
そこでハボックを止めたのはロイだった。
「はい?」
「お前、私に何か用事があったのではないのか?」
「あ、いや・・・その別に急ぎではないので・・・」
まともに顔を見られない。
顔を見たら、ヒューズとキスしていたロイの顔を思い出してしまう。
いつもの厳しい顔と違い、キスに浸っている最中の顔はハボックの感情を激しく揺るがした。
そんな表情を浮かべさせた相手が自分ではないと思うと、悔しくて妬ましさにどうしていいか分からなくなる。
ただこの場から早く去りたかった。
そうすれば、この先を見ることはない。それに、少しでも冷静さを取り戻せる。
この場に留まれば、理不尽な怒りでロイを困らせるだけだ。
ハボックはその場を去るべく、ロイの静止を振り切って部屋を後にしようとした。
「行かせてやれよ、ロイ」
「ここは仕事場だ」
「すぐサボるヤツが言う台詞かよ。少尉だって困ってるぞ」
「お前・・・わざとだな」
「ん?何のことだ?」
「し、失礼致します!!」
「あっ!こらっ」
ハボックはその場から逃げ出した。
「うーん、少尉は若いねー」
「お前な〜」
「お前だって嫌じゃないだろ?」
「・・・時と場所をわきまえろ」
「へいへい」
ヒューズはロイの額に音を立てた軽いキスをした。
「ヒューズ・・・私の言った意味が分かってるのか?」
「分かってるとも。今は続きを楽しもうぜ」
「お前、私の話を聞いてなかったのか?」
「聞いてるって」
飛び出したはいいものの、ハボックはやはり気になって、ロイの部屋の扉を閉めると、
扉に背をくっつけて中の様子を伺う。
そうしていると中の会話は筒抜けだった。
ハボックはずるずるとそのまま膝をかかえて座り込む。
膝に肘を乗せて頭を抱え込み、溜息をついた。
思っていたよりショックだった。
こんな盗み聞きをしている自分が嫌になる。
ハボック自身、自分は割とあっさりしている人間だと思っていた。
付き合っていた女性に振られても、その時はそれなりにショック
を受けていたが、すぐ気持ちを切り替えることができたからだ。
浮気された時とて、そこまで執着がなかったのであっさり別れることができた。
そのあっさりな性格はハボックの全ての所作に波及していたようで、別れを作る原因でもあった。
女性と付き合っている時はそれなりに楽しく、幸せを感じる。だが、それにそこまでの執着を感じないので、いつも同じ別れのパターンの繰り返しだった。
決してモテないわけではないから、振られても少し時間が経てば、いい雰囲気になる相手ができた。
しかし、付き合っても、長続きしないで振られるパターンを繰り返していた。
だから、告白してもいない、付き合ってもいない片思い中の相手が
怪しいと疑っていた男とのキスの現場を見ても、ハボックはかなり平静を保っていられると思っていた。
それが、今は・・・。
「まいったな・・・」
「何がまいったんだ?」
「え!た、大佐!?」
「邪魔だ、どけ」
先ほどまでなかった僅かな隙間からロイの顔が見える。
ロイは思いっきりドアを押し開けようとするものの、ハボックの重さになかなか苦戦を強いられていた。
ハボックはまさかロイが部屋から出てくるとは思わなかったので、しばし呆然としていたが、すぐその場から立ち上がる。
「少尉、これは嫌がらせかね?」
「いえ、違います。つい・・・」
「つい?何だ?」
「まだ中にいるのかと思いまして」
「何か言いたそうだな」
「・・・いえ。別に」
「ふん。用件は何だったんだ?」
「中尉から、これを」
ハボックは忙しそうにしていたホークアイの代わりに、ロイに渡すために預かった書類を見せた。
ロイはそれにざっと目を通すと、一気に顔面蒼白になった。
「お前、これは期日が今日までではないか。急ぎのようではないだなんて嘘をつくな!中尉に叱られるのは私なんだぞ!」
「いや、あのその・・・お取り込み中みたいだったんで・・・」
「貴様、嫌味かそれは?」
ロイはじろっとハボックを睨み付けた。
「ロイ〜、早く仕事しないで平気なのか?」
ドアに隙間から、執務室の中にいるヒューズの姿が見える。
当分見たくない姿だと、ハボックは心の底から思った。
(何が、親友だ。)
ハボックは自然とヒューズを見る視線に力を込める。
(奥さんも子供もいるくせに)
ハボックの視線に気付くと、ヒューズは軽く笑みを浮かべた。
ヒューズはハボックの視線を受け止めるだけで、まるで相手にしていないかのようで、尚更それがハボックの神経を逆撫でした。
(こんな関係不毛っすよ、大佐。何で・・・)
聡明なロイが気付いていないわけがない。
ヒューズとの関係がいかに不毛であることに。
ヒューズも同様だ。
それでもこの関係を続けている2人の間の雰囲気は、さすがに誰の入る隙間も見せない強固なもので、それを見せられる
と、いつもハボックは自分の力量不足に悩まされるのだ。
どうしたら、自分を見てくれるのだろう。
どうすれば、ヒューズではなく自分を選んでくれるのだろう。
ハボックは考えた結果、まずは自分に目を向けてくれるよう努力してきたつもりだった。
ヒューズではなく自分を選んでもらうには相当な道のりと時間が必要だと思っていたから。
しかし、目の前に叩き付けられる現実がこの上なくハボックを打ちのめす。
おそらくロイの中で自分はスタートラインにさえ立っていないのだ。
「ハボック、どうした?そんな顔して?」
「うん?腹でも壊したのか?」
強張った顔のままのハボックにロイは気付くと、不思議そうな面持ちでハボックを見た。
ヒューズはハボックの内心を察しているだろうに、完全にとぼけていた。
ヒューズだけではなくロイにも完全に相手にされていないことをハボックは痛感した。
「何でもありません。では後で書類を取りに来ます」
「ハボック少尉」
その場から早く立ち去りたくて、そのまま執務室から離れようとするハボックを止めたのは、またロイだった。
まだ用事があるのか、とハボックは心の内で思う。
いつもなら一緒にいる時間を長くするために、何かと会話を引き伸ばすが、今回ばかりはさっさと会話を
終わらせたかったというのに。
背を向けたロイの方に再び身体を向けると、そこにはロイの顔が間近にあった。
襟を強引に引き寄せられ、何事かと問う前に唇に柔らかい感触と、眼前にロイの閉じられた瞼があった。
数秒の間だったが、ハボックは時が止まったかのように感じられた。
離れていく唇を目で追うと、いつもの距離にロイは立っていた。
「これが欲しかったんだろう?」
不敵な笑みを浮かべて、さらっとそう言い残すと、ロイは執務室に入り扉を閉めた。
内から、ヒューズの声が聞こえる。
今のハボックとロイのキスについてヒューズがロイを責めているようだ。
ハボックへの牽制の意味で、わざと見つかるようにキスを仕掛けたヒューズだったが、ロイがハボックにキスをするとは
思っていなかったようだ。
だが、中から聞こえてくる会話など通り抜けていくだけで、ハボックの耳に入ることはなかった。
「やられた・・・」
ただ呆然とそこに立ち尽くすだけだった。
また、ハボックの耳にロイがヒューズに言った台詞が届くことがなかったのは、ハボックにとって幸いだったかもしれない。
「犬にもたまには餌をやらんとな」
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