このコーナーでは、金澤や加賀能登の歴史・文学者・哲学者・その他
古書にゆかりのスポットやエピソードをご紹介したいと思っています。
青色など下線は、リンクです。どこも楽しいホームページです。
近世史料館特別展のご案内
明治32年の旧藩祖三百年祭を中心に、藩政時代の盆正月や近代の祭に関わる史料を展示紹介します。
展示期間:平成23年10月8日(土)〜11月20日(日)
展示場所:金沢市立玉川図書館近世史料館1階展示室、2階研修室
くわしくはこちらのページをご覧ください。
加賀藩祖三百年祭についての感想
藩政期 金沢全町を挙げての祭がなく、藩主に慶事があったときには、盆正月と称して、
各町が、展示や催事をしていた。それは番付として残っている。
明治になり、旧藩主が金沢を去り、武士がいなくなって、金沢は衰退していく。
明治6年には、尾山神社が卯辰より、金屋御殿跡に移される。
旧八家の出資による工場建設などで、徐々に近代化が進む。
明治27年第四高等学校の開学、明治31年北陸線金沢開通、同31年第九師団設置、などにより金沢は復興してゆく。
この時期、明治24年に「金沢開始三百年祭」
明治32年に「旧藩祖三百年祭」
明治35年に「尾山神社昇格慶賀祭」が行われた。合わせて金沢三百年三祭と呼ばれた。
いずれも、県知事や旧八家が発起人となり、尾山神社を核に開催されたものだが、盆正月の伝統をよみがえらせ、各町がエネルギッシュな催事を行った。
この3つの祭によって、武者行列、神輿行列、商工パレード、の原型が出来上がった。特に、昇格祭において、各町の催事が、行列となって我先に尾山神社に入るというパフォーマンスは、全町を一体化したようである。
それまでの、各町内を回って催事をみる形式から、市中行列を1か所でみる形式に移行する端緒となった。
大正12年に、金沢市祭が始まり、昭和20年まで続いた。
戦後は、尾山まつり、から 百万石まつり へと形を整え、今に至っている。
「三百年祭三祭」のビジュアルな記録は、その記録誌である「三百年祭記事」や、今回展示中の成巽閣が保有する「巻物」に画かれているとはいえ、一般市民の目に触れることは、ほとんどなかった。
今回発見された史料は、絹本着色、地元絵師による写生、120余枚という点数の多さ、に特長があり、金沢町衆のエネルギーを、強く感じられる、貴重なものである。
またこの絵を通して、藩政期の盆正月の姿を垣間見ることができる。
金沢の祭礼史の空白を埋める史料である。
新幹線金沢開通を前に、金沢復興の原点を確認できる。 2011.10.21
金沢の起点に立つ金沢文芸館・五木文庫

秋声記念館前面 浅野川とマッチしている

浅野川大橋を望む 雪景色・桜並木 鏡花記念館の企画展示 雪岱のコーナー
2006年1月20日、浅野川界隈を訪れました。
浅野川大橋を中心とする一帯は、藩政期から明治にかけて金沢の中心でした。
尾張商人にはじまる老舗、芝居小屋、映画館、東茶屋街など、にぎわいがありました。
市の中心が片町・香林坊に移ったと感じたのは、川沿いの映画館の閉館でした。
最近は、文学館の相次ぐ開館や、主計町の町名復活が、浅野川の復興を象徴しています。
金沢文芸館は2005年11月オープンした、一番新しい文学館です。
五木寛之さんの著作を中心に、来館者が読む、ことができます。
館のとなりが、金沢道路原標。
徳田秋声記念館も2005年春オープンしました。
自然主義文学の巨匠、秋声の世界を紹介しています。
今は「縮図の世界」を特別展示中です。
鏡花記念館では、「装丁の世界」を展示中です。
清方、雪岱、華邨などの表紙・口絵がふんだんにありました。
近く、NHK日曜美術館で「鏡花装丁の世界」が放映されるそうです。

金沢西茶屋街、料亭、検番事務所、資料館がある 犀星記念館

西茶屋資料館、中には島田清次郎や廓の資料がある。 島清のコーナー
2006年1月17日、大雪もひと段落した、金沢の街を訪ねました。
料亭の並ぶ、西茶屋の真ん中に、検番事務所と資料館が並んでいます。
1階に、島清の著作や写真、パネルが展示されています。
昭和30年ごろに、「地上」が映画化されたとき、この茶屋街、新橋、倉庫精練、城址、
などが写っていて、後年なつかしく観たことを思い出しました。
玄関脇のガラスの中には、加賀獅子頭が展示されています。
金沢では、祭りになると、各町会がこのようなお宝を競ってかざり、見せる習慣があります。
犀星記念館では、
館長さんにお目にかかることができました。
当店にも、犀星の署名本や島清の地上などがあります。
興味のある方はお問い合わせください。
文化館正面です。館内の撮影許可をもらい忘れたので、内部は後日。
深田久弥山の文化館
1月17日、加賀方面に行きましたので、大聖寺の「深田久弥山の文化館」を訪ねました。
古い繊維会社を改造した建物は趣があり、テーマと良く合っています。
土蔵の展示室、談話室、図書室、それぞれ充実していました。
久弥さんの遺品も、白山を描いた多くの絵画も、そして膨大な山の書籍も、宝物です。
館長の高田宏さんは不在で、留守をあずかる、2人の「愛する会」の美人会員に
お茶をごちそうになりました。久弥と夫人のエピソードなど興味深く聞きました。
今年は、館の行事か登山でおせわになりそうな予感がします。
リンクを張らせていただきますが、館長ご来県の時あらためてご許可をいただきます。
お許しください。
最近、深田さんの本をはじめ、山の本を読むことが多いのですが、館の蔵書には圧倒されます。
以下2004年-5年記載
金沢ふるさと偉人館
本多町、観光会館の裏手、石亭の向かいにあります。
この施設は、金沢ゆかりの研究者5人を中心に、広く功績のあった人物を紹介しています。
詳しくはホームページをご覧ください。
石川近代文学館 金沢市広坂大通り
今さら解説することもない、有名な施設です。香林坊の至近に見える、赤レンガの建物は、明治20年代、第四高等学校として建てられたもの。戦後は金沢大学理学部校舎として使われました。
階段教室は明治村に移設されています。城内に理学部が移ったのに伴い、一時歴史博物館となりました。そのとき、校舎わきの収蔵庫が、近代文学館として、再生しました。小さな建物でした。でもその中に展示されていた、鏡花の本の世界のなんと大きくあでやかだったことでしょう。
歴史博物館が旧陸軍弾薬庫に引越したのに伴い、現在の文学館がオープンしました。開館の目玉は、犀星の愛の詩集原稿一式でした。それをめぐるエピソードはもう伝説の中ですね。
石川近代文学館があって、石川近代文学全集が刊行できたのだと思います。また文学研究の拠点としても大きな役割を果たしています。
隣接する中央公園は、以前、理学部グラウンドでした。私たちの子供時代、野球をはじめ、虫取りなどさまざまな遊びの場でした。夏の草原の匂いを今でも思い出します。そのそばに打ち捨てられた実験器材があやしい雰囲気を作っていました。
サマースクールが城内の教育学部で開かれると、理学部の脇を抜け、宮守坂を登り、河北坂を下って教育学部に通ったものです。なにせ自然があふれていましたので、街中から全く異なる世界へ入り込むような錯覚にとらわれ、どきどきしたものです。後年、その理学部に入るとは思っていませんでした。
http://kinbun.com
美川・呉竹文庫
場所ですが、美川の町が手取川の北にあるのに対し、呉竹文庫は南です。
自動車の方は、北陸道美川インターを降りて右折、手取川に出て、橋を渡り、斜め左の旧街道に入ります。2-300メートルで案内に従って左折。
徒歩の方は、JR美川駅からタクシーをご利用ください。
ちなみに、文庫に隣接するように、水産試験場が有り、さけの養殖・放流をしています。
美川と言えば島田清次郎です。美川町は島清文学賞を制定しています。
町立図書館には、大正時代の初版もあります。
でも記念館は金澤の野町、西茶屋街の中にあります。一時期住んでいたからということです。
犀星記念館の至近です。最近、小林輝冶氏の研究で、学生第6巻第4号に「真紅の灯」という作品が掲載されているのが発見されました。金沢商業在学中、15才のときの短編だそうです。
2002年12月23日、加賀市に深田久弥山の文学館がオープンしました。
山の本
金沢市立図書館 近世史料館 金沢市玉川町
http://www.lib.kanazawa.isikawa.jp
郷土の本/資料
金沢は天下の書府と言われています。それは、加賀藩前田家が文化政策を大切にしたからです。
前田家旧蔵の主な文献資料は「尊けい閣文庫」に収められていますが、旧加賀藩関係の資料は「加越能文庫」として、市立図書館に収蔵されています。企画展も随時行われています。
当店も加賀藩関係の古文書や写本の取り扱いをしています。
郷土の本
室生犀星記念館 金沢市千日町
http://www.city.kanazawa.isikawa.jp
2006年1月17日、大雪もひと段落した、金沢の街を訪ねました。
2003年オープンしました。金沢の中心部、片町から南に下ると、犀川大橋に出ます。ここは旧北国街道
の入り口にあたります。川沿いに左折すると、500m先に犀星に文学碑があります。有名なあんずの詩です。犀川大橋を渡って、右手が、犀星の育った雨宝院。雨宝院の前を直進して100m先を左折すると、記念館があります。犀星の生家跡になります。この付近を室生少年が遊びまわっていたのです。用水や石垣や寺院などがあり、作品の舞台にもなっています。
大橋を直進して500mほどで三間道を左折すると、犀星が通った野町小学校です。野町小学校や雨宝院にも、犀星ゆかりの本などがあります。
当店は大橋から1kmほど直進したところで、旧北国街道沿いにあります。犀星の著作やはがきを在庫しています。
以前、犀星の手紙を入手したとき、発信地を見ると、金沢市池田町立丁4とありました。
大正時代の犀星は、たびたび金沢に帰り、そのつど下宿を借りて、すんでいました。犀星を尋ねて朔太郎や龍之介らが来たといいます。中でも「川御亭」は知られています。他にも下宿先があったわけで、そのひとつが、池田町だったのでしょう。その建物は、いまではめづらしい、石置き屋根の旧家でした。解体されましたが、幸いなことに、大学の先生が目をつけて、保存されました。
犀星・秋声の本
泉鏡花記念館 金沢市尾張町
金沢出身の文人としては、最初に記念館が作られました。
尾張町は金澤城大手門に近く、前田利家にさかのぼる古い町です。今でも老舗が並んでいます。
大通りの森八和菓子店の裏手にあります。
鏡花の生家跡に建てられています。
私も若いころは、鏡花の流れるような文体に酔い、どきどきしながら「高野聖」「白鷺」などを読んだものです。仕事であれ、本に触れられて、幸せです。全集や単行本の一部は手元に残しておくようにしています。
金澤湯涌夢二館 金沢市湯涌温泉街
金沢市内から、浅野川をさかのぼると、小さな盆地に、ひなびた温泉街があります。
夢二がここに愛人ひこのと逗留したのは、大正6年のこと。市内で作品展を開いています。
それでこの地方には、夢二の作品を所蔵している人が、何人もいるという。
山里のお湯につかり、記念館を訪ねるのもまた良いものです。
私は、山菜の春、紅葉の秋が好きですが、夏も冬も風情があります。
2011年4月現在、夢二晩年の欧米旅行の展示が行われています。
満州事変からヒトラー台頭という暗い時代の中で、夢二がどんな気持ちで、アメリカやヨーロッパを旅したのか、何を残したのか、興味をそそられます。
夢二の本・楽譜
石川県郷土資料館 金沢市出羽町
小立野台地の北西端、兼六園に隣接して、県美術館、本多蔵品館とともに並んであります。
旧陸軍第9師団弾薬庫3棟を利用して、重厚な雰囲気を出しています。以前このあたりは、テント劇団公演のメッカだったのです。ついでに書くと、兼六園球場、児童館、短大などが、この地から移転して、様変わりしました。台地を取り囲むように、本多の森がうっそうと茂っています。椎の木の大木が多く、よくひろいに行ったものです。
郷土資料館は、古代から近代までの、実に広いジャンルをカバーしているので、やはりホームページをごらんになって、おたずねください。
金沢大学付属図書館
角間町に建設が進む金沢大学。以前は金沢城跡にあって、世界で2つしかない、城中大学だった。
大学を中心に、下宿、喫茶店、古本屋など学生相手の商売が繁盛していた。それも過去のこと。
東部丘陵を開いて、いまだ増設中である。
城跡には、たぬき、たかちほへび、ひきがえる、多くの植物と自然が豊富で、教授や学生のかっこうの研究対象だった。それも過去のこと。すっかり切り開かれて、都市公園に変貌した。
金大には、どういうわけか、暁烏敏の蔵書が収められている。
交通:金沢駅や市内から、北鉄バス金沢大学行を利用。約350円
西田幾多郎記念哲学館
宇ノ気町生まれの、哲学者、西田幾多郎の書、原稿、本などを展示しています。
去年6月、それまでの、小さな建物から、砂丘に引越しました。
金沢市の安原から、金石、大野、内灘町、宇ノ気町、七塚町、高松町、押水町、志雄町、羽咋市と40キロにわたって、一続きの砂丘です。内灘や七塚は、砂丘の上に役場が建っています。
徳田秋声記念館
金沢市内浅野川沿に開館しました。
桜並木の中で、落ち着いた雰囲気を出しています。
当店も、秋声の本を増やしつつあります。
秋声の本は、香林坊本の広場に出品しました。

|