香りのミステリーを探る(6/9更新)
正体が掴みにくい「香り」には、正体が掴みにくい物語や謎が付随することも。
真実なのか創作なのか、謎の正体はいったい。
謎の解明そのものより探索の過程を楽しむページ。

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◆アッシュールバニパル王は香木の煙で窒息死?
◆クンロクコウ類とはどんな植物?
◆聖書で神がモーセに命じた貝の香オニカとは?

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 アッシュールバニパル王は香木の煙で窒息死?

■最も問題となった謎の伝説の内容
古代メソポタミアのアッシリア帝国の王アッシュール・バーン・アプリ(アッシュールバニパル)は女装好きで化粧好き、香木も好きで、重ねた香木の上に横たわって火をつけ薫香を楽しんでいたが、最期はその煙で窒息死した。

しかし歴史学においてはアッシュールバニパル王の晩年や死因については詳細は一切不明とされている。だとしたら、

―――この伝説はどこからわいて出たのか?

■アッシュールバニパル王の香煙窒息死伝説を載せた本
『香りの科学』阿部正三・安川公編
『香りのレシピ』森田洋子
『匂いの本』ルース・ウィンター(※ただし香木好きという部分のみ)

■香煙窒息死伝説の発端と思われる本
『香料博物誌』C.J.S.トンプソン

【王は朱を顔に塗ったり、香粧品をふんだんに用いただけでなく、婦人の衣裳までまとった。王は香木の積み薪の上に横たわり、その香煙で窒息して生涯を終えたという。】

※ここでは顔に「朱」を塗っている

■アッシリアの女装王サルダナパル(サルダナパロス)伝説
アッシリアには、楔形文字文献の王名表には登場しないのに、ギリシャなどに話だけが伝わった女王セミラミスなどの伝説上の王が存在する。

サルダナパル王もその一人。

女王セミラミスの孫でありアッシリア最後の王となったサルダナパルは顔に鉛の白粉を塗り目にアイラインを引き紫の毛皮をまとい女装して、周囲に人を寄せ付けず引きこもっていた。しかし戦争に負けて王都ニノス(ニネヴェ)は陥落。王は妃や妾とともに木で作った部屋に閉じこもり自ら火をかけ、多数の財宝と共に焼死した、とされる。

※ここでは顔に「白」の化粧をしている

■サルダナパルのモデルとされる王たち
・アッシュール・バーン・アプリ…語頭の「ア」を除きギリシャ読みにすると「サルバナパロス」となり名前が近い。ニノスを首都にしていた王でもある
・シンシャルイシュクン…正式な王名表に登場するアッシリア最後の王
・シャマシュシュムウキン…バビロニア王。アッシュールバニパルの兄。兄弟戦争で破れ城とともに焼死
・アッシュール・ダニン・アプリ…これは橘コロンが一人でモデルではと言ってるだけなのだが、でもギリシャ読みにすると見事に「サルダナパロス」になる王。祖母女王セミラミスのモデルが存在した時期と時代的にも近い。(アッシュールバニパルはセミラミス時代からかなり遠い)

■サルダナパルについて書いた人々
・クニドスのクテシアス『ペルシカ』『インディカ』…インドにマンティコアがいるなど記述が眉唾だらけとされる歴史記録家。ペルシアの捕虜となり宮廷医師として働かされていた時期あり。サルダナパル伝説の発端中の発端。ただしクテシアス自身の書物は現在は読めず、ディオドロスなどの引用文が読めるだけである
・ディオドロス『神代地誌』…ニノス陥落までの過程がかなり詳しく書かれている
・アテナイオス『食卓の賢人』…サルダナパルについてクテシアス説、アミュンタス説、クレイタルコス説など諸説を挙げている
・ヘロドトス『歴史』…サルダナパルの埋蔵金についてだけ
・アリストテレス『ニコマコス倫理学』…享楽主義者というレッテルだけ
・バイロン『サーダナパラス』…詩劇。常識に囚われない自由人として死ぬ王を描いている

■残る謎
クテシアスの記述(実際はディオドロスやアテナイオスの記述だが)によると、サルダナパルは「白粉」やアイラインを塗っていた。更に焼死こそしたものの香木の煙で窒息死したという内容はなかった。

一方トンプソンは「朱」を塗っていたと書いており、死因は香煙での窒息死と断定している。

疑問1)古代ギリシャ人たちが「白」と書いたものが、いつのまに「赤」になったのだろうか?

疑問2)木でできた部屋で焼死しただけなのに、いつのまに香木の煙で窒息死したことになったのだろうか?

疑問3)そもそもサルダナパルはアッシュールバニパルなのだろうか?

…探索は現在も続いている…


 クンロクコウ類とはどんな植物?

■謎の発端
「薫陸香」という樹脂系の、古来から日本に伝わる古い香料がある。一部サイトなどではこの樹脂を産する植物を「クンロクコウ類」あるいは「ウルシ科クンロクコウ類」としている。

しかし「クンロクコウ類」などという植物は植物図鑑には存在しない。だいたい「科」のつぎは「属」や「種」なのに「類」が出てくるのはおかしい。

―――薫陸香とは、またクンロクコウ類とは、何なのか?

■謎を解く鍵(主に山田憲太郎『香料博物事典』による)
・薫陸香は乳香(フランキンセンス)と同類とされる
・乳香には「偽乳香」と呼ばれる類似品が古くから存在する
・偽乳香の大陸での呼び方はクンズル、クンドゥルカ。つまり「クン」で始まる
・乳香はソマリアなど中国から遠い地で採れるが、偽乳香は比較的近いインドで採れる
・偽乳香とはボスウェリア・セラータ。乳香ボスウェリア・カルテリとは近種に当たる

■ひとつめの結論
つまり薫陸香とは、偽乳香ともインド乳香とも呼ばれるボスウェリア・セラータのこと。(あくまでも山田憲太郎博士の説によれば)

では「ウルシ科」というのはどこから出てきたのか?

■「ウルシ科」の謎を解く鍵
乳香には偽者が多く、インド乳香のほかにも乳香と呼ばれる焚香樹脂がある。

ウルシ科のマスチックである。

■今のところの結論
古代から稀少な乳香には様々な偽者がでっちあげられて来た。その中には相応の芳香を有するものもあったため、乳香とは別の固有の名前をつけられ流通することもあった。

そのため現在に至っても混乱が生じている。

とりあえず「クンロクコウ類」とはボスウェリア・セラータとマスティックを含む、大まかな「乳香の類似品の情報の集積」ではないかと思われる。


 聖書で神がモーセに命じた貝の香オニカとは?

■謎の発端
『ソロモンの鍵』と呼ばれる呪術の本には72の魔王を召喚するための手法が書かれている。各魔王にはそれぞれ結び付けられた惑星衛星があり、月の魔王には月のインセンスを焚かなくてはならない。その月の香料には乳香やジャスミンなどの他に「オニカ」という香料も含まれている。

この「オニカ」とはどういう香料なのか。

■オニカはヤーウェの香料

旧約聖書の出エジプト記30章34節の中で、神ヤーウェはモーセに焚香のための以下の三つのインセンスを用意するように命じる。

1.ナタフ(stacte/スタクテ/蘇合香)
2.シェヘレテ(onycha/オニカ/シケレテ香)
3.ヘルベナ(galbanum/ガルバナム/楓子香)

ここでオニカが登場する。オニカは悪魔を召喚するだけでなく、もともとは神に捧げる神聖な薫香だったのだ。

なお1と3は原料植物の学名などもだいたい分かっており、中国にも香料あるいは漢方薬として伝わったため漢字の名前も有るなど割合に名が知れた香料である。しかし2のシェヘレテ香に関しては漢字名も分からず情報も少ない。

ちなみに「onycha」とは「爪」という意味である。

■オニカもしくはシェヘレテ香のいちおうの正体

紅海に棲む貝の「蓋」あるいは「へた」(operculum/オパクラム)」だというのが最も一般的。

ただし正体不明の香料だけあって諸説はある。17世紀のイギリスの牧師ジョン・ギル博士の著作『John Gill's Exposition of the Entire Bible』にも以下の説が載っていた。

・宝石のシマメノウ(オニキスのこと。オニキスとは爪という意味)
・香辛料の根
・阿片チンキ
・芳香性の貝殻、貝紫の貝に似ている

この他に甲殻類だ腹足生物だラブダナムだ人間の生爪だといった説も発見。しかし現在では貝の蓋というのが有力で、『旧約聖書語句事典』(教文館)でもシェヘレテの正体は貝の蓋であるとしていた。

■蓋が香料になる貝の種類

まず「巻貝」である。これは確実。蓋が香料になる巻貝たちの多くは蓋を棹のように立てて動かし移動する。まさに「爪」として蓋を使っているわけだ。そういうハードな役割のためか、ソデガイなどは蓋にヨウ素が多量に含まれていたりもするらしい。成分の特殊性が芳香に繋がるのか。

しかしその巻貝のどれがオニカなのかとなると難しいようだ。スイショウガイやソデガイといった名前がよく見られるのだが、検索で見付かったのは以下のようなもの。

・スイショウガイ科ミツカドソデ(Strombus tricornis)
・スショウガイ科クモガイ(Lambis truncata sebae)
・アクキガイ科テングガイ(Chicoreus ramosus)
・アクキガイ科アカニシ(Rapana venosa)
・Chicoreus virgineus
・Pleuroploca trapezium

…要するに特定できていない、ということか。

■貝の蓋の未来

いままで貝コレクターたちは貝殻の代金だけを払っていればよかったらしい。しかし1990年代後半頃からスイショウガイ科の貝などは「蓋」の代金を別途支払わねばならなくなっているそうだ。

理由は貝の蓋が漢方薬の原料であり、その漢方薬の人気が上がって来ているためのようだ。漢方薬名は「燕石/石燕/スワローストーン」。本来は化石を使ったが現在は貝の蓋で代用されており、眼病薬・媚薬・安産薬に使うという。

東南アジアの浜辺からいまごっそり採られているという話もある。オニカの薫香に出会えなくなる日が来ないことを祈りたい。



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