|
花組芝居さんは初めに劇場が決まってから公演内容が決まるのではなく、「こういう内容の公演だから、この劇場でやる!」というふうにしてらっしゃるのだそうです。ということで、逆にまとめてみると傾向が出るのかしらん…とふと思いついて(^_^;)、書いてみました。 (参考資料は「10年史」、とりあえず東京近郊公演のみです)
意外だったんですが、今のところ、一つの劇場で三公演までしかしてなかったんですね。「芝居に合わせた劇場選び」を実践してるのが見て取れます。 「奥女中たち」再演で、「ザ・スズナリ」が一番多く4回目の公演会場になりましたね。パルコ・パート3、文芸坐ル・ピリエ、浅草フランス座……ともうなくなっている劇場もあるのには、一抹の寂しさを覚えます。(2000.1.6記) 青山円形劇場の「泉鏡花の夜叉が池」(91年・95年) 円形の形を生かして、「釣り鐘」を真ん中においた求心的な構造が見事でした。妖怪たちが出てきたときのサーカス風の雰囲気も円形劇場にふさわしかったし。この芝居を再演するときは、また円形の劇場でするのでしょうね。(でなかったら全然作り替えるか……) 中座の「雪之丞変化」(94年) 前進座も花道がある劇場でしたが、やっぱり中座。桟敷があり劇場の中に破風があるという古い作りの劇場の歴史そのものが、雪之丞変化の上演にぴったりでした。道頓堀っていう場所も何となく懐かしい雰囲気のある場所ですしね。(加納さんの楽屋にご挨拶に伺ったとき、「ここは寛美さんが使っていた楽屋なんです」と教えていただいてえらく感動してしまった記憶が……)観劇録のところにも書きましたが、ラストシーンのどくろのフィナーレとせり下がって行く雪之丞との絵面がとても素晴らしかったので、本多で再演したときは花道がなかったのがとても残念でした(各地で公演した都合上仕方なかったのでしょうが…) 福岡・住吉能楽堂の「怪誕身毒丸」(91年) 見に行っていませんが、WOWOWでの舞台中継にて拝見しました。住吉神社内の能舞台で8年ぶりにあけた…というところだったようです。独特の熱気のようなものがビデオからも伝わって来て、見に行かれた方は羨ましい限りです。 アムラックスホールの「花組をどり−薔薇西遊譚−」 バブルの置きみやげとも言うべき(^^;アムラックスの中にあるアムラックスホールで、通常はディナーショー形式のコンサートをしているところだそうです。劇中「マリーの饗宴」というような感じの追加オーダータイム(?)がありました。客席中央の通路を花道に見立てたような演出が新鮮でした。 浅草フランス座の「あやつり仁侠館」 浅草下町演劇祭に参加して、「フランス座」という老舗ストリップ小屋での公演でした。小屋の中の張り紙が「AVのスター○○嬢登場!」とかだったのが、何だかおかしかったです。初演のジァンジァンより更にハードな雰囲気の小屋でしたが、この芝居にどこか漂うミステリアスさにマッチしていました。 殆どの人にとって意味をなさない項ですが(^^;、単に私が横浜に住んでるので取り上げてみました。 マイカル本牧の中にあるアポロシアターの柿落とし公演の一つでした。その後ここで殆ど演劇の公演をやってないと思う(コンサートがほとんど)のですが、ちょっとパルコスペースパート3みたいな感じの無機質な雰囲気の劇場に、絢爛な隅田川の桜吹雪が舞い落ちていました。このとき、終演後にロビーで浴衣姿の役者さんがお見送りする…という花組では初めての(最初で最後?)趣向がありました。これも東京でもなく地方でもない(?)小屋だから出来ることでしょうか。お客さんがロビーから去り難い風情の中「○○駅行きの最終バスが間もなく出ます〜」(マイカル本牧はちょっと辺鄙な場所にあるので)と叫ぶ声がしてたのが、何故か妙に印象に残っています。テアトルフォンテの「花組をどり97」(97年) こちらは、横浜市泉区民文化センターで、「花組をどり97」の都市版のプレビュー公演でした。テアトルフォンテはかなり積極的に小劇場の公演を招聘していて意欲的に活動しているところのようです。(しかし、ちょっと遠い……)終演後には両日共、役者さんによるトークショーが開催されていました。 |