| 『怪談牡丹燈籠』は皆が知っているお露新三郎の怪談話……ではなく、本当は親の仇討ちを願う孝助の話が本筋だった! そんな驚きと共に、花組らしい飛躍と毒を堪能した、『怪談牡丹燈籠』。 公演中から『サド侯爵夫人』の稽古も入り大変お忙しい中、加納さんに時間を割いていただき『怪談牡丹燈籠』についてお話を聞くことができました。 加納さん及び花組芝居さんの寛大なご配慮によりその模様をこちらにアップさせていただきます。(いつもありがとうございます!) なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。 ――『牡丹燈籠』がこういう話だったんだ、というのは初めて知りました。 (幽霊のお露が持っている)『牡丹燈籠』をタイトルに持ってくるのが昔の戯作者らしいところですね。タイトルにテーマを持ってくるのはヨーロッパ的な発想なんです。脇筋のアイテムをタイトルに持ってきて、でもそのテーマ周辺に関わるものだと後から分かるというのが戯作者の知恵を絞ったところなんでしょうね。『義経千本桜』も義経は出てくるけど、主役じゃありませんから。 『牡丹燈籠』のお露さんの話は実は脇筋で、本当の芯は孝助の仇討ちの話なんですよね。それがすごく面白いと思って。全部上演すると三遊亭円朝がどういう動機でこの話を作ったか分かるんじゃないかと思ったんです。 ――昨年も歌舞伎で上演されましたが、花組で上演するにあたっては? 歌舞伎で上演されている(『怪異談牡丹燈籠』)、河竹新七が作った台本はかなり歌舞伎歌舞伎したもので、うちでやっても面白くない。それで、円朝の原作から直接台本を作ったんです。 ――歌舞伎の下座音楽とモダンジャズが入り混じっているのが、独特でした。 円朝の文章は当時の自然主義文学のお手本になったという言文一致のものなんです。それに下座を入れるということで、歌舞伎の大御所でいらっしゃる杵屋邦寿さんにお願いしたんです。「現代文なんですけど、大丈夫ですか?」「大丈夫ですよ」というやりとりがあって、曲をつけていただいたら全部で71曲あって(笑)。「これは弁天小僧を通しでやるより曲数が多いですよ」と言われました(笑)。 そして、現代語でやるというので、ダークな悪のイメージでモダンジャズを坂本朗さんにお願いしました。 ――非常に多くのキャラクターが出てくる話ですが、まさに「適材適所」という配役でしたね。 いろんな人物が出てくるので、お客様が見ていて訳がわからなくならないように、パッと見てそれっぽい人にしようというのが今回の配役の基本ですね。出てきただけでわかるという。 ――丸川敬之さんの孝助も、とてもぴったりでしたね。 孝助って原作を読んでみると仇討ちに邁進する若人なので、まっすぐすぎてキャラクターとしては面白くないんですよね。歌舞伎の初演も五代目菊五郎は孝助と供蔵を二役でやったんです。主役なんだけど、意外としどころがないというか。これを一役で演じるなら、際立った何かがある人がやったほうがいいんだろうなと思ったんです。マル(丸川)は顔立ちも含めて(笑)何をするのでも際立っているところがある。孝助はよく泣くけど、マルはいじられキャラなので(笑)それがピッタリなんじゃないかなと思って配役したんですが、実際やったら、はまっていたと思います。 ――悪人も出てきますが、大悪党というよりは、小悪党という感じの人ばかりなんですよね。 そうですね、世話物だからだと思うんですけど、『四谷怪談』の伊右衛門みたいに大きな悪じゃないですからね。一番悪いお国と源次郎が唯一純愛で、最後まで好きあったまま死んでいく。それも美男美女で。これが面白いなと思って。 ――加納さん演じるお峰と供蔵(小林大介さん)も、悪人のカップルですが……。 お峰のほうが純粋なんでしょうかね。歌舞伎だとお峰とお露を二役でやるのが定着しているんですが、今回は一役のほうがいいだろうなと思って。これは個人的なうち明け話ですが、『サド侯爵夫人』の稽古が本番中に始まるので、俺は出番が少ない役のほうがいいな、というのがあったのは確かです(笑)。 ――お峰が資源ゴミの分別をするシーンはおかしかったですねぇ。 世話物って時代物に比べて小道具が大変なんですよ。いわゆる生活用品が必要で、それを借りるのも大変で。だから「いいよ、現代物で手に入るもので」って(笑)。1シーンに1つくらいは間違い探しのように現代物を入れちゃえ、ということにしたんです(笑)。 原作ではお峰が大店の女房になったのに昔の生活がしみついて内職をしているというところなんです。最初のシーンは(次回公演『泉鏡花の夜叉ケ池』の)DMの封筒張りにしたので、今度はゴミの分別にしようと。その次の場面が、婚礼の宴会の後で飲み散らかしているシーンなので、分別のゴミをばらまいて終われば皆で飲んだという形にして片付ける、ということにつながるかなと。 ――そういう発想の飛躍があるところが面白いですね。 そうですね。「何かこのままじゃつまらないね」というところは、現場で稽古しながら考えたんですよ。 ――原作が落語だから、笑いを意識されるところはありましたか? それはありますね。相当カットしないといけなかったんですが、原作の落語っぽい笑いの場面は、全部残すようにしましたね。ただ、円朝はギャグがあまり上手じゃなかったという話もありますが…(笑)。 ――『KANADEHON忠臣蔵』に続いて長尺のもののエッセンスを凝縮して見せる作品になりましたが、今後もこういった作品作りをすることも? 大長編もこういうやり方ですれば、皆分かってもらえると思うんです。歌舞伎では無理でできないところが、実は面白いところだったりもしますしね。『菅原伝授手習鑑』も歌舞伎でも文楽でもやらない場面があって。いつか花組でできたら面白いなと思ってます。 ――今回の『怪談牡丹燈籠』で手応えがあったところ、やってよかったというところは? なかなか落語でも掛からなくなった部分は、地味なんですよね。そういう地味なところもやりようによってはアピールできるというのは、経験としてよかったと思います。実は、台本を書き終えた段階ではおりえが出てくるあたりから大丈夫かな、と思ったんです。でも、「こんなのもあり、あんなのもあり」とやっていったら、面白く作ることができた。手応えがありましたね。 |