| 『花たち女たち』がネオ新派として加納幸和さん演出で上演されたのは2002年。 8年後の2010年、花組芝居版として新たに上演! 有吉佐和子さんの『芝桜』『木瓜の花』を原作に飯島早苗さんが脚本を担当、芸者の正子と蔦代が大正から昭和の40年を生きるドラマが、完全ダブルキャストで上演されました。 公演終了後、加納さんの外部出演(『ギルバート・グレイプ』)の稽古の合間にお話を伺いました。 阿佐ヶ谷スパイダースなど外部で俳優としての活躍が続いた加納さんが、花組芝居に戻り、花組の役者さんたちに何を伝えていったのか? 花組芝居の「止まらない」エネルギーを感じさせるインタビューとなりました。 改めて、時間を作ってお答え下さった加納さん&花組芝居さんに感謝いたします。 なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。 ●『花たち女たち』お疲れ様でした! まず、配役についてお伺いします。「夢たち」・「恋たち」のダブルキャストの公演でしたが、役者さんはどちらか一つのチームに出るのでなく、両方のチームでそれぞれしどころがある役を演じるという形になってましたね。 劇団がこれだけ年数がたって、50代から20代までそれなりの人材がそろったので、経験を積むには完全にダブルにしないとダメだと思ったんです。正子と蔦代だけは負担が強いので片方出演にするはずが、人数が足りなくてアメリカ兵をやってもらったりしましたけど(笑)。 「夢たち」は(植本)潤と八代(進一)を正子・蔦代に置いたので、直接脇を固めるのは中堅で、僕を含めた創立メンバーは周りへ。「恋たち」は若い堀越(涼)と谷山(知宏)だったので、僕や水下が直接関わるようにして、性質が違う2組にしたんです。 ●正子と蔦代という二人の女性の40年を描く作品で、「恋たち」の若い2人も立派に演じてましたね。 僕が考えたとおりの成果は上げられたと思います。堀越は潤と違って、もうちょっと寂しいムードが出る女形さんで、そういう面が正子という役によく活かせていたと思います。谷山は蔦代をああいうキャラクターでやってましたけど、稽古場でも勉強家なんですよ。初めての女形で、本人も勉強したいということで、(小林)大介が日本舞踊の稽古をしていただいている猿若清恵先生のところに稽古に行って。僕が振り付けた振りも「どうしたらいいんでしょう」ということを清恵先生に聞いたんだろうと思いますね。稽古しながらだんだん女形らしい動きができるようになっていきました。 ●なるほど。正子・蔦代は女形としては大変な役ですよね。 舞台で踊らなければいけないし、着こなしもちゃんとしないといけない。二人とも頑張ってくれました。 ●「夢たち」「恋たち」で、それぞれキャラクターの違いが出ていたように思います。 そうですね。どなたかのご意見で「夢たち」はたっぷりした感じがある、「恋たち」は疾走感があると言われたんですが、実は「恋たち」のほうが上演時間が5分長いんですよ。 ●そうなんですか! 上演時間は正子と蔦代のテンポで決まりますから。「夢たち」の植本も八代も、「テンポが良くないと芝居がつまらないから」ということを教え込んだので、間がいいというか早いんです。早いんだけど、ちゃんと間を持つという。 「恋たち」の堀越や谷山は、台詞をちゃんと相手に渡すということを心がけているので、テンポは「夢たち」に比べて微妙に遅いんです。そのテンポでもって次の会話につなげていくから、「恋たち」の方が上演時間は長いけど疾走感があって、「夢たち」の方がたっぷりした情感が感じられるんでしょうね。年齢の差というか、面白いことだなと思いました。 ●こうして若手を起用し活躍してもらうことも、劇団にとっては大事なことなんでしょうね。 それは、植本の時代からそうやってましたから。植本は入って1年目で『花組沙翁劇ロミオとジュリエット』のジュリエット役に振ったし。だから、今も(劇団が)続いているというのはあると思います。 演出家がどんなに頑張っても舞台は俳優のものだと思うんです。芝居の中の新しい表現は俳優が生み出すもの。演出家は俳優を見て刺激されて「こういうことができるなら、こうしたい」と思うので。 劇団が存続するためには、毎回じゃないにしても、若い連中に責任を負わせないといけないなと思います。 今回、年齢差がある俳優たちと稽古していて、ベテランだからうまい、若手だから青いということでもない。それぞれに一長一短で、良いところも悪いところもあるんだというのが分かった気がします。 ●花組の役者さんたち何人かから、「加納さんが外部に客演して得た新しいことを、花組に持ってきて演出してくれるから、僕らもそれに応えられるようにもっと頑張らないといけないと思う」とお聞きしたんですが。 それは大きいと思います。僕が外部に出演して、俳優としてのあり様や新しい発想が経験できるようになって、座員たちにも僕が得たことをどんどん言っていこうと思っているんです。 これは言っていいかどうかわかりませんけど、10年くらい前に、当時の僕の俳優としての経験でもって、座員たちに「こういう演技をしなさい」と言ってたことと、今言っていることは微妙に違うんです。 たとえば「台詞の間をお客様の感性よりも早く言わないとダメ。お客様の感情がうごめくよりも早く言わないと芝居が停滞するから」と以前は言ってたんです。でも、今は「俳優のテンションをきちっと保てていればいくらでも間を取ってもいいよ、成り立つのであれば」と言っている。 俳優としての僕のボキャブラリーが昔と今では違ってきているから、それに伴って演出も変わってきているところがあるんです。 演出するとき、僕は自分がやって見せることが多いけれど、そのバリエーションが増えたような気がしますね。 もしかしたら、10年より前からいる連中は僕のサジェッションが変わってきたので、戸惑ってるかもしれません(笑)。 …そうですね、「演技はフレッシュじゃないといけない」という基本的な考え方は変わらないけれど、「では、どうフレッシュでいるか?」ということは僕の中ではずいぶん変わってきたと思う。 稽古場でも「皆、気をつけないと、止まるよ」とよく言ったんです。 ●止まる? 亡くなった中村歌右衛門さんが「若い人でとっても才能があるけれど、役者として止まったなと思う人がいるんですよ」とおっしゃってたんです。 要するに、自分の芝居に慣れてしまうんですね。経験を積んで楽々芝居ができるようになると、それが落とし穴で、新鮮さがなくなってしまう。 稽古していて本当に僕自身も常に感じてたんですけど、止まってしまうのが一番怖いことだなと思ったんです。 キャンバスとして自分の体を使うことが自由になっても、そこで安心しちゃダメなんです。それは今回非常に思いましたし、それぞれの世代の役者にも言いました。 ●実は、役者さんと話していて、今おっしゃったのと同じような話を伺いました。 そうなんだ、それはちょっと嬉しいですね(笑)。ちゃんと伝わったんだなというのは。 ●舞台装置が花札を模したデザインだったのですが、それはどうしてでしょうか? 長編の舞台をスピーディに転換できて、しかも空間も埋められてシンプルなもの、というのでいろいろ考えたんです。『花たち女たち』の原作では花札をしているシーンがあるので、「花札はどう?」と思いついて。『花たち女たち』というタイトルでもあるので、花札にこだわりました。パネルを上げ下げしたり、回したり、ワゴンを使って移動させたりすれば、縦横前後に空間が使えるんじゃないかなと思いました。 屋上庭園で並べたパネルは実際の花札にはない柄なんですが、それを花札らしくデザインしてもらったんです。 蔦代の住居の九重ビルでは、タロットカードを花札の尺に合わせてデザインし直してもらって。 最後のシーンに関しては、原作で正子が三延から贈られた胡蝶蘭のイメージから、胡蝶の曲が聞こえてきたと述懐し、その後に真白な胡蝶が踊る(幻想を見る)という記述があったので、それをそのまま舞台にしようと。それで胡蝶蘭の花札のパネルを作ってもらいまして。デザインに関してはいろいろ苦労しましたね(笑)。良い効果だったと思います。 ●いろいろこだわって作ってらっしゃるんですね。今回は、花組芝居の今後を考える意味でも大事な公演になったのではないかと思います。 そうですね。これをやった成果が次に出てくれたらありがたいと思います。 ●2月には花組芝居OFFシアター『六人のへそ曲り〜明治文豪青春賦〜』(大野裕明作・演出)がありますが、加納さんが演出する次回公演としては? 2011年5月末から花組ヌーベルとして『番町皿屋敷』を上演します。2009年、北九州芸術劇場のリーディングセッションという企画で、現地の俳優さんと一緒に杵屋邦寿さんに三味線の演奏をしていただいてリーディング公演を行ったんです。 『番町皿屋敷』は新歌舞伎なので、下座音楽も最小限で自己主張しないんです。古典歌舞伎ではない新歌舞伎で、リアルにやるという意味なんでしょうね。リーディングでは、杵屋邦寿さんに「もし『番町皿屋敷』が古典だったらどうするか?」ということでアレンジして三味線を演奏していただいたのが非常に面白かったものですから。今回は三味線だけでなく歌舞伎の下座音楽として鳴り物もある形で、役者も衣装も付けて演じたいと思っています。 ●楽しみにしています! ありがとうございました。 |