加納幸和さんに聞く『かぶき座の怪人』

20周年を迎えた花組芝居。その記念公演は『かぶき座の怪人』。

劇団の代表作でありながら、新配役など新たな試みを続け、21年目への架け橋となるような公演でした。

今回も公演終了後、加納幸和さんにお話を伺いました。
加納さん及び花組芝居さんの寛大なご配慮によりその模様をこちらにアップさせていただきます。(いつもありがとうございます!)

なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。

また、もしよろしかったら、新・ご記帳所に感想などをぜひ一言書き残していって下さるととてもありがたく存じます。


――20周年記念公演第一弾で『かぶき座の怪人』を取り上げようと思ったのは、何故でしょうか?

『かぶき座の怪人』は原点ですね。僕にとっては歌舞伎が原点で、歌舞伎に対する僕の思いを89年版も入れ込んだし、2001年版も僕の思いを材料として渡して福島君に書き上げてもらったんで。特に2001年版は「等身大の芝居とネオかぶき風な芝居と両方やりたい」ということを狙って作ったんです。それから6年たって、この作品なら役者も僕も劇団の公演や外部で経験してきたことを生かせるんじゃないかと思いました。21年目以降の区切りにもなるのではないかと思って『かぶき座〜』を取り上げようということになったんです。

――2001年版と一番違うのは、配役が九重八重子の加納さん、玄上乱十郎の水下きよしさん、六代目宇治乃川霧の八代進一さん以外はすべて変わったという点ではないかと思います。

原川浩明が『阿OKUNI国』に出演するため『かぶき座〜』に出られないことになって、(男女川)恋助の役を変えざるを得なくなったんです。(初演で色出しのぶを演じた)森川理文も出られないので、しのぶちゃんの配役も変えざるをえなかったし。「『かぶき座の怪人』をやることになったら、どうする?」と以前、(初演の恋松役だった)桂(憲一)に冗談で聴いたことがあったんですよ。そうしたら、「いや、もう、俺は恋松はできないよ」という答えだったので。初演のときから既に役の設定年齢より5つ上だったのに、更に6年たってますからね。そういうことも含めて、それなら全員変えてしまおうという方向でキャスティングしたんです。

――今回は、役の設定年齢に近い形のキャスティングになりましたね。親の代の役をやる方が年上だったり。この話は、ある意味次代に芸を伝えていく、という話でもあるので、リアル感がより増していたような気がします。

ああ、そうかもしれないですね。以前『近松心中物語』が上演されたとき、平幹二朗さんや太地喜和子さんなどベテランさんが若い青春ドラマを演じるという形だったんです。それが、坂東三津五郎さん(当時は坂東八十助さん)ら、本当に若い人たちが演じるように役替わりになったら、ドラマがよく分かるようになったという印象があったんです。それで、今回役替わりするときには役の設定してある年齢と近い人間を配役したほうがいいんじゃないかと思いました。逆に言えば、そういうことができる顔ぶれに6年でなっちゃったということでしょうかね。

――恋松役が小林大介さんに替わったことで、加納さんが演じる八重子さんのあり方がとても変わってきたのではないでしょうか。

そうですね。変わっちゃった、というか、気づきましたね。桂の恋松のときは、長年相手役をやってたので、母親とは思ってやっているんだけど、どこかで息子というよりは恋人という意識だったような気がします。大介が恋松になって、大介は自分の素地を生かして演技してくれたので、母親だったらこういう気持ちになるだろうな、こういうところが辛いだろうな、と気づくところがたくさん出てきましたね。2001年のときは全体を作るので精一杯で自分の役を細かく研究しようというのがなかったのかもしれない。逆に悔しかったですね。「なんで6年前に気づかなかったんだろう」って(笑)。

恋松から悩み事を打ち明けられるところも、近くで見るのはそうそう回数がなかった息子が話しかけてきてそばに座ったっていうだけで、母性がうずくんだろうな…と。例えば『婦系図』の芸者小芳がめの惣で娘の妙子と会いますよね(注・小芳は妙子の母であることを隠している)。鏡花の原作にもあるんですけど、小芳が「乳の張ったこと」と言うんです。僕は女じゃないからわからないけど、そういうふうに八重子も、母性がうずいているんではないかと思って。そんなところから接し方が違っちゃったのかな。

大介は日本舞踊を習っているんですが、骨格から徹底的に教える先生なので、踊っていてもとても楷書の動き、正しい動きをしてるんです。でも、その代わりちょっと固い印象があって。その固さがあの役にはよかったんじゃないかと思います。僕が振り付けても自分が納得するまで繰り返し稽古する人間なものですから、稽古をつけてる場面は本番でも(本当に)教えてる感覚がありましたね。桂がやってるときは本気ではハラハラしてなかったんだけど。逆に言うと、段取りで決まってないところも、いろいろ文句言いたくなっちゃうような感じはありました(笑)。

――今回は新キャラクターが登場しましたね。

どういう役を増やせばいいかというのは、とても悩みましたね。
6年前は小劇場の演出家が大歌舞伎の演出をするなんて考えられなかったことなんですけれども、それが当たり前のように行われるようになった状況を考えると、小劇場の演出家というのは登場させたほうがいいかな、と。(劇中劇の)『姥ヶ池』は本歌舞伎としてはとても変わった演目の仕上がりになってたので、ここを小劇場の演出家が大抜擢されてアレンジしたんだというふうに設定すれば説得力を持つかなと思って、演出家の山川流行(松原綾央)という役を入れました。

それから、評論家の御垣守衛士(溝口健二)。この天地座に登場する俳優や演出家がやっている仕事に対して客観的な目を持った人間がほしいと思いまして。演劇というのは見られるものであり、素人さん玄人さん含めて良い悪いを評価される、鑑賞物であるという構造がよくわかるのではないかなということで、評論家の役を入れようと。

そして、今長月(磯村智彦)。「『かぶき座の怪人』の中でどんな人物が少ないかな?」と思ったらおじいさんが少ないと思ったんです。(市川)海老蔵君との関係で瀬戸内寂聴さんのことを思い出して、そこから発想して、寂聴さんの師匠である今東光にあたる役を入れたら面白かろうなと思って。ギラギラした坊主の役を付け加えたんです。

屋久屋もしほ(谷山知宏)という役ですが、昔はこういう口うるさい古株の歌舞伎役者がたくさんいたんです。今は少なくなっちゃいましたけど。歴代の恋助が作った『姥ヶ池』という作品に対してのある種の批評性や、今の歌舞伎界の流れに対して「どうよ?」という目を持った人間がいたほうが時代に即するかなと思って、もしほという役も加えました。

――劇中劇で、『愛の鬼界ヶ島』を新たに入れたのはどうしてですか?

あれはね、(玄上)乱太郎(嶋倉雷象)としのぶ(植本潤)が付き合ってるという設定にするために、映像で共演しているということにしたんです。しのぶちゃんという名前から思いついて(寺島しのぶさんが出演していた)『愛の流刑地』のパロディにしようと。それで「流刑→島流し→俊寛」と発想したんです。

以前、平幹二朗さんが『俊寛』をやったときに、(島流し先の海女)千鳥と(俊寛の妻)東屋の役を太地喜和子さんが二役で演じてらしたそうなんです。俊寛が千鳥の中に東屋という残してきた女房の面影を見るというのは面白いなと思って、俊寛と千鳥が関係があったということにしちゃったんです。今回山風アラシを演じた丸川敬之は、以前は広島で芝居をやりながらバンドもやってたので、「じゃあ、お前歌え」ということで、平井堅さんの『哀歌(エレジー)』のパロディで『力歌(エナジー)』を入れました。

――今回は丸川さんと谷山さんの入座披露公演でもありましたが、ここ2年ほどで若手の役者さんが増えましたね。

若い力というのは、上手い下手ではなくて、我々も刺激を受けるためには必要だと思いますね。最近劇団としても、「いいんじゃない?」と思えるようなキャラクターや力を持った人間がいたら入座させようというムードなんです。5年前までの連中だけだと(劇団が)固まってしまうという危機感もあるのかもしれないですね。

――今回は20周年記念公演ですが、新しいスタートでもあると……。

僕らとしては20年やってきたことを踏まえて次に行かないといけない。そのためにはこういうこともありだなあ、という僕らの自浄作用が今回見せられたかなと思っています。

――20年たちました、と思うとなかなか感慨深いですね。

そうなんですよ。20代の連中は旗揚げのころ、皆、幼稚園か小学校ですからね。ちょっとぞっとするというか(笑)びっくりしますよね。
今は20年続いている劇団も少なくなりましたし、純粋に座員だけでやってるのもまた少ないですし。劇団というのは続けるのが難しいということなんでしょうね。

――20年花組芝居を続けてこられた理由は何でしょうか?

僕は、劇団を作る前は一つの組織の長になったことはないんです。中学校とか高校とかでも、たとえば生徒会長とか(笑)率先してアピールして皆をまとめていくのは面倒くさいタイプ。

劇団にしなければ僕が考えているネオかぶきというものができなかろうというので劇団を作りましたが、今も(劇団を)まとめあげるというのはどうしたらいいのか、未だにわかってないかもしれない。組織的にガタガタしたときもありましたが、皆が支えてくれたというのはありますね。「ウチの座長はしょうがないけど、どうにかしてやろうぜ」と思ってくれている連中がいるというのが何よりありがたいです。

――座員の皆さんがそういうお気持ちでなければ続かないですよね。

そうですね。誰かが反発していたらダメなんですよ。僕は、最初の段階から内部に向けては虚勢を張ってもしょうがないと思ったんです。ありのままでいて「僕はこんなヘマなところがあります、ゴメンナサイ、それでもやりたいことはこういうことがあるんです」と主張していって、それを皆が受け止めてくれたというかな。逆に言うと皆も皆で裸になってくれている。お互い「自分はこんな人間です」というのを隠さず、気取らずにやっているから続けられたんだと思います。

――この後は、新企画「花組ヌーベル」というのが始まります。

ハナオフ=花組芝居OFFシアターは水下きよしが立ち上げて、1回目は土田君の本(『その鉄塔に男達はいるという』)、2回目の『ハイライフ』は僕が演出しました。でも、「ハナオフ」という名前は「花組が休んでいる(オフ)のときに、何かをやる」という意味からつけたもので、それに組織の中心である僕が関わるのも…ということで、僕はハナオフはタッチしないという取り決めを座内でしたんです。

それで、ハナオフとは別に、僕が本公演以外で自分や役者の可能性を探るフレクシブルな現場を作りたいということで、「花組ヌーベル」を始めることにしました。「花組ヌーベル」に関しては僕が今試せること、試したいことをやってみようという企画です。僕のスケジュールとか僕の気持ち次第なんで、毎年あるかどうかはちょっとわかりませんが(笑)。

まず第1回目の今回はちょうど20周年記念の浴衣を作るので、浴衣を使った芝居にしようかとういことになりました。浴衣をお買い上げいただいたお客様方は一緒に着ていただいて舞台も客席も「同じ浴衣で夏祭り」みたいな企画にしようかと。

スズナリという小さい空間で大作をやってみよう、それも浴衣で時代物を、ということで、谷崎潤一郎の『恐怖時代』を取り上げることにしました。以前勧められて読んでみて、「うわ、これは花組じゃ無理だ」と思っていたんです。『恐怖時代』は谷崎の不思議な世界が入っている問題作で、戯曲ですが文芸作品なんです。谷崎自身も「戯曲は上演を前提として書いていない」と明言してるんですよね。自分が書きたい題材、書きたいテーマに合わせて戯曲という様式を選ぶという形で書いてるので、舞台化するのは難しい本なんです。でも、壁が高ければ高いほど超えてみたいと思うので(笑)。

――そして、年末には忠臣蔵全十一段を一挙上演するという壮大な『KANADEHON忠臣蔵』を上演することに!

以前、兵庫県立ピッコロ劇団で上演したとき僕が演出を担当したんですが、そのときから「これは花組でやったらいいんじゃない?」と言われてたんです。
『仮名手本忠臣蔵』なんて、この20年の間に花組芝居で一度もやりたいと思ったことはない芝居なんですよ(笑)。長いし、一幕一幕ができすぎちゃってますからね、翻案して上演するとしたって、僕らは既に『四谷怪談』をやってますから変に二番煎じになるのも…ってこともあって、やろうとも思わなかった作品なんです。ピッコロでやったとき、3時間以内に『忠臣蔵』全十一段を収めるという無謀な企画ができてしまって、これを花組で取り上げてみるのもいいかも、と思ったんです。こういう路線がもしもうまくいけば今後も歌舞伎名作シリーズみたいなこともできたらいいかなと思ってます。

――それも、新しい挑戦ですね。

そうですね。もうちょっと歌舞伎と接してみたい、趣味的に歌舞伎に接するんじゃなく、歌舞伎というジャンルを冷静に判断してみたいという気持ちがあります。

――楽しみですね! どうもありがとうございました。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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