「怪誕身毒丸」公演中の11月25日の終演後、加納さんにお話を伺いました。
加納幸和事務所時代の「JOHRURIしゅんとく丸」から数えて、四演目となる今回の公演。上演の意図などについてはシアターガイド11月号等でインタビューに答えてらっしゃいましたので、今回はカーリー役の役者さんについてのお話等を中心にお聞きしました。本当にお忙しい中、お時間を割いていただきどうもありがとうございました。
(文中「 」でくくった太字の部分は、加納さんがおっしゃった内容の大意です。文責は大原にあります)
加納さんが出ない「花組芝居」というのは初めてですが、実際ご覧になってみていかがでしょうか。
「もちろん演出家として見る、というのはあるんですけど、それよりもやっぱり一人の役者として、八代や誓がやっているのを見て「ああいうふうに来たか」と思うというのがありますね。(二人がやっているのを見て)「ああいうふうにできないな」と思いつつ「じゃあ、これ貰うよ」って言ってやってみると、お客の反応も全然違うんですよ。彼らの持ってるカラーで彼らの発想で、同じことをしてもそれがお客が同じくらいに反応するとは限らないんですね。逆に彼らも僕に対してそう思ってるところもあるだろうし。個性というのはそういうところにあるのかなあっていうのを感じてますね。」
ぼくはああいうふうに出来ないなって思うところというのは…?
「まあ、ほんのちょっとしたところなんですけど、そこで僕はお客を沸かせることはできないとか、随所にありますね。でも、悔しい(笑)。やってみるんだけど、お客が反応しなくて、悔しい(笑)。」
八代さんと誓さんにカーリーを振ったっていうのは?
「あの役は難しいんですよ。義太夫がなんとなく分かるとか、極端にナチュラルな芝居も要求されるし、それが自在に表現できる、それでいて華があって芯が張れるような人でないとやっぱりあの役はできない。そうすると、いろいろあって3組作ろうっていったときに、あの二人にって思ったんです。
八代も誓も女形をいつもやってるわけじゃないから、大変は大変だとはおもうんですけどね。
『恋路の闇に』っていうのは同じ(義太夫の)のり地でも非常に難しいんですよ。たくさんのり地の台詞があるんですけど、あそこが一番難しい。大変だったと思うんですけどね。」
拝見すると、三者三様ですよね。
「そうですね。前回(91年)と違って、やってることは同じ、でも違って見える、というのは、まあ、狙いだったんですけど。」
最初に蜂屋組を見て、シッダルタが主役になってるような感じを受けたんですが、それは…?
「いや、それは狙いではないですね。ひょっとしたら桂のキャラクターがシッダルタと合ったのかもしれないし。これの7年前の再演のビデオを見ると、八代とか大井とかはあるキャラクターがあるし自分でつかんでるものがあったけれど、桂はまだあのときは『こいつどこに行くのかな』っていうのが分からない時期だった。桂はこの、短いというか長いというか、この(7年の)間に、空間を支配できる俳優になったなあって。同期の中でも、何回かぼくの相手役をやったりして、数の上では大きい役をやった回数が多いから、ということもあるのかもしれない。責任を負わせるということは役者にとって大事なことではありますね。」
今回の八代さんも責任の大きい役ですよね。
「責任の大きい役をやるというのは、その役者個人のありようが変化していくためにはやっぱり必要なんです。これからもっともっと責任のある役をやらせたいなと思う。」
八代さんと加納さんは作っているものが大分違いますよね。
「そうですね。違うと思います。違うって言っても彼のプランを聞いたわけじゃないんですが。『こうやって動いて』という部分は決めているけれど、あと内面のこととかオリジナルのプランがあるとしたらそれは自由に、というふうにやってますんで。『ここはこういう気持ちで』というのはあるんですが、怒るとか悲しい気持ちとか曖昧な単語は渡すけれども、その怒り方や悲しみ方は役者に任せてる。
シッダルタとカーリーの二人のシーンは(芝居の)ポイントになってるんですが、大まかな流れは組みましたけど、あとは『細かいところは二人で相談して』って言ってやってもらってるんです。」
3組とも、カーリーとシッダルタの人間関係が違いますものね
「そうですね。カーリーが違うからかもわかんないけど、違うというところはあると思いますね。はっきり言って肉体が違うと変わるものですね、同じようにやってても。それは(役者の)持っているニンというか持って生まれたものが違うということ。たとえば同じ上手い役者でも勘三郎と松緑って役者がいて、松緑に弁慶は出来るけど勘三郎には出来ない、勘三郎に法界坊はできるけど松緑にはできない、それくらいの違いがありますね。まあ、そんなに高レベルじゃないですけど。
あとは配役で、インドラやヤマの違いもありますし。
誓はたまたま背の高い子供二人になっちゃって、ぼくらの間では、『旦那に先立たれて女手一つで男の兄弟を、カーリーという飲み屋を経営しながらたくましく育て上げた』という話になってるんです(笑)。八代は八代でまた違いますしね。」
八代さんはどこか、母でなくて女という感じが強い気がします。
「そうかもしれないですね。女形でもやっぱりタイプがあって母になれる人と、なれない人とあるんです。」
加納さんは母って感じですね。
「どうでしょうね。雷象がインドラをやってるっていうのもあるかもしれない。雷象は何にもしなくても子供ですからね。」
「怪誕身毒丸」へ
ホームページへ |