加納幸和さんに聞く『KANADEHON忠臣蔵』
花組芝居20周年記念イヤーとなった2007年。そのラストを飾ったのが『KANADEHON忠臣蔵』。

歌舞伎なら12時間以上かかってしまう全十一段を通しで、なおかつダイジェストになることなくドラマとして2時間半で見せるという試みは、20周年続けてきた花組芝居だからこそできる舞台だったといえるでしょう。

今回も公演終了後、加納幸和さんにお話を伺いました。
加納さん及び花組芝居さんの寛大なご配慮によりその模様をこちらにアップさせていただきます。(いつもありがとうございます!)

なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。

また、もしよろしかったら、新・ご記帳所に感想などをぜひ一言書き残していって下さるととてもありがたく存じます。


――今回の『KANADEHON忠臣蔵』公演が終わって振り返ってみると、加納さんはどんな手応えがありましたか?

この20年の間、僕たちは歌舞伎を現代演劇に取り入れる方法を模索してきたように思うんです。最初は歌舞伎の真似をしてパロディ化するというような形だったんですが、やがて見た目だけでなく本質的なところで歌舞伎というものをとらえられないだろうかと模索してきたんですね。その間に歌舞伎の状況も変わりましたし、お客様も変わってきたんでしょうね。20周年で『KANADEHON忠臣蔵』という大作を取り上げてみて、僕らにも歌舞伎の持っている形が必要とされているのかな、と。もちろん『KANADEHON忠臣蔵』をこの形で創作できたのは、いろんな実験的な作品を作ってきたからこそたどりついた演出方法ではあるんですけど、それを使いながら歌舞伎の持っている色彩や形というものを装飾として着せてみると、今の人にはとても受け入れやすいものになったんだなという印象があります。今後しばらくは、方向性として歌舞伎の演目にこだわってみようかなと思っています。

――反響も大きかったのではないでしょうか?

これまでのお客様の中には「花組はこれよ」みたいな声が大分あったんです。それと、新しい方々には歌舞伎啓蒙を含めての興味をわかせたんだなというふうに思いますね。義太夫や音楽面、演技を含めて、歌舞伎の持っている形の説得力があったんでしょうね。幕内の話で言うと、皆、役者が大きくなったねと(笑)。

――以前加納さんがおっしゃっていたように、忠臣蔵十一段の各段に主役がいるわけで、十一段分の主役ができる役者がいないとできない作品でしたものね。

そうですね。3年くらい前だったら思いもつかないというか、「無理だよ、こんなもの」と思ってたと思います。

――今回は石川耕士さんが台本を書かれているということもあって、『忠臣蔵』の全体のストーリーが恋愛というところで筋が通っていたのが興味深かったですね。

『仮名手本忠臣蔵』というものが元々そうだったんだと思います。明治以降は国の体制が変わって、忠義、忠節、義理ということがもてはやされ忠臣蔵外伝ものが人気になったんですが、明治以前の江戸庶民は忠臣蔵の事件に関してはわりと客観的だったと、石川さんがおっしゃってましたね。

――客観的とは?

(『仮名手本忠臣蔵』が赤穂浪士の)事件から50年近くたってるということもあるんでしょうけど、「人物には入り込んでいるけど、事件には入り込んでない」ということをおっしゃってましたね。一人の人物に複数の人物像が加わっていたりして、いろんな意味での脚色の仕方がとても巧妙であって、庶民たちも(その脚色を)受け止めていた。事件を究明しようというのではなく、(実際の事件とは)別なドラマとして見ようとしていたんです。

――今回の舞台化では『仮名手本忠臣蔵』の浄瑠璃の原文から取っているところが多いようですが?

そうですね。(自害した早野勘平が持っていた財布が大星由良助の手に渡り、討ち入りの後、由良助が)勘平の財布を焼香させるというシーンは原文でもありますしね。浄瑠璃作者は書いた人物に対してちゃんと辻褄合わせをしていた印象がありますね。今回はカットしてありますけど、原文では鷺坂伴内と薬師寺次郎左衛門が焼香の場所にやって来て、結局あの二人は殺されちゃうんですよ。

三段目や五段目も浄瑠璃のやり方をならってるんです。五段目は文楽でも(斧定九郎は)中村仲蔵の型でやってますからね(※元々、五段目山崎渡しの場の斧定九郎役は山賊姿で登場する目立たない役だった。しかし、江戸時代の名優中村仲蔵が黒紋付姿で出てくる工夫をして、大役にしたという逸話がある)。でも、僕らは山賊の姿でやってるんです。殊更に原文重視してます(笑)。

――義太夫のノリ地を役者が語るようにしていたのは?

初めて義太夫の全曲を聴いて、「ここがノリ地になってるんだ」「ここは大騒ぎになってるんだ」と思うところがあったんですね。九段目の戸無瀬とお石のやりとりも(今の歌舞伎のやり方とは違って)二人とも激昂して丁々発止なんです。義太夫から始まって人間が演じるということでだんだん今のような形になったんだと思うんですけれども、我々は格式や伝統という縛りがないから、昔に戻って太夫さんみたいに乗っちゃったり叫んだりしてもいいんじゃないかな、と思ってやってみたんです。

――20年の集大成というのにふさわしい舞台になりましたね。

最初は「この大作に挑むんだ」という気持ちだけでそんな(集大成という)つもりはなかったんですけど、今まで花組芝居でやってきた作品の経験があったからこそできたな、とは思います。たとえば義太夫のプロの方とやるときの現場の作業の流れなども含めて、(義太夫を劇中に取り入れた「怪誕身毒丸」や「天変斯止嵐后晴」での)積み重ねがあったからこそ、できたんだなと思いましたね。

あとは役者たちも、例えば桂(憲一)も二枚目じゃなくもうちょっとどっしりした役をやったほうがいいかなとか、若手も力をつけてきたんで大きな役をつけてみようかとか、役者たちの経験の積み重ねもあったからこそ、できた作品だと思います。

――若手では、鷺坂伴内と一文字屋才兵衛を演じた谷山知宏さんもなかなか面白い個性の方だなと思いました。

意外に面白いヤツなんですよ。あんなふうなんですけど、至って真面目ですね。ある方に「飛び道具」と言われました。

――お軽も、とても植本潤さんらしいお軽でした(笑)。

(笑)これは、逆に言うと「植本だったらこうするだろうな」という方向で演出していったところがありますね。最初は「えー、僕、そんなイメージですか?」と言いながらやってたんですけど。

――各務立基さんの勘平も恋する男の短慮さがうまく出てらっしゃいましたね。

そうですね。立基がね、こんなこと言うとアレですが、本人的にも優柔不断に見えるところがあるので、それが役に生かされてるようには思いますね。作者自身も相当勘平に同情というか入れ込んで書いているところがあると思います。

――桂憲一さんの大星由良助も大きさがあって、新境地を開いてらしたように思います。

稽古の最初のころは、どうしても体が動いてしまったり、台詞の音域を広く使っていたりしたんですけれども、(実事の)由良助としてはそれはあまりよくないかもしれないというので、動きをセーブさせたり裏声を使わないようにしたんです。彼も飲み込みが早いものだから、セーブした動きや声の出し方を含めて、よかったんじゃないかなと思います。そういうやり方をしたことで、桂の由良助はこのラインなんだというのがはっきりしたんじゃないかと。四段目、五段目、七段目、九段目、十段目と、原作は複数の作者が書いてますから首尾一貫してないんじゃないかなと思うところもあるんです。「十段目の由良助は軽すぎない?」とか。だから(今回、桂さんがやった由良助を見て)意外に筋が通っている人物なんだという印象がありましたね。

――そういえば、十段目、由良助が天河屋義平の揃えた武器が入っている荷物から出てくるシーンがありますが、あれは花組版で作ったギャグかと思ってたんですけど、元々の浄瑠璃版からそうなっていたんですね。

ハハハ。そうなんです。文楽だとあの荷物から出てくるんですよ。盗人被りは桂のアイデアですが、あれも理屈からいうと「いつ由良助が中に入ったんだよ?!」というところではあるんですけど。歌舞伎だと奥からでてくる形になってますね。台本によっては「町人を騙して本心を確かめるみたいなセコいことを由良助はしない」という解釈で、由良助でなく原郷右衛門が出てきたりするんです。でも、由良助という人物から言うと、役が重くなる軽くなるではなくて、それだけ用心しているんだという意味ではとても大切な行動だと思いますよね。お軽も本気で殺す気になっていたわけですし。

――加納さんの戸無瀬はやはり中村歌右衛門さんゆずりのものが感じられます。

そう、どうしても歌右衛門さんの戸無瀬が印象に残ってるんですよね、居ずまいとか。存命中はほとんど彼しか演じてませんし…。

――さて、20周年記念の今年、本公演の『かぶき座の怪人』、新企画・花組ヌーベル『恐怖時代』、花組芝居OFFシアター『ザ・漱石』ととても多彩なラインナップが揃いましたね。

ラインナップとしてはよかったような気がしますね。ラインナップ全体のことなんて考えないで企画しちゃったんですけど(笑)。

――21年目以降の花組芝居は、どんな方向を目指すのでしょうか?

今回のような歌舞伎の演目にこだわったものも方向としてやっていこうと思いますし、それとは別なラインとして、チェーホフやアガサ・クリスティなどいわゆる翻訳劇を女形でやるというのを一度ちゃんとやってみたいなと思ってるんです。

――次の本公演は2008年9月の『怪談牡丹燈籠』ですね。

原作を読んでみたら、カランコロン(と幽霊の下駄の音が響く)という(お露と新三郎の話)のは脇筋で、本当はお露の父親が巻き込まれた仇討ち話が本筋の話なんです。悪人、悪女が出てきたりしてなかなか面白い話なのでずっと(企画を)温めてきたんですが、昨年、桂歌丸さんの『牡丹燈籠』の五本組DVDが出たり、白石加代子さんが『百物語』で取り上げていたりして動きがあったので、取り上げてみようかなと思って。僕らなりの『怪談牡丹燈籠』の全体像をお見せできたらなと思っています。

――その前後には、加納さんは外部の公演が続きますね。まず、演出作品として『恋はコメディー』。役者としては、音楽劇『ぼんち』では沢田研二さんと共演。三島由紀夫の『サド侯爵夫人』を鈴木勝秀さんの演出で、サド侯爵夫人ルネ(篠井英介さん)の母、モントルイユ夫人役を演じます。

翻訳劇を演出したのは『ハイライフ』だけで、外部でやるのは『恋はコメディー』が初めてなんですよね。音楽劇『ぼんち』では、僕、ジュリーの前で歌っちゃうの?!…と(笑)。『サド侯爵夫人』はルネよりもモントルイユのほうが台詞多いんじゃないか? 何せ亡くなった南美江さんの持ち役でしたから。『怪談牡丹燈籠』の本番中に稽古が始まることになりそうです。

――2008年もご活躍が続きますね。期待しています!


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