加納幸和さんに聞く『鏡花まつり』


花組芝居として初の試みである、鏡花2作品を連続上演した『鏡花まつり』について、加納幸和さんにお話を伺いました。
加納さん、及び花組芝居さんのご厚意により、インタビューを掲載させていただきます。
いつもありがとうございます!

なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。


もしよろしかったらお読みになった感想をお書き頂けるとたいへん嬉しく思います。ご記帳所が設けてありますので、感想などを一言書き残していって下さいませ。よろしくお願いいたします。


●「鏡花まつり」…いろんな意味ですごいお祭りでしたね。

そうですね(笑)。

●今回の鏡花まつりで加納さんが一番手ごたえを感じられたのはどこでしょうか?

手ごたえというかびっくりしたことは、演出を初演のままにしようと思っていたんですけど、良くできてるなと改めて思いましたね。自分で言うといやらしく聞こえますけど(笑)。

脚本も(再演にあたって)鏡花の原文となるべく遺漏がないようにというので全集の本とチェックし直したんです。そうしたら、両作品とも、特に『草迷宮』は脚本のくだりが(原作の)どこからどう持ってきたのか全然分からないんですよ。よーく調べると見つけたりするんですが。初演のときは原作を何度も読んでピックアップして、パズルみたいにバラバラにして、それをもう一度構築していってたんですね。すごい作業をしてたんだなという印象がまずありますね。

●『泉鏡花の日本橋』『泉鏡花の草迷宮』と2本立ての公演だったので、通常の公演の2倍の労力が必要だったのでは?

演技エリアや舞台装置の変更で配置や動きを変えた部分はありましたが、今回は基本的に演出を前回のままでいこうという方針でいましたので、演出家として創作するという面でいうと通常の1.5倍くらいかな? ただ、スタッフと他のキャストは大変でした。

●この2作品を選んだ理由は?

内容としてお化けが出てくるものと出ないものとで差が出たほうが良いんだろうなというのと、両方とも(鏡花が書いた戯曲作品の舞台化ではなく)小説から僕が書き起こしたものを選びました。それと上演してから何年もたってるものを選んだというのもありますね。

●『日本橋』は8年、『草迷宮』は12年ぶりの再演ですが、これだけ間が空いてしまったのは?

小さい空間で作るのにこだわっていたのでなかなか上演する機会がなかったことと、登場人数が少ないので半分以上オフキャストになってしまうこと。この二つが大きいですね。2作品同時にやるから再演できたというのはあると思います。

●拝見していて、2作品に共通する部分があるなということを感じたのですが。

うーん、どうだろうな。日本橋を初演したときは桂(憲一)が(『草迷宮』の)小次郎と(『日本橋』の)葛木晋三を両方やってましたから、「葛木晋三は1年間旅をしてる間に秋谷屋敷に寄ったんだ」なんて言ってて、そんなこともあり得るかもしれないね、と話してたんですが。

両作品共、鏡花の作品どれにも共通する「女性に対しての不思議な思い」「母を求める」というテーマがありますよね。(『草迷宮』の)葉越明が母親を追慕するがために別の女性に対して恋愛に近いような感情になっていくというのは、『日本橋』の葛木と共通のところがあるかもしれませんね。葛木も基本的には姉の面影を清葉に見ることによって清葉に恋をしてしまうので。そこのところが葛木と葉越明はよく似てるのかもしれないですね。

●1日で昼夜違う作品を上演する形にしたのは、なぜでしょうか?

あるプロデューサーさんから昼夜入れ替えでやったほうがよいよという助言もありました。また、僕自身歌舞伎を見て育ったので、見取り狂言のように同じ団体が一日のうちで全然違う作品を上演するというのは憧れというか、僕らがやっている仕事の幅の広さを見せることができるんじゃないかと思ったんです。まあ、こういう公演はあんまりちょくちょくはできませんけどね(笑)。

●続いて、それぞれの作品についてのお話をお聞きします。『草迷宮』は本当に不思議な世界で、桂さんの小次郎法師はその迷宮世界をうまく道案内していたんでないかと思います。

同志社大学教授の佐伯順子さんに、小次郎はお能のワキのポジションと同じで、冥界への案内人になっているというのをご指摘いただいて。アカデミックに考えたわけではなくて、案内人というか狂言回しの小次郎から芝居が始まったほうがいいだろうな、と思ってやったんです。能の幕開きにワキの役が出てまいりまして情景や自分の状況説明をして、ある場所に行ってシテの役と出会い、シテが抱えている過去のことやあの世のことだとかが目の前に現出してくる。それが夢幻能の形式ですが、鏡花は多少それを意識して原作自体を書いてるんだと思います。

●原作を読んでると話はさっぱり訳が分からないですけれどね(笑)。

ああ、それはわざとだと思いますよ。読んでる人も迷宮に誘おうとしてるんです。『日本橋』の場合はちょっと謎解きになっていて、「なんでこういう状況になってるんだろう」という興味を引っ張るために現在と過去がぐちゃぐちゃぐちゃになって構成されてるんですよね。僕らも新派のお芝居も時間軸を正しく並べ替えて脚色しましたが。

●今回は松原綾央さんが抜擢されて葉越明を演じましたが、加納さんから見た松原さんは?

今もまだまだなんですけどね。劇団入った当初は「どうしようか」と思いましたから(笑)。同期の各務(立基)も秋葉(陽司)も良いポジションにいきつつあるから本人も焦ったしどうにかしようと思ったところもあったんですしょうね。あいつも先輩の連中に可愛がってもらってるところもあるので、周りにハッパをかけてもらって自覚が出てきたんだと思います。向上心はありますからね。

●今回の抜擢の経験を今後につなげていってほしいですものね。

そうですね。もう少し大きくなればいいなと。やっと体と頭がリンクするようになりましたから(笑)。前は考えてることと体をリンクさせるのに自分で四苦八苦してるという状態でしたからね。

●『日本橋』はやはり、加納さんの稲葉屋お孝は当たり役ですよね! 他の人がやっているのは考えられないような感じです。

(笑)やってみて台詞がきちんと入ってくるんですよね。似たようなところでは『婦系図』の菅子もすんなり入ってきた。僕の気持ちと台詞がぴたっと合ってくるような感じ。『婦系図』は早瀬主税の芝居ですけど、『日本橋』はダイナミックにドラマを運んでいくのはお孝ですからね。

●今回は清葉が植本潤さんに代わったのが大きいかなと思います。

植本はいろんなところで女性の細やかさや魅力を持ってる女優さんたちを相手役にして、女形をやっているというのもあると思うんですが、清葉のとっても芯が強いんだけど優しいというムードが出せるようになったんだろうなと思いますね。何年も前に『夜叉ケ池』の百合をやらせたときには彼自身手も足も出なくて、僕が微に入り細に入り稽古をつけていたんですけど、今は「こんな感じだよ」というとすぐ分かるようになってくれた。

清葉と甚平の二人の場面は、初演のときは台本で書かれているシーンのイメージを役者も僕も掴みきれないでちょっと逃げちゃったところがあったんで、今回はきちっとやりたいなと思って。他は熱烈な愛の場面が多いじゃないですか。でも、橋の上の清葉と甚平というのは、自分たちの境遇を語り合ってるシーンですからね。情緒的な感じが出したいと思ったんです。

静かでいながら濃厚な芝居というのはダイナミックな演技ができる人間じゃないと出せないんですよね。二人とも花組でも外でも大胆な芝居を要求されてきましたから。空間が物理的に動かないし、台詞も感情的にはならないけれども、空間を濃密にする。表には出なくても体の中で実は燃えているものがあるからこそ、お客さんに伝わっていくんじゃないかと思います。今回はそれが少しはできたんじゃないでしょうか。

●葛木(各務)がお孝のもとを去っていくシーンは加納さんご自身が書かれているということをお聞きしましたが。

そうですね、原作ですと別れ話が終わったあと、稲葉屋に引き返してきて葛木が京人形を返してもらうというシーンしかないんです。そうすると別れ話ではどんな話がされたんだろう……? と原作から類推して、原作にある「南無阿弥陀仏」のビラの一件を膨らませて、別れ話の場面を書きました。

鏡花の戯曲日本橋では、「葛木晋三の女房と成るべきものを、何だって、……あの熊の如き奴を弄んだ。……残念だ、俺が悔しい」と葛木が吐き捨てるように言う。それが別れる動機で、そのシーンは終わっちゃうんですけど、僕の中では「それはなかろう」と思ったんです。

(その前の場面で)五十嵐伝吾(=赤熊・水下きよし)の、社会的地位も何もかもかなぐり捨てた、お孝への必死な思いを見て、葛木は自分がそれに対して対抗すべき情熱がないと思ったときに、葛木はお孝と別れようと思ったという流れですから。「葛木の女たるものが」というのは役としては言えないんじゃないかなと思いましてね。それで、葛木が自分の正直な気持ちを吐露してお孝に謝るというふうにしたんです。

新派の台本というのは歌舞伎と同じで上演ごとにいろんな人が手を加えていきますから「元はどうだろう」と調べたら、最初の戯曲日本橋がそうなってたんで、またそれでびっくりして。で、小説の原作を読んでみるとそのシーンは書かれていない。ああ、それなら新しく作ってしまえ、というのがありましたね。

●視覚的な面でもこの場面は印象が強いですよね。赤熊が南無阿弥陀仏というビラを無数に貼っていくという……。

小説原文に「怨霊比羅」という公があって、赤熊の張ったビラに、お孝とお千世が怯えるというシーンで、これに別れ話を絡まそうと考えました。で、視覚的に沢山貼っちゃえとなったんです。

●今回の『日本橋』はお孝と葛木、清葉と赤熊の四人の愛の物語なんだということを強く感じました。

そうですね、特に今回は植本に葛木の姉の役も(二役で)やらせる形にしたので、より関係が見えたかもしれませんね。

●『日本橋』『草迷宮』と2本通して見せていただけたことで、花組芝居の多面性と、底に流れる共通性とが見えた公演だったかと思います。

この後の加納さんは、12月の伝統の現在NEXT『海神別荘』演出、1月の兵庫県立芸術文化センターこけら落とし公演『KANADEHON忠臣蔵』演出・出演、3月の尾上松緑さん主演『夏の夜の夢』演出、そして、4月の花組芝居『ザ・隅田川 再演ニ非ズ』、6月は加納さんが脚色した『和宮様御留』の新橋演舞場公演と、大きなお仕事が続きますね。

とても時間が掛かったんですけど、古典と現代劇、アーティスティックなものと大衆的なものをどういうふうに融合させていけばいいのかというのが、一つの実になってきたのかなと思います。これはやりたかったことの一つなので、ちょっと大変ですが、とても嬉しいですね。

●舞台が目白押しで楽しみなことが多い、この先1年くらいです。

体に気をつけてがんばります。

●まずそれが一番ですね! どうもありがとうございました。



素晴らしいお祭りの余韻を味わわせていただいたインタビューでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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