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『シャンソマニア』大阪公演が終わって1週間ほどたったある日、『シャンソマニア』についてのお話をお聞きしました。加納さんの寛大なご配慮により、その模様をアップさせて頂きます。 なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。 また、もしよろしかったらお読みになった感想をお書き頂けるとたいへん嬉しく思います。ご記帳所が設けてありますので、感想などを一言書き残していって下さいませ。よろしくお願いいたします。 『シャンソマニア』は「シャンソンと源氏物語の合体」という意外な組み合わせによる公演でしたが、どうしてこれを思いつかれたのでしょうか? (ゲスト出演した、シャンソン・カンツォーネ歌手の)江川康人さんはここ数年の飲み友達で江川さんのライブにも行ったことがあったんです。舞台でも話しましたが、昨年に江川さんが企画ななさった「シャンソンの夕べ」というチャリティコンサートに僕が依頼を受けてゲスト出演しました。「何か歌って下さい」ということで、僕はシャンソンは知りませんから『いろは四谷怪談』の「師直の歌」とお岩さんが歌った「瀬をはやみ」の歌を歌いまして、ほかに「雪の降る町を」に合わせて(『花組をどり』で踊った、地唄舞の「雪」を)僕が踊ったんですね。 僕は一回きりのことと思っていたんですが、どうやらこの踊りが関係者の方に評判になったらしいんです。それで「何かこういうことがちゃんとした形でできたらいいね」という話を江川さんの周辺で話し始めて、僕も何かできたらいいなと思ったのが最初だったんです。今回の公演について考えたときに「江川さん達とシャンソンで組んでできないかな」と思いついたんですね。 はじめに「シャンソン」があったということですね。 そうです。「ただシャンソンのミュージシャンを呼んで我々が歌うだけとか江川さんの歌に合わせて踊るだけでは芸がないので、芝居にしよう」、今回は小規模な公演ということは決まっていたので、「我々の「『素ネオかぶき』のやり方でいこう、夏だから着物でなくて白い洋服でいこう」と考えて。でも、そこからしばらくは題材を何にするかは決まってなかったんですよ。 あるとき小泉吉宏さんという漫画家の方が描いた『(大掴源氏物語)まろ、ん?』のサイン入りの本を頂いたんです。それは源氏物語五十四帖を一冊の漫画で説明してるんですが、どんなに長い帖でも短い帖でも一帖一ページになってる。一帖が8コマ漫画みたいになっているんです(笑)。それを読んで「あ、『源氏』でいこうかな」と漠然と思いついたんです。でも『源氏』と決めた後でも、どういう形の舞台にしようか、というのは大分考えました。 源氏物語の舞台化というと、ダイジェストふうにメインの登場人物がすべて出てくるものが多いように思うのですが、今回の『シャンソマニア』は「桐壺」の巻に絞っていましたね。桐壺に限りながらも、シャンソンの一曲一曲で登場人物のドラマを表現したために、その後の壮大な物語も彷彿させるものとなっていたのが特徴的でした。 歌舞伎でもこの間瀬戸内寂聴さんの脚本で上演されていましたが、以前には北條秀司先生の脚本で『源氏物語』を部分ピックアップで上演したものがありました。また、昭和50年には『源氏物語 葵の巻』というタイトルで、徹底的に葵の巻を(中村)歌右衛門の六条御息所と(中村)勘三郎の光の君で上演した舞台(円地文子・作)もありました。『源氏物語』なのに途中で義太夫が入ったりして(笑)面白かったんですが、そういうふうに的を絞らないとダメだろうな、と思ったんです。 「皆さんご存知の」というところをやっても、僕はひねくれてるから(笑)面白くないなあと思って、皆さんが予想のつかないところで、というので「桐壺」にしたんです。でも、「桐壺」から丹念にやろうと思ったら「桐壺」で精一杯になっちゃいましたね(笑)。 原文そのままで演じながら、直後に訳文を語る形式にしたのは? 「そういえば、『源氏』の原文というのは高校の授業でやったきりで読んでいないなあ」と思ったんです。普通の人は瀬戸内さんや与謝野晶子さんの訳文を読んで「『源氏』読みました」というんでしょうけどね。だから、芝居を一本観て原文を味わったようにならないかな、と思ったんです。 でも、台本を原文と訳文で整理し始めたら、一帖だけで相当な量になってしまって(笑)。初めは二、三帖いこうかと思ったんですが、そうすると省略せざるを得ないんですね。「桐壺」に絞ってからも、訳文と歌と原文を並べたらお客さんと唱和する時間がなくなっってしまいましたね。 そのなごりが、ラストの「だけどだけど好きなのさ」の歌をお客さんと唱和したことだったんでしょうか(笑)? (笑)そうですね。今回の選曲は役のシチュエーションに合わせてピックアップしました。光源氏が歌う2曲は、(源氏が)元服する前後の青少年のときなので溌剌とした歌がいいかなと思って決めました。実は曲が決まってから配役を決めたんです。だから、あとから「難しい曲がこの人に渡っちゃった」というのがありましたね(笑)。 今回は格段に皆さんの歌がお上手になった気がするんですが。 ここ2年ほどは歌唱指導の上野(まり子)さんについて頂いてるんですが「今回は徹底的にやりましょう」と。基本的な発声や歌の音域調整は上野さんに、シャンソンの語り風にするコツは江川さんと音楽監督の芹田(直彦)さんに教わりました。毎日、全体の稽古が終ってから夜は2、3時間歌稽古をしていたので、連日9時間稽古でしたね。 登場人物の中で印象に残ったのは、弘徽殿の女御(加納幸和)です。私の中では弘徽殿の女御というと「イヤなオバサン」というイメージがあったんですが、弘徽殿が本来持っていたであろうものが今回の舞台で見られたのが面白かったです。 桐壺を美化するために桐壺の周りの女達が意地悪したという設定になっていますが、後宮に入ってきた女性というのは、お仕事とはいえ、帝に愛してもらって子供を産むのが一番の夢となっている女性達ですよね。いろんな境遇で悪さをする人も悲しく死んでいってしまう人もいるけれど、皆基本的に帝を思っている人たちなんです。そのあたりのことを考えて、弘徽殿も原文にない裏の気持ちを歌で表現できないかな、と思ったんです。 たとえば後涼殿の女御(横道毅)は原文にはせつせつと心情を語るところもなくて、単に「あの人は部屋を移されて悲しかったです」と書いておしまいなんですよね。 藤壺が歌っているところも印象的でした。 藤壺は桐壷の巻では単に「入内してきました、終わり」となっているんですけど、藤壺がこれから辿っていく運命みたいなものを予感させる歌にすればよいかなと思ってああなったんです。 最初は藤壺が歌がなかったんですよ。実は一番最初に僕が十何曲チョイスした曲は皆が知ってるような曲は入れてませんでした。あんまり皆のイメージがある曲だと「ああ、○○さんの歌ね」というふうに比べられてもいやだなと思って、メロディがきれいだけれどはじめて聞くような曲ばかり選んでいたんです。 でもシャンソンチームから、「花組の公演だからシャンソニエに来たことがない人もいるでしょう、そのためには耳慣れた曲をいれた方がいいですよ」というアドバイスがあって、藤壺の歌と、桐壺が死んだ後の帝の歌を入れたんです。 松原(綾央)さんの藤壺も独特の感じがして面白かったですね。「藤壺だもの」と言い放つキャラクターの設定が非常に合っていた気がします。 そうですね、綾央だし、(源氏が)橘(義)だし、オヤジ(帝)は水やん(水下きよし)だし、何かぶっちゃけていたほうがいいだろうなーって(笑)。綾央と義の歌の稽古は大変でしたね、かなり。 橘さんも今回が入座披露でしたが、光源氏はピッタリでしたね。 まあ、後半の年を取ってからの源氏はできるかどうかわからないですけどね。源氏というのはやっぱり奔放な男性ですよね。気になる女性のところに行ったら間違えて他の女に手を出したり、それでもしばらくその女性とちゃんと付き合ってたりとか、勢いで女の人のところに行っちゃって失敗して「ああー」って悩むんだけど、また別の女のところに行ったり。「おいおい、あなたね」という感じですね(笑)。 橘は我々にとってもお客さんにとっても未知数だし、彼自身も自分がどんな俳優になるのかまだ23歳だからわからないだろうし、じゃあ、この(桐壺の巻の)源氏がいいかな、と思いました。 この舞台での橘源氏はまだ未知数ですけれど、源氏の行く末と合わせて、彼の役者としての将来も透けて見えるような感じがしました。口上も面白かったですね。 入座披露なので、劇中に口上を入れようと思ったんですが、今回こういう舞台だったんで、チョンチョンと柝が鳴ってずらっと並んで「東西東西」という感じでもないし、どうしようかなと思っていたんです。橘は研修の段階で主役をやらせたりして特殊な形で花組に入って来ているので、いつもの口上にしたら面白くないというのも最初から思ってました。それが、歌の稽古をしているときに、「あ、この間奏のときに自分だけで口上を言っちゃえばいいんじゃない?」と思ったんです。 実は、宝塚の鳳蘭さんの退団公演(『白夜わが愛』)のレコードを聞いたことがあって、そこでフィナーレのレビューシーンで芝居には出ていない瀬戸内美八さんが現われて歌っている最中に「私が鳳さんの後を次いで星組トップスターとなります、瀬戸内美八でございます」と挨拶した、というのがあったんですよ。その形式を使ってみたんですが、後から「宝塚でもこういう(次のトップスターの口上を劇中にする)形式は、滅多にないことなんだよ」と聞いて驚きました(笑)。 『シャンソマニア』の東京公演をやった草月ホールは、一番最初の素ネオかぶき公演となった『ザ・隅田川 再演ニ非ズ』を上演した劇場でしたよね。あれから、8年たったわけですが、今回は「素ネオかぶき」とあえてサブタイトルをつける必要はなくなったんだな、ということを感じました。つまり、「衣装やメイクがなくても、かぶきを成立させる」という独特の様式は花組芝居の血肉となったんだな、と……。 そうですね。一番最初は、劇団ぐるみで利賀村に行ってそこで芝居を作ることになったとき、「装置も衣装も作ったりできないからどうしようか」ということで諸々を省いた形で上演した『聖ひばり御殿』から始まったんです。それをもうちょっときちっとした形でやろうということで、初めて「素ネオかぶき」と名打ったのが『ザ・隅田川 再演ニ非ズ』。その後には『花組をどり』で黒衣の格好をしてずっと踊りっぱなしというのをやって、『海神別荘』では着物でなく洋装の衣装でやって……と、ある種のジャンルになりつつあるのが僕としては嬉しいですね。 これは花組芝居でないと見られないですものね。 劇団が続いているからできることなんでしょうね。 『源氏物語』五十四帖、この先も舞台で見られるんでしょうか? ホントに近い将来やりたいと思っています。五十四帖全部は無理としても、また別のところをピックアップしてやりたいですね。 次の花組芝居の本公演は来年5月の『いろは四谷怪談』ですね。 そうですね、20世紀最終上演として封印してから10年です。 えっ、10年ですか! (笑)今のところ「再演」とも「再演ニ非ズ」とも振っていないんです。素ネオかぶきが定着した劇団の状況もあり、(この作品にある)小劇場っぽさは今の僕らの感じではないかなという考えがあって、少し大人の芝居にならないかな、と思ってます。イメージは少し変わるんじゃないでしょうか。でもジャズは入れようと思っていますし、良いなと思うところは残したいと思っています。 ある意味、花組芝居の原点ですものね。 あれが最初に話題になりましたから。お客さんでも観てない方もたくさんいらっしゃるし、うちの役者でも関わっていない人もいますから。観てない方も観た方にもどう見せるかというのを両方考えないといけないと思ってます。 その前には東宝芸能さんとの「OINARI」が控えていますね。 これもミュージカルではないですが、歌あり踊りありですね。 粗筋を拝見すると加納さんのお役はどうなるんでしょうか(笑)? どうなるんでしょう(笑)。衣装の小峰リリーさんや振り付けの前田清実さんや猿若清三郎先生など、スタッフも初めての方がいらっしゃって、とても楽しみです。僕より年配の方々ですが、とても発想が新しくてバイタリティがあるんです。小峰さんの衣装も「エー、僕、こんなの着るの?!」みたいなのがあるんですよ(笑)。 (笑)それは楽しみです。今日はどうもありがとうございました。 よろしければ、下のリンクボタンをクリックして感想などを記帳していって頂けたら幸いです。 |