| 花組芝居の新シリーズKABUKI-ISM第一弾として上演された『ナイルの死神』。「翻訳劇を歌舞伎で演じたら?」という発想のもとに、アガサ・クリスティ原作のミステリーを新感覚で上演し、「ネオかぶき」の枠を大きく広げる公演となりました。 公演終了後の11月末、加納幸和さんにお話を伺いました(いつもありがとうございます! 心よりお礼申し上げます) なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。 ――『ナイルの死神』、上演してみてどんな手応えを感じられましたか? 新しい試みをするときはたいてい賛否両方が出るんですけれど、今回はあらかた面白がってもらえたようですね。 手応えとしては近代劇の翻訳物の上演の可能性があるかな、ということですね。 今までも洋服を着て演じる作品は何本か作ってるんですけれども、そのときは白塗りをするというのは考えもつかなったんです。でも、「白塗りもありなんだ」と。いわゆる水化粧をするにつれて、演技様式や演出の様式も濃くなってくるということがわかったんです。 洋服を着て演じて歌舞伎であり続けるために、どういう様式性が生まれてくるかは、これから何回かやってみないとわからないですが、その可能性は見えたかなと思いますね。 ――明治以降に一瞬だけ「洋装歌舞伎」があった、ということをパンフレットで書かれてましたが、それと共通するものがあるでしょうか? それはどうでしょうね。「洋装歌舞伎」が実際にどういうふうに演じられたかは何も記録が残ってないので。 五代目菊五郎が外人の役をやったりもしてるんですね(笑)。おそらくは歌舞伎様式でやっていると思うんですが、そのあと型が伝わっていないでわからないんです。 幕末の歌舞伎には、変化舞踊の一つに「黒人の踊り」までありました。輸入された象と一緒に来日した調教師を、風俗舞踊として踊ったようですね。 たとえば、二代目市川左團次が岡本綺堂と組んで『番町皿屋敷』などの新作を上演したときに、新歌舞伎の演技の様式を作ったんです。標準語を謳いあげる方法を編み出したらしいんですね。 それは作品が残ったので、様式が型として残っているんですが、外人の演技に関しては完全に絶えてしまいましたから、どうやっていたかはわからない。 だから、「洋装で歌舞伎」をやるにあたっては、僕らがこれから作っていかなければいけないんですよね。それがどうすればいいのかというのは、1回か2回ではわからない気がします。 ――アガサ・クリスティの持っている時代感、今の現代劇とは違う質感が、歌舞伎様式でやることによってより引き立って見えてたかなと感じました。 それはたしかにそうでしたね。青井陽治先生に伺ったんですが、同じアガサ・クリスティの戯曲を上演しても、アメリカとイギリスでは全然違うんですって。イギリスはある種の階級というものが身近にあるから、階級によるムードやキャラクターなどはイギリスで上演した方がよくわかる。アメリカは平等の世界で彼らの実感にはないから、そういう部分が落ちてしまうんだそうです。だから、「歌舞伎を題材に20年もやってる花組さんなら、階級によるムードやキャラクターもうまく出せるのではないか」と言っていただきました。 僕らもまがりなりにも、「武士はこんな感じ」「町人はこんな感じ」「女でも世話女房とお姫様はこういうふうに体の動かし方が違う」などと経験としてやってきたものですから、そういう経験が今回の『ナイル〜』にも利用できているようでしたね。 ――最近はオールメールで男性が女性を演じる芝居が多いですが、ナチュラルに演じているものが多いので、「女形で洋物の芝居を演じる」というのを観られたのがよかったです。 そうですね。今は歌舞伎以外で女形をされている方はなかなかないですからね。美輪(明宏)さんや池畑(慎之介)さんくらいでしょうか。日本舞踊や歌舞伎の女形、ヨーロッパの昔の女優さんの演技などが咀嚼されているからできるんだろうと思います。 花組の女形も、ある種の様式というのは意識して作りました。 今回面白いことがあって。洋服でナチュラルに気持ちだけで動けるものだから、通し稽古を何回か繰り返してだんだん体が慣れてきたら、ケイ(八代進一)が怒りながら部屋の中を歩く場面でまるっきり八代進一が歩いているような動きになってしまったんです(笑)。 手を振って外またで歩いてしまってたんで、皆で「それは八代だよ」と(笑)。着物を着ていると足や手にまとわりついてくるものがって、おのずと制約があるんですが、洋服だと制約が少ないから、油断しちゃうんでしょうね。面白い経験でしたね。 ――洋服で女形を演じるには難しいものなのでしょうか? 体の使い方がちょっと違うみたいですね。僕は着物で慣れてるから、気を抜くと着物のときの動きになっちゃうんですよ。今後も(洋装で演じる)経験を積み重ねていかないと、すぐには切り替えられないなと思いました。 ――今回は衣裳もとても豪華で、和洋折衷のバッグなど小道具も凝ったものでしたね。 きっかけが(「ナイルの死神」公演チラシ用に用に描き下ろした)岡田嘉夫さんのイラストで、最初に見たときに「この路線でいこう」と思ったんです。 これでいけば白塗りもOKだ、と。岡田さんのイラストを基準にして、他の衣装、小道具大道具、音楽にいたるまで生まれていったんですね。あれがすべての発想の、大きな基点になった気がします。 これなら、白塗りもOKだし、拍子木もOK。海の上だから大太鼓の波の音がOKだと、どんどん決まっていったんです。それで、小道具さんも「ここまで和洋折衷でいいなら、いろいろ発想させてもらいます」と考えてくれて。 ――良い波及効果があったんですね。 すごく助かりました。 ――登場人物がそれぞれ個性的で、怪しく(笑)演じてらっしゃいましたが、特に加納さんのジャクリーヌは冴え冴えとした月のような美しさが印象的でした。 華やかでお金持ちで権勢を振るっているケイとは違うイメージが出ないといけないなと思ったので、そこから白い衣裳にしようと思いついたんです。1幕のケイの衣裳は岡田先生が他の本に描いてらしたイラストを参考にしたんですが、それが黒い衣裳だったので、じゃあ、対照的に白にしようと。(台詞で)月のよう、と言っているからちょうどいいかなと思いました。 ――女形さんは色濃い役ばかりでしたが、立役さんはキャラを作るのが難しいかな、とも思いましたが…。 戯曲を選ぶときにアガサの中でも女役が多い作品という選び方をしたので、女形に重点を置いて書かれてるんです。立役は、書き込まれてるようで書き込まれてないというところもあったりして、部分的にはやりにくいところもあったかもしれないですね。 ――今後のKABUKI-ISMは? まだ自分では発想してなかったんですけど、見に来てくれた山田和也君に終演後の席で「どうすればいいと思う?」と聞いたら、「喜劇がいいんじゃないか」って。ニール・サイモンや『パパ、I LOVE YOU!』を書いたレイ・クーニーの名前をあげてくれたんですが、そういうのもありかなと思いましたね。 いわゆるストレートプレイではなく、アガサだったら推理劇だったり、ニール・サイモンだったら喜劇という別な要素が入ってくるものを女形でやるのが面白いかなと思いました。淡々とチェーホフをやるというのではない気が、今はしてます。追々はあるかもしれませんけど。 推理劇にしても喜劇にしても、演出的にやらなくてはいけない制約があって、それが別の刺激になって様式性とつながってくる可能性があると思うんです。 だからといって具体的にいつやるかは決まってなくて。機を狙って第二弾をやりたいなと思ってます。 ――せっかくKABUKI-ISM用の定式幕も作られたのですから、またその出番がありますように(笑)。 (笑)はい。 ――花組芝居としての次の公演は、来年ですね。 秋の本公演は大掛かりなものになりそうです。その前に5月に花組ヌーベルを上演します。 ――楽しみにしています! ありがとうございました。 |