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7月12日、『奥女中たち』開演前のザ・スズナリの客席にて、加納さんにお話を伺いました。今回の再演のこと、花組芝居の役者とは、そして、5月の『忠臣蔵』、11月の帝劇演出のことまで、幅広くお話頂きました。
取材が終わったあと、テープを止めながら加納さんとちょっと雑談をさせて頂いていたのですが、ぽろりと「皆と一緒にやってきてよかった…」とおっしゃった一言がとても印象的です。加納さんが花組芝居を取り巻く皆さんと一緒に作ってきたからこその、今回の『奥女中たち』の成果、そして、次の帝劇なのでありましょう。
熱意を込めてお話下さった加納さんに、心よりの感謝を……。
(グレーの字の部分が私の質問、黒い太字の部分が加納さんのご発言の大意です。文責は大原にあります)
今回の『奥女中たち』を拝見して、私自身はかなり初演と違う印象を受けましたが、それはお末の女中姉妹の辰・勝のキャラクターの違いからくるものが大きいように思います。初演の原川浩明さんと佐藤誓さんのときは、近親憎悪的な部分が強かったような気がするのですが、今回の水下きよしさんと桂憲一さんは愛憎半ばというふうに見えるのですね。
その点では、今回の方がジャン・ジュネの『女中たち』に近いと思います。初演のときは、二人の姉妹愛を強調しようとは思わなかったんですよ。水下と桂という(テクニックよりも)気持ちが先に入ってくる役者二人を配役して、姉妹の愛憎がどんどん膨らんでいったっていう気がしますね。子供のころから一緒に暮らしてきて、いろんな経験するのを開示しながら、たとえば批判しながら真似をしながら生きていく、それも、親子という完全に隔絶した世代ではなくて、血がつながっているんだけど同世代どうしである兄弟愛、姉妹愛というものは案外深いものがあるんじゃないかなと思うんです。
観客である私からすると、主人の尾上(北沢洋)に憧れ、羨み、あるいは妬むお辰とお勝の存在というのが、役者という物語を背負って生きている人を見ている自分自身と重なって感じられるんです。この舞台で共感を持つのがお辰とお勝なんですよね。
そうですね。あの二人に同化してもらいたい、この物語の一番のポイントは辰・勝なんだというのは意識してますし、前回よりも悲劇にしたいというのがあったんです。最後、「死にたくない」と言って死んでいく妹(勝)を姉(辰)が見ているというのはものすごい大悲劇であろうと。そこが今回唯一大きく変えた点ですね。
初演のときは公演期間の前半と後半でラストシーンが変更になっていたんですが、今回は初演の後半のものと同じ終わり方ですか?
いや、岩藤の夢のような終わり方にするのと、お辰の最後の物語に岩藤が付き合うというパターンと、両方を折半にした形にしたんです。
7年前に見たときは「これは岩藤が作った物語かな」という感が強かったんですが、今回の再演では、もちろんお辰とお勝がメインの話なんだけれども、それぞれの人物やそれぞれの場面が浮きあがって、渾然一体となって『奥女中たち』なんだな、という印象を強く受けました。
それはすごく嬉しいですね。初演のときは後半おとなしい会話劇になっちゃうのが、お客さんにはつらいという意見が大分あったんですが、今回、お辰とお勝の関係を際立たせて、お辰とお勝の方に気持ちが動くようにしたんで、お客さんが二人のどちらかに同化して芝居を観ていただくということが少しはできたんじゃないかなと思って。逆に言うと、だからこそ(岩藤の)草履打ちはさらにあちゃらかにしちゃったんですけど(笑)、あちゃらかにした後できちっと気持ちが入る、感情的に同化しやすいシーンの第4場を強調して、という感じにしたんですね。
配役は前回と同じ人と、初役でやっている人とがいらっしゃいますが。
配役はぎりぎりまで悩んだことは確かです。ただ早い時期にぼくと山下と溝口健二と北沢洋は前回のまんまでいこうと思ってました。前にやっていた人間が各シーンで基準値としていて、そこから前とどう違うのかという作り方をしたかったので。それで、この4人を動かさないのであれば、あとはどうなるかなーということで考えたんですが。
お辰の水下もややこしい役はちょっと久しぶりで、そろそろメインで苦労してもらおうと。年齢も年齢だし(笑)。お勝の桂もここ2、3年すごく良くなってるんで、ここらへんでちょっとお荷物な役をやらせた方がいいんじゃないか、2枚目の兄ちゃんというようなのとは違うものをそろそろやらせた方がいいだろうなと思いました。
八代の梅の方とか大井の置霜というのも、ある種力強さというかインパクトがないと何でもない役なんですよね。そのインパクトを出すというのは二人がいいんじゃないか、と。でも、ああいうキャラクターになるまでにはちょっと時間がかかりました。初演で(梅の方を)水下と(置霜を)広田(豹)がやったときは、本人たちが持っているどっしりとしたイメージみたいなものをそのまま役にしたんですけれども、今回はそれを何かひっくり返したいなと思ってたんです。置霜という役は、何もかもが全体意識で動いていて、きっと岩藤とは違うポジションにいたのに、尾上を抹殺するために岩藤を呼び出そうとして、岩藤方についてしまうというような、一番の策士なんですよね。ただどっしり構えたおばあちゃんでなく、いろんなことを知ってていろんなことを考えてて、あっちこっちうろうろして、噂も聞いたりしているようなこずるいところは大井なら出るであろうと。
梅の方はやっぱり、ある程度魅力を持った女性じゃないといけないなと思って。でも、本人に悪気はないんだけど、こんな女性が年がら年中そばにいたら男はいやになるな、というふうにならないかなと思ったんですよ。梅の方は、初演もそうだったんですけど、お公家さん上がりという気持ちがあります。前回、梅の方にくっついている尼の墨田(小森谷徹)を関西弁にしたのは、京都から連れてきたという人物だからなんですね。今回は梅の方自身に、いるだけで何か威圧的なムードがほしいなということでいろいろ考えて、「そうだ、鈴木その子(のように、マイライト持参)でいこう」と。衣裳を変えたのもあれは常磐衣といって、普通の打掛ではなくて、少し時代掛かった衣裳の形なんですね。それを着せて回りの人とは生まれも育ちも違うんだという感じを出したかったんです。
置霜が大井さんというのは予想外でした(笑)。
ああ、皆そうだったみたいですね。大井も意外なんだけど、あれだけ作っちゃうと「らしい」んですよ。置霜ってこういう人ねという感じになる。でも、内輪の話になっちゃうんですが、大井も器用な役者じゃないんで、ここまで持ってくるのも苦労なんですよ。(『怪誕身毒丸』の)ヤマのときも稽古で苦労したんですよね。
ここ2年くらい特に感じるのは、ぼくが劇団で演出していて「こういう感じなんだよ」とやって見せたときに、物まねでもそうでなくてもいいんだけど、本能的にポイントの大元のところはぴゅっと掴んでくれる臨機応変な部分がないとダメだなということですね。(『夏の夜の夢』演出の)ペーター・ストルマーレは完全にそうだったんですよ。やってみせてその場で3回やってできないと(演出)変えちゃうんです。ペーターに聞いたんですけれども、「それはぼくの演出が気に入らないからやらないんだ、とも思う」と。他の演出家さんは知らないですけれども、役の中身の説明じゃなくて、見た目に「こういう感じでやって」というのは、いわば形の上から入るものですから、それが臨機応変にできるようにするには、非常に柔軟な感性と体を持ってないとできないな、と思いますね。うちの役者の中にも、考えて考えてテクニックも含めてぼくに対応しちゃう人と、単純にもう本能的にやってしまう人という二通りいるんです。奇しくも同じお勝で、誓は考えて考えてテクニックを駆使してぼくがやったとおりにやってみせるんですよ。で、桂は逆に、「こうだよ」って言ったら考えなしにぱっとやっちゃう方なんですよね。ということは結局のところ、ぼくがうちの役者に込み入った役を振っても大丈夫だなと思うのは、その二通りみたいですね。その点では八代なんかも臨機応変にできる方ですね。
客席で見てると大井さんとかは器用な方に見えますけれど。
ああ、そう見えるでしょうね、でも稽古ではなかなかね(笑)。面白いものですよ。
今回は、公演中に奥山役の山下禎啓さんが怪我で休演ということになってしまって、大変驚きました。
以前もそういうことがあったんですけど、そのときはもっとひどかったんです。(お客さんの場内への)入れ込みが始まってから(休演と)分かって、本当に大騒ぎで、3人1役くらいで変わって急場をしのぎました。前のときもそうだったんですけど、ぎりぎりまで「どうしよう」って考えてるんですよ。最終的にとにかく山下が出られないと分かったときに、ぼくが決意してから1時間以内に関係者全員に連絡して、劇場に集まれって言ったんです。劇団でやってたというのが良かったとは思います。今回も(出演者の)頭数は足らないわけですから、初演のときには(腰元)今戸(松原綾央)の役がなかったんで、それをいじって、ずらしていけば大丈夫だなとまず思って。横道(毅)は他の役者の芝居をよく見てるほうなんで、横道に連絡して「お前、奥山覚えてる?」と聞いたら「ある程度は」と言ったもんですから、「じゃあ、やって」って。小屋(劇場)に入ったときには、横道は、奥山の台詞が全部入ってました。
それは代役になる前日のことですか? それとも、当日?
当日です。
すごいですね、それって。
横道が研修生のころ、たまたま読み合わせのときに役者がいなくて、研修生に一人一人読ませてみたことがあったんです。ほんのちょっとした役だったんですが、横道が台本を見ないで台詞を言ってたので、びっくりしたことがあって。今回も大丈夫かなと思ったら、やってくれたんでよかったなと。もちろん、山下のイメージが強い中に入っていくんだから、可哀想ですけどね。裾引いたこともなかったのにいきなりだし。まあ、裾が引きやすいように、ぼくが着付けてますけれど。中脇も「(出演できるように、時間を)あけられる?」って聞いたら「あけられる」って言って来てくれたんで。
中脇さんもすごいですよね。今回の公演には出てなかったのに、横道さんのやっていた豊後に一日で代役に入って。(注・代役の一日目は、松原さんが豊後役、今戸の役はなしに。翌日からは、中脇さんが豊後役、松原さんが今戸役に戻った)
そうですよね。(初演のときの中脇さんの役・匂草の)隣の役ですからね、自分の役じゃないですから。初日は大変でしたけれども、でもまあ『奥女中たち』の舞台は踏んでますから、そこのところの度胸は違いますね。
でもそういう皆さんの結集力がすばらしいですね。
皆、ばーっと集まってくれましたし。スタッフも、劇団員ではないんですけど10何年も一緒にやってる連中ですから、それはありがたいことでしたね。大所帯じゃない劇団だからこそできることだと思いますね。
さて、話は変わりますが、5月のシアターオリンピックス『忠臣蔵』(平田オリザ・脚本、宮城聡・演出)のときのことを……。加納さんは大石内蔵之助役でしたね。
平田さんの芝居は前から出たいなと思ってました。大石の役を頂いたときに、ぼくの中の課題は「どれだけ自由にいられるか」ということだったんです。女方をやっているときは、岩藤もそうですけどもいくらでも自由でいられるんですよ。男の役をやるときはどうしても自由にいられないというのがあって、男の役をやっていても自由に空間にいられるっていうのを早く会得したいと思っていたんです。
大石の役はのらりくらりとしてなんだかいい加減で言っているようでいながら結構策士で、もしかしたら全体を結果に導いているのはすべて大石じゃないかな、という脚本の書き方で、どっちつかずなんですね。だから、全体を抱えているようで抱えてないという顔ができるので、これは自由になるにはうってつけかもしれないと思って。自由に遊ばして頂くのと、百人以上を動かすダイナミックな感じとが両方出来るんで、これはもしかしたらぼくの課題を試せるんじゃないかなと思ったんですね。
市民100人が出演ということでも話題になっていましたが、普通、市民参加の演劇に出演する市民の方は「お客さん」的になりがちなものですが、『忠臣蔵』は違いましたね。
そうですね、稽古も厳しかったから、皆がそれに真剣に取り組む面白さを感じたんじゃないかと思います。一つの大きなハードルを越えるためにどれだけ苦労するか、そして、その苦労が苦労でなくなる瞬間があるということをお感じになったから、あれだけ一生懸命おやりになったんだろうと思いますね。皆さん、100人が1人も取り残されずに集中してましたし、それは現場を仕切っていた宮城さんのお手柄だと思いますよ。
お客さんが1000人以上いて、出演者も100人いて、その中で、加納さんがカリスマ性を発揮していらっしゃったのがすごいなと思って見ていたんですが。
どうでしょうね、それはちょっと分からないですけど(笑)。そうお感じになったのだとしたら、それはやっぱりぼくが組織を持ってるということが大きいかもしれないですね。自分ではそんな気はなかったんですけど、大分前に「やっぱりお前何か背負ってるわ、そう見えるわ」と舞台を見に来た人に言われたことがあるんです。公私含めて四六時中劇団のことを考えていて、行動の中心も劇団ですから、おのずとそういうのが身に付いちゃってるのかもしれないですね。最初にいた劇団でも主役をやらせて頂いていたということもあって、「ぼくがどうにかしないとダメなんだ、この一瞬は」というのを早いうちから経験させて頂いてたのが、ああいう場ではプラスになったのかもしれないですね。
今後も機会があれば、また、外部で男性の役も見てみたいですね。さて、『奥女中たち』の次はいよいよ、11月の帝国劇場『西鶴一代女』(浅丘ルリ子さん主演)の演出ですね。帝劇というのもすごいことですよね。
今日は、誓と桂と植本は帝劇の宣伝写真用の鬘(かつら)合わせに行ってるんだけど、「おれ、いつ帝劇(役者)デビューできるんだろう、くやしいなー」って(笑)思うんですけどね。
我々の世代が商業ベースというかメジャーで仕事をするというのは、なにもお金儲けしたいというわけでなくて、我々がやってる仕事が商業系なりメジャーな演劇の要素の中と全然関係なくはないんだということなんですね。小劇場全部でないかもしれないけど、演劇的な要素というのは、いわゆるメジャーも小劇場も非常に共通する部分があるんだ、と。舞台芸術がどうして日本の文化の中心にいかないんだろう、どうにかしなきゃいけないっていうのはずっと思ってましたし、やっぱりこれは大衆の支持を受けないといけないと思うんですね。お芝居というのは老若男女、皆が同時に楽しめるものなんだよ、歌舞伎を見てごらん、昔は皆そうだったじゃないかって。それをやりたいがために今の花組芝居をやってるようなもので。こっちからもやりたいなと思ってたところに、むこうからお呼びがかかって、うまく話が合いだしたという感じで嬉しいですね。
帝劇という大きい劇場でやるのももちろん素晴らしいことですけれど、こういうスズナリのようなところでやるのもいいことですよね。
そうですね、帝劇とスズナリの振幅がやってみたいな、というのがあったことは確かです。200人入らないところでやってる劇団が帝劇でもやらせて頂いてどんなものができるかというのがぼくの中での挑戦でもあります。同じ年に200人入らない劇場で幕をあけて、同時に今度2000人の劇場でも、いろんな方のお力をお借りしてだけれど、仕切らさせて頂くということも、めったにないことだと思いますよ。ぼくらの中ではある種の夢でしたし、演劇というのはそれだけ幅の広いものなんだっていうことですよね。
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