加納幸和さん・桂憲一さんに聞く『泉鏡花の天守物語』

『泉鏡花の天守物語』シアターアプル公演中に、加納さんと桂さんにお話を聞く機会がありました。お二人のご厚意によりまして、そちらの模様をアップさせて頂きます。
貴重なお話を聞かせて下さり、その掲載をお許し下さった加納さんと桂さんに心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。

さて、どれくらいの皆様がこちらを覗いてらっしゃるのかなあ、というのがふと気になったので、今回こちらのページ用に ご記帳所が設けてありますので、感想などを一言書き残していって下さいませ。


3年ぶりの『泉鏡花の天守物語』の再演ですが、今回再演しようと思ったのはなぜでしょうか?


加納
 『天守』も初演のときは勢いで作ったところがあるんで、それをちょっと落ち着いて作り直す、というと変ですけど検証していくというつもりだったんです。


検証?


加納
 あれで正しかったのかどうかということです。細かい部分ではありましたね。初演のときはハードロックにこだわりすぎちゃったところがあって、あそこまでする必要はなかったかなと思ったんで、今回は討手の武士の衣裳も全部変えたりしました。


再演にあたって配役を変えようとかは思われませんでした?


加納
 それは基本的にはなかったんです。前回の配役に合わせて一から全部作っちゃったんで。ただ、出られない人間がいるんで、変えざるを得ない部分はありましたけれどね。


今回の再演は富姫と図書之助の恋にかなり絞り込まれているような印象を受けたんですが。


加納
 去年の3月に、歌舞伎座で(坂東)玉三郎さんと(市川)新之助君で『天守物語』をやってるのを見てびっくりしたんですけれども、図書之助がちゃんと恋に落ちてるっていうのが分かって、これでやると二人の関係がよく分かるんだということに気がついたんです。図書之助って案外「好きになりました」とか台詞で言わないんですよ。台詞に書いてなくて、最後の方になってなんだかいつの間にかそういう関係になっちゃったっていうふうになりがちでなんです。

たとえば富姫が図書之助を一回帰すところも、玉三郎さんなんかの演出でも立ち回りの間にずっと見下ろしてたりっていう演出をするんですよね。明らかにもう一度図書之助を戻そうとしてるというのがある。図書之助の方もきちんとある種の一目惚れがあって、(帰る途中で)灯火を消されたという事実はあるんだけど、そのときに(もう一度富姫のもとに戻ったら)もしかしたら殺されるかもしれないのに戻るのは、どこかにまた会いたいっていう気持ちがあったんじゃないかな。甘えというと変だけど、今度行っても火をつけてくれて帰してくれるかもしれないというような期待があるということは、やっぱり、最初に思っていたような人を食っちゃう妖怪とは違うところに意識があると思うんですね。


桂さんの図書之助も、初演とは大分イメージが違いますね。


 自分の中では図書之助をもっと力強くしたい、というのがありました。たとえば、前回は王子様みたいな衣裳だったんだけど、今度は袴をはいてみたいとか。


加納
 桂は新之助君の図書って見てるんだっけ?


 見た見た。


加納
 新之助君自身が荒事もやる家系ということもあるのか、若さなのか、強いというかちょっと血気盛んな感じがしたんですよね。桂も変えたいっていうし、桂がやるんだったらそっちのほうを膨らました方がいいか、ということで、ワイルドな荒削りな感じにしてみたんです。だからポスターの(図書之助の)写真も荒事みたいな感じにして。新之助君が「こんなの初めてだ」ってびっくりしてました。


プログラムの加納さんと新之助さんの対談のときに、桂さんも同席してらしたそうですが、そのときには?


 酔った勢いでちょっと一くさりやろうよって話になって、最初に俺がやって、その次に新之助さんが図書之助やったんですよ、加納さんの富姫で。ショックでしたね。ちょっとへこんじゃった。新之助さんはそのまま舞台に載せてもいいくらいちゃんと出来てたんですよ。すごいなって思った。様式でやってるんだけど、言ってることがちゃんと伝わってきて、ちゃんと心を込めて言ってるようにみえる。それは技術なのかもしれないし、彼が独自で持ってるものなのかもしれないけど。でも、(それが僕の)起爆剤にはなりましたね。


加納
 でも歌舞伎の方って、気持ちを込めて、この気持ちがこんなこもってるというのを台詞にためて言うのが上手いね。僕らは言い放っちゃうけど、何かわだかまっているものがそのまま音として出せてる。歌舞伎って様式的だから、調子があって、その中に思いを込めるというのを生まれてこのかたやってるわけだから。


そういうのを間近に見た後では、何か変化がありましたか?


 それを真似してもできるものではないし、すごいなと思ったからと言って、それは彼らの歌舞伎の世界のものだし。こっちの世界を作る上で、こっちができることで負けないようにしよう、という気持ちは沸きましたね。


加納
 でもちょっと貰おうとしたよね。


 うん、ちょっとね。台詞を丁寧に言う言い方とか台詞を張る言い方は少し貰ってる。もちろん全部はできないし、全部俺がやってもしょうがないから。前回なんか怒鳴ってばっかり(笑)だったけど、今回は台詞を丁寧に言おうかなと。


でも、今回はすごく二人の台詞のやりとりが印象に残ります。


加納
 自分に自信がないからかもしれないけど、僕は普段、演技の間が早いんです。帝国劇場の『西鶴一代女』で浅丘ルリ子さんの芝居を見たとき、ルリ子さんってテンポは早いんだけど、間があくところはあくんですよ。これは面白いと思って。それを二人でやろうと思って、間をあけたいところはあけちゃおうと。わざと曲もなくしちゃってしーんとさせて……


 無音の状態っていうのを作って。


加納
 そこから台詞立ち上げるのって面白いね、やってみようよって。


 お客さんの反応でも「テンポが悪い」とかそういうのは全然ないから「ああ、そうなんだ、お客さんは大丈夫なんだ」って。自分では、かなり間をあけてるつもりなんですよ。じっと黙って目だけの演技とか、音も何もなくそこは俺が振り向いてるだけしか舞台上では起こってないっていう空間を作ってるんだけど、お客さんの反応として、「ちょっとだるい」とかいうのはなかったから。


加納
 もしかしたら偶然なんだけど、緩急が上手くなったのかもしれないね。


「迷いました、姫君」のあたりとか、本当に気持ちが集中して感じられますよね。


加納
 そう、あれも稽古をやってて思いついたんですよ。本当は曲が流れてるんですけど、「ここで止めちゃおうか、無音にして台詞言うのはどう?」って。初めは「怖い〜〜」って(笑)。


 怖かった〜〜


加納
 ふっといきそうになるんだけど、もっと待ってもっと待ってって言って。


初演と今回の公演で変わっているところというと、今回の公演では「討手の武士」の衣裳が工事現場をデフォルメしたみたいな感じの格好になってますが。


加納
 あれは、あそこにいる妖怪たちが工事現場にある道具を遊び道具に使って、ああいう格好に作ったというのを考えたんですよ。工事現場の人間が妖怪になったんじゃなくて、妖怪が「このヘルメット面白〜い」とか言って使ってると。あそこににあるものを妖怪たちが使って着てるというつもりなんです。初演のときはあくまでも人間は人間ということで、討手の武士の連中は土足で上がってくるっていう設定にしたんです。今回は皆履き物を履いてないんですよ。もう、外の人間中の人間じゃなくて、この物語をこの天守に住んでいる精霊みたいな連中が遊んでやってるというふうにしちゃおうと思って。


私は妖怪も人間もある意味では紙一重で、ちょっとの違いでどっちにも転びうるってことなのかと思ってたんですが。


加納
 まあ、そう思って頂いてもいいと思いますけどね。妖怪というのは人間が生み出したものですから。人間の中のある一面が妖怪化して、「妖怪」という別な形を取って表現されているんであって、人間の中に妖怪的なものがあると考えればね。富姫も元は人間ですから。どっちがどっちっていう境界線はないのかもしれない。


人の目から見たらすごく妖怪と人間って境界があるように見えるけれど、図書之助が簡単にその境界を飛び越えられるように、実は境界がないのかもしれないですね。


加納
 そうかもしれないですね。


さて、昨年の11月には帝国劇場で『西鶴一代女』を浅丘ルリ子さん主演で加納さんが演出して、花組の皆さんが出演して…というエポックがありましたが、いかがでしたか?


加納
 僕はある種、気は楽になったっていうことは確かです。市民権を得たというか。もちろん帝劇の常連さんの中には「あらあらなんだかね、肌合いには合わないわ」っていう方もいたことはいたけど、一部には「これはこれで面白いわね」という感じにもなったし。初めはやるだけやって、後で「あの公演はなんだったんだ??」みたいな感じでもいいよねって言ってたんですけど(笑)。


 意外に浅丘さんとかにも喜んでもらえたし。


加納
 皆受け入れてくれて、気は強くなりましたね。


 でもね、俺の知り合いが見に来てたときに、後ろに座ってたおじさんとおばさんが、子供たちがラップを歌うところで「あららららら、おやおや、参ったな〜」、で、俺が歌ってるあいだ中ずっと「もう帰ろうよ〜、帰ろうよ〜」って言ってたんだって(笑)。


加納
 おかしい〜(笑)。


 そうだと思う。皆、ぽかーんとしてましたもの。それはそれで2000人をぽかんとさせたということで、自分に力がついた出来事だったと思う(笑)。一生のうちでめったにないもん、2000人を唖然とさせるって(笑)。


でも、『西鶴〜』の中では、あのラップのあたりがすごく面白かったですよね。


加納
 自分で作って、劇場で見る度に「ここ一番好き〜」って思ってたんですけどね。


 うちの世界を知ってくれてる人はね、好きなんだけど。


加納
 せりを使ってラップをやって、常磐津が一くさりあって、バンって終わったら風の音がしてて、浅丘さんが一人でいて、ゴイサギの声がしている。ゴイサギの声って『(泉鏡花の)夜叉が池』の前半と後半にも流してるんですよ。僕、川の近くに住んでるんだけど、夜中に通るとカラスじゃないのがグワーグワーって鳴いてるんですよ。その声がすごく印象に残ってて、鳥の実際に生録した効果音を聞いてたらそれがゴイサギっていう鳥だったんですよ。それには、「夜、川辺にいる鳥」って書いてあって、だから、夜の川辺というと「ゴイサギ」っていうイメージがあって。


 それはサギなの?


加納
 どうだろう? でも、ゴイサギっていう妖怪がいるんですよ。五つの位って書く。


『西鶴〜』で見て、『天守〜』にも新しいお客様が来たりということもあるんでしょうね。今回、結構男性の年配の方がいらっしゃってるのが目に付きました。


加納
 そうですね。多いですね。


 だから多分『西鶴』を見た方がいらしてくれてるんじゃないかな。この間の水曜日のマチネも、平均年齢が高かったから。で、そういうときのアンケートが薄とかが評判良いんですよ。悔しい(笑)。


加納
 桂ってぼーっとしてるんですけどね、負けん気強いんですよ。


 (笑)負けん気というか、ただ単純に悔しがってるだけですけどね。




長いインタビューを最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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