加納幸和さんに聞く『いろは四谷怪談』



「いろは四谷怪談」についてのお話を加納さんにお伺いしました。加納さんの寛大なご配慮によりその模様をこちらにアップさせていただきます。
10年ぶり、そして新しく生まれ変わった『いろは四谷怪談』。その全てに迫るお話をお伺いすることができました。心より御礼申し上げます。

なお、以下の文章の文責はすべて大原にあります。

また、もしよろしかったらお読みになった感想をお書き頂けるとたいへん嬉しく思います。ご記帳所が設けてありますので、感想などを一言書き残していって下さいませ。よろしくお願いいたします。




●『いろは四谷怪談』は劇団旗揚げの年に初演されて、初期の花組芝居を代表する作品の一つだったと思いますが、1994年に「20世紀最終上演」して以来「封印」されてきました。まず、今回再び「いろは四谷怪談」を上演しようと思った経緯を知らせて下さい。 

劇団として色々な方向へ行きたいなと思って実験的なこともやり始めたころ、『いろは四谷怪談』(以下『四谷』)がお客さんの評判もあって定番みたいに上演しているのが逆に新しいところにいこうとする自分たちを縛りつけてるんじゃないかなと思って、上演を封印したんです。僕自身何度も上演した作品なので思い入れもあるから、もしまた『四谷』を上演するとしたら相当僕の中で発想を変えないと自分が過去に作ったものに引っ張られるんじゃないかという危惧があって、「これだ!」という発想が浮かばない限り手はつけないでおこうと思ったんです。

 『シャンソマニア』のような作品ができたというのもきっかけとしては大きいんですが、「(劇団として)いろんなことが可能になったな」というのがここ1、2年で自分なりに納得がいったので、「じゃあそろそろ『四谷』をやろうかな」と思ったんです。もう10年たっちゃいましたけれど、あんまり自分の作品を封じ込めておくのも自分としても不本意といえば不本意なんで、もう一回ちゃんと作り直して自分たちにとっての進行形の作品の一つに加えておきたいなというのがありました。

●改めて以前上演した作品を取り上げる場合、普通はもっと以前の舞台に近い作品になるかなと思うんですが、作品のテーマごと違う作品になるとは思わなかったです。

 (笑)おそらく前の『四谷』のテーマだと前回の舞台の内容に寄っていってしまうから、「今回は視点を変えてしまおう、『四谷怪談』のドラマの中に入っていこう」と思ったんですね。ドラマの中に入っていって、話の軸になる伊右衛門像をまず変えれば、自ずと周りの登場人物たちも変わっていくだろうと。作業としてはそういうところから始まりました。

 『四谷』をもう一度やろうかなと思った時期に昔の時代劇映画の『四谷怪談』を一通り見直したんですね。それで『忠臣蔵外伝四谷怪談』の映画も改めて見直したんですが、忠臣蔵と四谷怪談の書き換えがすごく秀逸なのにびっくりしたんですよね。逆に言うと秀逸だったんで「悔しい」と思っちゃったんですよ(笑)。これに負けないもの、花組ならではの『四谷怪談』というものを立ち上げられないかなと思ったんです。

●花組ならではのもの?

 僕が以前から「『四谷怪談』って面白いよ」と思っていたもの、僕なりの『四谷怪談』というのかな。大きく言えば、『四谷怪談』は長編ですから花組で取り上げる場合は、三角屋敷やお袖のくだりはカットする。そして忠臣蔵は必ず入れて、松の廊下から始まり大星由良之助が出てくるということ。

これは元を正せば、今回の公演パンフレットにも載せましたが三木のり平さんの『喜劇・四谷怪談』が発想の元なんです。これを見たときは僕はまだ演劇を志してはいなかったころなんですが、すごく面白かった印象があります。劇団を作って『四谷』をやるときでも、松の廊下から必ず始めるというのは三木のり平さんの芝居から発想したんですね。

●今回の装置は椅子を様々なものに見立てるなど、非常にシンプルなものから多様なイメージが喚起させてましたね。どうしてああいう形にしたんでしょうか?

 時代劇というのは基本的に当時の風俗が入ってきますから、自ずと物理的に空間が広がらないんですよね。日本家屋は天井が低いし、部屋がたくさんあって廊下があって……と舞台空間が決まりごとに縛られていってしまう。それをまずぶっ壊したいというのがあったんです。前回の『四谷』は襖があったんですがそういうのはやめて、『海神別荘』や『シャンソマニア』『ザ・隅田川 再演ニ非ズ』のような「何もない」という方向に持っていきました。

●舞台はシンプルでモダンなんですが、衣装は基本的に着物ベースなんですよね。

 初めは前回の公演のように着物と洋服が両方出てくる形を考えてたんですよ。でもどうもしっくりこなかったし、やっぱり伊右衛門に黒いスーツを着せたがってる自分を発見して(笑)これじゃまずいんじゃないかと思って、お熊を除いて全部こだわって着物にしてしまおうと。脚本も「現代を思わせるようなやりとりとかはやめよう」というふうにしました。稽古のときも役者が考えてくる入れ事の内容も「基本的にカタカナはダメ、テレビネタはダメ」というところで作ってたんですよ。

●舞台面で一番印象に残っているのは、上部にあった大きな赤い花の装置です。

 あれは最初から考えていたわけではなくて、公演チラシの岡田嘉夫さんのイラストを見てからですね。イラストのモチーフになっている風鈴仏桑華(フウリンブッソウゲ)というのは以前ポプラ社から出た『東海道四谷怪談』という本の挿絵で岡田さんがお描きになっていて、「今回のイラストでも風鈴仏桑華をもう一回使いたい」とおっしゃったんですね。

「お岩と伊右衛門を描こうと思うんだけど、どうしても伊右衛門は(着物が)真っ黒けだしお岩は鼠色だから絵にならないんだよね」いう話をちらっとなさっていたんです。で、「僕が以前善人会議で横内君と一緒に作った『四谷怪談〜鶴屋南北より〜』のとき、僕が着たお岩の衣装が鼠色がかった藤色のちりめんで、裾模様があるのを着てましたよ」と言ったら「じゃあ、裾模様にしよう」というのでああいうイラストが出来上がってきたんです。

●その絵のイメージからあの舞台装置が?

 そうです。非常に強烈なものを描いてきてくださったので「この風鈴仏桑華を舞台に飾りたい」と思ったんですね。お岩の着物もこの絵とまるきり同じにしたんです。

●客席から拝見していると、赤い花が舞台を支配しているような印象を受けますし、登場人物たちも「赤い花の毒に侵されちゃった人たち」というふうにも見えるんですね。

 そうですね。風鈴仏桑華はハイビスカスの一種で現物は見たことがないんですが写真によるともっと可憐な花だと思うんです。でも岡田さんが「これは火の玉に見えるから」ということで、ちょうど火の玉みたいなイメージで実際の風鈴仏桑華よりは毒々しく岡田先生がお描きになってたんです。それを見て「火の玉、血潮、炎、魂みたいなイメージが舞台上にボンとあったほうがいいだろう」と思いました。

●赤い火の玉といわれれば、確かにそういう感じですね。

 昔の錦絵に出てくる、火の玉の火焔がひらひらしているのとちょっと似てるんですね。

●今回の『四谷』を拝見していて思ったのは、もちろんお岩の話ではあるけど、いろんな登場人物の生き様、死に様を見せている舞台なのかなというのを感じたんですが、そのあたりは意識して作られているものなんでしょうか?

 そうですね、お岩・伊右衛門を軸にというよりは『四谷怪談』というドラマを中心にしたというのかな。赤穂事件、刃傷のお家断絶になったことによって、いろんな人がこんな目に遭った、こんなことをした……というのに重きを置きましたね。

 『忠臣蔵外伝四谷怪談』からの影響で、伊藤喜兵衛(原川浩明)一家を大きい役にしたいというのがまずあって、それで(お梅の乳母)お槙(溝口健二)の役をプラスしました。

後は、小玉田左衛門(桂憲一)と大星由良之助(八代進一)のくだりがもうちょっと膨らまないかなと思ったんですよね。僕の『四谷』では現在の歌舞伎では埋もれてしまっている「仏孫兵衛内」のくだりを入れて、原作では小汐田又之丞に当たる小玉田が苦労するシーンを入れているんですが、前回はそれがどうしても脇筋になってしまっていたんです。小玉田と由良之助の話も『四谷』の二柱の一つだというふうにしたいと思って、ああいう配役にしたんです。今回の由良之助の最後の台詞は、実は初演の舞台では木原実の由良之助が言ってました。その後の舞台では使っていなかったんですが、あれもちゃんと復活させたかったんです。

● 配役にもいろいろお考えがあったんですね。でも、やはり『四谷怪談』お岩さんというと、加納さん以外考えられないですよね(笑)。

 (お岩の)髪梳きの台詞は歌舞伎の世界でも言い回しにいろいろ口伝があって「誰がやってもああいうふうに言う」という決まりがあるので、「それはちゃんとやらないとまずいだろう」というのもありましたしね。僕が新しい役をやっちゃうと演出に集中できないんで、僕はお岩をやることにしたんです。その代わり他の役は全部初役にするというのにこだわりました。「全員初役なんてできるのかな」と思ったんですけど、組み合わせていったらパズルのように見事にできたんです(笑)。

●芝居の中で一番印象に残るのは、ラストの大勢のお岩さんが出てきて、忠臣蔵の討ち入りの四十七士と重なるというところです。

 お岩さんが大勢出てくるというのは、初演の段階からやりたかったんですよ。どなたかが論評で「忠臣蔵は47人で仇討ちしたけれども四谷怪談は一人であだ討ちをしてる」と書いてらっしゃって、その対比が面白いなと思ったんですよ。それで、初演の段階から「四十七士が全部お岩さん」という発想があったんです。でも「着物を着て皆出てくるわけ? それは予算がありません、聞かなかったことにしましょう」みたいな感じになっちゃって(笑)。で、同じ着物でも軽くいけそうな、ベジャールの「ザ・カブキ」ふうな衣装にしようということで前回の公演は(最後に討ち入るのは)あくまでも四十七士ということにしたんです。

でもそのやり方ですと忠臣蔵と四谷怪談が別個のものという感じがしてしまうので、四十七士なんだかお岩なんだか分からないという形に持っていったんですね。数多のお岩さんが出てきて、なんとお岩さんと同じ格好をした由良之助が出てきてしまうということに。これで忠臣蔵と四谷怪談が表裏一体なんだということは出せたんじゃないかと思います。

ラストのお梅とお岩が着ている白無垢も前回は真っ白にしたんですけど今回はビジュアルを大事にしようと思ったので、忠臣蔵九段目の小浪のパターンで黒の帯で古風にいきました。白と赤と黒というのが一番日本的な配色だなと思ったんで、それでああいうふうなデザインにしたんです。

●今回は衣装のデザインは加納さんがなさったんですよね?

 今回は本編の方は全部僕がやりました。カーテンコールに関しては今回初めてプランをやってくれた尾崎由佳子さんが洋服は得意なのでお任せしました。僕は最初は「カーテンコールは『マツケンサンバ』でいこう」と思って「総スパンの着物とか着流しとかいいんじゃないの」と言ってたんですけど(笑)、せっかく本編が全部着物になったんだから洋服にしましょうよと尾崎さんが発案してくれて、それでああいう形になったんですよね。前のフィナーレの衣装よりも一人一人個性的だったんじゃないかなと思います。

●ここまで違った『四谷』を見られるとは思いませんでした。カーテンコールのご挨拶でも「これは第2期の花組芝居の始まりだ」というようなこともおっしゃってましたね。

 僕も正直、ここまでちゃんと……というと手前味噌ふうですけれど、ここまでちゃんと新しくなるとは思わなかったというところがあります。役者自身も思い入れがありますし関わっていたスタッフも『四谷をやります』というので「じゃあやります」とスケジュールをあけてくれた人も何人もいるんです。花組芝居にとってやっぱりこの作品はポイントなんだろうな、と改めて思いましたね。僕の中では前の『四谷』は消去されちゃってます、はっきり言って(笑)。

●前にやって評価が高かったものを消去できるのってすごいことだなと思いますが。

 でも、それはいろいろ覚悟が要りますね。稽古が始まってからでも「これは前の作品に引っ張られてる」と思うことが多々ありましたからね。「前回を忘れるんだ」というよりは「どう変えるんだ?」ということをいつも考えていた気がします。

お岩の(自分の崩れた顔を見る)鏡にしても小道具の鏡は出さないようにしました。初めは出すつもりで稽古を始めたんですけど、立ち稽古をしているときにその場で「あの椅子を箱にしていろんなものを入れて、そのふたを鏡にしちゃったらおかしくない?」と思いついて。幕開きからして今までとまったく違うようにしたいということで、段取りもまったく変えました。前回は定式幕が透けて始まっていたんですが、劇場の緞帳を見せて何が始まるか何も分からない状態で始まるようにしたんです。作品に取り組んでる間中ずっと「前のとは変える、変えるんでも説得力のある変え方をする」というモードだったんでしょうね。

●もし今後『四谷』をやるとしたら、これが新定番になるんでしょうか?

 そうですね、もしかしたらもっと整理すべきところはあるかもしれませんけれどこの形でやると思いますし、そのつもりで衣装やら小道具やらは保管してあります(笑)。

●それを聞くと楽しみですね。今は次回作の『和宮様御留』の執筆中ですか?

 そうです。小説の大長編なんですが、(原作の)有吉佐和子さんが芝居好きだったということもあって、一つ一つのシークエンスが起承転結になっていてとても面白く書けているんです。そこが脚本に書いていてとても大変なんですけど楽しいですね。

●久しぶりに女方さんがたくさん出る芝居になりそうですね。

そうですね。(登場人物の)半分以上が女方になると思います。




長いインタビューを最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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